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暁の皇子  作者: さら更紗
Ⅰ 孵化
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Ⅰ 孵化 -3

 

 カタン カタン

 昂が帰ると、もう織小屋から機織りの音が聞こえてきた。

 入り口をくぐると、蘭が待っていた。

 昂は持って帰ったスープ用のポットとノイを蘭に手渡すと、蘭はそれらを軽く持ち上げた。

「ありがと」

 礼を言ってから、息子を睨む。

「ずいぶん遅かったけど?」

 先に帰っているはずの弟と妹はいないようだ。もう、食材調達に森に行ったのだろう。

 昂たち四人は、朝飯を食べた後、先ほどの続きで喧嘩をし、最後には拓が大人になるための作戦会議に発展した。それで遅くなったのだ。

「ああ、ちょっとね」

 そうごまかす昂に、蘭は肩をすくめた。

「まぁ、この時期はね」

 そう言ってスープをお椀に継ぎ始める。一人分だ。

「寧、もう?」

 織小屋の方を目で示しながら訊くと、蘭は微笑んで頷いた。

「うん。今日は調子いいみたい。織り始めちゃったら、当分食べないわ」

 この織小屋兼住居には、蘭と蘭の子どもである昂、陽、夕、そして蘭と同じ織師の寧が一緒に住んでいた。針森では結婚した男女が一緒には住まない。同じ生業の者同士とその子どもが一緒に住む。

 寧は蘭の母親である柳と同年代で、同業者だった。柳が五年前、病で亡くなるまで、二人はぴったり一つの貝みたいにくっついていた。

 柳が亡くなった時、寧の取り乱しようは尋常でなかった。それまで別の理由で精神が不安定で、外の世界にまるで関心がないように見えていた。だから余計、柳が亡くなったときの憔悴ぶりは、蘭をも驚かせた。

 それまで毎日柳によって編まれていた長い髪を、寧は柳が亡くなった日に、自らの手でバッサリと切った。片手に小刀(しょうとう)、片手に切った自分の髪を握りしめ、大声を上げて泣く寧の姿は、十一歳だった昂の記憶に、忘れたくても忘れられないものとして刻まれた。自分を可愛がってくれた祖母の死は、もちろん昂を悲しませたが、寧をそこまでにした哀しみとはもちろん違うものだった。

 あの、自身を滅ぼしてしまうほどの想いとは、いったいどんなものなのだろう。若い昂は、それほどまでに愛せる人に出会いたいと思いながらも、どこか恐ろしいことだと、慄く気持ちもあった。

 自分の母親が亡くなったにも関わらず、蘭はろくに泣くことも出来なかった。発狂といっていいほどの状態になった寧の対処に追われたからだ。泣き叫ぶ寧の側で、怯える子どもたちを窘めながら、じっと待っているようだった。

 寧の気持ちが分かるのか、と昂は蘭に訊いた。寧の嘆く姿に、嫌気が指さしてきたころだ。

 分かるよ、と蘭は答えた。

 半身を千切られてしまうような痛み。哀しみ。

 寧が泣いてくれてよかった。

 そう言って、初めて蘭は涙を流した。

 しかしその顔は微笑んでいて、蘭が嬉しいのか悲しいのか、昂には分からなかった。

 寧の涙がついに枯れてから、寧は床にふせがちになった。といっても、今日のように、調子がいいときは、機も織るし、染色もする。しかし気力が抜け、起きなくても構わないとばかりに、寝床から起きてこない日も多くなった。

 まかない所に食事をしに行くことを厭い、放っておくと何も食べないので、昂が毎食、まかない所から持って帰ってくるのだ。一人で食べるのは寂しいだろうと、蘭のと二人分持って帰るのだが、今朝のように、結局バラバラで食べることも多かった。

 蘭が一人で食べ始めたのを見て、昂も狩りの支度を始めた。針森では生業を決め、修行に入るまでは、森に入り、狩るなり、拾うなり、摘むなりして、食材を集めることが義務づけられていた。

「昂、お前、まだ決められないの?」

 問い詰めるのではなく、確認するように訊く蘭に、昂は振り向かずに返事をした。

「うん、もう少し待って」

 針森の人間は、十六歳ではなまつりを済ませると、父親母親の生業のどちらかを継ぐことを決め、修行に入る。

 昂の母、蘭は織師、父は石師である。

 正直、昂はどちらにも興味が持てなかった。かといって、じゃあ、なにになりたいかと訊かれても、答えられない。

 仲間内では、拓は父親の跡を継いで狩師になると、子どものころから決めているし(まだ大人になれていないが)、静は川師、爽はなめし師になると言っていた。

 皆、跡を継ぐことに、何の疑問も持っていないようだった。

 昂は、何となく違和感があった。どんな違和感なのか、説明できないのだが。

「まぁ、いいわ」

 さほど気にしていないように言い、手を振り、追い出すようなしぐさをする。

「頑張って、たくさん獲ってらっしゃい。あんた、最年長なんだから」

 しっかり嫌味を言って、母は人の悪い笑みを浮かべた。


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