↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉に無職だと思われているAランク探索者の俺、企業VTuberの初ダンジョン配信を“ヒーロー見参”で救ったら謎ヒーローとしてバズった  作者: 白洲りつ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/102

第19話:【正社員拒否】犯罪告発資料を二十分で作る短期スタッフと、迫る家族会議

※リメイク版として第1話から投稿中です。


 よし。今のうちだ。


 人間は理解を放棄すると、一時的に質問しなくなる。俺はその貴重な時間を利用して、資料を次のページへ進めた。


「ダイヤモンド・ゴーレムの胸部には、人工的な誘導核が埋め込まれていました」


 大型モニターへ、赤黒いチップの解析画像が表示される。事務所がさらに静かになった。


「製造シグナルを照合した結果、同一ロットの購入元はライジング・プロモーション企画開発部」


 次のページ。


「購入予算は、赤城レオン担当マネジメントチームの企画費から支出されています」


 さらに次。


「保守点検は、初回配信の二週間前。点検場所は新宿区内。外注先はライジングと継続契約のある企業です」


 誰も喋らない。スタッフの一人が、口を半開きにしたまま固まっている。人間は理解が追いつかない時、本当に停止するらしい。


 俺も今朝、チーフが高級コーヒー一杯で口裏合わせへ即落ちした時は停止した。方向性は違うが、あれも相当な事件だった。


「初回配信で出現したクリスタル・クラブについても、直前の魔力濃度ログに不自然な上昇があります」


 初回配信の映像を表示する。姉貴が赤城レオンに誘導され、予定ルートから外れる場面。


「偶然の可能性は否定できません」


 一度、言葉を切る。


「ただし」


 旧通路の魔力ログ。誘導核の波形。購入時期。配信企画の日程。画面へ順番に並べる。


「偶然がここまで同じ方向へ重なる確率は、かなり低い」


 チーフが、ようやく口を開いた。


「つまり……」


「当初の筋書きは、おそらくこうです」


 姉貴を危険へ晒す。赤城レオンが助ける。頼れるAランク探索者として注目を集める。姉貴は、命を救われた人気VTuberとして話題になる。両事務所に注目が集まる。


 話題性だけを優先した、最悪のマッチポンプ企画。


「ただし」


 俺は赤城レオンの逃走映像を表示した。速度上昇〈アクセル〉で崩落現場から全力で離れていく後ろ姿。


「赤城レオン本人が、本当に逃げた」


 映像が強い。何度見ても強い。説明を加えるほど弱くなりそうなので、そのまま流す。


 スタッフの一人が呟いた。


「速い……」


「逃げ足はSランクですね」


「黒瀬くん」


「はい」


「今、少しだけ楽しんでない?」


「事実確認です」


「口元が上がってるよ」


「筋肉の痙攣です」


「顔にも筋肉はあるけど、そういう意味じゃない」


 俺は表情を戻した。危ない。証拠映像に私情を持ち込むところだった。


 感情では殴らない。証拠で殴る。丁寧に。相手だけが社会的に崩れるように。


 安全第一である。


「計画どおりなら、赤城レオンが姉貴を救うはずだった」


 俺は続ける。


「ところが本人は逃走。そこへ予定外の黒銀ヒーローが乱入して、全部ひっくり返した」


「予定外の黒銀ヒーロー」


 チーフが繰り返す。


 なぜ俺を見る。黒銀ヒーローの話題になるたび、こちらを見るのをやめろ。


「黒瀬くん。君はその時、どこに?」


「物陰です」


「この前も?」


「退避ルートです」


「毎回、大事な場面だけ見ていないね」


「タイミングが悪いので」


「タイミングの悪さだけならSランクだね」


 昇格したくない。不名誉すぎる。


 スタッフの一人が資料へ顔を近づける。


「これ……普通に犯罪の証拠では?」


「普通に、ではなく」


 俺は画面を拡大した。


「かなり普通に犯罪の疑いがあります」


「普通が渋滞してる」


「資料は渋滞しないよう整理しました」


「そういう意味ではないです」


 会話が通じない。社会は難しい。


 チーフはこめかみを押さえた。


「黒瀬くん。君、本当に何者なの?」


「短期スタッフです」


