01 新たな実り
2026.4/24
今回の更新は全6話です。
コメコ族の集落で行われた長命のお祝いから、二週間後――六月の最終土曜日である。
その日も咲弥は隔週のペースでキャンプを楽しんでいる陽菜を連れて、七首山に向かうことになった。
「なんだかんだで、六月も終わりだねぇ。梅雨が明けたら、いよいよ夏の到来だぁ」
「うん! 夏のキャンプって、どんな感じなんだろー! 楽しみだなー!」
今日も今日とて、陽菜は元気いっぱいである。現在は梅雨の真っ只中で、空も生憎の曇天模様であったが、咲弥の愛車の車内には喜びの思いだけがあふれかえっていた。
そうして山中に踏み入って、周囲に異界の要素が現れ始めた頃、ついに最初の雨粒が屋根を叩く。それでも咲弥は鼻歌まじりに、ワイパーを稼働させたものであったが――雨足は、見る見る強くなっていった。
「ありゃりゃ、こいつはなかなかの勢いだねぇ。もしかしたら、いよいよお初のグランピングかなぁ」
「グランピング? テントを張らないで、ほらあなでキャンプするの?」
陽菜はたちまち、目を輝かせる。通常のキャンプを楽しめないことよりも、未知なる領域に足を踏み込むことに喜びを覚えている様子であった。
「うん。ドラゴンくんがいてくれたら、きっと大雨の中でテントを張っても危ないことはないんだろうけど……なるべく魔法のお世話にならないようにって考えたら、そのほうが無難かなぁ」
そんな咲弥の心情に拍車を掛けるかのように、雨足はどんどん強くなっていく。もはや、豪雨といってもいいぐらいの勢いである。天気予報では午後から強雨のおそれありとされていたが、山中ではさらにブーストされているようであった。
「うん。とりあえずは洞穴に避難させてもらって、様子を見ようかぁ。雨が落ち着くようだったら、洞穴のすぐ外にテントを張ればいいだけだしねぇ」
そうして軽ワゴン車が待ち合わせのスポットに到着すると、やはりそこにはドラゴンの姿しかなかった。
「雨の予感はしていたが、想定以上の勢いであるな。他の面々は、宝物庫たる洞穴にて待機している」
「うん。あたしもそこでお世話になろうと思ってたんだぁ。どうぞよろしくねぇ」
「承知した。では本日も、車ごと案内いたそう」
どれほどの豪雨であっても、ドラゴンは雨粒を弾く魔法によって悠然たる面持ちである。ドラゴンはいつも通りに優しく目を細めつつ、咲弥の愛車に浮遊の魔法をかけてくれた。
ドラゴンとともに天を翔けて、洞穴が存在する峰を目指す。この魔法はひさびさであったので、咲弥も陽菜も存分に胸を高鳴らせることになった。
やがて西から三番目の峰の山頂近くに到着したならば、岩盤にぽっかりと洞穴が口をあけている。ドラゴンが宝物庫として活用している、立派な洞穴だ。この地を訪れるのも、ちょっとひさびさのことであった。
「みんな、お待たせぇ。すごい雨だけど、大丈夫だったかなぁ?」
洞穴の入り口に横づけされた軽ワゴン車から直接洞穴に足を踏み入れると、愛しきキャンプメンバーたちが集結している。まずはギューが嬉しそうに「ぎゅうっ」と鳴き、陽菜と二週間ぶりのハグを交わすことになった。
「どんな雨でも、俺たちには関係ねーよ。でも、そいつの分まで魔力を使うことになったから、余計に腹ぺこになっちまったなー」
と、ケイが咲弥に期待の眼差しを向けてくる。ギューは魔法を使えないため、ケルベロスが何らかの手段でガードしてくれたのだろう。ケルベロスのモフモフもギューの羽毛も、湿り気ひとつ帯びていないようであった。
「ぼ、ぼくたちもりゅーおーさまのおせなかにのったところでしたので、ぬれずにすんだのです」
そんな風に語るアトルとチコは、何だか盛大にもじもじとしている。
咲弥がそれを不思議に思っていると、小型化して洞穴へと踏み入ってきたドラゴンが説明してくれた。
「本日は、ついに新たな作物を収獲することがかなったのだそうだ。サクヤとヒナにも、吟味してもらいたく思う」
「あー、暖かい時期にしか収穫できない作物ってやつかぁ。そいつは楽しみなところだねぇ」
