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その20 

いよいよ最終話です。空の想いとトレスの決断にいかに。

 トレスの心臓を縛っていた柵が消えて、体が軽くなっていくのを感じた。『奇跡の石』がまさに奇跡を起こしている。

「トレス、これは一体!?」

 光に包まれた友を、ノーサが眩しそうに手を額に翳す。

「呪いが浄化されているわ」

 信じられないといった口調のアザリアにトレスがゆっくりと顔を向けた。これまでの苦痛で歪む表情ではなく、かつての精悍なそれに戻っている。

 近くにいた妖獣達も、光に怯えて襲ってはこなかった。

 彼を包み込む温かい光に、もう一人の鼓動を感じる。


 -空、今行くぞ。


 収まった光に妖獣が一気に襲い掛かるが、本来の動きを取り戻したトレスの敵ではなかった。横一線、剣で薙ぎ払うと、一頭の妖獣が真っ二つになり絶命する。


 -これが、トレスの本来の実力……!?


 その凄まじさにアザリアは目を見張った。

「ティエラ・トレスはこうでなくては」

 ぼそりと呟いたフローラは、とても誇らしげに彼を見つめている。



 空の胸に光る『奇跡の石』の影響はカノンにも与えていた。

「くそっ!! なんだ、この光は!?」

 忌々しく叫ぶ彼の声に、空の目がうっすらと開いた。

「『奇跡の石』……」

 おもむろに立ち上がった空が外へ出ようと歩き出すと、カノンが慌てて引き留める。

「行かせないよ!! 空はぼくを選んだんだろう!?」

「トレスが待っているもの」

 振り向いた彼女の瞳は焦点が合っておらず、台詞も抑揚がなかった。まるで、何者かに操られているかのように、ふらふらと入り口へ向かっていく。

「空は渡さない!!」

 叫びとともにカノンの体からおびただしい妖気が満ち溢れて、空を包み込もうとするが指輪の光に阻まれて舌打ちをした。


 -あの石はもう効力がないと思っていたけど、これほどまでとはね。


 メイルとの戦いでこの石が砕け散ったことは知っていたが、こんなにも小さくとも効力を失わない存在に焦りを感じた。

 眩い光と黒い光がぶつかり合い、衝撃で二人のいた部屋の壁が剥がれ落ちる。

「どうやら石だけの力じゃないみたいだね、空」

 栗色の髪が宙に舞い、正面から見据える空にカノンは驚愕した。


 -皮肉なものだね。異世界から来た君に応えるなんて。


 だが、トレスと空の互いの石が二人を引き寄せている事実は耐え難い。

 どこからともなく妖獣が現れて、空へ体当たりしていくが跳ね返ってもんどりうった。

「お願い。あなたを傷付けたくないの」

 意識が戻ったのか、彼女の瞳に精気が宿っている。

「嫌だ!! 絶対あの男だけは許さない!!」

「俺もだ、カノン!! お前だけは許さない!!」

 凛とした声がカノンのそれに続いて部屋に木霊した。

 背中で聞こえる声に、空の顔がこちらを向いて頬が綻ぶ。

「トレス……」

 鋭い瞳で二人を見やっている藍色の髪の剣士もまた光に包まれていた。

「空を返してもらおう」

「お前なんか死んでしまえ!!」

 大きく開いたカノンの掌から黒い光の玉が生まれ、トレス目掛けて放たれる。それはまるで、メイルの攻撃だ。

 地を這い轟音とともに襲い掛かる光に、トレスは足を大きく開いて衝撃に備える。

「うっ!!」

 耳を掠めた刹那、背後で爆音が鳴り響いた。剣で分断された一部が凶器となって駆け付けたノーサ等を直撃した。

「ノーサ!!」

 白煙で視界が悪く、彼らの生存が確認できずにいたが、

「俺達にかまわずやつを!!」

「わかった」

 全ての妖獣がここへ集結して、ノーサ等と対峙する。

 次々と繰り出すカノンの攻撃に怖気ず、目の前にいる空だけを見つめて前へ進むトレスに恐怖を覚えた。黒い光の球を右に左に受け流すトレスだが、石の光に守られているとはいえ衝撃が少しずつ体力を奪っていく。

