〜即席魔導人形(インスタントゴーレム)⑯〜
思い出した。
今、私の目の前にいる、この片眼鏡男を。
西園寺リヒト。
私の価値観を変えるきっかけを作った男。
皮肉なものだ。
この男のせいで、私はモノに興味を抱き、自分を高めようと考え始め、ムラクモに入社し、今ここにいる。
その私や、私の上司を、今この男は2課を使ってメルクリウスと共に制圧しようとしている。
少なくとも、今は相容れない存在のようだ。
「…西園寺…リヒト」
「お久しぶりです、四季守さん。覚えていてくれましたか。実際お会いするのはアザミの鑑定以来ですね。まさか本当にあの後、靴のお代を持ってくるとは思いませんでしたよ。その節はありがとうございました」
場違いなくらいに冷静に、西園寺は優雅に頭を軽く下げる。
「評判はうかがってますよ。3課でご活躍されているようで何より。しかし…
…今回は少しやり過ぎましたね。私の想定以上で少々驚きました。おかげで我々の計画が台無しになるところでした」
「あなた…何者なんですか」
「ふふっ、もうお気付きなのでは?」
西園寺は、多数の2課隊員を引き連れて現れた。
2課隊員は、西園寺には武器を向けていない。むしろ護衛のように、2人ほど傍に置いている。
3課にも、4課でもこの男を見た事はない。
つまり…
「…1課の魔象使い…」
「御名答。改めて自己紹介を。
私は1課の管理士、西園寺リヒトと申します。お見知りおきを」
黒の革手袋に包まれた右手を胸に置き、改めて一礼する西園寺。そのまま、今度はメルクリウス小林へと向き直った。
「まさかメルクリウスが付喪神だったとは。我が社の社員が働いた無礼をお詫び致します。その上で、改めて私の話を聞いて頂けないでしょうか」
メルクリウスは少し拍子抜けしたのか、苛烈な表情を少しだけ和らげた。
「…ふん、ちょっとは話の分かりそうな奴が来たな。話だけは聞いてやってもいいよ」
「ありがとうございます」
西園寺は落ち着いた足取りで、メルクリウスの前まで進む。
「今回の即席魔導人形の一件、あなたがその原因であるのは明白。我々はこれに困らされています。理由をお聞きしても?」
「決まってるだろ!人間にムカついてるからだよ!携帯だかなんだか知らないけど、機器をばかすかばら撒いて、ボクに負担をかけやがって。他にも通信設備があるにしろ、ボクはしんどいんだよ!もう嫌なんだよ!弱っちくて数だけの人間が、神であるボクをこき使うなんて、何様のつもりなんだ?」
「…なるほど。確かに一理あります。が、あなたは神なのでしょう?であれば、このくらいの負荷など訳ないのでは?3割の通信制限も国から発表されている。それではご不満ですか?」
「…話が分かりそうだなと思ったけど、違うみたいだ。ボクを馬鹿にしてるのか!?」
「そうではありません。神であれば、大きな力とカリスマで、是非我々下賤な人間を高みへと導いて頂きたい。だって、神なのでしょう、あなたは。
であれば、人間には理解が叶わぬほどの高い志と理念を持っていなくては。神と人間の差が『力』だけならば、神の存在など不要です」
「…舐めるなよ、てめえ!」
西園寺の、半ば挑発ともとれる言葉に再びメルクリウスは激怒した。
…敵なのか味方なのかどっちなんだ、この片眼鏡は。
「行け!!」
おびただしく発光したドローンが数機、西園寺に襲いかかる。
が、彼が手をかざすと、さっきのリプレイのように、ドローンは失速し、光を失って地面へ落ちた。
よく分からないが、西園寺も魔象使い。何らかの力でドローンを無力化しているのだろう。
目で見るだけでは、どんな力なのかまでは分からないけど。
「くっ…」
「先ほどもご覧になられたでしょうが、こんな羽虫では私は退きませんよ」
「…そうみたいだね。じゃあ『とっておき』を見せてやる!!」
メルクリウスは両手をひろげ、腕を左右に伸ばした。手から光が放たれ、壁へと向かう。
それに呼応するように。
べきべきべきいぃぃっ!!
