火属性の結界石
台座の上に置かれた魔封石の隣に、火属性の魔石を置く。
「始めましょう」
1人しかいない地下室で宣言すると、ティアナは魔石を包み込むように両手を添えた。
クロードからの魔力の受け渡しはすぐに済んだ。口づけによる回復が思った以上に回復を促してくれたのだ。その代わり、体を離したクロードは、その場に片膝をつくくらいふらついていた。急激な魔力消費に身体がなじまなかったようだ。すぐにベッドに寝かせると、ティアナは自分の魔力の確認をした。
一気に魔力を流したにも関わらず、魔封石は壊れることなく掌を転がっていた。魔力も回復していて、すぐにでも結界石の作成に取り掛かれるまでになっていた。
クロードはベッドの上で深呼吸を繰り返していたが、おそらく魔力の半分も減っていないだろう。それだけの魔力量を潜在的に持っている。
少し休めば起き上がれるだろうと考え、彼には動けるようになったらリーンの執務室まで来てほしいと言って、1人でこの部屋に来ていた。
リーンの部屋に入った時、エリクスがいたが、彼にも地下室に一緒に入ることを断った。結界石を作っている間は、できるだけ1人になりたかったからだ。
深呼吸を繰り返してから、魔力を魔石に向かって流し始める。
魔石の中心に火属性の魔方陣を1つ。ゆっくり丁寧に描いていく。
それが終わると、ここからが本格的に集中力が必要になった。
「よし!」
気合を入れ直す。
魔方陣を中心に、その両側に新しい魔方陣を重ねるように描いていく。これは同時作業だ。まったく違う魔方陣を2つ同時に描くという手法は、まず魔封石を作る上で行わない方法だ。魔封石に描く魔方陣は1つ1つ描くのが普通であり、描く魔方陣にすべての意識を集中させる。だが、結界石は2つ同時に魔方陣を描くところがある。
意識を2つの魔方陣に集中させる。魔法では別の属性魔法を同時に生み出すことがある。その要領で別々の魔方陣を同時に描いていった。
それが終わると、右手側の魔方陣はさらに重ねるように新しい魔方陣を描き、左手側は魔石の上に手を添えなおして中央の魔方陣に重なるように新しい魔方陣を描いていく。描かれる魔方陣は左右対称というわけではない。魔法を発現させる内容によって魔方陣の構造も変わっていく。その中で決してバランスが崩れることのないように、お互いの魔方陣が反発しないように描いていけるかが、ティアナの腕にかかっていた。
2つ同時に描いたり、1つに集中して描きながら、手のひらが魔石の側面を滑っていく。わずかに動く指先が魔力を魔石の中に流していき、魔方陣を刻んでいった。
最後の魔方陣を描き終えると、両手を離して一歩下がり、出来上がった魔封石を眺めた。
「・・・出来た」
頭の中に浮かんでいた設計図通りに描いた魔封石が完成する。
「出来たのか?」
後ろから声がしたので振り返ると、クロードとエリクスが扉を開けて部屋を覗き込むようにしていた。
「いつからいたの?」
「少し前からだ。随分と集中しているようだったから、邪魔にならないように待機していた」
部屋の様子を伺うようにしながら入ってきたクロードが言う。魔力を急激に消耗したことで休んでいたはずだが、動けるようになってティアナを追いかけてきたようだ。
エリクスと合流して地下室まで来たのだが、中でティアナが集中して魔封石を作っているのを確認すると、2人とも入り口で終わるのを待つことにしたようだ。
「完成したのか」
台座に置かれている魔封石を覗き込むようにしてエリクスが尋ねてくる。
「魔方陣は描き終わったわ。あとは前の魔封石のように機能するか確かめないと」
台座の上には見た目が同じ魔封石が2つ置かれている。1つはひびの入った初代7賢者の魔封石士が作った結界石。それはすでに機能を停止してしまったため、結界に支障が出ている。ティアナが作った魔封石が同じだけの力を発揮しなければ、結界が元通りになることはないだろう。
「すぐにでも試せるだろうか?」
魔封石とティアナを交互に見ながらエリクスが聞いてきた。結界が弱まってきているのを一刻も早く回復させたいのだろう。
「魔封石を取り換えるだけで、勝手に力が発動するようになっているわ」
ティアナが作った魔封石は魔力を流して発動させる必要がなかった。
地下には他にも部屋が存在していて、別の部屋にも属性の違う結界石が置かれている。その結界石同士がお互いの力を引き出してバランスを取るため、こちらで操作する必要がないのだ。
エリクスが新しい魔封石を持ち上げると、クロードが素早くティアナを部屋の入口までさがらせた。
「何が起こるのかわからないからな」
クロードの心配はもっともだ。ティアナ自身魔封石は作ったものの、発動させるとどういう状況になるのかわかっていなかった。エリクスに任せたのは、彼が2人よりも魔力があり、何が起きてもすぐに対応できるだけの実力を持っているからだ。
それでも不安がないわけではない。
エリクスが台座に置かれた壊れた結界石を取ると、同じ場所にティアナが作った魔封石を置いた。
「・・・・・」
3人の間に沈黙が流れる。
特に何か変化があったとは思えないくらい静かな時間経過に、ティアナは首を傾げながらエリクスに声をかけた。
「魔封石、発動してないかしら?」
「いや、少しだけ光っている」
距離があったために気づかなかったが、すぐ近くにいるエリクスには置かれた魔封石が弱いながらも淡い光を放っているのが見えていた。
