第四章第五話 行商人
第四章第五話 行商人
「皆、準備はいい?」
それぞれから応えを受けて、宿屋を後にする。ここからは馬車の旅だ。迷宮都市から北に1日ほど行った所にある山岳に開いた洞窟が今回のクエストの場所になる。
このクエストを終了すれば姐さん達も後顧の憂い無く大森林の開発に邁進出来る様になる。今回はレンタル馬車だ。迷宮都市で借りて自前で操車している。
ここら辺りはもう針葉樹に植生が変わっていて寒さの厳しくなり始める入口だ。
南部では雨期に入っているけどここらへんでは雨は降っていないが、どんよりとした曇り空だ。往復で2日、余裕を見て討伐に2日の予定だ。
迷宮都市を出て北に進路を取り、田園地帯を抜けて山間部に入る。周囲が田園から森に代わってきた所でおよそ半日が過ぎた。そろそろ昼時になる。
「そろそろお昼だけどどうする? このまま馬車で簡易食糧で済ませて先を急ぐ?」
「急ぐ旅でもないからそこらでちゃんと食事にしよう。どうせ目的地には夕方以降にしか着かん。その手前の村で1泊して翌日アタックだ」
マイヤがそう言い、ちょっと開けた街道脇に馬車を止める。アンジュが馬車を飛び下りて馬の世話をするとリュディーも手伝うようだ。
他のメンバーは薪を拾いに行ったり獲物を狩りに行ったりと適当に分散する。俺は簡易竈を作ったりテーブルやら食器を用意して皆を待つ事にした。
当然のように姫さん達は戦力外だ。俺と一緒に待機組だ。まあ、色々ワイルドになって来たけど、まだまだ野外活動までは出来ないよね。俺もだけどさ。
近くにある小枝を拾い集めて、火種を作る。当然魔法で着火するんだけど、今日もティアがやりたいみたい。
「え~と。いいけど。小さいファイヤーボールだよ? ゆっくり打ち出すんだよ? 竈ブチ壊さないでね? あとは・・・」
「分かっておる。お前様、任せておけ。この程度の事でなにを心配しておるのじゃ」
だってこの間は危うく山火事になる所だったじゃないか。とは言わないけど思わず注意しちゃうよ。
グリンダは目標の竈から大きく距離を取って待機。こちらを見ながら魔法障壁なんか展開してるし、アンジュとリュディーは馬を避難させてる。
「本当に気を付けてよ」
「ふん。しつこいのじゃ。ふん!」
うわぁ。無詠唱だ。ティアの人差指に蝋燭の数倍の火種が出来る。ちょっと大きいけど、ま、まあ許容範囲だ。
そのままそっと打ち出せば成功なんだけど、打ち出す瞬間にぶわぁっと火種が大きく膨れ上がる。
慌てたティアが止めようとするんだけど打ち出した後だし、制御をし忘れたのか凄い勢いで打ち出された。
今日はまだいい方だった。空に向かって打ち出したから。直ぐにアイダとグリンダがウォーターボールで撃墜する。辺りは土砂降りの雨が降ったかのような惨状になる。
「間一髪でしたわぁ~。ティア。いい加減にしなさいなぁ~。毎回毎回、何でこんなの出来ないのよぉ~」
「す、すまぬ。どうも細かい制御が嫌いなのじゃ。イラッとするじゃろ?」
「しないであります。もう良いから代わるであります」
アイダが着火して直ぐに小枝が燃え始める。ならばとヤカンに水をウォーターボールで生むと言い、止める間もなく竈の火ごと周囲を水浸しにした。
近くに居たはずのアイダは高速機動を使って回避しいている。
「何をするでありますか、ティア! 危うくずぶ濡れになるとこであります」
この騒動にも我関せずで馬の世話を続けるアンジュとリュディーは馬のために桶に水を生みだす。さらっと嫌味な程簡単に熟す。まあ、それを見ていたティアは『ぐぬぬぬ』とか言ってるけどね。
