魔封石士の資料
「もう少し本を探してくるわ」
半分の本を読み終わり、ティアナは談話室を出るために立ち上がった。今のところ城の結界石に関連した情報は得られていなかった。単独での魔方陣は数個見つけたが、それらを組み合わせることで得られる効果などは載っていなかったし、制作者である魔封石士に関しては何一つ情報がなかった。7賢者としての魔封石士が存在したことは載っているが、個人になると途端に情報がなくなる。有名な魔封石士のはずなのに、ここまで存在が資料にないのは不思議だ。
ロイドが先に調べてくれていたが、やはり結界石や魔封石士に関する記述は見つからない。
だが、それ以外の魔方陣に関する資料はこれから調べなければいけないことなので、ここで資料探しをやめるつもりはなかった。
まだ資料となる本が足りないと判断して、いったん読むのをやめて新しい本を探すことにした。
一緒に資料を呼んで情報を探してくれているエルヴィンも、本から視線を上げたが、少し困惑した表情をしていた。
「もっと簡単に情報が出てくると思ってたんですが・・・」
7賢者で魔封石士になったのは初代ただ1人だ。200年前とは言え、他の7賢者を書き記したページは見つけることができていた。
「こんなに魔封石も魔封石士のことも出てこないなんて。ほかの資料を探してみるから、エルヴィンはこのままここにある本から良さそうな情報を探しておいて」
魔封石士であるティアナなら、別の視点で情報が見つかるかもしれないと思っていたが、そう甘くはなかった。談話室を出ると一度大きく伸びをする。ずっと座って本を見つめる動きしかしていなかったので、あちこち固まっているのがよくわかった。
「まずは魔封石の本の方から」
再び魔封石関連の書棚に足を向ける。すると、そこに見知った人物が2人いた。
「おや、ティアナ君。資料探しは順調かな?」
「ロイド様」
そこにいたのは7賢者のロイドと、魔封石士のディランだった。不思議な組み合わせだなと思っていると、それを察したロイドが説明してくれた。
「ディラン君も魔封石に関する資料を見たいということでね。彼は部外者になってしまうから、案内は私がすることになったんだよ」
王立図書館は基本的に城で働く者たちは自由に閲覧できる。ほかにも貴族は利用可能だが、王都に住む平民は利用できない。祭りや式典の時に特別に解放されることもあるが、その日に図書館を利用する人はほとんどいない。ディランは王都にも住んでいないため、ここに入ることはできないのだが、特別に許可を出された。ただ、初めての図書館では、どこに何があるのかわからないこともあって、ロイドが案内役になったらしい。
「今エルヴィンと一緒に資料を探しているんですが、なかなかいい情報が無くて。新しい本を探そうと思っていたところです」
「そうか。見つけていれば探す手間は省けたと思ったんだが」
「可能でしたら、立ち入り禁止区域の資料を探したいと思っていたところです」
ここにあるのは図書館に入れる人間なら誰でも読んでいい本だ。この図書館にはそれ以外に関係者だけが立ち入れる持ち出し禁止の区域がある。そこにはもっと貴重な資料がたくさん眠っている。エルヴィンが探してくれた魔封石士に関連しそうな資料は歴史関連の書棚から持ってきたものだ。200年前のもっと詳しい本を探すなら、禁止区域の本を見る方がいい。
「そうだね。7賢者の魔封石士に関しては、私が調べた限りでは何もなかったよ」
図書館館長のロイドは、ここにある本のほとんどを把握しているが、本の内容まですべて把握しているわけではない。結界石の破損によって、魔封石や魔封石士に関しての資料を探し直したが、詳細なことが乗っている資料を見つけることはできなかった。
「禁止区域の本は、図書館内で私か弟子のエルヴィンがいるところでしか読めないように決められているんだよ」
「それなら、ロイド様かエルヴィンの立ち合いで、禁止区域の資料を見せていただきたいです」
「それなら許可しよう。ディラン君も読みたい本があれば言ってくれ」
そこでディランに視線を向けると、彼はティアナと視線が合うとすぐに逸らしてしまった。不思議に思いながらも声をかける。
「ディランさんも同じ本を探しているでしょう。良かったら一緒にどうですか?」
彼も魔封石に関する本を探している。目的が一緒なのだから調べたい物も一緒だ。それに、一緒に魔封石士ついて調べれば効率も上がるだろう。そう考えて提案すると、ディランは一瞬迷いを見せたが了承してくれた。
「禁止区域に入れるのはティアナ君だけにさせてもらうよ。ディラン君は談話室でエルヴィンと調べものをしていてもらおうかな」
禁止区域の本を貸し出してくれるとはいえ、その場所に多くの人を入れたいと思っていないロイドは、7賢者の候補生であるティアナに許可を与えることにした。
