6、改心してください!領主さまっ!
小国エルナの辺境伯であるクリステヴァは退屈していた。
父が国王の叔父であり、自身も王位継承を持つゆえに、王都では疎まれこんな辺境の地に追いやられた。
クリステヴァは、自分が他人と異なる性質を持っている事の自覚があった。
他人を痛めつけたり、虐げたりしていると心が晴れる。
それが悪徳であり、そんな者が権力を持ってはならないことは理解している。その上で、王権とは神々が与えたものであるのだから、神々の御意思とは己が改心することなのだろうかとそのように悩んだ青年時代。
結局どうにもできぬ性質を抱えて、辺境の地を治めてきた。
クリステヴァは、他国の辺境伯がそうであるように、国境の防衛を担ってもいる。
彼の気質は、国境の防衛には適していたかもしれない。
クリステヴァは多くの奴隷を抱えていた。彼らに人権は無く、家畜として扱っている。奴隷に娯楽は与えていないので、唯一彼らにとって苦痛ではない事は交尾を行うことくらいなので、数はよく増えた。
それで、クリステヴァは他国の侵攻を受ければ真っ先に、奴隷たちを使い潰した。肉の盾というものは、ある程度、人間同士の争いで有効だった。特に子供など。
捕らえた人間は奴隷にして、牧場で使用する。
ただの奴隷をそのように上手く戦争で扱えるのかと、並の者であれば疑問に思うし、実際に同じことをしても失敗するだろうが、クリステヴァは将としての才能があった。寡兵で大軍を破ることに喜びを感じる気質もあったので、その為の努力を惜しまなかったという点もある。
捕らえた兵士を串刺しにして敵の進行方向に並べたり、奴隷でかさましさせた敵の目玉や手首などを大量に詰めた樽を敵の将のもとへ贈りつけたり、戦意を削ぐ工作もクリステヴァにとっては楽しいことだった。
自分のような欠陥品は、そのうち正義の心に燃える勇者か聖人にでも打たれるのだろうと。物語であれば主人公に倒されるために存在している悪役だな、と思いながら、四十を迎えるこの歳まで、クリステヴァは誰にも殺されず生き残っていた。
「貴方がこの方々の主人……つまり、領主さまですね!もうこれ以上、酷いことは止めてください!」
「……なんだ、この頭の悪い女は」
ばーん、と、城に乗り込んできたらしい女。女というか、女児。
衛兵は何をしているのかとクリステヴァが顔を顰めると、ボロボロになった近衛兵が今更ながらに駆け付けて来て、得体の知れない大男と魔女らしい少女が、先日逃げた奴隷を連れてやってきたと、そのように報告してくる。
「……」
その大男一人に、この城の騎士や兵士は物の見事に倒されたようだ。死んだのかと確認すると、皆息はあります、と言う。
「私の養い子はとっても強いので!皆さんを殺してしまったら領主さんとの交渉が上手くいかないと思って、ちゃんと生かしてあります!」
「そうか」
「私は黒の棺、魔女のジル・ペテロです!領主さんがこの人達を奴隷として、とても痛い事や悲しいことをしていることは聞きました。どうか、彼らに優しくしてあげてくださいませんか」
クリステヴァは自分が他人に討伐されるとは予想していたが、こんなに頭の悪い女にされるとは、さすがに予想外だった。
見れば目に涙をためて、必死に訴えてくる。
自称魔女の連れらしい大男は、奴隷二人をどさりとクリステヴァの前に投げ捨てた。
「よぉ、領主さまよぉ。俺の先生がこう言ってんだから、なんか言えや」
チンピラだってもう少し丁寧な脅しをしてくるんじゃないか。
大男の方は強い魔力や威圧感を感じるので、もう少しこれが礼儀正しく品行方正そうな男だったら、クリステヴァは自分を倒しにきた勇者認定してもよかったが、悪役が悪役に倒される、というのはありなのだろうか。
「……つまり、奴隷を解放しろ、人間らしい生活を保障しろ、ということか」
逃げ出した奴隷二人をじろり、と眺めてクリステヴァは椅子にゆっくりともたれかかる。
時折こうして、知恵をつけた奴隷が出ることもある。多少、頭が回るので「自由」だとか「権利」だとか、「外」に憧れる。
そう言う連中の要求しそうなこと、外の人間が、奴隷の扱いについて文句をつけてくる時の主義主張について、クリステヴァはこれまで経験があった。
その財源や、教育の為の人材はどこから出てくるのか。
「え?なんでそんなことをするんです?駄目ですよ、奴隷を無くしちゃったら、困りますよね??」
「……は?」
クリステヴァの言葉に、魔女はきょとん、と首を傾げた。
「牛さんは牛さんのお仕事があります。ニワトリさんにはニワトリさんの。奴隷さんには奴隷さんのお仕事があるのですし、その為に生まれてきたのですから……そんな、奴隷さんを放りだすなんて、酷い事はいけません」
「……は?」
「え……?」
「ちょっと……」
「おい、俺の先生が喋ってんだろ。黙れよ」
奴隷二人が魔女に「話が違う!」と詰め寄ろうとしたので、大男が殴って黙らせた。