壁が破れ、何かが現れた。
2メートル近くある、人影。両脇の壁を壊し、その人影とメルクリウスが光の太い筋で繋がる。
「…ほう、これは…」
西園寺はさして驚きもせず、顎に手を当ててその様子を余裕で見守っていたが、人影の全てが露わになると、少し喜ぶように目元を細めた。
「…素晴らしい…『輝邑』の傀儡ではないですか。しかも最初期の、国宝クラスのものとお見受けします」
『輝邑』の傀儡。
傀儡界の最高峰とも言われる名門職人集団『輝邑一門』のものだと、彼は一目で見抜いたようだ。
私は両脇の人影に目を凝らした。
由緒ある仏閣にあるような、筋骨隆々の仁王像を思わせる身体。まるで本物の人間のように艶があり、筋肉の躍動や血管まであるかのような細やかな造形。関節などまるで見えず、人形であることを感じさせない。
カッと見開いた、目力のある顔つき。眼球は変な言い方だがみずみずしく、ぎょろぎょろと辺りを見回している。
…というか、そのまんま仁王像じゃないか。
まさに動く仁王だ。
「そう、輝邑の失われた作品、『阿形』と『吽形』さ。凄いだろう!能力も『本物』と全く同じだ!人間なんてこいつの前では紙屑同然さ!」
「…『本物』と同じ…?本物ではないのですか?」
西園寺の訝しむ顔に、メルクリウスは胸を張って勝ち誇った。
「本物なんて既に失われてこの世にはないだろ!ボクが作ったのさ、イチから!ネットワークを使って情報を収集し、全く同じモノをね!」
「……なるほど。いわばコピー、『贋作』というわけですね。…がっかりだ」
西園寺の表情は、一気に失望で曇る。本当に、心底がっかりしているようだ。
同時に、侮蔑のような冷たい感情を表に出していた。薄ら笑いは消え、口角はわずかに下がっている。
「堂々と『贋作』を作り出し、それを誇る。作り出した主はそれを誇って胸を張る。…何が神だ。反吐が出る」
小声だが、今までの声色とは打って変わった、冷えた温度の言葉。
だがすぐに元の声色に戻し、西園寺は続けた。
「よろしい。ではあなたのお望み通り、ゲームをしませんか。勝った方が負けた方の言う事を聞く。どうです、シンプルでしょう?」
ゲーム。
面白がっているのか?
この状況で、西園寺は臆する事もなく淡々とそのワードを口にした。
「あなたが勝ったら、好きにしたらいい。我々は退きましょう。ムラクモはこの一件から一切手を退きます。それが望みでしょう?後はあなたの好きになさったら良い」
「ほう、面白いじゃん。勝てる余裕があるのかな?」
「勿論。負ける勝負はしない性分でして。…その代わり、我々が勝ったらあなたはムラクモの社としての要求を呑んで頂きます。
…3割の通信制限。そこからムラクモに関わるデータや通信の一切を除外して頂きたい。
つまり、あなたはムラクモの為には全力で働いて頂く。これでどうでしょう?悪い条件ではないはずです」
「…オッケー、いいだろう」
「よろしい。勝負の内容は、あなたのそのご自慢の『贋作』2体と、我々の用意する傀儡との闘いにしましょう」
「…よっぽど自信があるんだね」
「ええ」
…何か嫌な予感がする。
西園寺は私の方を向いた。
「…というわけで、四季守さん、アザミを召喚びましょう。大丈夫、勝てる相手だ」
は?
ムラクモが用意する傀儡って、アザミの事?
