第四章第十二話 家畜と果樹の苗木
第四章第十二話 家畜と果樹の苗木
ニコラスの高くなった鼻をへし折って、飴の代わりに儲け話を置いて来てから数日が経った。鉄鋼珠は魔力の溜まりが早い。
元々ビー玉くらいの大きさだったのでそれも原因だろう。マジックバッグに仕舞って爆発の恐れを回避しておく。
「サラ~。大シュナイダー領から狼煙が上がってるよ。見てきなよ」
世界樹の上から周囲を警戒していたリュディーが声をかけてくれる。雨脚は強くなる一方だ。リュディーなんかはもう濡れるのを覚悟で薄着のまま世界樹に登ってる。
侍女さんはいつもの通り生活面を支えるためのお仕事。姐さん達は騎士団を率いて訓練兼間引き。リュディーは薬師部隊と薬作りのための採取かな?
俺はおうちで雨を眺めてる。戦力外通知を受けた為です。雨期に入って不規則な攻撃を仕掛けて来る敵が増え、また視界も雨のため遮られてるので警戒がない俺は危ないんだって。
塩村とか拠点とかを転移で往復してる毎日だよ。
「はーい。行ってきまーす」
転移で大森林と大シュナイダー領の境界にある居留地に転移する。雨が降ってるので慌ててティアの屋敷に駆け込む。一瞬だったのに結構濡れたよ。
「お帰りなさいませ。旦那様」
「やあ、侍従長。お久しぶり。統合後はどう?」
「はい、順調ですね。右肩上がりに収益も増えております。報告書に目を通して頂ければ大変助かります。後そちらに伺っている者たちのお給金が溜っておりますのでお持ち下さい」
「え~。順調なら報告書はいいんじゃない? これ? お給金。じゃあ、持ってくね。持ってっても使えないんだけどさ」
「さようでございますね。早く行商なりが通ればよろしいのですが。それとお祝いの品が多数届いております。返礼やら如何なさいますか。直筆を送り返さねばならない相手とそうでない相手は分けてありますが、返礼品などは如何致しましょう」
「そうだね。俺よりティア達をこっちによこすから相談してみて。それはそうと狼煙が上がってるけど何?」
「はい。何やらお訪ねになってきてる方が居る様でございます。暫くお待ちください。今、お呼びいたします」
俺の上着やらを脱がせ終わって応接間に案内してから離れて言った。直ぐに侍女さんがお茶と軽食の準備をしてくれて寛げるようにしてくれる。ワッフルかな? 俺があまり甘いのを食べないからチーズとハムが挟んである。
お茶とワッフルを嗜んでいるとびしょ濡れの挙動不審の女を連れた侍従長が戻ってきた。
さすがの俺もこのままにはしておけないので侍女さんに目配せをすると。恭しく頭を下げてびしょ濡れの女をまた伴って出ていく。
さらに挙動不審の度合いが高まったと言うより怯えてる感じだけど、さっぱりして衣服も着替えて綺麗になって戻ってきた。
「やあ、カイネ。どうしたの? まだ時間はあると思うけど」
「え、あ。ご機嫌ようっすでございます。そうっすでございます。ニコラス商会の支店で聞いたっすでございます。途中でもいいっすから一回顔を出した方がいいっすでございます」
「何言ってるか分からないから普通に喋っていいよ」
「そうっすか。助かりますっす」
「でもそのうちちゃんとした言葉使いも覚えてよ。で、どこまで集められたの?」
「はいっす。まずこれが魔獣製品の取引っす。5分はあちきの儲けと言いたいっすけど、これは儲けなしでそのまま資金にしたっす。今日、持ってこれたのは雌の軍馬を1頭と乳牛の番、農耕馬の番、烏骨鶏の番だけっす。家畜は以上っす。あと苗木っすけどブドウを持って来たッす。赤いのと緑の両方っす。モモとミカンとレモンもあったっす。以上っす」