「結界は戻ったのか」
「はっきりわからないが、まだだと思う」
クロードの疑問に、一度上を向いたエリクスが新しい魔封石を覗き込みながら首を振った。
「何かが足りないんじゃないか?」
首を傾げるエリクスに、ティアナは近づいていって同じように魔封石を覗き込んだ。
僅かに光を放つ石は、確かに力を発動させている。だがそれがあまりにも弱くて結界を張るところまで対応できていないようだと思われた。
頭の中で魔封石を作るための設計図を思い浮かべる。初代7賢者の魔封石がティアナに与えてくれた作り方だ。これが間違っているとは思えない。そうなると、教わったこと以外にも、魔封石をしっかり発動させるためのきっかけがどこかにあるのかもしれない。
「そういえば」
そこでティアナは教わった設計図をもう一度思い出した。今作ったのは火属性の結界石だった。だが他にも結界石には各属性の物が存在する。水、風、土属性の他に光と闇属性の結界石がある。ティアナの頭の中には他の結界石の作り方も入っていた。大まかな作り方は同じなのだが、描かれている魔方陣は、各属性に合ったものが使われていた。そして、それぞれが結界石として違う役割を持つようになっていたことを思い出した。
そっと結界石に片手をかざす。
「火よ」
呟きにも近い声に反応して、手のひらに小さな火が灯った。
すると、一瞬にしてその火が掻き消える。
「そっか、やっぱり」
「何か気づいたのか」
隣のエリクスが怪訝な顔をした。
「今火を灯したけど、すぐに消えたでしょう。私が消したんじゃなくて、魔封石が火の魔力を吸い取ったから火が消えたの」
手のひらに魔力を集中させて火を生み出した。それに反応するように、結界石が魔力を吸い取ってしまったため、魔力で生み出されていた火が消えてしまったのだ。
「この結界石は火属性の魔封石だけど、火に関する魔力を吸い取っているのよ」
これも初代魔封石士から教えられたことだった。
「200年も結界が維持できているのは、常に新しい魔力が結界石に補充されているからなの」
結界石は主に光と闇属性の魔封石が結界を展開していた。そのまま放っておけば、魔封石の中にある魔力が枯渇していつかは結界が消えてしまうはずだった。それを阻止するために、他の4属性の結界石が常に光と闇の結界石に魔力を送り込む構造になっていた。各属性の魔封石は、それぞれの属性の魔力を取り込んでは結界を作るための魔力へと転換して光と闇の結界石に送り込んでいるのだ。
「魔力を取り込むなんて、どうやってやるんだ」
「張られた結界から、魔力を吸収していたみたい」
城を覆う結界は外にある。その結界に触れる大地や風、水分や熱に含まれるごく微量な魔力を吸い取って結界を張るための魔力にしていた。
「それ以外にも、朝や夜といった光と闇属性が反応して魔力を取り入れている部分もあるみたい」
「要するに、自然の中にある魔力を糧に結界が張られているということか」
ティアナの説明を受けて、エリクスが結論を出した。
「だから、この結界石には火属性の魔力が必要になるの」
自然の魔力は微量だ。それを吸い込んで結界石が発動しているが、他の結界石に魔力を送るほどの力を発揮できないでいた。
「新しい結界石だけど、魔力を温存させていないから上手く発動できていないのよ」
「それで、火魔法を使ってみたのか」
2人の様子を伺いながら近づいてきたクロードは話をちゃんと聞いてくれていたようだ。
「ここで火属性の魔法を使えば、結界石が吸収して本来の力が使えるんだな」
「そうだけど、急激な吸収は負担が大きいから、結界石を壊してしまう可能性があるわ」
小さな魔法を少しずつ与える必要がある。
「時間はかかるが、やるしかないな」
そう言って、エリクスが結界石に手をかがした。
ティアナの心配に対して、彼は首を横に振った。
「これくらいの魔力なら平気だ。それに、ここで結界石が発動できるようになれば、俺が結界を張る必要はなくなる。今は目の前の結界石の方が大事だろう」
自分が結界を張るよりも、結界石をしっかり発動させることの方が優先される。そう考えてエリクスはここに残ることにした。
「どれくらいで結界が張れるようになるのかわからないから、交代で魔力を注ぐようにしよう。最初は俺がやる。2,3時間で交代しよう」
「それなら次は俺が交代する」
エリクスが支持を出すと、クロードが次の魔力補充者になると手を挙げた。
「クロードも魔力が減ったから休んだ方が」
「小さな魔力なら大丈夫だ。それに、まだ魔力は十分ある」
ティアナに魔力を与えたにもかかわらず、クロードの魔力は半分も減っていなかった。弱い魔力を注ぐくらいなら問題ないだろう。
「それよりも、結界石を作ったティアナの方が疲れているだろう。ここはエリクスに任せて休んだ方がいい」
結界石を作るのに魔力を使ったが、特殊な魔封石だったのでそれなりに減っていた。それに集中力も相当使っていた。はっきり言って、ここで魔力補充の役目を担うのは魔力量だけではなく、体力と精神力が消耗しすぎていた。
「それじゃ、お言葉に甘えて」
2人が交代で魔力補充をしてくれれば、ティアナの出番はきっとないだろう。今は2人の厚意に甘えて休むことにした。
地下室を出る前に、一度結界石を振り返る。赤い魔封石は小さな光を放ちながら台座の上に静かにあるだけだった。