「短期スタッフが、一晩で企業犯罪の告発資料を作る?」


「向き不向きの問題です」


「向きすぎなんですよ」


「無職仮は時間がありますので」


「昨夜は掲示板を見てたって星宮さんが」


 なぜ知っている。姉貴。余計な情報を共有するな。


「並行作業です」


「見参未遂ニキの掲示板を見ながら?」


「精神修行です」


「何のための?」


「社会へ出るための」


「逆に出られなくならない?」


 もう出たくない。だが、無職仮としての尊厳を守るため、黙っておいた。


 その時、別室のドアが勢いよく開いた。


「何の騒ぎ?」


 社長が戻ってきた。片手にはスマホ。もう片方には、協会との通話内容を走り書きしたメモ。顔は険しい。電話対応が地獄だったらしい。


 チーフが立ち上がる。


「社長。犬飼さんから、正午までに説明資料を提出するよう求められました。ライジング側は午後一時から会見を開きます」


「随分と急ね」


「それから」


 チーフが俺を見る。また見る。今日は視線が多い。


「黒瀬くんが、資料を作っていました。人工魔力誘導核と、ライジング・プロモーションの関係を示す告発資料です」


 社長の視線が俺へ向く。鋭い。姉貴とは違う種類の怖さだ。


「見せて」


「はい」


 俺は大型モニターへ資料一覧を表示した。


【一次資料】


【探索者協会提出版】


【ステラライブ社内説明版】


【法務確認用】


【広報説明用】


【記者会見用時系列】


【SNS掲載用・三百文字版】


【SNS掲載用・千文字版】


【想定質問回答集】


【炎上時緊急Q&A】


【星宮ハルカでも読める図解多め版】


 事務所が止まった。社長が画面を見る。チーフも見る。スタッフも見る。俺だけがマウスカーソルを動かしていた。


「……最後の資料は何?」


「姉貴向けです」


「星宮さんでも読める?」


「文章が長いと途中でポテチを開けるので」


「開けないよ!」


 背後から抗議が飛んできた。振り返る。姉貴が、少し開いたドアから顔を出している。


 いたのか。


「どこから聞いてた」


「私でも読める図解多め版から」


「一番聞かれたくないところだけ聞くな」


「あとで読むね」


「読まなくていい」


「私の名前が書いてある資料だよ?」


「だから読まなくていい」


「どうして?」


「途中でポテチを開けるからだ」


「開けないってば!」


 社長が小さく笑った。事務所の空気が少しだけ緩む。


 だが社長はすぐに表情を戻し、資料へ視線を落とした。一ページ。次。さらに次。読む速度が速い。重要な箇所だけを正確に拾っている。


「黒瀬くん。これ、どこまで裏を取れる?」


「製造シグナルの一致率は九十九・八パーセント」


 関連ページを開く。


「出荷履歴、保守契約、担当部署コード、企画予算の支出記録まで確認済みです」


「現場との関連は?」


「ゴーレムから回収された誘導核の波形と、購入ロットの検査波形が一致しています」


「改ざんの可能性」


「元データにタイムスタンプと改ざん防止証明を付与しました。協会の公式ログとも照合できます」


「法務が読める形は?」


「別ファイルです」


「広報向け」


「専門用語を削った版があります」


「記者からの質問想定」


「四十八問」


「四十八?」


「標準的な範囲です」


「どこの標準?」


「ネットで見ました」


「どこのネットに、企業不祥事対応の全工程が載っているの?」


「広いネットです」


「そのネット、弊社に導入できる?」


「非売品です」


「概念でもいいから雇いたいわ」


 無理だ。


 そのネットの正体は、七年間の探索者生活で積み上げた面倒な事務処理経験である。


 導入すると、討伐報告。損害賠償。協会との交渉。依頼主との責任争い。徹夜。胃痛。全部ついてくる。


 おすすめはしない。


 社長が資料一覧へ戻る。


「会見台本もある?」


「三案あります。穏当版。強硬版。相手が先にこちらを攻撃した場合の反撃版」


「反撃版を見せて」


「一番下です」


 社長が開く。数秒読む。口角が上がった。


 怖い。社長が楽しそうだ。


「これでいきましょう」


「どれですか?」


「反撃版」


 即決だった。


 ライジング。逃げろ。


