第四章第十五話 ゲシュタルの寿ぎ
第四章第十五話 ゲシュタルの寿ぎ
初日はティア、翌日はグリンダ、翌々日にはアイダと順繰りに入れ替えながら処理を続ける。
ちょうど2周目が終了して大凡、うちの贈答品を仕分けし終わった頃、大量に送られて来る贈答品の処分に困る事になる。今日は最終確認で3姫を全員連れて来ている。
「そろそろ倉庫にも入らなくなってきたね。どうするのこれ?」
「さて、どうしたものか。いきなり売り払う訳にもいかんのが悩ましいの。いっそ帝都に屋敷でもかまえるかの」
「帝都に屋敷を構えるのはぁ~、いいとしても維持出来ないのでは無意味ですよぉ~」
「維持は出来ても使い道がなければさらに無意味であります。これしか人員が居ないのですから」
「はぁ~。早く畑でも耕していたいよ~。自分が何やってるか分からない仕事ってきついね~」
はぁ、と溜め息一つ。
「お前様にも困ったものじゃ。そもそも貴族の領地経営は必須じゃぞ。それに伴う貴族間の付き合い、商取引など普通に出来んようではあっという間に没落してしまうのじゃ」
「しょうがないじゃん。数か月前まではただの穀潰しだったんだよ。商取引だってたまに来る行商人とするくらい。貴族家との付き合いは一切なしだもの」
「それを考えるとまだ男爵位ですら体裁が整っていないのですねぇ~」
「義父様もそこは同じであります。今や侯爵位されど中身は騎士爵のままであります。騎士団をまとめ上げるのはまあ、突撃シュナイダーの名前があればなんとかなるとしても領地経営では苦しんでおりましょう」
「そうでもないみたいよ。軍事に力を入れないまま、全部領地発展につぎ込んでるよ。急速に発展してるもの。さらに自分の領地になった途端、新領地の税制を旧シュナイダー領に合わせちゃったから、領内の村や街も発展著しいらしいよ」
「ふむ。軍事を疎かにすると他領の貴族が攻め込んで来るぞ。大丈夫じゃろうか?」
「元々あった騎士団は維持してるし、危ないのは北側だけだからそこに兵力は集中してるから大丈夫じゃないの」
「そうですねぇ~。義父様の上はあなたの飛び地ですから左右からしかちょっかいはかけられませんものねぇ~」
「そうそう。姫さん達の領地は元々爆薬庫だから元々兵力過多だし、それが三つまとまっちゃったから結構な戦力なんだよね。あそこは常時最大保持戦力まで持っちゃってるんでしょ?」
「そうであります。これは旧侯爵領で何かあった場合速やかに鎮圧するためであります。しかし旧侯爵領は逆に最低兵力しか保持しておりません。皇家の目が厳しい事は承知していたらしく下手に兵力を持つと謀反を疑われたためであります」
「そう考えると全部まとめると常備兵力としては少ない方かな?」
「そうじゃな。公爵家を越えた男爵領と言うのは税金対策だけじゃ。侯爵領3つに子爵領3つと伯爵領の最大動員兵力は8万人を超えるのじゃ。しかし今はせいぜい1万おればいい方じゃろ?」
「そこも注意が必要であります。爵位によって保持兵力の最大値は決まっております。これを越えた場合、即時謀反と取られても仕方ないのであります。ゆえに婚姻した場合、一気に兵力を減らさねばなりません」
「そこも問題じゃな。男爵の保持戦力は1000人じゃろ? わらわ達が伯爵位を保持しておるからあと3万までは良いじゃろう。その場合これだけの領地を維持出来んかもしれんな。よって身内に分散させて体裁を整える必要があるのじゃ。領地を統合し男爵領としておるのは節税のためじゃが、領内にわらわ達伯爵位が3人、義兄様達男爵位が3人にお前様がおる。騎士団を分割してそれぞれが保持している体を取る必要があるの」
「それでも足りませんよぉ~。マイヤ達にも爵位を与えて騎士団を保持させねば領地全てをカバーできませんねぇ~」
「ならば、今の内に何か名目を立てて子爵位くらいを付与してしまいましょう。婿殿では準男爵位までしか付与出来ないのであります」
「あやつらの方が上位者なのでリュディーとメル、ルルには付与出来ませんから、残りマイヤ、ヤルルーシカ、ミヤ、アンジュ、アン、ライラであります」
「あらぁ~。ヤルルーシカはまだ待った方がいいわよぉ~。ゲシュタル伯爵家がどう動いて来るか分からないじゃないですかぁ~」
「ああ、そうじゃったな。お前様、あそこは何か言って来ておらんのか?」
「う~ん。なんか今度改めてみたいなこと言ってたような」
俺が悩み始めると噂をすればなんとやらで来訪があった。
「ご歓談中に失礼致します。旦那様、ゲシュタル家より先触れが参りました。本日のご訪問とのことお受け致してもよろしいでしょうか?」
4人で顔を見合わせてから
