未発達な少女 【ブログ転載】(カミュ視点)
カミュ視点で、時間軸は学生編【23-3話 謎だらけな神様】のあたりです。
最近オクトさんが、なにやら隠し事をしている気がする。
ただしオクトさんが挙動不審なのは龍神と会うことが決まった為と言うことも考えられるので、なんともいえない。
本来王族としか会うことのない神様からの招待状。確かに頭を悩ませるには十分な内容だ。
オクトさんが珍しくついてきて欲しいと頼ってきたが、まあそれ以前に僕の方へも樹の神から打診がきていた。やはり神様の取り決めの中だと、王族ではないオクトさんを自分の陣地へ招待するのは難しいらしい。ただし王族に同行するという形ならば、ある程度の融通が利く。
しかしそこまでして神様がオクトさんに会いたがる理由が僕には分からなかった。
「オクトさん、今度はどんな魔法の設計をしているんだい?」
図書館へやってきた僕は、一人黙々と机に向かっているオクトさんに声をかけた。
最近オクトさんは、通常の図書館業務にプラスして、時魔法の管理に関する魔方陣の設計に明け暮れている。館長の体の調子が良くないからというが、僕としては、やり始めたら手加減できないオクトさんの方が心配だ。
「図書館の時魔法を、もう少し簡易にできないかと考えている」
「簡易?具体的にどういう事?」
「魔方陣の集中管理と、魔力の蓄電」
オクトさんの説明は、よく分からない事が多い。オクトさんの説明不足もあるのだけど、土台の知識量の違いからきているんだろうなと思う部分もある。僕だって幼い頃から家庭教師をつけ勉強していたので知識量には自信があったが、オクトさんの知識はたぶん僕とは別の分野で特化しているのだろう。
旅芸人の子どもだったのに、一体何処で身につけたのかは分からない。まあだからこそ、賢者なのだけど。
「今の時魔法の魔方陣は一つ一つ独立している。その場に行って魔力をこめないといけない。だからそれを取りまとめて集中管理できないかと考えている」
「魔力の蓄電というのは?」
「魔力が途切れたら魔法が解けてしまう。だから普段から別の場所にためておいて、もしもの時はそっちから魔力供給ができた方がいいと考えた」
……いったい彼女の発想は何処から出てくるのだろう。
確かにオクトさんがいう方法ができればとても便利だ。思いつきそうで、今まで思いつかなかった方法である。
王宮の結界魔法も、夜間は貯めた魔力で構築できるならその方がいい。今は警備に配置された複数の魔術師が交代で術をかけていて、とても非効率だ。
「凄い構想だね。オクトさんの場合、アスタリスク魔術師と同じ、魔法学科の方が向いている気がするけど、やっぱり魔法薬学科に進学するのかい?」
来年には、僕らはそれぞれ進みたい分野を決め、それに特化した学科に進学することになる。新しい発想ができ、魔方陣の構築もできるオクトさんなら絶対魔法学科が向いていると思う。特に魔法学科なら、僕も進もうとしている学科なので、見守っていく分にも都合がいい。
誘うためにアスタリスク魔術師の名前も出してみたが、オクトさんの反応は芳しくなかった。
「もちろん。山奥で薬師をするなら、その専攻しかない」
「まだ、そう思っているんだ」
これだけ魔法が使える優秀な人材を、山奥に引きこもらせたいヒトはいないだろう。
魔術師も王家も、オクトさんの今後に注目している。だからオクトさんの希望は、夢物語でしかない。
特に、オクトさんは居るだけで手札となる【混ぜモノ】。それこそ旅芸人のように何処にも属さない立場にでもならなければ、自由な選択などまず不可能だ。もっともそんな立場になったとしても、あらゆる方面から勧誘は絶えないだろうけど。
「えっと……カミュって何人兄弟?」
「へ?正室だったら僕を含めて4人だし、側室を含めたら、6人かな」
唐突なオクトさんからの質問に僕は驚きつつも答える。前の話とまったく繋がっていない気がするのに、オクトさんの中ではつながっているのだろう。
いたって普通だ。
「側室?」
「つまり異母兄弟ってこと」
そう言うと、あまり表情は変わってはいないが、オクトさんが衝撃を受けているのが分かった。
「オクトさんは社会が苦手だという事は知っていたけれど、自分の国なんだし、現王室ぐらい覚えておいた方がいいと思うよ」
今僕が話したのは、一般常識に近い。
オクトさんは馬鹿ではないというのは分かっているが、本当に知識量にムラが多かった。周りに興味がない、魔術馬鹿に育てられると、こんな風に育つのだろうか。