 弾道が逸れてトレスの右頬を掠めていったが、それでも足は止めない。

「お前は何者だ!?」

「『時の泉』によって蘇ったメイルの怨念さ」

 カノンが薄笑いを浮かべて真実を語り始めた。

「なんだと!?」

「驚くことはないだろう? 現にお前も空も『時の泉』でここに来たんだから」

 二人の会話は、妖獣と戦うノーサやフローラにも届いていた。

 すべての元凶は『奇跡の石』ではなく『時の泉』なら、それ自体をなくせば……と誰もがそう思ったが、一瞬淋しい表情を見せた空をトレスは見逃さない。


 -もう帰れないのかな……。ううん。トレスと一緒なら大丈夫だよ、きっと。


 -もし、泉が消滅したら空の世界が消えてしまう。


 元いた世界に帰れないと覚悟していても、心のどこかで帰りたいという自分もいる。愛する人が一緒でも、生まれて育ったあの場所が愛おしい。

 今まで封印していた気持ちがここにきて涙となって溢れ出した。そんな彼女を察したトレスが手を差し伸べる。

「どこへいようとも、俺はお前といつも一緒だ」

 カノンの攻撃に耐えるのも必死なのに、トレスは優しく微笑んでいた。一筋の血が頬に刻まれて痛々しいのに、今までにない彼の笑顔に空が力強く頷く。

「うん」

 二人の手が触れ、互いに指を絡ませたその時だった。

 二つの指輪が共鳴して光が一つになる。トレス達の周りに光の渦が舞い、妖獣達を一掃しするがごとく巻き込んでいった。

 紫紺のロングコートが千切れんばかりに靡き、踏ん張らなければ地に足がつかない状態に、トレスは夢中で空を抱き締めた。

「空」

「なに?」

「俺に力を貸してくれ」

「うん」

 何故か空にはトレスが何をするのか理解できた。そっと自分の両手を、剣を握っているトレスのそれと重ねる。

 光が剣に集まり、渾身の力で大きく振りかざした。眩い光が辺りを照らして、全ての妖気を消滅させていく様子に一同は目を細めながらしっかりと見届けた。



 トレス達は『時の泉』へ来ていた。全てはここから始まった。

 一方的な好意ではあったが、カノンのことを想うと空は胸が痛んだ。もっと違う出会いをしていれば、いい友人になれたかも知れない。

 そっと肩を抱く腕に空が見上げて微笑んだ。

「終わったね」

「まだやることがある」

「そうなの?」

「ああ」と短く返事して、指輪を貸してくれと促す。何の躊躇いもなく渡すと、それを泉へ投げ込んだ。

「トレス!!」

 一同は驚愕して、慌てて泉に駆け寄り覗きこんだが、既に奥深く沈んでいく。

 自分の物も外してまた泉へと放り込むと、次第に泉が狭くなっていくではないか。

「これでこの泉も無くなる。『奇跡の石』もティエラ家も」

 トレスが向き直ると、一瞬にして友の覚悟を感じ取ったノーサが叫んだ。

「お前、まさか……」

「あとは頼んだぞ」

 紫紺のコートを翻すと空を抱き上げた。

「トレス!?」

 トレスは大地を蹴ると、閉じかけた泉に向かって身を投じて、そして……。




「もうビックリしたんだからね!!」

「そうよ。急に留学するなんて!!」

「ごめん。今度ケーキ奢るから」

 どこにでもいる女子高生が三人、下校帰りの商店街を歩いていた。一人は長身の体育会系の玲奈、もう一人は校内一の頭脳を持つ智美である。

 そして、もう一人は……。

「そういえば空、あいつどうしたの?」

「あいつ?」

「ほら、不愛想で俺様のあいつよ」

「ああ。彼は……」

 目を伏せて言葉を濁らせる空に、二人は肩を竦めた。

「ま、空は可愛いからまた出会いがあるよ」

 玲奈は自宅へ、智美は塾へ空はバイトへと三人は別々に別れていく。

 トレスと泉に飛び込んで、気が付けば元の世界へ戻ってきていた。事情を知っていた叔母の美紗子が、短期留学ということにしておいてくれたので混乱は招かずに済んだ。

 大衆食堂『ふくちゃん』にバイトも復帰して、また穏やかな日常生活が始まる。

 はたから見れば、空も可愛い女の子だが、まさか異世界で生死に関わる出来事に巻き込まれていたとは誰も信じられないだろう。


 バイトが終わって、賑やかな店を後にした空は夜道を歩いていた。しばらくして、自宅のアパートに差し掛かると足を止める。

 確か、この辺りでトレスと出逢ったのだ。

 紫紺のロングコートという異様な姿に目もくれず部屋に連れ込むとは、今思えばとんでもなく非常識でお人好しだと失笑してしまう。

「なに、笑っているんだ?」

 街灯で逆光になっている人影に空は駆け寄った。近づくにつれて、現れる藍色の髪と瞳に空も笑顔で答える。

「なんでもないよ。お帰り、トレス」

「ただ今……ってそれはこっちの台詞だ」

「そうだね。ただ今」

「お帰り、空」

「今日はのお裾分けはねえ……」

 空とトレスは二人並んで、またあの部屋へと帰って行った。


 居候の剣士と高校生の空が暮らしていたあの部屋へと……。


 

 


 

 

今まで読んで頂き、誠にありがとうございました。結末を先急いだ感じはありますが、無事完結できてとても嬉しいです。これも皆さんのお陰です。

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