「へぇ~。これだけ集めてきたんならもう資金が残ってないんじゃないの? 軍馬は高かったでしょ?」
「そんな事ないっす。軍馬が一番高かったっすけど、ちゃんと値切って来たっす。どっかの侯爵がすげえ勢いで集めてるんで結構きつかったっすけど伝手のある商会が融通してくれたっす」
「ニコラス商会かい?」
「そっす。今、一番脂がのってる商会っす。凄いっす。行商から始めてまたたくまに大商会の仲間入りしたっす。さらに破竹の勢いで儲け続けてる憧れの商会っす。いつか自分もそうなりたいっす」
「ふーん。まあ、頑張んなさい。あと何を集める気でいたの?」
ガサゴソとずた袋から閻魔帳を出して買い付け予定リストを確認しだした。
「え~と後は、もう1頭雄の軍馬と食肉用の黒毛牛の番っす。あとねこっす」
「高級な家畜ばっかで驚いてるけど最後になんか変なの入ってるね。ねこ? 食べるの?」
「え~と。ニコラス商会で聞いたっす。旦那さんのとこは農家だって。それならネズミ対策をしといた方がいいと思ったっす。ねこはサービスするっす」
「うん。凄い。よく気付いたね。いやあ、助かった。ねこか~。気付いてなかったよ。お手柄だよ。それでちゃんと儲けは出たの?」
「これっす。収支報告の予定っす。物凄く儲かったっす。あちきの取り分、金貨1枚貰ったっす。もう師匠に叩きつけて来たッす。後は残りを納品したら終わりっす。また地道に小麦から始めるっす」
「くふふ。これだけやって金貨1枚でいいの? 残り全部商品購入に使っちゃったんだ。まあ、いいけど。自分の儲けは1割とか決めて商売の多寡で増やさないとだめだよ。向いてるんだか向いてないんだか分からないな。よし。じゃあご褒美だよ。ねこの分もね。うちの小麦仕入れていきなよ」
「な、なんすか。あ、あちきみたいな下っ端使う必要はないっす。もう旦那さんには本当に感謝してるっす」
「そう? 今回俺がだいぶサービスされちゃってるからね。これ売ってきなさい。小麦48袋、鉱脈珠に鉄鋼珠入ってるから」
そう言ってマジックバッグごと渡した。前に俺が使ってたマジックバッグだよ。
「マジックバッグは返してね。それで買ってきて貰いたいのは枯れ珠。果樹の苗木とか珍しい農作物の種とか家畜も良いものがあったら手に入れておいで。ああ、そうそう。あと贈答品。それでちゃんと資金を蓄えて次の商売に繋げなさい。取り敢えずニコラス商会の本店に顔を出してからまた納品して。この辺で商売するなら繋ぎは必要でしょ? うちもあそことはしがらみがあるからちゃんと顔出してね」
「わ、分かったっす。じゃあ、直ぐに行って来るっす」
「まあまあ。落ち着きなよ。お茶飲んで腹ごしらえして少し休んでいきな。慌てる乞食は貰いが少ないよ。うちの小麦は商品になるんだから味をちゃんと確かめてから行きなよ」
俺が食べていたのと同じワッフルとお茶を出してもらってがつがつ食べ始めた。
「だ、旦那さん! こ、この食べもん美味いっす! お貴族様が食うものはやっぱり違うっすね。お貴族様っすよね? いつかあちきもこう言うのたらふく食べれるようになりたいっす」
「ふふふ。貴族でもそうそう食べれないよ。皇帝陛下とか皇后陛下くらいじゃないかな? たらふく食べられるのって」
「え? 皇帝陛下っすか。それじゃあ、これ皇帝陛下と同じ物食べてるっすか!? なんでそんなもの!」
「同じじゃないよ。皇帝陛下はまだワッフルにまではしてないんじゃないかな。それに、俺が作ってるんだもの。そりゃあ、食べるよ。因みに君に持たせた小麦がこれの元だから」
「ひょっとして、今、話題の小麦っすか!? そんなものあちきに持たせたらどうなっちゃうか・・・」