「あー……。それで、カミュは正室の次男であってる?」
「合ってるよ。僕の兄弟は兄上と姉上、それと弟だから。側室の子ども2人は、1人が姉上で、もう1人が妹かな。側室は全部で4名いて、今いる子供は母親が違うよ」
「側室ってそんなに居るんだ……」
「歴代の中では少ない方だと思うけど?」
少なくはあるが、僕としてはこれぐらいが丁度いいと思う。
側室が多すぎれば財政は圧迫するし、統制も取りにくい。派閥とか作られたら面倒だ。かといって側室をとらなければ、世継ぎが居なくなる可能性が高くなる。
しかしオクトさんにはこれもまた衝撃が走る事実だったようだ。財力があればどれだけ妻をもってもいいという法律にはなっているが、あまり実行しているヒトはいない。だから余計に想像できないのだろう。
「昔は今よりも出生率が低かったし、生まれても上手く育つかどうか怪しかったからね。だから側室制度ができたんだよ。それに貴族たちも自分の娘を王の嫁にしたかったわけだし、その方が嫁にできる確率が高くなるからね。もっとも、比較的栄養状態もいい王宮で上手く育たなかったのは、色んな思惑が絡んでいたりもしそうだけど……」
というのは僕の自論だ。でも一般の民よりもお金をかけられているというのに、死ぬ確率が高いというのは、色々裏があると勘繰るのが普通だろう。
兄上が生まれる前に側室が男児を生んでいたらしいが、その子はすでに天に召されていた。他にも側室で流産をし、王宮から去ったモノもいると聞く。ここはそういう場所だ。
だから大切で愛するものほど、ここへ近づけてはいけないと僕は思っている。
「……あのさ、今日はどうしたわけ?」
「へっ?どうしたって?」
「いつもはそういう話は聞かないようにしてるでしょ?」
オクトさんは、僕について何かを聞いてくる事は少ない。
いや僕だけでなく、誰に対してもだ。こちらから話せばちゃんと聞くが、そうでない限り、一定の距離から踏み込んでこようとしない。
「あー……聞かれたくない話だった?」
「いや、聞かれる分には全然いいというか、今話した事は一般常識に近い内容だし」
「えっ?一般常識?」
「うん。少なくとも貴族にはね」
王家に嫁いだだけで、太いパイプができるのだ。どれだけ王子が居るのか、姫が居るのかは常識的に知っているだろう。
「……大変だね」
「そうかな。別に僕が覚えるわけじゃないから、知っておかなければならないオクトさん達の方が大変じゃないかな?」
僕自身も貴族達の家系図を覚えるのには骨が折れた。自分に関わりが深いヒトならまだしもそうでないと、中々覚えられない。他人の家系図ほど面白みのない知識はないと思う。
それでも覚えておけば、何かあったときに上手く利用できるのだから仕方がないのだけど。
「僕が聞きたかったのは、わざわざ僕の家庭環境を聞いてきたのが純粋に不思議だったからだよ。オクトさんってあまり他人に興味がないからね」
「興味がないって……」
オクトさんは少しだけムッとした表情をした。
まあ興味がないというわけではないか。オクトさんは、いつも回りのヒトの顔色をみて誰にも迷惑をかけないようにと恐る恐る生きている。
たまに鬱屈が溜まって弾ける時もあるが、普段はとても空気を読もうとする。
「ああ。ないって言いきるとちょっと語弊があるかな。でも深く関わろうとしないよね」
「まあね。……この間、神の使いにカミュとの関係を聞かれて。その時少し反省したから」
「えっと。どういう意味だい?」
関係を聞かれて、反省って……凄く気になるんだけど。
基本的に僕はあまり他人の評価を気にしない性質だ。しかし唯一の友達の意見だと思うとまた話は変わる。
もちろん、友達だからといって贔屓をすれば何処かでバランスを崩すので、あまりその意見に重点を置いてはいけないということも分かっているのだけど。
「友人と言いたかったけど、言えなかった。私はあまりカミュの事を知らないから……カミュ?」
「オクトさんって、たまに不意打ちでこっちが傷つくことをさらりと言うよね」
「ごめん」
「分かって言っていないよね、それ」
友達と言えないとか、さすがに僕でも傷つく。
そりゃ僕だって、オクトさんの事を何もかも優先する事はできない。でもそれを面と向かって言ってくるのは酷いのではないだろうか。
オクトさんはヒトの顔色を伺うと思っていたが、訂正。伺おうと努力はしているが、おもいっきり失敗しているタイプだ。
「いや。分かっている。友人と言いたかったなんて、馴れ馴れし過ぎた。カミュは立派な王子だと思う――って、何てさらに落ち込む?!」
