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4.戸惑いと苛立ち

 菊花は無心で地面を掘っていた。


 手に持つ枝はそのあたりで拾った適当なもの。単調に無気力に、燦々(さんさん)と降り注ぐ陽光をものともせず地面を掘り続けている。


 枝が刺さった部分、温もりすら感じる土の中からぴょこんと一匹のみみずが顔を出した。それを菊花はもう片方の手でつまみあげ、脇に置いた籠にぽいっと投げ入れた。みみずは籠の中、土の上でうねっていたが、しばらくすると元いた環境とこの場が同質だと理解したのかおとなしく順応していった。


 菊花はしばし、自身が投げ入れたそのみみずをぼおっと眺めていた。籠の中はすでに土よりもみみずが占める領域の方が大きい有様になっている。そう、もう一刻以上、菊花はこんな無益なことを続けていた。


 そんな菊花をはらはらとしながら、けれど何もできず見守るだけの女官達――やや離れたところで菊花を取り囲んでいる――そんな彼女らに菊花は申し訳なさを感じながらも、自分自身、何をどうすればいいのか全く分からずにいた。


 自分は変わってしまった。

 菊花はそれを自覚している。


(昔のように何も知らなかったころの自分に戻れたら……)


 他に方法を知らず、今日もこうやって土いじりをしてみせているが……本心からみみずを集めたくてこうしているわけではない。


 しかし、自分が何かをしたくても、何か望みを追及したとしても……それは叶わないことなのだと察するようになったならば。……どうすればいい?


(――今さら!)


 思いきり強く枝を地面に突き刺していた。


 固い土に食い込んだ反動で枝が折れて吹き飛び、残る枝を握ったままの菊花の手のひらに鈍い痛みが走った。


 思わず顔をしかめかけ、菊花はあわてて無表情を取り繕った。幸い離れた場所に控える女官達には表情の乱れは見えなかったようだ。ただ、突然の姫の乱心に数人が息を飲んだ。見なくても気配で分かる。


(優しくしたいのに……)


 うまくふるまえないもどかしさで菊花は自分自身にいら立ちを覚えた。感情を、行動をうまく制御できない。どうすればいいのか……もう本当に分からない。


 菊花は手に残った短い枝を握り直し、作業を再開した。


 他にすることがないから。

 こうしている間は誰も自分に近寄らないし、近寄らずにすむから。

 誰も傷つけずにすむから。


(だが籠いっぱいに集めてしまったら、次は何をすればいいのかのう……)


 そんなことを考え、枝をふるう速さをやや緩める。日が暮れるまでまだ随分時間がある。今の菊花にとって一日は長すぎた。あっという間に太陽が昇り沈めばいいのに、と思う。もうずっと夜であってもいいのに。


(そうしたら誰とも会わなくてすむのに。誰にも心配をかけなくてもすむのに。……嫌われなくてもすむのに)

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