「は、はいなのです。みなさまのおくちにあったら、しあわせいっぱいいっぱいなのです」
アトルとチコは、いっそうもじもじとしてしまう。しかし如何なる作物も祖父のお眼鏡にかなった上で栽培が開始されたのであるから、咲弥の側は安心して迎え撃つことができた。
「では、さっそく吟味していただこうか。そちらの如何によって、昼食の献立も左右されようからな」
ドラゴンもどこか浮き立った様子で、虚空に魔法陣を描く。するとその場に、数々のキャンプギアや宝箱や草籠をのせた『祝福の閨』が出現した。
その草籠の片方に、新たな作物が詰め込まれているのだ。咲弥はしっかり検分できるように、異界のランタンたる『サラマンダーの寓居』に火を灯させていただいた。
「ま、まずは、だいちのたまごとろーけんじゃのつえなのです。こちらもりゅーおーさまとユグドラシルさまのおかげで、ぶじにしゅーかくできたのです」
『大地の卵』は真っ黒の卵めいた果実、『老賢者の杖』は木の棒のごとき根菜で、前者は先日の祝祭でも使用されている。よって、陽菜は『老賢者の杖』に注目した。
「これがお野菜なの? 本当に、杖みたいだね」
「うん。この硬い皮を剥がすと、長ネギみたいな身が出てくるんだよぉ。こいつは使い勝手がいいから、助かるなぁ」
「きょ、きょーしゅくのいたりなのです。きょうはコメモドキもどっさりしゅーかくできたのです」
ここまでは、咲弥も存じあげている内容である。
そして次には、名前だけ知っていた存在が持ち出された。
「こ、こちらはふだんからかじつしゅでめしあがっていただいている、よすてびとのえつらくなのです」
『世捨て人の悦楽』は、桃のような味わいをした果実酒の原材料である。こちらは暖かい時期にしか収穫できないため、冬から春にかけては造りおきの果実酒を口にしていたのだった。
「わあ、なんだか可愛いね!」
足もとにすりよるギューの頭を撫でながら、陽菜が弾んだ声をあげる。そちらの果実は直径十センチていどのサイズで真っ白な表皮をしており、大福もちのようにしもぶくれの形状をしていたのだ。咲弥が指でつついてみると、水風船のようにぷるぷると震えた。
「なんか、液体がつまってそうな感じだけど……そういうわけではないのかなぁ?」
「うむ。そちらは生鮮で食することがかなうので、味見をしてみてはどうであろうかな?」
「よーし、ほんじゃあナイフを取ってくるねぇ」
と、咲弥が洞穴の入り口に向きなおると、横づけされていたはずのワゴン車がお尻を向けている。そのままリアゲートを開ければ、雨に濡れずしてラゲッジスペースの品を取り出せる位置取りであった。
「もー、至れり尽くせりだなぁ」
咲弥はドラゴンの温かな首を撫でてから愛車のもとに向かい、コンテナボックスから渓流ナイフとカッティングボードを取り出した。
そうして『世捨て人の悦楽』をつまみあげてみると、まさしく水風船のようにたゆんと揺れる。これではむしろ、果汁が飛び出さないほうが不自然なほどであった。
しかし、咲弥が覚悟を決めて寸断してみると――意外なことに、一滴たりとも果汁がこぼれることはなかった。
断面は透明で、ゼリーのように照り輝いている。そして、小さな黒い種があちこちに浮かび上がっていた。
「そちらは皮や種も問題なく消化できるので、そのまま食することが可能であるぞ」
「ふうん。不思議な果実だねぇ」
果実はそれなりのサイズであったため、咲弥は八等分に切り分けた。
それでも『世捨て人の悦楽』は形を崩すことなく、ぷるぷると震えながら断面を光らせる。この質感は、やはりゼリーに近いようであった。
「えーと、全部で九人かぁ。ケイくんとベエくんは半分こでいいかなぁ?」
「おー。そいつはたまーに、山でも実ってるからよ」
畑で栽培されている作物は、もともと山の実りであるのだ。例外は、外界から持ち込まれた『大地の卵』と『老賢者の杖』のみであった。
そうして九名のキャンプメンバーは、『世捨て人の悦楽』をひときれずついただき――これが初めての試食となる咲弥と陽菜だけが目を丸くすることになった。
「これ、すっごくおいしいね! それに、すっごく不思議な歯ごたえだよー!」