「よし。自分が売る商品の味も分かっただろうから上手く売ってね。まあ、売り先は皇城か帝都くらいしかないから上手く伝手を使いなよ。ああ、大シュナイダー領なら売れると思うよ」
物凄く委縮しちゃったけど残さず食べて行った。そのままニコラス商店本店に顔を出してからそのまま出発するそうだ。えへへ。きっとすぐ戻ってくるから待ってよう。
◇ ◇ ◇
「なんか物凄く不味い事に巻き込まれた気がするっす。でもあの時は爺ーの妾になるかのたれ死ぬかしか選択できなかったっす。・・・どこで間違えたっすか?」
ブツブツ自分の事を振りかえりながら考え考え歩いて行く。集めてきたものは既にさっきの屋敷において来ているので今は空の荷車をロバに引かせているだけだ。
「そんな事より空荷で行くのは勿体ないっす。何を仕入れるべきかって資金もそんなにないっすから安いものをニコラス商会で何か仕入れて軍馬とかを引き取りに行かないとっす」
ロバの手綱を片手に大商会の前で立ち尽くす。帝都の店も大きかったがこちらの方が本店だ。より大きく立派で豪奢だ。
自分の恰好を見降ろして、一応今風呂に入れられたので綺麗だけど、みすぼらしい事に変わりはない。自分なんかが入って大丈夫か困惑する。
暫く店の前で悩んでいたら、当然の様に中から人が出て来て声をかけられた。
「いらっしゃいませ。当商会に御用でしょうか? そのような所では濡れてしまいます。どうぞこちらに」
暖簾を持ち上げて店の中に誘導されるがどうしても一歩が出ない。このまま帰ってしまいたいけど顔を出さない訳にはいかない。
旦那さんと商売をするならこの店は避けて通れないからだ。ええい、女は度胸・・・愛嬌だっけ? まあ、いいや。行っちゃえ。
「し、失礼しまっす。え、え~と。行商やってるカイネ・ボウラと言います。この辺で商売したいのでご挨拶に伺いましたっす。どなたか御取次下さいっす」
「はい。カイネ様ですね。うちの支部の方も御贔屓にして下さってるようでありがとうございます。どうぞお上がり下さい」
「い、いえ。そ、そんな。とんでもないっす。こちらこそお世話になりましたっす。お陰でいい仕事が出来たっす。あ、あのあちきは土間で結構です」
「まあ、そうおっしゃらずに。お客様を土間で対応したのでは当商会の名折れでございます。御遠慮なさらずに。どうぞ、どうぞ」
「うっ。そ、それじゃあお邪魔しますっす」
さっきのお屋敷に続いてまた豪華な部屋に連れ込まれてしまったカイネ。ああ、あちきの運命もここまでかもしれないっす。とか勝手に思っているとお茶にお茶菓子が出て来て丁寧に進められた。
「あ、あの。あちきはただの行商人っすよ? こんなにおもてなしを受けるのはおかしいっす」
「あはは。カイネさん。あなたはただの行商人ではありませんよ。凄く幸運な行商人です。ああ、失礼しました。まだ名乗っておりませんでしたね。当商会を預かるニコラスと申します。今後とも御贔屓にお願い致します」
ビックリしたのはカイネである。番頭が対応してくれただけでも御の字だと思っていた所まさかの会頭が出て来て対応するとは思っていなかった。何が起こっているのか? 若干パニック気味になりながらもそこは商売人。
「か、会頭自ら!? どういった事ですか。あちきは金持ってないっす」
「儲け話をお持ちではないですか? 是非当商会と取引して頂きたく思いましてお招き致しました。そうそう。軍馬と黒毛牛の番にねこですか。当商会に納品させてあります。商談が済みましたらお持ち下さい」
「え? あちきの商品ここにあるっすか? なんで?」
