予定調和な世界 【ブログ転載】(カミュ視点)
カミュ視点で、時間軸は【1-3話】、幼少編で初めてオクトと会った時の話です。
とてつもなく歪んだ性格の11歳のお話です。
僕は比較的できた人間だ。知力、体力、魔力の全てが高い能力で、それぞれをバランスよく持ち合わせている。
また僕の父は王様で、僕はその次男という立場。
全てにおいて1番ではない。でも総合すると、結構いい線をいっていて、だからこそ限界もすぐに分かってしまった。
僕は決して1番にはなれない。
そんな僕の人生はほぼ決まっているも同じだ。王になった兄上の為に働き、この国の為だけに生きる。なぜならば僕という存在は、そのために産み落とされたのだから。
珍しく決まり切った予定がずれたのは、産まれる前から決まっていた婚約が解消されたことくらいだろう。生まれる前から婚約していたのは、僕の従兄妹にあたる公爵家の娘。だけどその子は僕ほども魔力を持ち合わせていなかった。
魔力の違いは生きる時間の違いでもある。そう考えると、あっさりと婚約解消となったのは、ある意味予定通りなのかもしれない。僕の妻となれるのは、僕と同じだけの魔力を持ったそこそこ地位のある家系の女性だけだ。そこには好き嫌いは存在せず、ただ王家にとって都合がいいかどうかだけ。
だから遅かれ、早かれ、魔力がなかった従兄妹は妻とはなりえず、婚約は解消されただろう。
そして同じような立場の女性が、再び婚約者と選ばれるはずだ。結局は何もかもが、予定通り。変わりはしない。
「でも面倒なことになったなかな」
僕は珍しく少し疲れて、ふぅと溜息をついた。
吸血婦人のという事件が起こり始めて、これで何件目か。ここ半年ほど、少女が血を抜かれた状態で遺体となって発見されるという事件が続いている。
今日はその現場を見に来たところだ。凄惨な状態の遺体は既に片付けられているので、僕が見れたのは、かわいそうな犠牲者が横たわっていただろう現場だけだ。
明らかに呪術的な意味合いが強そうなこの事件。貴族の娘が被害に合った事をきっかけに、兄上の命令で僕が調べる事になった。その結果、……高確率で、僕の元婚約者が関係している事が分かった。
何かの悪い冗談であってほしいが、僕は自分の能力を知っている。僕が考えた推測に間違いはない。ならば多分この悪夢のような現実は、僕が予想するままに悪夢のような結末を迎えるのだろう。
従兄妹で、元婚約者という情報でしかない存在の女性。
幼い時は一緒に遊んだりもしたけれど、もうなんの関係もない存在。しかし上手く割り切れない何かがあって、思考を鈍らせる。結果は決まっているのだ。だからそうでなければいいという、個人的な感情は消すべきだということも分かっている。
推理に感情を加えるというのは間違った答えを導いてしまう可能性がある、危険な行為だ。
僕に間違えは許されない。間違いは僕の部下の運命も狂わせる。
全ては決まった事象。予定調和な世界。それを作れなければ、僕もまた、彼女のようにこの世界から不要となってしまう。
「これしかないんだ」
従兄妹の罪を見破り、それ相当の罰を与える。
今頃、乳兄弟のライが海賊に紛れ込み、犯人のいる場所へ僕の部下を送り込むための下準備をしているはずだ。ここまできたのだから、やるしかない。
その道しかない――。
『ああああああぁぁぁぁぁぁ~』
ふと不思議な声が聞こえて、僕は足を止めた。
透き通るような不思議な声色。聞いたこともない言葉の羅列。適当なのかと思えば、言葉には一応決められたパターンがあるようで、ちゃんとした言語のようだ。
僕だっていくらなんでも自分が全てを知っているとは思わない。それでも、まったく聞き覚えのない言葉は凄く不思議で、自然と足が歌声のする広場へ向かった。
「何でも異世界の歌なんだってさ」
「へぇ。異世界ねぇ」
僕と同じように歌声に引き付けられフラフラと集まってきた者たちが話し合うのを聞いて僕は驚いた。
異世界。
もちろんただ客の気を引くだけのためについた嘘の可能性もある。というか、その可能性の方が高いだろう。しかし奇妙な歌声を聴いていると、本当にそうなのかもしれないと思えてくるから不思議だ。
人ごみをかき分けるように音の中心へついた時、僕はさらにもう一度驚かされた。
……混ぜモノ。
噴水の前で歌を歌っている金色の髪をした子どもの頬には痣があった。まず間違いないだろう。
「よろしくおねがいします」
黒髪の子どもに紙を差し出されて、僕は反射的に受け取る。そこに書いてあるのは、旅芸人の公演の案内だった。
そうか。旅芸人の子どもなのか。
旅芸人は何処の国にも大地にも所属しない流れ行くもの。大地ごとの交流を良しとしない神様が認めたイレギュラー。
そしてそんな世界に属する、混ざらないとされるいくつもの血を混ぜて生まれた、さらにイレギュラーな存在。
ゾクリとした。
恐怖なのか、歓喜なのか分からない。それでも僕の予定調和だった世界とはまったく別の存在。
混ぜモノなんて本の中の世界の生き物だと思っていた。僕が出会うことがあるなんて、一度も予測したことがなかった。
どういう子なのだろう。
金色の髪を日の光で輝かせながら何を思っているのだろう。透き通るような青い海を思わせる瞳は、一体何を映しているのだろう。
本当ならば、こんな所で油を売っているわけにはいかない。兄上が言うままに完璧な仕事をこなすには、念密な計算と下準備が必要だ。
それでも気になってたまらない。まるでその歌声に魔力でも宿っているかのように、地面に足が縫い付けられたように動かない。
最後まで歌声を聞き、混ぜモノが歌うのを止めた所で、ようやく僕の呪縛は解けた。人々が去っていく中、人形のように動かなくなった混ぜモノの少女を僕はまじまじと見つめる。
そして馬鹿馬鹿しいけれど、僕の中に一つの、今までに考えたこともなかった案が生まれた。
もしもこのイレギュラーな少女と一緒に過ごせれば、この退屈で残酷な決まりきった世界が壊れるのではないかと。
まったくもって理性的ではない考えだ。
イレギュラーがいたとしても、僕の運命は変わらない。僕とこの子は違う存在なのだから。でももしも変えられるなら――。
僕は少女が僕を認識するように、拍手をした。
「凄いね。楽しかったよ、ありがとう」
警戒されないように、笑いながら近づく。すると僕の笑みに反応したかのように、少女は同じく笑い返してきた。ただし作り物のような笑みは、まるで僕を鏡で映したかのようなものだ。
少女が何を思っているのかまったく読めない。
全く読めないという事がさらに僕の完璧だった世界を壊すかのようで、僕は笑みを深くした。この子がいたら、僕の元婚約者が死んで終わりという、決まった運命がずれる気がする。
これからきっと僕はこの子を利用するだろう。僕のこの決まりきった世界を壊すために。だから、これはほんのお礼とお詫び。
「――異世界の歌はあまり披露しない方がいいよ。悪い人に捕まっちゃうから」
もう僕という、悪い人に目を付けられているけどね。
そう頭の片隅で思いながらも、僕はそっと耳打ちした。




