〜彷徨い人と、迷い猫 8 〜
チヅルさんの唐揚げは美味しい。
何ていうのかな、安心感のある味。
生姜と胡椒がしっかり効いていて、それでいて食感も抜群に良い。揚げたてだからね、料理ってやっぱり出来立てが一番美味しいに決まってる。
出張で帰ってこないシゲルさんを除いて、家族3人で食卓を囲む。
何年ぶりだろう。やっぱりいいな、誰かと食事するのって。
1人だと味とかをじっくり味わう事もなく、作業になってしまいがちな食事が、誰かといるだけで全然違う。
人がいる分、その場の情報量は増えているはずなのに、何故か味の情報量も増えるっていうのは不思議なものだ。
「エマキャットってさ、強いの?」
ご飯のおかげで少しは和んだんだろうか、ナツキちゃんが口を開く。
「動画とか見てると、確かに強いんだよね。魔象の力なんだろうけど、壁とかめちゃくちゃ壊すじゃん?あれ、犯人とか絶対ケガしてるよね」
「そうだね。相手はみんなただじゃ済まないね。でも、辺りを壊すのはおまけというか、わざとっていうのもあると思うよ」
「…何で?」
「パフォーマンスというか、自分の力の誇示みたいな部分がある気がするな」
「…最悪じゃん。自分を盛る為に必要の無い破壊もしてるってこと?」
「多分だよ、多分」
ナツキちゃんは明らかにヘイトの表情で唐揚げを頬張る。
可愛い子がめいっぱい口に唐揚げ詰めてるの、可愛いな。鳥のヒナみたいで。
「…で、強いの?」
「うーん…ここだけの話、僕はそこまでではないと思う。そりゃ魔象使いだからね、一般人と比べちゃダメだけど。ムラクモの前衛は、みんな彼女と対する時は手加減してるよ」
「そうなんだ。だいぶ前に、キヨ兄の会社の、キヨ兄じゃない人がエマキャットと戦ってる動画も見たんだけど、あの人も手加減してたの?」
誰の事だろう。カゲかな。
っていうか、ナツキちゃん、エマに興味津々なのかな。めっちゃ聞いてくるな。
「誰?どんな見た目してた?」
「長いコートみたいな服装で、ライオンみたいな髪型の人」
「あぁ、カゲか。うん、手加減してるよ。『何でわざわざ加減しなきゃいけないんだ』ってぼやいてたし」
「そうなんだ。あの人、忍者みたいだったね。凄いアクロバットな動きしてた」
「うん、実際忍者だからね、カゲは。全然忍んでないけど、そういう家系の人間なんだよ、彼」
「へぇ凄い。キヨ兄の会社、面白そう」
「あんた、キヨマルの仕事に興味津々じゃん」
「だって、こういう話滅多に聞けないじゃん。学校で話すネタにもなるし」
「あんまり大っぴらにみんなに言わないでね。ダイレクトに会社の評価になっちゃうから」
「大丈夫だよ。キヨ兄の会社は凄く頑張ってるってアピールしとくから」
食べながら話すのはマナー的にはダメなのかも知れないけど、食事を囲んで話すの、楽しいな。
これからもちょくちょく帰ってこようかな、実家。
いつもは味気ない食事しかしてないのに、今日の晩御飯は、なんというか、ちゃんと『彩り』がある感じだ。
心の為にも、こういう事が大切なんだろうな。
「…私、将来キヨ兄の会社みたいな所で働きたいな。毎日色んな事が起きてて楽しそう」
「いやぁ、楽しくはないと思うよ。僕は仲間に恵まれてるからいいけど、実際かなりキツい仕事だからね。今回みたいに、世間を気にしながら仕事しなきゃいけないし」
「そうよ。それにナツキ、魔象持ってないじゃない。お母さんとしては、危ない仕事はして欲しくないなぁ」
「いいじゃん、希望として考えとくくらいは」
チヅルさんの指摘に、ナツキちゃんは少しむくれる。
うーん、魔象使いじゃなくてもムラクモで働く事は全然可能なんだけど、ここは黙っとくか。
「学校はさ、みんなガキっぽい事で盛り上がっててつまんないんだよね。誰が好きとか嫌いとか、男子はエロ話ばっかしてるし、女子は女子で、変に大人ぶって冷めてるというか、それが逆にガキっぽいというか…。どっちも私には合わなくて窮屈…」
思春期特有の悩みなんだろうか。
十把一絡げに集団として『クラス』に押し込められ、均等な教育を受ける。
大人になるとその大切さは分かるんだけど、当事者の立場からするとウザいだけなのかも。
僕にも思春期はあったはずなんだけど、大人になってしまうと共感しにくくなるというか、理解しにくくなっていくんだよね。
