第19話:【正社員拒否】犯罪告発資料を二十分で作る短期スタッフと、迫る家族会議
※リメイク版として第1話から投稿中です。
よし。今のうちだ。
人間は理解を放棄すると、一時的に質問しなくなる。俺はその貴重な時間を利用して、資料を次のページへ進めた。
「ダイヤモンド・ゴーレムの胸部には、人工的な誘導核が埋め込まれていました」
大型モニターへ、赤黒いチップの解析画像が表示される。事務所がさらに静かになった。
「製造シグナルを照合した結果、同一ロットの購入元はライジング・プロモーション企画開発部」
次のページ。
「購入予算は、赤城レオン担当マネジメントチームの企画費から支出されています」
さらに次。
「保守点検は、初回配信の二週間前。点検場所は新宿区内。外注先はライジングと継続契約のある企業です」
誰も喋らない。スタッフの一人が、口を半開きにしたまま固まっている。人間は理解が追いつかない時、本当に停止するらしい。
俺も今朝、チーフが高級コーヒー一杯で口裏合わせへ即落ちした時は停止した。方向性は違うが、あれも相当な事件だった。
「初回配信で出現したクリスタル・クラブについても、直前の魔力濃度ログに不自然な上昇があります」
初回配信の映像を表示する。姉貴が赤城レオンに誘導され、予定ルートから外れる場面。
「偶然の可能性は否定できません」
一度、言葉を切る。
「ただし」
旧通路の魔力ログ。誘導核の波形。購入時期。配信企画の日程。画面へ順番に並べる。
「偶然がここまで同じ方向へ重なる確率は、かなり低い」
チーフが、ようやく口を開いた。
「つまり……」
「当初の筋書きは、おそらくこうです」
姉貴を危険へ晒す。赤城レオンが助ける。頼れるAランク探索者として注目を集める。姉貴は、命を救われた人気VTuberとして話題になる。両事務所に注目が集まる。
話題性だけを優先した、最悪のマッチポンプ企画。
「ただし」
俺は赤城レオンの逃走映像を表示した。速度上昇〈アクセル〉で崩落現場から全力で離れていく後ろ姿。
「赤城レオン本人が、本当に逃げた」
映像が強い。何度見ても強い。説明を加えるほど弱くなりそうなので、そのまま流す。
スタッフの一人が呟いた。
「速い……」
「逃げ足はSランクですね」
「黒瀬くん」
「はい」
「今、少しだけ楽しんでない?」
「事実確認です」
「口元が上がってるよ」
「筋肉の痙攣です」
「顔にも筋肉はあるけど、そういう意味じゃない」
俺は表情を戻した。危ない。証拠映像に私情を持ち込むところだった。
感情では殴らない。証拠で殴る。丁寧に。相手だけが社会的に崩れるように。
安全第一である。
「計画どおりなら、赤城レオンが姉貴を救うはずだった」
俺は続ける。
「ところが本人は逃走。そこへ予定外の黒銀ヒーローが乱入して、全部ひっくり返した」
「予定外の黒銀ヒーロー」
チーフが繰り返す。
なぜ俺を見る。黒銀ヒーローの話題になるたび、こちらを見るのをやめろ。
「黒瀬くん。君はその時、どこに?」
「物陰です」
「この前も?」
「退避ルートです」
「毎回、大事な場面だけ見ていないね」
「タイミングが悪いので」
「タイミングの悪さだけならSランクだね」
昇格したくない。不名誉すぎる。
スタッフの一人が資料へ顔を近づける。
「これ……普通に犯罪の証拠では?」
「普通に、ではなく」
俺は画面を拡大した。
「かなり普通に犯罪の疑いがあります」
「普通が渋滞してる」
「資料は渋滞しないよう整理しました」
「そういう意味ではないです」
会話が通じない。社会は難しい。
チーフはこめかみを押さえた。
「黒瀬くん。君、本当に何者なの?」
「短期スタッフです」
「短期スタッフが、一晩で企業犯罪の告発資料を作る?」
「向き不向きの問題です」
「向きすぎなんですよ」
「無職仮は時間がありますので」
「昨夜は掲示板を見てたって星宮さんが」
