〜即席魔導人形(インスタントゴーレム)⑰〜
「はじめ、の声なんてないもんなぁ!一撃で終わらせてやるよ!」
メルクリウス小林の、嬉々とした声。
阿形吽形2体の拳が同時に繰り出される。
慌てて糸を手繰り、アザミに防御させるが。
がぁぁぁんっ!
金属を叩く激しい音と共に、アザミは一気に壁まで吹き飛ばされ、ボディを壁に叩きつけられる。
…強い!
造形からして、2体とも徒手空拳で戦うスタイルのようだ。飛び道具とかはなさそう。
ただパワーが桁違いだ。スピードもそこそこある。パワーについてはアザミを遥かに上回っている。
正面からやり合うのは不利か。
そもそもアザミはパワー系じゃない。
「…んッ!」
私の操作に呼応して、アザミは体勢を立て直し、2体に飛びかかる。
鋭い爪を振り降ろし、2体を切り裂きにかかる。
ごんっ。
その爪の元の拳部分を手の甲で阿形が防ぎ、その隙に吽形が左から襲いかかってきた。
「…くっっ!」
片腕で防御姿勢を取るが、アザミは蹴りを受け、紙屑のように再び吹っ飛んだ。
糸を手繰り、アザミに受け身を取らせるが、それより速く今度は阿形が飛びかかる。
…防戦一方だ。何もできない。
スピードは決して速くないが、アザミで2体同時の対応は無理がある。
何度も攻撃を受け、防御し、攻撃を受け、防御し。
その繰り返ししかできていない。
防げてはいるものの何度か拳をぶつけられ、既にアザミはギシギシと関節から不協和音を出し始めている。
「アザミ、遊撃型移行!」
私の声と、糸を伝って注ぎ込む魔象の力に反応し、アザミの刺々しい全身の造形が、ハリネズミのように立てられる。
遊撃型になると、アザミは棘のように鋭利に立てられ、全身が武器になる。
背中も、腕回りも、足回りも、頭も、全てが今アザミの武器だ。
周りの事など気にしていられるか。
「いけっ、『山嵐』!」
アザミが身を小さく屈め、弾丸のように阿形へ突っ込む。
がぁぁぁんっ!!
初めてまともな攻勢に転じ、アザミが阿形を吹っ飛ばした。
人工皮膚のような阿形のボディの何箇所かに棘が刺さり、そのままアザミ含め2体が壁に激突する。
よし、1体にはダメージ入ったか。
そう感じたのもつかの間、阿形はアザミをすぐに押し返し始めている。相撲よろしく、四つに組んだ状態。
吽形は…
私が視線を向けた時、吽形は私の目の前に迫って来ていた。
操手を狙ってくるとは!
確かに、アザミは十指操作型だ。私はほぼ無防備に近い。
アザミを戻そうにも、阿形と四つ組みの状態。
かわすしか!
私は真横にヘッドスライディングした。うっ、太腿が筋肉痛で軋む。
ばがぁぁぁん!
空振った拳がそのまま壁を叩き、吽形は拳をめり込ませている。
どうやら壁から拳を抜けずにいるようだ。
今のうち!
アザミを操作し、ドロップキックで阿形を引き剥がすと、吽形へ疾走させる。
あーもう、どっちが阿形でどっちが吽形だっけ…カタチほとんど同じだもんなぁ…もうどっちがどっちか分かんないよ!ややこしい!
ずどんッ!
吽形の背中へ容赦なく手刀を突き立てる。
アザミの手刀は鋭利な斧槍そのものだ。それは吽形の土手っ腹を刺し貫いた。
だが吽形は止まる事なくアザミを蹴り飛ばし、抜かれて向こう側が見える腹を気にする様子もなく拳を壁から抜いて向き直った。
「素晴らしい…!やはり格闘技は砂かぶりの最前列で観戦するに限る」
その様子を見て、嬉々とした声を上げる西園寺。
ダメだ、こいつ今はかなりムカつく。
こっちは必死でやってんのに。
きゅぃぃぃいっ。
魔象でできた糸を手繰り寄せ、一度アザミを自分の近くへ戻す。
「チビのお姉さん、やるじゃん。でも、キミ自身は随分無防備だね。何しろ、小さくて可愛い女の子だもんねぇ!」
「…っるっさいなあ。少しは黙ってられないの、どいつもこいつも」
思わず口が悪くなるが、この際もうどうでもいいや。
メルクリウスは、私が小林も本体にも手出しできないのを見抜いてる。
そもそも西園寺はメルクリウスを壊させたくないのだし、既に事切れているとはいえ、小林本体は人間だ。遺体を損傷させたくはない。
小林の尊厳まで傷つけたくない。
だから私は真っ向から阿形吽形に向かうしかないから、パターンは自然に限られてしまう。
でも向こうは2体だ。おまけに1体で充分にアザミと渡り合える力がある。
これは圧倒的に不利だ。
アザミを私から離して戦うと私が無防備になる。
だからといって接近させすぎても私が流れ弾を喰らう可能性がかなりある。
どうする?