「うんうん。見た目はゼリーみたいだけど、なんだかもっちりしてるねぇ」
『世捨て人の悦楽』はゼリーよりもやわらかいが、独特の弾力と粘り気を有している。さらに小さな種がぷちぷちとつぶれる食感が、まるでチョコ菓子のクランチのようだ。それは咲弥が知る如何なる果実とも異なる食感であった。
そして味は、夢のように甘い。桃のように優しい風味で、舌がとろけるような甘さであるのだ。不思議な食感と相まって、加工された菓子を食べているような心地であった。
「これはこのままでも、十分に美味しいなぁ。火にかけると、どんな感じになるんだろうねぇ」
「それはこれまでに、試したこともなかった。よければ、サクヤの手で成し遂げてもらいたく思うぞ」
「了解でぇす。結果が楽しみなところだねぇ」
すると、ほくほく顔で果実を食していたアトルとチコが慌てて背筋をのばした。
「で、ではつぎは、さらまんだーのしんぞーなのです。こちらはおやさいではなく、きのこなのです」
そうして草籠から取り出されたのは、真っ赤なカーネーションのごとき品であった。
鶏卵よりもひと回り大きいぐらいのサイズ感で、真紅のひだがみっしりと折り重なっている。一見では、茸にも食べ物にも見えなかった。
「『サラマンダーの心臓』を食するには、熱を通す必要がある。トシゾウは、キクラゲに似た食感であると語っていたな」
「おー、キクラゲかぁ。それなら、使い道にも困らなそうだねぇ」
「うむ。直火で焼きあげるよりは、煮込むか炒めるかのほうが適しているようであるな」
昨年は、祖父がこれらの食材を使ってキャンプ料理をふるまっていたのである。それを食した経験があるのは、ドラゴンとアトルとチコのみであった。
「そ、そしてこちらは、なもしれぬおやさいなのです。トシゾウさまが、ヤツデモドキとめーめーしたのです」
次に取り出されたのは、まさしくヤツデのような形状をした大きな葉であった。
咲弥の手の平よりも大きいぐらいで、葉は八枚に分かれている。厚みもなかなかにしっかりとしており、天狗の団扇のごとき風格であった。
「サクヤたちの世界におけるヤツデなる植物は食用に適していないそうだが、こちらの葉菜は滋養も豊かで味わいも悪くはない。あえて言うならばホウレンソウに似た風味であるとトシゾウは評していたな」
「ふうん。でも、名前がわからないんだぁ?」
「うむ。そもそも作物を名付けるのは、人間族や亜人族であるのでな。我々が人里で見知っていた品の他は、名も知れぬのだ。以前から収穫されている大ぶりのキノコやコメモドキといった品が、それに該当する」
「にゃるほど。まあホウレンソウに似てるなら、使い勝手も悪くなさそうだねぇ」
「で、では、こちらがさいごのしななのです。こちらもなまえがわからないので、ぼくたちはしゅわしゅわのみとよんでいるのです」
アトルが新たな食材を引っ張り出すと、ドラゴンがやんわりと注釈を施した。
「そちらは二つの世界の融合によって生まれた新たな種であるため、そもそも名前が存在しないのだ。よって、アトルたちに命名を一任した次第である」
「ほうほう。それじゃあスキュラさんが名付けた『大喰らい』みたいなもんだねぇ」
そちらの品は直径四センチほどで、表面はつるりとしたライトグリーンだ。柿のような質感をした、梅の実のごとき果実であった。
「ふむふむ。これは、どんな味わいなのかなぁ?」
「うむ。試しに、味見をしてみたらどうであろうかな?」
と、ドラゴンはいつもと違う感じに目を細める。
その姿に、咲弥は思わず「あはは」と笑ってしまった。
「ドラゴンくん、いかにも悪戯を仕掛けてやろうって目つきになってるよぉ。正直すぎて、サプライズに向いてないみたいだねぇ」
「それは、サクヤの洞察力が優れているということであろう。ともあれ、トシゾウと同じ驚きを味わってもらいたく思うぞ」
そんな風に言われては、咲弥も自らサプライズの渦中に飛び込む他なかった。
「そちらの果実は果汁がこぼれやすいので、そのまま口にしたほうが無難であろうな。ただし、口いっぱいに頬張ることは避けるべきであるぞ」