でも努力は認めようよ。何回失敗しても挑戦し続けるのは大したもんだよ。周りの迷惑は考えてないみたいだけど。
「今度はきっと上手く行くよ。諦めたらそこで試合終了だもん」
「なんの話じゃ。お前様。訳の分からん事を。おかしいの~。木に向かって打つ時は失敗しないんじゃが、桶やヤカンなどに向けるとどうしても上手くいかん」
そこに他の面々が戻ってくる。今日は鳥と兎が取れたらしい。
「なーに? またティアがやってるの? 懲りないね~。そんなに気負ってるから出来ないんだと僕は思うな。何気にやってみればいいんだよ」
「うみゅ~。どうもちまちましたのは気に入らんのじゃ。まあ、いい。ふん」
おいおい、この惨状どうするの? 誰が後始末すると思ってるんですか~。
「じゃあ、サラ、乾燥してくれ。座る事も出来ん」
さも当然の様に俺に言って来るのはマイヤだ。時ならぬ集中豪雨が降ったかのように辺りは濡れそぼってしまっている。やっぱり俺なんだ・・・。
仕方なしなし魔法を構築する。辺り一帯に撒き散らされた水を集めていく。水球三つ分の水を遠くに投げ飛ばして完了。
散らばった水を集めるのは結構面倒臭い。適当に水球を作るのとは訳が違うからね。獲ってきた獲物を捌いて、食事にする。
食後のティーブレイクではジャスミンティーにしてみた。実を言うと俺はあまりこのお茶が好きじゃない。ちょっと香りが強過ぎると思うんだ。
皆は普通に飲んでるけど、前世の記憶がトイレの香りを思い起こさせるんだよ。早くミルクを入手したい。牛を飼って放牧して子牛が産まれたらミルクが搾れる筈だ。
騎士団も侍女隊もいるからそろそろいいかな~。牛とか馬とか買っちゃう? 期待が膨らむな~。なんてことを夢想してたら牛乳の話になる。
「サラはなんで牛乳買ってこないかな~。いつも思うんだけどマジックバッグに入れとけば腐らないんだから飲む分くらいなら買っても良いかなと僕は思う」
「!」
「そうね。でもほら、サラは自分で造った物がいいのじゃないかしら。たまにミルクティーとかも飲みたい気はするけど・・・牛さんを買えば直ぐよ」
「!!」
「え~。牛買っても、子牛が出来るまでに結構かかると思うな~」
「!!!」
「で、なんで牛乳は買ってこないんですか?」
「・・・そうだね。今度買って来るよ。別に忘れてたわけじゃないんだよ。買えるんだよね。あは、あははは」
「「「・・・」」」
くだらない話をしながらも馬車はどんどん進んでいく。滔々目的の場所に近い村に到着した。山の麓にあるありふれた村だ。家畜も少々、農場も少々。なにで生計を立ててるのか分からない感じだ。
村には宿泊施設もないから何処か泊まれる所を探したけどないらしい。
村長さん宅でもさすがに一人二人なら何とかなるけど13人はとても無理と言うお話でしたので広場に天幕を張らせて貰うことにしたよ。
さすがにこの天幕見たら誰も村人は近づいて来ない。触らぬ神に祟り無しなんだろうね。こんな所に貴族が来る事なんて殆どないらしい。
衝立を建ててお湯玉で体を清める。残り湯はその辺に投げ捨てたらメッチャ感謝された。降雨が少なかったから畑の水撒きをしなくて済むとか何とか。
この辺は雨期でもあまり雨が降らないらしい。夏前にまとまった水撒きが出来て助かるとのことでした。村で牛を一頭購入して解体して貰うことにした。
牛は村の共有財産らしく冬場に減った分を今増やしてるところなんだって。一頭くらいなら良いってことで小銭の処分も出来るからジャラジャラと銀貨とか銅貨で支払う。
銭貨もあったから全部渡してなんか食べ物頂戴って言ったら、漬物とか蜂蜜酒とか出てきた。おお、漬物あったよ。