「ええ。カイネさんがこちらに向かったと支店から連絡を受けたので商品も取り寄せておきました。そろそろ商談に入りたいのですがどうでしょう?」
「あちきはこんな大店と取引できるようなものは何にもないっす。ちょっと空荷は困るのでなにか安い商品でも仕入れられたらと思っただけっす」
「またまた、ご冗談を。そのお腰にあるマジックバッグの中身。当商会にお売りになって下さいよ。もうちゃんと高値で買い取らせて頂きますから。うちも困っておりまして。皇家から矢の催促なんですよ。その腰の中身がうちの商売の要なのですよ」
「こ、これは旦那さんに売ってこいって持たされた・・・あれ? 売っていいんだったっす」
「ええ、旦那さんに売って来いって言われたのならいいじゃないですか。絶対どこよりも高値で買います。それを他に流されたら困るんですよ。まあ、まずは見せて下さいな。カイネさん。絶対損な取引にはしません」
「そうっすか。え~と。いくらくらいになりそうっすか?」
腰のマジックバッグを取り外して、中身を取り出す。小麦を一袋と鉱脈珠と鉄鋼珠だ。
「小麦は後47袋あるっす。60kg入りっす」
「うほほ~い。やった~。これ待ってたんですよ。ちょちょいのちょい、こんなもんでどうですか? 鉱脈珠と鉄鋼珠はこんなもんで」
ニコラスが大喜びで算盤をパチパチ弾いて値段交渉に移る。
「え?」
「あれ? ご不満ですか。ならパチパチっと。これならどうです。もう出血大サービスですよ」
「あ、あれ。ち、違うっす。そうじゃなくて。小麦一袋高くないっすか? あちきの知ってる相場と違い過ぎるっす」
「あれ? この小麦ご存じない? この間の食糧の買い占め騒ぎで価格が高騰してる上にこの小麦、特別ですよ?」
「それは知ってるっす。物凄く美味いっす。ああ~、もう一度食べたいっす。旦那さんご馳走してくれないかな~」
「ええ~! 食べたのこれ? 僕だってまだ食べた事ないのに!? どんなだったの? そんなに凄いの? ねえ、ねえ教えて!」
「うわ。会頭さん落ち着いて下さいっす。もう言葉で言えないっす。物凄く美味しかったっす。初めて食べた白パンがゴミかと思ったっす。この小麦のワッフル、ハムとチーズが挟んであったっす」
「うわ~。物すっごく悔しいし羨ましい。やっぱり選ばれた行商人じゃないですか。ああ、もういいな。いいな。カイネさん良いな。坊っちゃんに気に入られたんだ」
「え? 坊っちゃん?」
「あ、いっけね。言っちゃったよ。まあ、いいか。カイネさんが旦那さんって呼んでる方は、ここ大シュナイダー侯爵家の五男にして小シュナイダー男爵家が当主サラ・シュナイダー様だよ。そのご領地は1200万石にもなる辺境伯を越えた男爵様だよ。この間、皇家の姫、3人とも婚約した大貴族だよ。その繋がりは大シュナイダー領どころか、皇家はもちろん大公爵、元帥閣下のカエザル侯爵家とも縁戚になるんだよ」
「・・・。なんで一介の行商人にそんな大貴族が肩入れするっすか?」
あまりの驚きに逆に落ち着いちゃったっすよ。
「そんなの知らないよ。僕だって長年大シュナイダー領と行商してたからサラ坊っちゃんが優遇してくれたんだもん。そのお陰であっという間に大商会の会頭になったんだからさ。カイネさんも頑張れば直ぐに大商会の会頭ぐらいになっちゃうよ。だからうちを贔屓にしてねって僕が言ってるんじゃないか」
「え? 知らない? あちきは洞窟の前で会っただけっすよ。長年もなにもまだ2回しか会った事ないっす」
「ふむ。混乱するのも分かるけど。この幸運を掴めるかどうかはカイネさん、これからだよ。商売人を目指したならこの幸運をどうするかは分かってるよね。さあ、商売をしよう」