 いや、逃げるな。逃げ道はもう塞いである。


「黒瀬くん」


 社長が俺を見る。


「正社員にならない?」


「なりません」


「安全管理部の主任待遇」


「社会性が死にます」


「今も十分、不思議な社会性をしているけど」


 否定できない。


「危機対応室の新設責任者」


「重いです」


「社長直属」


「もっと重いです」


「週休二日」


「普通です」


「高級コーヒー支給」


 一瞬だけ揺れた。


 危ない。コーヒーで就職しかけた。チーフと同じになるところだった。


「なりません」


「今、少し迷ったわね」


「豆への一般的な反応です」


「一般論、便利ね」


 姉貴と同じことを言われた。一般論が包囲されている。


 社長は資料を閉じた。


「法務と広報を呼びます」


 声が変わる。完全に戦闘態勢だ。


「協会提出版を先に送る。犬飼さんにも共有。会見開始と同時に、こちらも公式配信を立ち上げるわ」


「同時に?」


 チーフが聞く。


「向こうが感情と印象で殴ってくるなら、こちらは事実を並べる」


 社長が言う。


「ライジング側が嘘を一つ言うたび、その場で証拠を一つ出す」


 俺は社長を見た。


 この人、分かっている。


 感情で殴れば、相手は被害者の顔をできる。証拠で殴れば、相手は言い訳しかできない。


「逃げ道を塞いでから出します」


 俺が言うと、社長が頷いた。


「そのための資料でしょう?」


「はい」


「では」


 社長が笑う。


「丁寧に、安全第一で黙ってもらいましょう」


 いい笑顔だった。姉貴の事務所の社長でなければ、少し距離を取りたい種類の笑顔だ。


 チーフが慌ただしく電話をかけ始める。法務。広報。配信チーム。協会対応。


 スタッフたちが一斉に動く。事務所が戦場へ変わった。


 ただし、敵は魔獣ではない。会見。声明。証拠。世論。


 この戦場なら、結晶片は飛ばない。名乗りもしない。黒銀スーツにもならない。


 最高だ。俺はこういう戦いの方が向いているのかもしれない。


 そう思った瞬間、スマホが震えた。木村颯太。嫌な予感しかしない。


『レイ、追加情報』


 開く。


『犬飼が協会内部の能力登録データを照会してる』


 胃が痛い。


『《ヒーロー見参》に近い名称の能力を検索してるらしい』


 やめろ。能力名から来るな。


 名前がダサいせいで、検索性だけが高い。同名が少ない。完全一致など、もっと少ない。


 続き。


『昔、一件だけ登録がある』


 見なかったことにしたい。だが、見なかったことにはならない。


 俺はスマホを伏せた。


「黒瀬くん?」


 チーフが電話を切り、こちらを見る。


「顔色が悪いけど」


「社会性が少し死にかけています」


「それ、大丈夫?」


「日常です」


 大丈夫ではない。スマホがまた震える。木村から追撃。


『黒瀬レイの過去ログも取り寄せたっぽい』


 俺は目を閉じた。


 能力登録。黒瀬レイ。戦闘ログ。三方向から来た。犬飼は俺の正体を、検索候補から絞り込もうとしている。


 しかも能力名だけではない。昨日見抜かれた戦闘癖。過去映像と比較されたら、かなりまずい。


「……犬飼」


 小さく呟く。


「犬飼さんがどうかした?」


 姉貴の声。近い。俺は反射的にスマホを裏返した。


「何でもない」


「今、黒瀬レイって見えたけど」


「広告だ」


「探索者の名前が出る広告?」


「最近は何でも広告になる」


「便利だね、広告」


 疑っている。姉貴の目が、完全に疑っている。


「それより姉貴。今は仕事が先だ」


「分かってるよ」


 姉貴は少しだけ声を落とした。


「だから、今は聞かない」


 今は。その二文字が重い。


「でも」


 姉貴が一歩近づく。


「仕事が終わったら、ちゃんと話してね」


「何を」


「一般論を」


「範囲が広すぎる」


「じゃあ」


 姉貴は指を折る。


「何で昨日、ヒーローさんが出た時だけ玲司が消えたのか」


 一つ。


「どうしてヒーローさんと同じ場所に手形があるのか」


 二つ。


「何で企業犯罪の資料を一晩で作れるのか」


 三つ。


「どうして犬飼さんが黒瀬レイを調べてるって聞いて、顔色が悪くなるのか」


 四つ。