蕪とか大根とかの塩漬けだったけど。蕪は初めて見つけた。種を少し分けて貰っておこう。これって冬場の家畜の餌としても優秀なんだ。なんだかんだ食事をして、余りの肉は村人にもお裾分け。
どうせ食べ切れないからね。ついでにマジックバッグに入ってるあまりモノの野菜とかも出して調理して貰った。
いつの間にやら村中を巻き込んでの宴会になって来る。まあ、いいや。酒はないから村から出して貰ったけど、その他は俺がマジックバッグから出した。
当然酒代も払ったよ。時ならぬ宴会に村人達も浮かれてどんどん集まってきた。今日は寝れるかな~。ちょっと不安になってきた。
俺を含めた年少組はそこそこで寝る事にして天幕に引き上げちゃったんだけどね。酒が入った年長組は結構騒いでたみたい。
翌朝は早くから討伐に出かける。レンタル馬車と天幕を村人たちに任せて俺達は早速出発する。小一時間も山に向かうとそれはあるらしい。
そろそろ洞窟が見えてくるころ、何やら馬車が洞窟の前に止まっているのを発見した。
「あれ? このクエスト俺達以外には近づけないんだよね? メル姐さん」
「そやで。うちらが受注してるし、危険やから人払いされてる筈なんやけど。野良の冒険者が発見して挑戦してもうたかな?」
どんどん馬車に近づいて行くもどうやら冒険者とは違うみたい。馬車の傍には一人の人物がぼけ~と座って焚火を眺めてる。
「おはよう。こんな所でなにしてるんですか? 冒険者じゃないですよね?」
俺が声をかけたら今気付いたみたいにハッとして立ち上がる。年の頃なら20歳くらいのお姉さん。頭にはターバンを巻いて普通の旅の行商人風。
一山当てるまではとケチ臭く色々節約してるのがありありと分かる。馬車かと思ってたのはロバだし。それもかなり小さい。人は乗れなくて荷物専用の荷車だった。
「や、やっと来た~。あちきの狙いに間違いなしっす。一週間粘ったかいがあったっす」
なんか訳の分からない事を叫んだけどすかさずなんだか話し始める。
「あちきは旅の行商をやってる、カイネ・ボウラ言いますっす。この洞窟はかの魔女の饗宴、狂乱の双生児をも立て続けに撃退した高難易度のダンジョンっす。そこでここに挑戦する冒険者の方々にお薦めグッズを用意してますっす」
「・・・へぇ~。よくその情報掴めたね」
ちらっと皆の顔を見ると青筋立ってる。二つ名が気に入らなかったんだろうけど。取り敢えず口を挟む気はないみたい。
「ここは高難易度のダンジョンっす。一日や二日程度じゃ攻略は難しいっす。ええ、ええ、御心配には及びませんて。あちきが物資は集めて来ますんで、そりゃもう、攻略に専念して下さいっす。買い取りもしやすし、必要なもん言ってもらえれば何でも買って来やすっす。まずはお買い得、今分かってる分の地図っす。なんと本当は銅貨10枚の所、初めてのお客さんなので5枚で良いっす」
「は、ははは。なかなかいい所に目を付けたね。でも多分お客って俺達だけだよ。それでも儲かるの?」
多分この情報にかけたんだろうけど、根性は認めるけど、もうちょい情報を集めるべきだね。そうすれば冒険者ギルドで俺達以外の受注は受け付けてない事も分かっただろうに。
「え? でも、高難易度のダンジョンっす。きっとしっぱ、いやいや、次々来るっす」
「うふふ。ここは魔女の饗宴と、狂乱の双生児が受注してそれ以外は危険だから排除してるクエストだよ。つまり俺達がそう。混成パーティだよ。それも万全を期したリベンジですよ」
「な! ・・・うそっすよね? ・・・まじっすか」
ガックリと肩を落として、その場にくず折れる。