骨の砕ける音がクリステヴァの方まで聞こえたが、まぁ、逃げた奴隷がどうなろうとどうでもいい。
「ありがとうルドヴィカ。お話を続けるね!」
「あぁ。俺の先生は声が綺麗だからな、ずっと話しててもいいぜ」
にこにこと、奴隷を殴りつけ拳を血塗れにした大男が微笑むと魔女は嬉し気に笑顔を見せた。
「えぇっと、領主さま。それで、悔い改めて、彼らに優しくしてほしいのです」
「……つまり、彼らを、奴隷としての身分のまま……厚遇しろ、と?」
「牛さんに服を着せてベッドで眠らせる趣味があるのでしたら……それはご自由に、と思いますけど……私はお二人が、とても酷い目に遭っているとしって……きっと、領主さんが方法を間違えているんだって気付いたんです」
「方法」
「はい。もしかして、薬物投与をされないまま、加虐されているのではないですか?」
ごそごそと、魔女は鞄の中から何か取り出した。
草だ。
「この薬草、栽培は少し手間がかかりますが……一度上手くいけば、かなりの量が収穫できて、その上副作用もあんまりない、とても素敵な葉っぱなんです!領主さんの奴隷の扱い方は、その領主さんの御趣味でしょうし、他人の私なんかが口出ししたら失礼なんですけど、この葉っぱさえ使えば、領主さんの今のやり方のまま、奴隷さんたちに気持ちよく働いて頂けるようになりますよ!!」
その薬草は、使い方によっては「苦痛を快楽に変換」するよう、脳内に作用するらしい。
ガタン、と、クリステヴァは椅子から立ち上がった。
「素晴らしい……!!」
その発想はなかった!
「なるほどつまり……!奴隷たちはこれまで通り、体を切り刻まれながら、仲間の肉を食わせられながら……!それを幸福に感じるのか……!」
「そうです!」
「貴方は女神か!!」
「いえ、魔女です!」
ぐっと、クリステヴァは魔女の手を取って大粒の涙を流した。
「私はこれまで……他人を傷つけたり、血塗れになったり、無残に潰れていく姿を見たかったが……恨まれたり、苦しんでいる声を聞くのは望んでいないんだ!意に反することをするたび……どんなに辛く、心が摩耗していったことか……!」
「心中お察しします。ですが、もう、苦しまなくていいんですよ」
「貴方は聖女か!」
「いえ、魔女です!」
魔女だろうがなんだろうが、クリステヴァにとって彼女は救世主だった。
これまでクリステヴァは、自分のような者はいずれ正義の名の下に倒される、残酷な死を迎える。それしかないと思っていた。
自分が救われる、他人に理解される日が来るとは、思いもよらなかった。
心の中が晴れやかになり、これまでグズグズと自身にまとわりついていた泥が流れ落ちたように身が軽い。
これで奴隷牧場から流れてくる陰気なうめき声に悩まされる事も、ひとでなし、と睨まれ言われのない罵倒を浴びせられることもなくなる。
自分が他人を傷付ける事でしか喜びを感じられない欠陥品であるから、一生得られることのないと思っていた……他人を幸福にする喜びを、感じることができるのか……!
感涙に咽び、ついには魔女の足元に平伏したクリステヴァ。
「あ、あの、顔を、上げてください。そんな……」
「どうか私を貴方のしもべにしてください。貴方は私の救い主です」
「え、え!?えぇえ!?そ、それはちょっと……とくに使い魔とかいりませんし……人間はあんまり、使い道もないので……」
困ります、と拒絶されクリステヴァは深くショックを受けた。
自分の何もかもを差し出したい相手に、無能で不要だと突きつけられる。母親に見捨てられた幼子のように、絶望して蒼白になったクリステヴァに、魔女が慌てて続ける。
「え、えぇっと、そ、それじゃあ、ルドヴィカ!私の養い子、私の大切な子の……お、お友達になってあげてください!」
「へ?俺!?」
「そうですよルドヴィカ!貴方に必要なのは、同性のお友達です!前もいましたけど……燃えちゃったし……領主さんなら、教養もあって貴方の助けになりますよ!」
「いや、俺は先生さえいればいいんだけど!?」
「おぉ、我が友よ!」
クリステヴァは立ち上がり、大男に抱き着いた。
「はぁ!?」
「私はこれまで親友と呼べる者を持てなかった!誰もが私の地位や権力を求めるばかりで、誰も私の本質を理解してはくれなかった!私は孤独だった……!だが、我が救世主の息子である君となら、私は友情を築けるだろう!!」
「え、いや、何お前勝手に言ってやが……」
「やったねルドヴィカ!わぁ、嬉しいな!今日はお祝いしましょうね!」
宴なら我が城で盛大にもてなさせてくださいとクリステヴァが言うと、魔女はとても喜んだ。役に立てた事でクリステヴァは胸がいっぱいになった。
「……まぁ、先生が嬉しいならいいか……」
魔女の養い子の方は、やや納得したくないような顔をしながらも最終的には折れた。
そうして領主クリステヴァは、二人の逃亡生活のパトロンとなった。
他の書籍化作品の連載や作業の息抜きにこの話をちょこちょこ書いています。
私はこういう話が大好きです。