第10話 藪睨みの死装束
どうにかこうにか草庵の中へ入った一行。
茶室として使われていたのであろう四畳半の小さな部屋に、河津、光雄、舩坂少尉、美由紀の四人が窮屈そうに座っています。
草庵にいるという心水教の教祖、白里様の姿はなく、ただしゅんしゅんと湯が沸いて、無人の部屋が出迎えました。
奥に別間と水屋が控えているようですが、それから声がかかるでもなく、それへ声をかけるでもなく、河津は黙って腰を下ろしました。
習って三人も黙って腰を下ろし、湯の沸く音と衣擦れの音以外、なにひとつ聞こえてくるものもありません。
床の間には小さな木彫りの人形が二体、華やかな着物を羽織っています。見ていると落ち着かない気持ちになるのは何故でしょうか。
妙に惹きつけられ、人形に手を伸ばしかけた美由紀の袖を光雄が引いて留めます。はっとして手を止めた美由紀の耳に、しわがれた声が届きました。
「また虐められたのかい、河津」
咎めるのか揶揄うのか笑うのか、なんとも言いようのない声音でした。
「あの子達にとっちゃ、あんたは憎くてたまらん仇みたいなもんか。虐められていた者ほど、力を手にすると虐めたくなるんだろうさ。
快く虐められてやりな。あんたにゃ、それだけの業と胆力がある」
「へい」
「あの子らの障りは、おしら様の徴だと言ってやったからね。いまは誇りに思っているんだろう。
古参の連中には、名代のあんたこそが二代目に相応しいという者も多いのにねぇ。何人かはわざわざ頼みに来ていたよ。
朱塗りの塀で囲っても、俗世のことは染みのように澱んで来やる。こんな中でも差は生まれるんだ。僻みに妬み、恨み辛みに化けの皮ってね。人間らしい暮らしを夢見て逃げてきた先なのになぁ。儘ならぬものよな。
河津、あんたはどうなんだ。ここへ来て、あんたは救われたのか。それとも地獄へ叩き落としてほしいのか。ひひひ」
「白里様、御客人もおりますので。お話はその辺りで……」
下げた河津の額に、真っ赤に焼けた炭が飛びました。誰もおらず何もないのに、茶釜の下から飛んで出たのです。
額に当たったそれが落ちる寸前、河津が素早く炭を掴み、元へ戻しました。肉の焦げる匂いが漂います。
「河津!」
と叱責が飛びます。「あんたは、いつからわしに意見できるほど偉くなった。白糸から目を離しおって。愚か者めが」
叱りつけられた河津が無言のまま頭を下げ、畳に額を擦りつけます。あたりの空気が膜を被ったように重く肌に纏わりつきました。
勝手に言葉を発することは許されない。そんな気持ちにさせられます。ところが、
「まあ、それぐらいでどうですか」
と飄々と口にした者がおりました。軽薄な声の持ち主は、むろん、我らが土御門光雄であります。
「……匂う匂う。厭な匂いがするね。
こいつは人の業を飯の種にしてきた輩の匂いだよ。そうかそうか、土御門の者が来たか。ひひひ。こんな依頼に応じるなんぞ、落ちぶれおったものじゃな」
「分家の方は断りましたよ。こちとら余裕もないはぐれものなんでね」
「ひひ、おはぐれかよ。どうせ面倒事を押し付けられたんだろ。倉橋のばばぁは元気かい?」
「そりゃあもう。元気元気で参りますな」
「そうかそうか。あのばばぁ、なかなかくたばらないねぇ。あんたが土御門の者として、まだ他にもいるね。
これはまた匂うじゃないか。
もう一人は、赤錆びた血の匂いだ。斬りも斬ったり、人斬り様だね。正義なんてものを背負って信じて潰されたんじゃろ。阿呆な男だ。いや、男がみんな阿呆なのか。ひひ。
さっきも、河津が投げ飛ばしていなけりゃどうしてた? 人を守るためだとかなんだとか理屈をつけて、躊躇いなく斬っていたんじゃないのかい」
それと、あと一人は……。
と美由紀のことを言いかけた白里様が黙り込みました。顔を上げた河津が問いかけます。
「どうかされましたか」
「いや、なんでもないよ。そんなことより御客人に湯茶くらいださんか。一向、気の利かない男だね」
へい、と承って河津が茶を整えます。
「作法なんぞ知りやせんので。どうぞ気楽に」
光雄らに茶を出すと、白里様をお連れしやすと言って別間に姿を消しました。やがて、出された茶を半ば飲み干したころ、優しい色合いの楮の襖を開いて老婆が姿を見せました。
立ち上がることが出来ぬのか、白い小袿を引きずり、膝行りながら河津に伴われての登場です。
年経て小さく縮こまった体で、眇と言い斜視と言い、力ある左右の目が別々の方向を見ております。
その目がかちりかちりとかち合うようにして、舩坂少尉、光雄、美由紀と移りました。
「ひひ、人斬りと蟲使いか。あとは、母を亡くした仔猫かい。困った優しさをもった猫娘だねぇ。ひひひ。寝子に情は禁物、百人斬りになっちまう。遊女の恋は一夜限り。割り切らなけりゃ粋じゃないよ」
にんまりと笑う白里様でした。猫、寝子と話が出て、驚いたのが美由紀です。白里様の目から逃れるようにして光雄の袖を引きました。こそこそと小声で言うには、
「ねぇ、猫の話なんて河津さんにもしてないよ。なんでわかったのかな」
「さてね。しかし、そう思った時点で術中だ。当て推量か下調べによるのか、わかったもんじゃない。さぁて、鬼が出るか蛇が出るか」
内緒話の二人を、白里様の背後から、河津がぎろりと睨み付けました。さらに、あちこち行ったり来たりしていた白里様の目が土御門光雄の上で止まります。
「失せ物探しの件、受けると応じたらしいが、もう一度聞くよ。受けてもらえるかね」
ぎらぎらとした眼で気をやられ、受けるに辛い圧ですが、柳に風と受け流し、
「ええ」
と一言、涼しい顔の光雄です。
「ひひひ、よいよい。では頼もうか。
わしの跡目、二代目教祖の白糸を探し出してきておくれ。失せ物は、河津の阿呆が目を離した隙に居なくなっちまった娘っ子よ」