「やっと師匠から独立して、掴んだ商機だと思ったっす。あちき独立に時間が掛ったから早く儲けを出したかったっす。特定の行商路も持ってないっすから使いっ走りばっかりやらされて、いつまでたっても儲けが出ないっす。これにかけてたっす。終わったっす。早かったっす。独立して1カ月で終わったっす」
「まあ、ご愁傷様。でも借金がある訳じゃないんでしょう? もう一度師匠の所に戻ってやり直せば、数年後にはまた独立できるよ」
「そん時にはあの爺ーに孕まされてるっす。身の危険を感じたから独立したっす。尻やら乳やら触られる程度じゃもうすまないっす。逃げられないから絶対やられちゃうっす。何とか守り切ってたっすけど、今回はもうダメっす。爺ーの妾確定っす」
「・・・じゃ、じゃあ、その地図頂こうかな。お値引きいいから、銅貨10枚だっけ。は、はは」
「まいどっす。これで3日は妾にならなくて済むっす」
可哀想だけど、どうにもならない。ポーションも携帯食料もアイテムも持ってるもん。くず折れてるこのお姉さんを置いて取り敢えず地図を確認してみる。
「へぇ~。よう出来てるやんか。嘘付いて無いで。あってる。これ例のやつが出てくる直前くらいまでしっかりしてるよ。ええ仕事してるだけに勿体ないで。地道にやってたらちゃんと商売軌道に乗るんとちゃうかこの娘」
「地道にやってられない理由があるっす。独立の条件が1年以内に金貨1枚稼ぐ事っす。これが師匠が出した暖簾分けの条件す。あちきはまだまだだって言うのを無理に独立したっす。他の兄弟子の倍の金額っすけど・・・普通の条件っす。卒業試験みたいなものっす」
「そんなに難しい条件なの?」
「普通でも半分位の兄弟子は戻って来るっす。自分の食い扶持と次の商売の資金の他にそれだけ貯めるのは駆け出しには相当きついっす。普通は信用が付くまではトントンでもいい方っす。倍の金額っすから、だらだらやってられなかったっす」
俺達の会話にカイネさんが答えてくれる。うーむ、事情は分かったけど資金提供すればいいって訳じゃないしどうしようかな。結構商才はありそうだからな~。
「じゃあ、ここで俺達が攻略出来るか待ってなよ。もし攻略出来たならここでの商売は終わっちゃうんだから他の仕事を斡旋してあげる。受けるかどうかはカイネさん次第だよ」
「!! 仕事ってなんすか? あちきは駆け出しっす。伝手はそんなにないし、資金もないっす」
「うん。南部に小シュナイダー領ってのがあるんだけど、ここからだとひと月くらい有るかな。そこに家畜を卸す仕事。牛、馬、鶏、軍馬、羊、ヤギなどなど。あ、果樹の苗木なんかも色々集めてくれるといいかな。そうだな、資金は俺が出すけど信用がないからな~。何か担保はある?」
「・・・ないっす。この体とロバが全財産っす。だからこの行商旅券を写して下さいっす。契約はこの体とロバ全財産で、しくじったら奴隷でもなんでも売っぱらってくれても良いっす。その仕事にかけるっす」
「・・・商売人が掛けちゃだめでしょ。金貨10枚、魔獣製品をそのロバに一杯渡すから1か月後、小シュナイダー領の入り口の門の前でまた逢いましょう」
「有り難いっす。ここの商売は諦めるっす。すぐに出発するっす。必ず満足いける様に家畜とか苗木とかを揃えて持って行くっす。坊っちゃんありがとうございますっす」
ロバに積んであった携帯食料やらポーションやら全部を捨て値で良いからと俺に売りつけて魔獣製品をこれでもかって言う程積んで出発して行った。持っていた商品は一応原価で引き取って上げた。
さてさて、どうなるか楽しみだね。