 詰んだ。


「あと」


「まだあるのか」


「ただの無職じゃないよね?」


 事務所の空気が、一瞬だけ止まった。スタッフがこちらを見ないようにしながら、耳だけを向けている。チーフは露骨に視線をそらした。社長は少しだけ口角を上げていた。


 楽しむな。これは業務ではない。家族内査察だ。犬飼より厳しい。


「無職仮だ」


「そこじゃない」


「短期スタッフだ」


「それも知ってる」


「歩くフォークリフト」


「自分で言うんだ」


「職業・筋肉」


「気に入った?」


「気に入ってない!」


 自爆した。姉貴が笑う。


 だが、目は笑っていない。


「玲司。あとで、お姉ちゃん面談ね」


「断る」


「予約制です」


「予約してない」


「こちらで入れておきました」


「個人情報の不正利用だ」


「家族情報です」


「もっと悪い」


 チーフが小さく呟く。


「星宮さん、頼もしいですね」


「怖いだけです」


「聞こえてるよ」


「聞こえるな」


 社長が、パン、と手を叩いた。


「家族会議は業務終了後にしてください」


「家族会議と言わないでください」


「では、お姉ちゃん面談」


「社長まで採用するな!」


「正式名称みたいで分かりやすいわ」


「正式にしないでください」


 姉貴が嬉しそうに頷く。


「お姉ちゃん面談、十九時からね」


「残業を確定させるな」


「無職仮だから時間あるでしょ?」


「今日は仕事がある!」


「短期スタッフなのに?」


「業務範囲が壊れてるんだよ!」


 誰のせいだ。姉貴だ。社長だ。チーフだ。ライジングだ。そして俺自身だ。


 敵が多すぎる。


 社長が資料を持ち上げる。


「まずは午後の会見対応です」


 事務所の空気が再び引き締まった。


「ライジング・プロモーションを黙らせる」


「はい」


 俺はPCへ向き直る。


「その後」


 社長が続ける。


「お姉ちゃん面談」


「面談だけ削除してください」


「重要案件でしょう?」


「俺の精神的には最重要危険案件です」


 姉貴が笑った。


 逃げ場がない。ライジング。犬飼。姉貴。三つの危機が、同じ日の午後へ集まっている。


 そして、スマホの通知欄では。


【見参未遂ニキ公式チャンネル希望】


 が急上昇していた。


 四つだった。


 俺は通知を閉じる。


「……無職仮、今日も残業確定だな」


 誰も否定しなかった。


       *


 正午。協会への資料提出が完了した。犬飼からの返信は短かった。


『受領しました。非常に興味深い資料です』


 興味を持つな。ライジングだけを見ろ。俺を見るな。


 続けて。


『作成者の方とも、改めてお話ししたい』


 俺はメールを閉じた。読まなかったことにした。


 もちろん、読んでいる。逃げられない。


 午後十二時五十分。ライジング・プロモーションが、緊急記者会見の待機画面を公開した。同接が急速に増えていく。


 赤城レオンのファン。姉貴のファン。探索者。野次馬。ヒーロー見参待機勢。


 最後だけ帰れ。


 午後十二時五十五分。ステラライブも、公式配信の待機画面を公開する。タイトルは簡潔だった。


【ダンジョン配信事故および再検証配信に関する調査結果のご報告】


 社長とチーフが、配信用スタジオへ入る。法務と広報は隣のブース。俺は会議室でPCを開き、追加資料の送信準備を整えた。


 姉貴は少し離れた席。俺を見ている。


 会見ではなく、俺を。


「今は仕事を見ろ」


「見てるよ」


「俺をじゃない」


「玲司も仕事の一部でしょ?」


「短期だ」


「今日の業務量で?」


 黙れ。反論できない。


 午後十二時五十九分。ライジング側のカウントダウンが始まる。


 同時に、ステラライブ側の配信開始ボタンへ、チーフの手が伸びた。


 感情と印象で塗り固めた会見。俺が徹夜で作った証拠資料。


 どちらが先に世論を掴むか。勝負は、開始一分で決まる。


 午後一時。


 二つの配信が、同時に始まった。


お読みいただきありがとうございます!


毎日7:10と19:40の2話更新です。


続きもお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。