ミミのごしゅじんさま5
あれからミミの火傷も直り、城のものたちもミミの笑顔をまたみられるようになった。
最近、ミミは料理長に言われてよく散歩をするようになったらしい。そのせいか最近はいくぶん健康的に成長しているようだ。薄桃色の髪に、健康的な白い肌、すらりと伸びた体は、同世代の女の子たちと比べると少し小柄だが、もう立派な少女になっていた。
『食べてあげる。』、ミミはその言葉の意味をずっと勘違いしている。でも、その誤解を解くつもりはない。気づいたときには、僕の腕の中にいてもらうつもりだ。
そのことについて侍女たちに鬼畜と非難されているが、僕はまったく気にしない。ミミにそう言われたら少しは気にするけど、当のミミは無邪気な笑顔で僕に抱き着いてくるので、僕の計画は誰にも止めようがないのだ。止めさせるつもりもないけれどね。
「ごしゅじんさま、何か嬉しそうです。」
散歩から戻ってきたミミが、とてとてと僕のもとに走ってくる。僕の腰元しかなかった身長も、ちょうど胸の下あたりにくるようになった。それでも、無邪気な笑顔は変わらない。
「そうかい?ミミも嬉しそうだね。」
「ごしゅじんさまが嬉しいなら、ミミも嬉しいんです。」
「そうか、ミミは可愛いね。」
「えへへ~。」
明後日はミミの誕生日だ。そして僕たちの結婚式の日でもある。でも、僕はその前にミミを僕のものにしてしまうつもりだ。
ごめんね。純粋な君を騙して、まだ恋もしらない君を僕のものにする。
それでも僕の妻になってもらうよ。
***
夜、はやる気持ちを落ち着かせ、部屋を訪れる。
「ごしゅじんさま?」
振り返ったミミは白いドレスに包まれ、月光の下、まるで幻のようにそこに立っていた。まるで月の精のようだ。そう思う。
「きれいだよ、ミミ。」
まるでミミがこのまま消えてしまいそうで、不安になった僕はミミの頬に触れた。柔らかい感触が、僕を安心させる。
ミミも何かを察していたのだろう。力を抜いて、僕に体をあずけてくる。
「おいしくたべてくださいね。」
力の抜けたその体は、僕を本当に信じている証だった。
ごめんね、ミミ。食べるといったけど、僕の意味は君が考えているものとは違う。
ミミの頬に手を添え、できるだけ優しく唇を奪う。唇を離すと、ミミは首をかしげた。
「味見ですか?」
本当に僕に食べられようとしているミミ。そしてミミを騙している僕。胸に浮かんできた罪悪感を消し去るように、今度は深くミミの唇に口づける。
「んっ。」
不思議そうな、無垢な声が、僕の腕の中で跳ねる。唇を離したとき、ミミの目は潤んでいた。
「おいしいですか?」
「おいしいよ。」
本当に食べてしまいそうになるくらいに。ミミがいなくなっては困るので、そんなこと出来るはずもないが。僕の答えを聞いたミミは、本当に嬉しそうに微笑んだ。
僕はミミをやさしくベッドに横たえる。そして白いドレスを脱いで、その柔らかい肌を味わう。ミミは力を抜いて、僕にその身を任せてくれた。
そして最も大切な瞬間がやってきた。
ミミと僕の目が合う。何よりも澄んだ綺麗な瞳が僕の目と合わさる。その瞳に映る僕への信頼に、何よりも心がつながっている気がする。
森で出会った兎は、可愛い元気な女の子だった。
そして、その子は、僕の最愛の人になった。
「いまから僕がミミを頂くよ?本当にいいんだね。」
それは嘘を含んだ、偽りの言葉。
「はい。」
それでも彼女は、僕を信じ切って、何のためらいもなく頷く。
この女の子は、誰よりも純粋で清らかで、まだ男女の恋なんて知らないのだろう。そんな君を騙して、僕は君を自分のものにしてしまう。
もし、君が成長して、それを知る歳になったら僕を怒るだろうか。でも、そうなっても、僕は君を離せそうにない。
だから、精一杯がんばって、未来の君に惚れてもらえるようがんばるよ。
そして君を幸せにする。
そうして、僕とミミは結ばれた。
***
盛大に飾り付けられた大きな広場で、赤い絨毯の上を二人の男女が歩いている。
一人は白い清らかなドレスを着た可愛らしい少女。もう一人は、黒いタキシードを着た美しい青年。二人は仲良く手を結び、神に永遠を誓う道を歩いて行く。
それを見守る人間たちは、いくつかが反感を持った目で見ているが、それより多くの人間が二人を祝福するように笑顔で見守っている。
「永遠の愛を誓いますか?」
神官が少女に問いかける。
少女は少し小首をかしげたが、青年に耳打ちされたあと頷いた。
「僕のことがずっとずっと大好きかってことだよ。」
「はい。」
少女の答えは、この上ない笑顔だった。
「永遠の愛を誓いますか?」
その質問は、今度は青年に向けられた。
「はい。」
頷いた青年の顔は、神妙で決心のこもった表情だった。
それから二人は口づけをして、広場は大きな歓声に包まれた。
「またまた味見ですか?」
そんな少女のつぶやきも、さっき青年が少女に耳打ちした言葉も、神官には全て聞こえていたが、全て聞こえないふりをした。
「あの子も馬鹿ねぇ。」
そう呟いたのは、全てを見守っていたこの国の王妃だった。
「あなたになら食べられてもいいっていうのなら、それは何よりもあなたを愛しているってことなのにね。」
それはこの国の新たなる皇太子と皇太子妃の結婚式での話。
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