冷や汗が一気に噴き出した。
ゾクゾクする感覚が、足元から上がってくる。
「ま、待って下さい。私、アザミの召喚を多分本社に止められてるんですよ、今。出せていたらもっと早く決着させられたはずで…」
「あはは、何を言い出すかと思えば!そのチビのお姉さん、何もできないんだよ?」
私とメルクリウスの言葉に、西園寺は何か思い出したのか手を叩いた。
「そうでした。四季守さんがアザミを召喚できたら本当に話が解決しそうだったから、私が指示してアザミへの一切の魔象の干渉を遮断していたんでしたね、忘れてました」
…コイツが犯人だったのか。
西園寺はすたすたと私に近づき、小声で耳打ちする。
「我々はこの条件をメルクリウスから引き出したかったのです。3課が全力を出したら、この取引を提示する事もなく、あなた方がメルクリウスを粉砕して全て終わってしまう。私はそう考えていたのです」
耳から口を話すと、小声で更に続けた。
「我々もメルクリウスには目を付けていました。彼が付喪神にまでなっていたのは予想外でしたが。穏便に、ムラクモの好条件を呑ませる下準備をしていたところ、あなた方3課は強引に解決へ動いてしまった。正直、メルクリウスを壊されてはこちらも困るのです。まぁ、ここまで話を持ってこられたので結果オーライですが」
「…でも、私とアザミで、こんな強力な傀儡2体なんて」
「できますよ、大丈夫です。やってくれなくては困る。あなたは我がムラクモの、3課エージェントなのですから」
西園寺はポケットから携帯を取り出した。
私達の時は没収されていたのに。
緊急だからなのか、1課の特権なのか。
とにかく、西園寺は携帯を持っていた。
1課は特製なのか、通常の携帯とは大きく形の異なる、ごてごてした携帯だ。
「…あぁ、西園寺です。3課傀儡士、四季守ミサオの傀儡、アザミの魔象遮断解除を。…ええ、そうです。『芦屋』にも伝えて下さい。ええ、もう少しなので。よろしく」
散々アザミがいなくて苦労したのに。
アザミがいれば、カゲ先輩も刺されなくて済んだかも知れないのに。
みんな、危険な思いをしなかったかも知れないのに。
こいつはそれを、連絡一つで済ませている。
何だよ、この理不尽は。
思い出の中での西園寺の印象は決して悪いものではなかった。けど、今は違うな、これは。
『早く出せ』と言わんばかりの顔で、彼は私を見ている。
「総員、下がれ。この部屋に結界を」
2課もこの状況を了承したらしい。隊員は全員下がり、大きなこの部屋の隅に結界の源である結界装置を置き始めている。
「それでは弱い。私が張ろう」
御手洗課長が動いた。課長も了承したのか。いいのかそれで、本当に。
…いや、逆らえないのだろう。
課長とはいえ、3課の人間だ。1課の意思はムラクモにおいてほぼ『絶対』を意味する。
「すまない。私にはこれくらいしかできない」
すれ違いざま、呟くように漏らした課長の言葉。
複雑な感情のこもった、いつもの課長らしからぬ声に、私は覚悟を決めた。
もうやるしかない。
私は、チョークを手に取った。床に陣を描く手は、震えている。
そりゃそうだよ。
怖い。勝てるかどうかも分からない相手だ。
輝邑の、まして国宝級らしい傀儡、それも2体。
どんな傀儡なのか、私も知らない。大学で操作系魔象学を学ぶ中で、傀儡について研究した。
輝邑の傀儡が凄い事はその中で学んでいる。
けど、『阿形吽形』については、代表作の一つとしての紹介があったくらいだ。
性能なんて知らない。
でも、やるしかないんだ。
私は出来上がった陣に手をかざした。
魔象を注ぐと、陣はいつものようにちゃんと光り出した。
刺々しい、硬質の金属製ボディが、陣の中からせり上がってくる。禍々しい出で立ちのアザミが、ゆっくりと姿を見せた。いつも通りの光景だ。
力を込め、私とアザミを繋ぐ糸を出す。
その光の筋の細さが、いつもより心細く感じさせる。
めぎっ、ばきん。
アザミが、目を覚ます。
赤い単眼に光が灯り、手足が伸びる。
鋭い指爪を持つ長い腕を、構えさせ。
私が前を向いた時。
だんっ。だんだんだんっ!
重い足音と共に、既に阿形、吽形の2体は私の目前に迫っていた。




