第13話 天狐と夜嵐
明治時代の新神道、心水教が有する広大な敷地において、怪しげな黒装束の男らが襲いかかって参りました。木綿の着物を粋に着流し、白い狐面を被っております。
屋根の上から踊りかかってきた様子は、人間技とも思えませぬ。とん、とん、と二つの影が続きました。
心水教名代の河津がいう本当の依頼とやらを受けるかどうか、断ったらどうするのかと問いかけたところへの狼藉です。美由紀を庇う光雄、さらにその二人を舩坂少尉が庇います。
此処は心水教の理のみが支配する人外の地、とは蛙面の男の言葉ですが、襲ってきた連中の動きは、まさに人外のもの。飛び降りたままに、一呼吸も置かず舩坂少尉を攻め立てます。二人の黒装束が息を合わせて拳を繰り出し、蹴りを放ちました。
紙一重で躱してはいるものの、美由紀と光雄を庇いながらで防戦一方、軍刀を抜く暇もありません。なんとか隙を作ろうと、突き出された拳を掴んだ舩坂少尉の身体が、ふわりと浮かびました。
鍛え込んだ重たい身体が片腕一本の動きに連れられ、持ち上げられたのです。少尉が空中で身を捩り、母屋の塀に足をかけて反転、腕を離して逃れたところへ、さらに一撃。鼻先を掠めた鋭い蹴りが、轟音を立てて塀を破壊しました。木塀とはいえ、瓦屋根のついたしっかりとしたもの。そう簡単に壊れないはずなのですが、瓦は吹き飛び、木塀も粉々です。およそ尋常の力ではなく、生身で受け止めることは出来そうもありません。
体勢を崩したまま軍刀を抜こうとした少尉を黒装束の男が羽交い締めにします。もう一人は懐から匕首を取り出しました。
匕首を逆手に持ち、少尉をひと突き。
とはならず、ぐらりと倒れた匕首の男の向こうに悄然と河津が立ち、その怖い目で、もう一人の男を睨みました。舩坂少尉を突き飛ばして疾った男が河津に向かって拳を振るいましたが、それをさらりと受け流し、ぐるんと回転させて狐面ごと地面に叩きつけました。
ぐぅと呻いて倒れた狐面が割れ、人の顔が表れます。気を失って倒れているのは、まだ若い男でした。ぱっぱっと手をはらう河津に被せて、大きな拍手が響きます。
「いやぁ、さすがです。天狐の総元締めをしていただけのことはあります」
「久吾、てめぇか」
笑顔で拍手をしている男に、怒気も露わに近寄ると河津がその胸倉を掴みました。久吾と呼ばれた男の方は、羽織袴に二重回しの外套と山高帽、和洋混合の姿です。
「およしなさい、河津。ほんの冗談です」
「冗談だと? 匕首まで出しやがって、何が冗談だ。殺す気で来ていただろ」
「そう、殺す気で行けとは言いましたよ。頼むに足るか、巻き込んでも大丈夫か、知っておく必要がありますからね。で、白糸嬢が居なくなったことは、きちんと話しましたか?」
ちっ、と舌を鳴らして久吾を離し、どんと押しやりました。
「そんな言い方はしなくていい。信頼できる人たちだ。内密で伝えたよ」
「そうかそうか、それは良かったです」
うんうんと頷き、光雄らの方を向いて頭を下げました。
「私は信徒頭の鈴木久吾と言います。騒がせて申し訳なかった。いくら形だけの依頼といっても危ないところがありますから。今回の件、夜嵐の一党が絡んでいますので」
鈴木久吾のいう夜嵐とは、博徒崩れの悪党集団で、頭目は夜嵐おきぬの落とし胤と称しております。それが事実か虚偽かは別として、強盗、殺人、人攫い、なんでも来いの危ない連中で御座います。
「夜嵐も絡んでいる以上、いつ危ういことになるかわかりません。いまなら断られても文句は言いませんよ」
気の毒そうに顔をしかめる鈴木久吾に向かって、苦笑いしながら光雄が応じます。
「いやはや、皆さんお優しいことで。依頼されて来てみれば受けなくても良いとは異な事ですな。そう気にしてもらわなくて結構。一度引き受けると言った以上、夜嵐が絡んでいようがいまいが引き受けましょう」
「引き受けてくれるのですか」
「ええ、受けましょう。一度も受けないとは言ってませんよ。ただこちらも無為徒食の輩ゆえ、多少の色はつけていただきたい」
にやりと笑う光雄です。では行こうかと河津を促してすたすたと歩いて行きました。河津の方は少し行った先で振り返り、物も言わずに久吾をひと睨み。ひらひらと手を振る久吾を見て、ちっと舌打ちをしておりました。
朱塗りの塀に囲まれた敷地を出るまでに、光雄らは白糸嬢がいなくなった時の様子を聞き、具体的な報酬等について話したようです。
一方、こちら見送った側の鈴木久吾です。
光雄や河津の姿が見えなくなってふっと気を抜いたところに、すっと近寄る人影がありました。無防備な久吾の首に背後から手をかけます。ひやりとしたその手の感触に、
「原田ですか。脅かさないでください」
と、久吾がその手を払いました。原田と呼ばれた人影が応えます。
「へっ、華族様、土御門家の人間といっても、ただの俗な男かね」
「そうですね。しかし、河津は元より、あの白い軍服の男も相当に強い。この際、多少の金はけちけちせずにくれてやりましょう。依頼を受けた当人があの程度の男なら、邪魔にはならんでしょう」
「それで大丈夫か? もし河津がおかしなことを言い出したらどうするんだ」
「河津は言いませんよ。あいつの忠義は信じられます。命の恩人を騙していたなんて、いまさら言えないでしょう」
「そんなら、さっさと進めればよかったな」
「なかなか手配が遅くてね」
悪い顔の鈴木久吾です。なにやら企んでいるようですが、その中身はわかりません。倒れている連中を足で突ついて起こし、塀を直さないといけませんなぁとぼやいておりました。