通り過ぎてしまうと、もう分からなくなってしまうんだ。
だから大人は説教臭くなってしまうんだよな、きっと。
「今日はありがとうございました」
「そういう言い方いいから!…行ってきます、でいいのよキヨマル」
「はい。じゃ、行ってきます」
「バイバイ、キヨ兄。また来てね」
「ありがとう、ナツキちゃん。楽しかった」
「…うん、私も」
食事をし、しばらく談笑し、心の疲れはだいぶ取れた。自然と笑みが出せるようになってる。
最初は落ち着かなかったけど、やっぱり『家』はいいな。
2人に見送られ、僕は再び日常へと戻る。
ちょっと心折れてたけど、また何とかやっていけそうだ。
…やっぱり、人は一人では生きにくい生き物なんだろうな。
帰り道、バイクを独り走らせていく中、日常の空気が戻って来る。
いつもは独りが心地良かったんだけど、今日は少し物寂しい感じだ。
この切り替えがなかなかしんどくて、だから僕は余り実家に帰ってなかったという事を思い出させる。
でも、切り替えてしまえばどうということはない。
明日からは、再びちゃんとした『ムラクモのエージェント』としての近衛キヨマルになる事だろう。
…しっかりしなくちゃな。
その日、僕は夢を見た。
まただ。また、昔の夢だ。
走る車の中に僕はいた。
窓から外を見ると、規則的に光る街灯が続く、深夜の景色。
人の気配などない、深い夜の時間。
そこを切り裂くように、結構なスピードで疾走する、僕を乗せた車。
運転席には、女の人が座っている。
…僕のお母さんだ。
本当の、お母さんだ。
もう顔は覚えていなくて、ぼんやりと輪郭がわかるだけ。
でも、それが実の母親だというのは夢の中でもはっきりと分かった。
そして、僕はこの先の展開も分かってる。
車は、海へ向かっている。
お母さんと、僕だけを乗せて。
…そして、そこで僕は出会うんだ。
『十六夜宗茂』と。
海へ着く頃、夜は少しずつ明け始めていて、徐々に太陽の下にその醜くも美しい世界を映し出す。
明け方の海。季節外れでも明け方ならサーファーくらいは居そうなもんだけど、その時は本当に僕とお母さん以外は誰も居なくて、余りに静かすぎて。
この世界に2人しかいないような、そんな錯覚すら起こすくらいに静かだった。
波の音だけが時折耳を揺さぶるだけ。
心音のように、規則正しく。
きっと、この時お母さんは僕と一緒に死ぬつもりだったんだろう。
今だから分かる。
でも、その時の僕は何も分からなくて、初めて見るバカでかい水溜まりに、心躍らせていた。
バカみたいに砂浜を独り占めして、走って、波と戯れたりして。
そんな僕を、お母さんは遠くからただ見つめていた。
走る僕は、何かが砂浜に突き刺さっているのを見つけた。
水平線から顔を覗かせた太陽に照らされたそれは、まるで勇者の到来を待つ伝説の剣のように、厳かな空気すらまとってただ垂直に砂浜に突き立てられていた。
立ち止まり、興味深そうに眺める僕の頭の中に、確かに問い掛ける声がしたのを覚えている。
『力が、欲しいか?』
直接頭に入り込んでくるその声に、僕は自分の中の衝動をかき混ぜられる感覚を覚えた。
それは、今でもはっきり覚えている。
天使の囁きでも、悪魔の耳打ちでもない。
何にも縛られない、力の根源を声にしたような、そんな感じ。
『力が欲しいなら、我を持て』
『そして打ち払え、汝の思う悪を』
『解放するのだ、汝の衝動を』
『…力が欲しいです』
それが、十六夜宗茂との最初の会話だった。
僕はお母さんに見つからないように、その一振りの刀を車の後部座席の足元にしまい、ひどい罪悪感を抱きながら家路についた。
そう、普通に帰れたんだ。
もしかしたら、海と戯れる僕を見て、お母さんは心変わりをしてくれたのかな、なんて今は考えてる。
海は綺麗だった。
楽しかった。
本当に楽しかったんだ。
けど、帰る頃には大好きなお母さんに隠し事をしている自分への嫌悪感でいっぱいだった。
それなのに、その刀を手放すという考えは全くなかった。
もしかしたら、既にその時僕は宗茂に心を掴まれ、支配されていたのかも知れない。
僕の両親が死ぬ、1ヶ月程前の出来事だ。
1ヶ月後、僕は独りになる。