なぜ知っている。姉貴。余計な情報を共有するな。
「並行作業です」
「見参未遂ニキの掲示板を見ながら?」
「精神修行です」
「何のための?」
「社会へ出るための」
「逆に出られなくならない?」
もう出たくない。だが、無職仮としての尊厳を守るため、黙っておいた。
その時、別室のドアが勢いよく開いた。
「何の騒ぎ?」
社長が戻ってきた。片手にはスマホ。もう片方には、協会との通話内容を走り書きしたメモ。顔は険しい。電話対応が地獄だったらしい。
チーフが立ち上がる。
「社長。犬飼さんから、正午までに説明資料を提出するよう求められました。ライジング側は午後一時から会見を開きます」
「随分と急ね」
「それから」
チーフが俺を見る。また見る。今日は視線が多い。
「黒瀬くんが、資料を作っていました。人工魔力誘導核と、ライジング・プロモーションの関係を示す告発資料です」
社長の視線が俺へ向く。鋭い。姉貴とは違う種類の怖さだ。
「見せて」
「はい」
俺は大型モニターへ資料一覧を表示した。
【一次資料】
【探索者協会提出版】
【ステラライブ社内説明版】
【法務確認用】
【広報説明用】
【記者会見用時系列】
【SNS掲載用・三百文字版】
【SNS掲載用・千文字版】
【想定質問回答集】
【炎上時緊急Q&A】
【星宮ハルカでも読める図解多め版】
事務所が止まった。社長が画面を見る。チーフも見る。スタッフも見る。俺だけがマウスカーソルを動かしていた。
「……最後の資料は何?」
「姉貴向けです」
「星宮さんでも読める?」
「文章が長いと途中でポテチを開けるので」
「開けないよ!」
背後から抗議が飛んできた。振り返る。姉貴が、少し開いたドアから顔を出している。
いたのか。
「どこから聞いてた」
「私でも読める図解多め版から」
「一番聞かれたくないところだけ聞くな」
「あとで読むね」
「読まなくていい」
「私の名前が書いてある資料だよ?」
「だから読まなくていい」
「どうして?」
「途中でポテチを開けるからだ」
「開けないってば!」
社長が小さく笑った。事務所の空気が少しだけ緩む。
だが社長はすぐに表情を戻し、資料へ視線を落とした。一ページ。次。さらに次。読む速度が速い。重要な箇所だけを正確に拾っている。
「黒瀬くん。これ、どこまで裏を取れる?」
「製造シグナルの一致率は九十九・八パーセント」
関連ページを開く。
「出荷履歴、保守契約、担当部署コード、企画予算の支出記録まで確認済みです」
「現場との関連は?」
「ゴーレムから回収された誘導核の波形と、購入ロットの検査波形が一致しています」
「改ざんの可能性」
「元データにタイムスタンプと改ざん防止証明を付与しました。協会の公式ログとも照合できます」
「法務が読める形は?」
「別ファイルです」
「広報向け」
「専門用語を削った版があります」
「記者からの質問想定」
「四十八問」
「四十八?」
「標準的な範囲です」
「どこの標準?」
「ネットで見ました」
「どこのネットに、企業不祥事対応の全工程が載っているの?」
「広いネットです」
「そのネット、弊社に導入できる?」
「非売品です」
「概念でもいいから雇いたいわ」
無理だ。
そのネットの正体は、七年間の探索者生活で積み上げた面倒な事務処理経験である。
導入すると、討伐報告。損害賠償。協会との交渉。依頼主との責任争い。徹夜。胃痛。全部ついてくる。
おすすめはしない。
社長が資料一覧へ戻る。
「会見台本もある?」
「三案あります。穏当版。強硬版。相手が先にこちらを攻撃した場合の反撃版」
「反撃版を見せて」
「一番下です」
社長が開く。数秒読む。口角が上がった。
怖い。社長が楽しそうだ。
「これでいきましょう」
「どれですか?」
「反撃版」
即決だった。
ライジング。逃げろ。
いや、逃げるな。逃げ道はもう塞いである。
