第12話 本当の依頼
心水教の二代目教祖と目される白糸嬢が居なくなり、その行方を探すよう依頼を受けたのですが、きな臭いことになって参りました。
詳しいことを聞く段になって、心水教の名代である河津が言うには、白糸嬢は悪党に拐かされたのだとか。しかし、
「このことは白里様には伝えておりやせん。修行の辛さと二代目の重圧に耐えかねて家出なさった。そういうことになっておりやす」
と、小天狗の煙と一緒に吐き出しました。
それが消えて行くのを黙って見守る光雄と舩坂少尉ですが、一転、咎める声が上がります。稀代の猫娘、立花美由紀嬢でありました。
「ちょ、ちょっと待って。そんなの警察に言えばいいじゃない。のんびり失せ物探しなんて言ってる場合じゃないわ」
「さいですな」
「さいですなって、薄情な。白糸嬢って言うからには、まだ若い女性なんでしょ?」
「ええ、まだ十をいくつか過ぎた程度でさ」
「まだ子供じゃない。そんなのってないわ。いまごろ心細くて泣いてるんじゃないかしら。酷い目に遭わされてなければ良いけれど」
「美由紀さんと言われやしたか。あんさんにとっては白糸嬢は赤の他人でしょう。なぜ、そんな風に心配なさるんで?」
「だって、若い女の子が悪党に攫われるなんて。いまごろ、どんなことになっているか、あなたは心配じゃないの?」
「そらまあ、それなりにはね。とはいえ、泣いて喚いて解決するもんでもありやせんし。あっしには、白糸嬢よりも大切にするべき方がおられますんで」
「だからって、そんな……」
「薄情な、と言われますかな」
吸い終わった小天狗を指の腹でばらばらにして払い落とします。それは、まだ火の残る中、ちりちりと音を立てておりました。
「人の情には限りが御座いやす。あっしは、どうやら元から少し足りねぇみたいで。そこへもって来て、何より白里様が大事とくれば、こうなるよりほかはありやせん。では、逆に聞きやしょうか」
目の下の隈を撫でながら、美由紀の足元から頭の天辺まで睨め付けるようにして。
「あんさんの住まう吉原界隈にも、日々、酷い目に遭わされている娘さんらがおりやしょう。寝子、寝子、寝子の娘らでさぁ。
水揚げ前の禿だって、親元から引き離されて、さぞかし幸せな日々を送っておることでしょうな。その子らのことは、どう思われるんで?」
「それは……」
「答えられやせんか。答えられんでしょうな。え? 答えられねぇんなら、四の五の言わずに、あっしの頼みを聞いてもらいてぇ」
ぎろりと睨む河津との間に、とことこと光雄が割って入りました。まるで場違いな軽い調子で、河津に向かって手を差し出し、
「すまんが、僕にも一本もらえるかな」
と、小天狗を強請るのです。そうして受け取った煙草を手に、ゆっくり吸って吐いてした上で、河津に向き合いました。
「この子は僕について来てくれただけだ。依頼を受けたのは僕だからね。頼みってのはあれかい、事件なんぞにせず、内密に探してくれと、そういうことかい?」
「ちょっと違いやすが、概ねそういうことで。白里様もそうですが、あっしも官憲なんぞ信用しておりやせん。金に五月蝿いわりに世間擦れしておらん斎藤は官憲頼みのようなことを言っておりやしたが、解決できんどころか、妙に集られて痛くもない腹を探られるのが落ちでさ。
あっしはね、ただ白里様を安心させたい、それだけが望みでありやす。白糸嬢は、ちょいと我が儘で家出しているだけのこと、一所懸命に探してもらっておりやすと、そう伝えたいんでさ。どこそこに投宿されていたようですが入れ違いになりやして、あるいは、なんとか村で見かけた人が居たそうですなどとね。
攫われちまったなんて伝えた日には、白里様の寿命も縮まろうというもの。無事なら無事に戻ってから、見つかったと伝えたいんでさ」
「そんな嘘を重ねて、それこそ何の解決にもならんのじゃないのかい」
「いや、そんなことはねぇ。白糸嬢が攫われたことを知っている古参の者が悪党どもと交渉しておるところでさ。
よしんば、そいつが上手くいかなくとも、先刻、見てもらった通り、うちにも荒くたい連中がおりやすから。どういう形であれ、いずれ白糸嬢は取り戻せるでしょうな」
「生き死に問わずか」
それまで黙りこくっていた舩坂少尉が重い口を開きました。それには答えず、河津は、ただ少尉の方に向き直りまして。
「白里様は気丈に振る舞ってらっしゃったが、長くはない。わかりやすよね? あんさんならわかるはずでさ。人が死に向かっている時の独特の空気がよ。
あっしが一等大事な人は白里様でありやす。今際の際に、余計な心配事を耳に入れたかねぇ。白糸嬢は、ちょっとした我が儘で家出されておるだけで、そのうち戻ってきやす。そういうことなんで。
あんさんらにとっても悪い話じゃねぇはずだ。白糸嬢が無事に戻るか、白里様が身罷られるか、それまでの間、あっしの言うように、ちょっとした嘘をついてもらえばいい。もちろん、気分の良いもんじゃねぇでしょう。それ相応の謝礼は払いやすんで、助けると思って受けていただきてぇ。こいつが本当の依頼でさ」
「ふん、そういうことか。光雄、こんな胡散臭い話に付き合うことはない。やめておけ」
「うーん、そうだねぇ。誰にも何も言わない代わりに降ろさせてもらうのが賢明かもな。
で、その依頼、もし、断ると言ったら? あるいは白里様なり官憲に事実を告げると言ったら、どうするのかな?」
問われた河津は無言のまま、枯れ木のように立っております。その足元を、ひゅうひゅうと風が通り抜けていくのでした。
手元で小天狗に火をつけると、深く吸い込んで秋空に向かって吐き出しました。空を行く煙と雲を見つめていた河津の目が動き、母屋の方を向きます。
それと同時に、屋根から人影が疾り、光雄らの頭上に踊りかかったのです。その動き、猿の如くと申しましょうか。人間技ではない。けれども黒装束の男たちで、確かに人間ではありました。




