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2.心躍らせたい朝

 女を送りだした後、龍崇が東宮に入ると、英龍は一人朝餉をとっているところであった。


 部屋は非常に明るく清潔な空気に満ちていた。窓は全て開け放たれ、外からは小鳥が陽気にさえずる声が聞こえた。どこからともなくかぐわしい花の香りがする。自分がいた世界とはまるで別物のようだと龍崇は思った。ここは楽園だ。


 だが、龍崇はそれだけではなく、この場に常にない気配――そう、鮮烈な命の存在を強く感じた。その源はまぶしいばかりの黄袍に身を包む青年ただ一人から放たれていた。何も語られなくても、英龍の全身からそれらははっきりと立ち昇っていた。それらを敢えて言葉にするなら、みずみずしい希望、生への感謝、あふれる喜び、無限の楽しみ――といったところか。


 英龍の手元にある数々の皿にはどれも手を付けた跡がみられた。しかも食したと思われる量は通常の倍近くだ。龍崇同様に就寝時間が短い英龍は、朝は少量しかとらない。しかし英龍は今も休むことなく箸を動かしており、いまだ腹が満たされていないようであった。彼にしては非常に旺盛な食欲は、健康的な人間が有する必要条件の一つであり、臣下が喜ぶべき変化ではある。


 英龍は異母弟の存在に気づくと、満面の笑みを浮かべてその手を止めた。


「どうだ。昨夜はよく休めたか」

「はい。ご配慮ありがとうございました」

「今朝は共に朝餉をとるか?」


 逡巡した後、龍崇は小さく頭を下げた。


 英龍が満足げにうなずき、そばにいた侍従が龍崇のための席を用意する。龍崇は英龍に近い席を与えられ、そこに腰を降ろした。その間も英龍の食欲は一向に衰えることはなかった。


 長く英龍のそばにいる龍崇には、英龍のこの変化の表面上の理由が理解できていた。何かしらうれしいことがあったのだ。しかし、真の理由、つまり『何がこの異母兄を喜ばせているのか』については皆目見当がつかなかった。


 そのような時は一つずつ確かめていく必要がある。


「昨夜は鏡楼のほうはどうでしたか?」

「ああ。準備のほうは問題なさそうであったぞ」


 明瞭かつ簡潔な答えは、しかし龍崇が望む答えではないようであった。


 少し矛先を変える。


「今日は後宮へおいでになる予定はありますか」

「いや。麗や菊花の顔は見たいが、菊花は今は初の公務に向けて集中講義を受けているからな。終わるまで邪魔はしないつもりだ」


 これも違うのかとさらなる仮説を検証していたところ、箸の動きを止めた英龍が薄く笑った。


「なんだ、崇よ。余から何を訊きだしたいんだ」


 聡い異母兄に龍崇は大きく息をついた。


「分かっているならお教えください。なぜ今朝はそのように機嫌がよろしいのですか」

「機嫌がいいとおかしいか」

「おかしくなどありません。しかし気になるのです」


 英龍は龍崇が真剣な顔をしていることに気づき、うれしい反面、小さく嘆息した。


「余のことを案じてくれているのはよく知っている。感謝する。しかし……余はそれほどまでに愚かか」


 英龍の目にかげりが見え、龍崇ははっとした。が、遅かった。


「余は皇帝である。だがな、余にも心躍らせたい朝だってあるのだ。それをそのように追及されなくてはならないのは、余が皇帝であるからか。それとも余には幸福な姿がそぐわないからなのか」


 口を開きかけた龍崇を、弁明は不要とばかりに英龍は制した。


「まあよい。すまぬな、朝からこのようなことを言って。さあ、食べてくれ」


 その目は皇帝が臣下へ命令する時のものと同じで、であれば龍崇にはもはや何も尋ねることはできなかった。

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