むしろ何で落ち込まないと思うかの方が不思議だよ。
僕は久々に打ちのめしてくれた、友人(一方通行)を恨めしく見た。
「友人だよ」
「ん?」
「友人だよね?ちょっと、何でそこでキョトンとした顔をするかな。相手の家庭環境とか、色んな事を知らないから友人じゃないって、どういう発想なのさ」
しかし僕の意見は、オクトさんの中では理解しきれないものだったらしく、さらに目を丸くされた。
でもまあ、【友人と言いたかった】という思いがあるだけよしとしておいた方がいいのだろう。どうせ、いつもの卑屈な考えで、斜め上に暴走した結果がこれなのだろうから。
「それで、精霊にはなんて答えたの?」
「腐れ縁」
……なんか、アスタリスク魔術師も言いかねない言葉なだけに、僕は溜息をついた。あのヒト、友人に対しても、本気でそうだと思っていそうだし。
「まさか、アスタリスク魔術師とこんな所が似てしまうなんて。確かに、家に引きこもりがちで、あのアスタリスク魔術師に育てられたなら仕方がない気もするけれど……」
「どういう意味?」
「人間関係音痴って意味だよ。せめてそこは幼馴染って答えようよ」
この言葉さえも、オクトさんは納得がいっていないようだ。もしかして、生まれたときからの付き合いでなければ幼馴染ではないとでも思っているのだろうか。
……これは少しオクトさんに、色々教え込んでいった方がいいかもしれない。そうでないと、オクトさんはいつまでたっても自分は一人ぼっちだと思い込んでいそうだ。それだけならいいが、本気で山奥に引きこもって、誰とも連絡を取り合わない、神様のような生活を開始してもおかしくない。
誰とも連絡をとれない状況ならば、確かに誰かに勧誘されたり利用されることもないだろうけど……色々駄目だろう。
「ちなみに、ライは何?」
「腐れ縁?」
「獣人のあの女の子は?」
「えっと……後輩?」
「コンユウは?」
「ツンデレ?」
「エストは?」
「……いい人?」
駄目だ。色んな感性が死滅しているとしか思えない返答に、僕は溜息をつくしかなかった。
うん。これだけからぶった答えを返すなら、腐れ縁はまだいい方なのだろう。
オクトさんはどうやら他人との距離を上手くとれないらしい。だけど人に迷惑はかけたくないと思っている。その結果、オクトさんなりに不快には思われないだろうという距離をとり、まったく関わらないという選択になっているのだ。おかげで、比較的親しい間柄でも友人と思えないのだろう。
もしくは友達だと思ったら迷惑をかけるとか、そういう的外れな事ばかり考えているに違いない。いくら混ぜモノで、幼少期に周りから拒絶されたからといっても、全てのヒトがそうだと思わなくてもいいのに。
いや、むしろ聡すぎるから、幼い時にそういう結論を出したのか。でもその後の成長がまったく見当たらない。
「ああ。でもエストは友人。そう言っていいと言われた」
「いいといわれなくても、言っていいと思うよ。少なくともライはそう言わないと怒るから」
許可を貰って初めて友人って……。もちろん他人の感情なんて見えないし、自分と同じように相手も好意を返してくれるとはかぎらないけどさ。
何となく、アスタリスク魔術師がオクトさんを必要以上に可愛がる理由が分かった。オクトさんは分かりやすくしてあげないと、相手の好意を上手く感知できないのだ。
今まで誰からも距離を置いてきたので、オクトさんには言葉の裏を読むなんて高度な技が備わっていない。いわれた言葉は、本当に四角四面どおり、もしくはマイナスに捉えるのだろう。
「まあ、僕たちのことに興味が出てきたのは悪いことではないと思うけどね」
思いっきり傷ついたけど、相手が幼すぎるなら仕方がない。
僕はよしよしと、アスタリスク魔術師がやるようにオクトさんの頭を撫ぜた。
「よく考えたら、オクトさんはまだ10歳だったね。しかもエルフ族の血が入っているし。話をしていると忘れそうになるけど」
エルフ族は独特な成長をするので、一族で固まって人里離れた森の奥で生活している。めったにお目にかかることはできないが、エルフ族の10歳はまだ幼児のようなもので、とても仕事ができる年齢ではないと聞いたことがあった。
オクトさんの成長はもしかしたら、エルフ寄りなのかもしれない。
「もしかして、馬鹿にしてる?」
「まさか。尊敬してますよ、僕らの小さな賢者様。ただオクトが10歳だって事を思い出しただけで」
「やっぱり、馬鹿にしてるだろう」
少しむくれた顔をするオクトさんは、歳相応に見え、僕はもう一度頭を撫ぜた。