「うん。仕方ないね、会おうか。俺はヤルルを迎えに行って来るよ」
ぶすっとしたヤルルを伴って戻ってきたら既にお迎えの準備は整っていた。執務室で待つことしばしゲシュタル家当主自らの来訪が告げられた。
当然応接間での歓待となるんだけど、俺だと話の内容次第ではチンプンカンプンの可能性があるのでティアを始め3姫とヤルルーシカを伴っての面談となる。
「これはこれは。伯爵閣下御自らのお越しとは痛み入ります。ゲシュタル伯にはご健勝のこと、お会い出来て嬉しく存じます」
「シュナイダー卿にはご壮健の様子、お喜び申し上げる」
「ご丁寧に痛み入ります」
「・・・兄様、ようこそおいで下さいました」
相変わらず冷たい態度で一応の歓迎を伝えるヤルルーシカ。
「ゲシュタル伯、久しいのわらわ達も同席させてもらうが良いかの」
「ヤルルーシカ、元気そうで何よりだ。殿下に置かれましてはご婚約おめでとうございます。既にこちらにお出でとはつゆ知らず無作法を致しました」
一通りの挨拶から時候の話を経てやっと本題に入る。
「さて、この度の来訪ですが、妹ヤルルーシカの婚約についてです。ゲシュタル家としては寿ぎ致したいと思います。ついては持参金の件ですが、既にご成婚が成ったとして取り扱いたいと存じます」
「・・・既に成婚がなったと?」
「既に暮らしを共に致しているご様子。今さら破棄もくそもありますまい。ゆえに成ったものとして扱いたいと」
「・・・如何にもそうですね。されどこのあと姫様達との婚儀があります。既婚と言う訳に参りません。そこはご承知して頂きたい」
「はい。ゆえに成ったものとして扱うだけです。妹には苦労をかけましたので領地を持たせてやりたいと考えております」
「・・・兄様! そこまでして頂く必要はありません」
「あって困るものでもないだろう。これは父上からの申し送りだよ。私が爵位と領地を引き継いだ時には決まっていた事だ。そこでまた飛び地ではそちらも困るだろうから皇家の天領を譲り受けるよう交渉した」
「そこまでしたのですか。ゲシュタル伯」
「まあ、うちにも見栄はあるからな。結構吹っかけられたよ。渋ってたけど妹に持たせると話したらあっさり許可が下りたな。姫様達ほど持たせてはやれんが子爵領ほどの大きさは持たせることで話が着いた。これが天領の譲渡証書だ」
「・・・兄様。こんなに頂けません」
「いや。ヤルルーシカ頂いておくのじゃ。こちらも結納金は奮発致しましょうぞ。大金貨で1000枚ご用意致すのじゃ」
「な! 姫様。それは流石に、無理が過ぎると言うものだ」
「ふふふ。いえ、ゲシュタル伯。ティア殿下の仰せに従いましょう。侍従長用意して下さい」
「はい、かしこまりました旦那様」
恭しく一礼した侍従長が部屋を出ていった。暫くして4人の侍従を引き連れた侍従長が二つのワゴンに袋を積んで戻って来る。それぞれがワゴンを押しているんだ。
二人掛りでワゴンから袋を降ろし、伯爵の前に積み上げていく。侍従長は全ての袋を積み上げ終わった所で一礼して壁まで下がった。
「一袋で100枚、10袋です。ご確認ください。義兄殿」
さすがの伯爵も唖然とする。目の前に積まれた大金貨の山だ。子爵領ほどの天領を譲り受けるのに10年間の借款を背負ったと言うのにそれを返済してもあまりある量だ。
ハッと気付いた伯爵はこちらを探る様な視線を向けて来る。
「シュナイダー卿。これは・・・」
「うちの小麦は皇家に高値で売れておるのじゃ。陛下が資金不足になる前になんとか理由をつけて戻さねば恨みを買いましょうゆえ。ちょうど良い申し出じゃ。義兄殿を介して戻しておくのがよろしいかと機会を窺っておったのじゃ」
実を言うとこれは海塩の料金も含まれている。さすがに大森林産の小麦と言えどもここまでは稼げない。今まで稼いで来た金を全て吐き出しているのだ。
「・・・なるほど。これで十分な色を付けて返済をすればよいのだな。承知致した。陛下に謁見を申し出よう。それで良いですかな」
「痛み入ります。よしなにお取り計らい下さい」
「では、これでヤルルーシカの輿入れは完了じゃな」
「なんともこちらも度肝を抜いてやろうかと思っておりましたが、逆に度肝を抜かれましたな。ヤルルーシカ、随分良い旦那を捕まえたものよ。我が家の出世頭はそなたであった。はっはっは」
「こちらとてゲシュタル家と縁を結べたのは僥倖でした。新興の家なので敵もおおく西部の大家にお味方に付いて頂いたのは幸いです」
「では、新婚のお宅に長々とお邪魔するのもなんでしょう。私はこのまま帝都に寄って帰ります。では失礼します」
ゲシュタル家の手のひら返しにここまでされるとは思っていなかったので面の皮の厚さにはさすがは貴族家と誉めておきたい所。