「黒瀬くん」
社長が俺を見る。
「正社員にならない?」
「なりません」
「安全管理部の主任待遇」
「社会性が死にます」
「今も十分、不思議な社会性をしているけど」
否定できない。
「危機対応室の新設責任者」
「重いです」
「社長直属」
「もっと重いです」
「週休二日」
「普通です」
「高級コーヒー支給」
一瞬だけ揺れた。
危ない。コーヒーで就職しかけた。チーフと同じになるところだった。
「なりません」
「今、少し迷ったわね」
「豆への一般的な反応です」
「一般論、便利ね」
姉貴と同じことを言われた。一般論が包囲されている。
社長は資料を閉じた。
「法務と広報を呼びます」
声が変わる。完全に戦闘態勢だ。
「協会提出版を先に送る。犬飼さんにも共有。会見開始と同時に、こちらも公式配信を立ち上げるわ」
「同時に?」
チーフが聞く。
「向こうが感情と印象で殴ってくるなら、こちらは事実を並べる」
社長が言う。
「ライジング側が嘘を一つ言うたび、その場で証拠を一つ出す」
俺は社長を見た。
この人、分かっている。
感情で殴れば、相手は被害者の顔をできる。証拠で殴れば、相手は言い訳しかできない。
「逃げ道を塞いでから出します」
俺が言うと、社長が頷いた。
「そのための資料でしょう?」
「はい」
「では」
社長が笑う。
「丁寧に、安全第一で黙ってもらいましょう」
いい笑顔だった。姉貴の事務所の社長でなければ、少し距離を取りたい種類の笑顔だ。
チーフが慌ただしく電話をかけ始める。法務。広報。配信チーム。協会対応。
スタッフたちが一斉に動く。事務所が戦場へ変わった。
ただし、敵は魔獣ではない。会見。声明。証拠。世論。
この戦場なら、結晶片は飛ばない。名乗りもしない。黒銀スーツにもならない。
最高だ。俺はこういう戦いの方が向いているのかもしれない。
そう思った瞬間、スマホが震えた。木村颯太。嫌な予感しかしない。
『レイ、追加情報』
開く。
『犬飼が協会内部の能力登録データを照会してる』
胃が痛い。
『《ヒーロー見参》に近い名称の能力を検索してるらしい』
やめろ。能力名から来るな。
名前がダサいせいで、検索性だけが高い。同名が少ない。完全一致など、もっと少ない。
続き。
『昔、一件だけ登録がある』
見なかったことにしたい。だが、見なかったことにはならない。
俺はスマホを伏せた。
「黒瀬くん?」
チーフが電話を切り、こちらを見る。
「顔色が悪いけど」
「社会性が少し死にかけています」
「それ、大丈夫?」
「日常です」
大丈夫ではない。スマホがまた震える。木村から追撃。
『黒瀬レイの過去ログも取り寄せたっぽい』
俺は目を閉じた。
能力登録。黒瀬レイ。戦闘ログ。三方向から来た。犬飼は俺の正体を、検索候補から絞り込もうとしている。
しかも能力名だけではない。昨日見抜かれた戦闘癖。過去映像と比較されたら、かなりまずい。
「……犬飼」
小さく呟く。
「犬飼さんがどうかした?」
姉貴の声。近い。俺は反射的にスマホを裏返した。
「何でもない」
「今、黒瀬レイって見えたけど」
「広告だ」
「探索者の名前が出る広告?」
「最近は何でも広告になる」
「便利だね、広告」
疑っている。姉貴の目が、完全に疑っている。
「それより姉貴。今は仕事が先だ」
「分かってるよ」
姉貴は少しだけ声を落とした。
「だから、今は聞かない」
今は。その二文字が重い。
「でも」
姉貴が一歩近づく。
「仕事が終わったら、ちゃんと話してね」
「何を」
「一般論を」
「範囲が広すぎる」
「じゃあ」
姉貴は指を折る。
「何で昨日、ヒーローさんが出た時だけ玲司が消えたのか」
一つ。
「どうしてヒーローさんと同じ場所に手形があるのか」
二つ。
「何で企業犯罪の資料を一晩で作れるのか」
三つ。
「どうして犬飼さんが黒瀬レイを調べてるって聞いて、顔色が悪くなるのか」