迷っている私の視線は、床に転がる『何か』に目を向けた。
鈍く金属質に光る何か。
ナイフくらいのサイズのそれは…カゲ先輩のクナイだった。
さっきの戦闘で使ったもの?
不発弾的なものなのか、刺された時に落としたのか。
…そうだ、先輩刺されたんだった。
大丈夫かな。
そう考えると、更に怒りというか、苛立ちが増してきた。
こいつ、絶対にぶっ潰してやりたい。
…よし。
「…いけっ!」
アザミを阿形吽形へ向かわせる。
もう一度、正面から『山嵐』だ。
「ワンパターンなんだよ!」
阿形吽形が、2人合わせて防御の姿勢を取り、真っ向からアザミとぶつかり合う。
まるで相撲だ。
確かに、相撲はかつて神技だったわけで、阿形吽形の見てくれを考えると、何だか正しい光景だ。
いや、そんな事考えてる場合じゃないか。
私は、転がっているクナイへ走った。
握り部分を拾い上げ、ええっと…これどうすれば作動するんだっけ。
確か…柄の丸い部分の内側にスイッチか何かが…
あった!これだ!
私はスイッチを押し込むと同時に、片手でアザミを引き戻す。
操作が一時的に中途半端になったアザミは、襟首を急に引かれた子供のように、だらしなくこちらへ戻ってくる。
そこへ私がクナイをパスし、再び十指操作へ戻す。
尖った指先で器用につまませると、それをメルクリウス本体であろう大画面へ向けて投げつけた。
「てめぇ!」
メルクリウスも先ほどの戦闘で分かってるんだろう。そのクナイは爆発物であると。
少し慌てた様子で阿形を戻し、クナイを身体で受け止める。
ドンッ。
爆発音がして、阿形のクロスした腕で爆発が起きた。
今だ!幸い傷ついている吽形が隙だらけだ!
「いっけぇぇ!」
アザミを吽形へ向かわせ、その鋭い手で手刀を作り、首元へと繰り出す。
ばきぃぃぃぃんっ。
金属音と共に、吽形の首が飛んだ。
たいてい、傀儡の指揮系統は頭周りに集中している。人間と同じようなモノを作ろうという、『輝邑』の概念が生み出した、一般的な傀儡の特徴だ。
これで吽形は無力化できたはずだ。
あとは阿形……!
…えっ?
「甘い!」
阿形へアザミを向かわせた時、首を飛ばされて無力化されたと思われた吽形は、真っすぐこちらへ向かってきた。
ぽっかり開いた腹の向こうから、メルクリウス小林の笑い顔が見えた。
「ばぁーか、対策済みなんだよ!」
まずい、今私は無防備だ。アザミを吹き飛ばすほどの力、ぶつけられたら私が消し飛ぶかも知れない。
吽形が床を蹴り、こちらへ拳を振り上げた。
「…ヤバっ、アザミっ…!」
きゅるきゅるっ。
アザミを戻すが、間に合うか…せめて防御だけでも!
一時的に遊撃型を解除し、アザミを私と吽形の間へ挟むように飛び込ませるが。
どぉぉぉぉん!!
激しい衝撃音と共に、私は吹っ飛ばされた。
ギリギリ間に合ったらしい。
私はアザミに庇うように抱かれた形で、壁へ吹き飛ぶ。
でも、多分もうダメだ。
人間は弱い。
弱いから、アザミが大丈夫でも私が…
…あぁ、自分は何て無力なんだろう。
なんて弱いのだろう。
守られてばかりだ。
アザミにも、先輩にも。
このまま壁に叩きつけられて、私はどうなるん…
だぁぁぁん!
強い衝撃に、世界が眩む。景色がぐわんぐわん揺れて、視界がぼやける。
頭が、くらくらして、意識が…とびそ…
…やばい、もうだめかも…しれ