「ほいほい。それでは、驚きのお味を堪能させていただきましょう」
その場の全員が見守る中、咲弥はライトグリーンの果実をひかえめにかじり取った。
その瞬間、咲弥の口内にはとてつもない刺激が爆発し――果実のほうはかじりとられた部分から、しゅわしゅわと泡がわきたった。
「わー、なんじゃこりゃ」
子供の頃に食べた駄菓子のように、咲弥の口内ではバチバチという破裂音が弾け散っている。そして、果実からこぼれた泡は地面にしたたるほどの勢いであった。
「そちらの果実の果汁には、いささか不自然なほどの炭酸が含まれているのだ。なかなか自然界では目にかかる機会のない存在であろうな」
ドラゴンはにこりと目を細めながら、そのように述べたてた。
「そちらの果実を四分割にした量で、マグカップ一杯の水を炭酸水に仕上げることがかなう。酒に加えるのも、なかなかの味わいであるぞ」
「おー、こいつがあれば、炭酸飲料もサワーも作り放題ってことかぁ。これは夢が広がるねぇ。……陽菜ちゃんも、試してみる?」
陽菜は「うん!」と目を輝かせながら、同じ果実をかじりとった。
「わー、すごい! ほんとにしゅわしゅわするねー!」
「うんうん。最近あったかくなってきたから、こいつはありがたいねぇ。……あれ? ちょっぴり柑橘系の風味もするかな?」
「うん! ちょっとレモンっぽいかも! 全然すっぱくはないけどね!」
これならば、水に入れるだけでも清涼なるドリンクに仕上げられそうなところである。そんな満足感を胸に、咲弥は他なる面々に視線を巡らせた。
「よかったら、みんなも味見する?」
「はい。そちらの果実も山の見回りで何度か見かけていたのですが……成分を解析したところ、糖分が含まれていなかったため口にしていなかったのです」
ということで、ケルベロスとギューも味見をすることになった。
「なんだこりゃ! 口の中で、あぶくが暴れ回るぞ!」
「うむ……とうてい食物とは思えぬ存在だな……」
「ですが確かに、果実らしい風味も感じます。甘みさえあれば、好ましいやもしれません」
それがケルベロスの、三者三様の答えであった。
いっぽうギューは何だか楽しそうに目を細めつつ、「ぎゅぎゅう」と鳴いている。こちらの果実の暴力的な刺激が、お気に召したようである。
「あらたなさくもつは、いじょーなのです! もうちょっとあたたかくなったら、もういくつかのさくもつをおとどけできるのです!」
「はいなのです! みなさんのおきにめしましたら、こーえいのかぎりなのです!」
「うん。どれもこれも魅力的だと思うよぉ。アトルくんもチコちゃんも、あらためてありがとうねぇ」
咲弥が心からの笑顔を届けると、二人は輝くように笑ってくれた。
「さてさて。せっかくなんで、ランチでも新しい収穫を使わせていただきたいところだけど――」
咲弥がそのように言いかけたところで、「ツウシンツウシン」という無機質な声が響きわたる。ドラゴンはどこからともなく、ロキとの通信アイテムである小石を取り出した。
「スナノタミ、ギョウショウニン、トウチャク。リュウオウ、メンカイ、ノゾンデイル」
「ほう。行商人が到着してしまったか。では、捨て置くこともできまいな」
行商人とは、先日の祝祭で面識を得たあの人物であろう。彼は七首山の実りで商いをしてほしいと申し出ていたのだった。
「そっかぁ。行商人さんは商品を準備するのに、半月ぐらい時間が欲しいって言ってたもんねぇ。今日ぐらいが、ちょうど頃合いだったわけかぁ」
「うむ。我が迎えに出向くので、サクヤたちは可能な範囲で調理の準備を整えておいてもらいたい」
「りょうかぁい。それじゃあ洞穴のすぐ外にタープを張っちゃうから、荷下ろしをした後に車を移動してもらえるかなぁ?」
ということで、咲弥たちはまず荷下ろしである。
新たな作物を収穫できた日に行商人まで到着するというのは、いささかならず食材のオーバースペックになりそうなところであったが――それでも咲弥は、不満ではなく期待を胸に準備を整えることができたのだった。