四つ。
詰んだ。
「あと」
「まだあるのか」
「ただの無職じゃないよね?」
事務所の空気が、一瞬だけ止まった。スタッフがこちらを見ないようにしながら、耳だけを向けている。チーフは露骨に視線をそらした。社長は少しだけ口角を上げていた。
楽しむな。これは業務ではない。家族内査察だ。犬飼より厳しい。
「無職仮だ」
「そこじゃない」
「短期スタッフだ」
「それも知ってる」
「歩くフォークリフト」
「自分で言うんだ」
「職業・筋肉」
「気に入った?」
「気に入ってない!」
自爆した。姉貴が笑う。
だが、目は笑っていない。
「玲司。あとで、お姉ちゃん面談ね」
「断る」
「予約制です」
「予約してない」
「こちらで入れておきました」
「個人情報の不正利用だ」
「家族情報です」
「もっと悪い」
チーフが小さく呟く。
「星宮さん、頼もしいですね」
「怖いだけです」
「聞こえてるよ」
「聞こえるな」
社長が、パン、と手を叩いた。
「家族会議は業務終了後にしてください」
「家族会議と言わないでください」
「では、お姉ちゃん面談」
「社長まで採用するな!」
「正式名称みたいで分かりやすいわ」
「正式にしないでください」
姉貴が嬉しそうに頷く。
「お姉ちゃん面談、十九時からね」
「残業を確定させるな」
「無職仮だから時間あるでしょ?」
「今日は仕事がある!」
「短期スタッフなのに?」
「業務範囲が壊れてるんだよ!」
誰のせいだ。姉貴だ。社長だ。チーフだ。ライジングだ。そして俺自身だ。
敵が多すぎる。
社長が資料を持ち上げる。
「まずは午後の会見対応です」
事務所の空気が再び引き締まった。
「ライジング・プロモーションを黙らせる」
「はい」
俺はPCへ向き直る。
「その後」
社長が続ける。
「お姉ちゃん面談」
「面談だけ削除してください」
「重要案件でしょう?」
「俺の精神的には最重要危険案件です」
姉貴が笑った。
逃げ場がない。ライジング。犬飼。姉貴。三つの危機が、同じ日の午後へ集まっている。
そして、スマホの通知欄では。
【見参未遂ニキ公式チャンネル希望】
が急上昇していた。
四つだった。
俺は通知を閉じる。
「……無職仮、今日も残業確定だな」
誰も否定しなかった。
*
正午。協会への資料提出が完了した。犬飼からの返信は短かった。
『受領しました。非常に興味深い資料です』
興味を持つな。ライジングだけを見ろ。俺を見るな。
続けて。
『作成者の方とも、改めてお話ししたい』
俺はメールを閉じた。読まなかったことにした。
もちろん、読んでいる。逃げられない。
午後十二時五十分。ライジング・プロモーションが、緊急記者会見の待機画面を公開した。同接が急速に増えていく。
赤城レオンのファン。姉貴のファン。探索者。野次馬。ヒーロー見参待機勢。
最後だけ帰れ。
午後十二時五十五分。ステラライブも、公式配信の待機画面を公開する。タイトルは簡潔だった。
【ダンジョン配信事故および再検証配信に関する調査結果のご報告】
社長とチーフが、配信用スタジオへ入る。法務と広報は隣のブース。俺は会議室でPCを開き、追加資料の送信準備を整えた。
姉貴は少し離れた席。俺を見ている。
会見ではなく、俺を。
「今は仕事を見ろ」
「見てるよ」
「俺をじゃない」
「玲司も仕事の一部でしょ?」
「短期だ」
「今日の業務量で?」
黙れ。反論できない。
午後十二時五十九分。ライジング側のカウントダウンが始まる。
同時に、ステラライブ側の配信開始ボタンへ、チーフの手が伸びた。
感情と印象で塗り固めた会見。俺が徹夜で作った証拠資料。
どちらが先に世論を掴むか。勝負は、開始一分で決まる。
午後一時。
二つの配信が、同時に始まった。
お読みいただきありがとうございます!
毎日7:10と19:40の2話更新です。
続きもお楽しみに!