思い切った決断をしたものである。俺ではどうしていいか分からなかったからティアが咄嗟に現金を渡したのは借りを作らずに済んでよかったのかな。
「これでうちはまた貧乏になっちゃったけど直ぐに稼げばいい。返礼品の支払いが滞っちゃう前にそろそろカイネも戻ってくるだろうから小麦を放出かな」
◇ ◇ ◇
その日の夜遅くにカイネがニコラス商会に顔を出した。西部から建築資材を満載して大シュナイダー領に卸してきたらしい。
「こんちはっす。カイネっす。大番頭さん、これ引き取ってもらいたいっす」
「おお、カイネ様お帰りなさい。建築資材ですか。助かります。今、ここでは建築ラッシュがずっと続いていますから不足している品ばかりです」
「良かったっす。なけなしの金で集めて来たっす。売れなかったら破産してたっす」
「なけなし? またまたカイネ様が? 結構稼いでらっしゃるのは聞いておりますよ。ふふふ」
「えへへ。そうっすか。でも今回は大物を買っちゃったっす。旦那さんが気に入ってくれるといいっすけど。ダメなら他の手を考えないと小シュナイダー領で店を構えられないっす。旦那さんの所に行って来るっすけど持ってくものがあれば引き受けるっすよ? 手間賃くれればっすけど」
「あっはっは。さすがはカイネ様。ありますよ。詰み込みますんでお願い致します。こちらの買い取りに色を付けて銀貨80枚というところですが、銀貨85枚で如何でしょうか?」
「了解したっす。なんか他に美味しい話はないっすか?」
「それはこちらのセリフですよ。カイネ様が坊っちゃんの所から小麦なりを引きだしてくれるのを待ってるんですから。期待してますよ」
ニコラス商会を出てぽくぽくと馬車を走らせていると御者が話しかけてきた。
「ねえ。カイネさん。あたしはいつまで雇用してくれんのさ? ここで終わりかい?」
「そんな事ないっすよ。今回の強行軍をよく働いて貰ったっすから、このまま家で雇いたいっす。臨時じゃなく専属でと考えてるっすよ」
「あたしはもちろんお願いしたいけど、給料も良いし、女同士だから身の危険もないしさ。でもカイネさん凄い馬車乗ってるけど行商の人だよね。あたしにそんなに給料出しちゃっても大丈夫なの?」
「大丈夫っす。さっきの取引でも十分儲けは出てるっす。次が勝負どころっす。ジャンヌさんにも気合入れてほしいっす。何があるか分からないっすけど、貴族風呂とかに入れられても黙ってされるがままになってほしいっす」
「ええ~。あたしは外で待ってるさ」
「・・・あちきの後ろに付いてるだけでいいっすから、人が増えてる事が重要っすから付いて来てほしいっす」
「ひょっとしてそれも仕事の内? 貴族様の所に行くんだよね? あたしは礼儀だのってのはからっきしだしさ。足引っ張っちゃうよ?」
「問題ないっす。あちきもからっきしっす。この間は会うまでに小一時間ほど洗われたっす。もう人に見られちゃいけない所まで洗われたっす」
「それって今度もそうってこと? あたしも!?」
「・・・給料増やすっすから。大丈夫っす。一応相手も女っす。まあ、旦那さんには見られちゃったり触られちゃったりしても我慢してほしいっす」
「そんな~。カイネさん。あたし売りはしてないんだけどさ」
「あちきだってしてないっす。でも枕営業とかも覚悟はしてるっす。今の所旦那さんにされた事はないっすけど・・・。ジャンヌさん、これ先に支払うっす」
そう言ってカイネが取りだしたのは金貨だ。ただの御者には一生お目にかかれない代物だ。
「!? か、カイネさん!」
「毎月金貨1枚支払うっす。それでジャンヌさんを雇うっす。だめっすか?」
「いやいや。多過ぎるさ。あたし銅貨でしか支払われた事ないさ。体売ったって銀貨もらえるか分からないさ。本当に貰っちゃうよ? 前金で銀貨3枚貰っちゃってるのにいいの?」
「あちきにも何が起こるか分からないっす。一人じゃ心細いっす。今日もあんな所やこんな所も洗われるっす。絶対やられるっす。でもそのうちちゃんと店構えたら体洗ってから行けば大丈夫になるはずっす。暫くの辛抱っすから付き合ってほしいっす。場合によっては旦那さんも誘って入る気っすから枕営業も覚悟してほしいっす」
「分かったさ。カイネさん。あたしの体でよかったら見せてやるさ。任しといて。頑張るよ。その旦那さんを誑し込めばいいんさね? あんまり自信無いけど」
「・・・まあ、すっごい美人ばっかり周りにいるし奥さんもすっごいから誑し込むのは無理だけど、おもちゃくらいかな。は、はは」
何だか悲壮な覚悟をしながらもお屋敷の前に着くカイネ達一行だった。