談話室の場所を教えて、ティアナはロイドに案内されて図書館の奥へと入っていく。
書棚の隙間を縫うように進んでいくと、やがて小さな扉が見えてきた。通常の扉より少し小さめに作られた扉が、壁に埋まるようにして存在していた。
「この奥が立ち入り禁止の区域になる」
扉を開けて中に入ると、まっすぐに伸びた廊下になっていた。廊下を進んでいくと、等間隔に扉が設置されていて、それが両側にあった。
「ここは書物だけじゃなくて、貴重な品も保存しているから、年代や物の種類によって部屋分けしているんだ」
初めて足を踏み入れた空間に左右を見ながら歩いていると、先を歩くロイドが説明する。
「私がここの館長になってから8年ほど経ったが、未だにすべての在庫を把握しきれていないのが現状だ。それだけ数も多いし、何に使うのかわからない物もある」
彼はもともと学園の教授をしていた。教授時代にいろいろな書物を読み漁り、膨大な知識を頭に叩き込んでいた。その知識から王に専門家として城に呼ばれることがあり、そこで国王から7賢者に推薦された経緯をもつ。しかし、すぐには7賢者になることなく、しばらく教授を続けた後、55歳という遅咲きで7賢者に選ばれた。それからは学園ではなく王立図書館で館長として日々調べものをしながら、表に出ることのない品の管理も請け負ってきた。
「そういえば、ティアナ君の護衛をしている魔法騎士がいただろう」
「クロード=アイリッシュですね」
ロイドとクロードは昨日初めて顔を合わせた。ティアナがフォーンに移り住んでから、リーンには定期的にクロードの魔法について手紙で報告をしていたが、7賢者の候補生になってからは、定期報告に登城するようになって、その時にクロードの話もすることがあった。ロイドもティアナと会うことがあったのでクロードとは実際に会っていなくても、魔法騎士としての活躍は把握していた。
「彼が魔力暴走させた後に、暴走を抑え込むための魔封石を渡されていただろう」
それは4年前の話になる。魔力制御できずに暴走させたクロードを騎士団の中に留めておくこともできず、どう扱ったらいいのか困っていた時に、7賢者が黒の魔封石を持ってきた。作者は不明だが、魔力を抑制できる効果があるということで、試しにクロードに渡したものだった。その魔封石の効果は抜群で、彼が持て余していた魔力をすべて抑え込んでくれた。魔法を使うことができなくなったが、魔法を使えば暴走していたので、魔力が抑えられたことに問題はなかった。
「最初、あの魔封石はクロードのために作ったものだと聞いていました」
7賢者と国王以外でクロードの魔力を抑え込んでいる魔封石は、クロードのために作られたクロード専用の魔封石として認知されていた。だが、ティアナは候補生となってから、あの魔封石は制作者不明で、もともと存在していた物だと聞かされた。
「あの魔封石はこの場所にあった物なんだよ」
「ロイド様が見つけたんですね」
「最初は何に使うのかわからなかったが、リーン君に渡したら魔力抑制の魔封石だとわかってね。これなら使えると思ったんだ」
ロイドによると、魔術師団の中には魔封石士も数名いる。だが、魔封石士は基本的に弱い魔力で魔力操作が少し上手いという程度だ。そんな彼らに見知らぬ謎の魔封石を渡しても、どんな結果になるのかわからない以上非常に危険だと考え、魔術師団長で7賢者のリーンに調べてもらった。おそらく実際に試して、黒の魔封石の効果と安全性を確かめたのだろう。
「あの魔封石の制作者はわからないそうですね」
誰が作り、いつ図書館に置かれるようになったのか、ティアナは何も知らされていなかった。
「あれの制作者はわかっているよ。なぜここにあったのかは不明だけどね」
「それってもしかして」
「想像通り、初代7賢者の魔封石士の作品だ」
そこでティアナは納得した。結界石を調べた時に、不思議な感覚があったのだ。魔方陣のすごさに感動してその感覚を忘れていたが、あれは黒の魔封石を調べた時に感じた魔力に似ていたのだ。黒の魔封石を始めて調べた時は、魔力抑制をする魔方陣自体は本で調べればすぐに出てくる普通の物だったし、とてもきれいでよく出来ていると思ったくらいだった。あれは200年前の魔封石士が作った魔封石であったのだ。それを考えると、後でもう一度慎重に調べてみようと思った。
制作者不明にしていたのは、あまり外部に情報を漏らしたくなかった国の考えのようだ。
「他にも魔封石はあるんですか?」
結界石は使用しているが、黒の魔封石は保管されたままだった。ほかにも魔封石が存在するかもしれないと尋ねると、ロイドは首を傾げた。
「魔封石は他にもいくつかあったはずだが、それらすべてが初代の魔封石士が作ったかどうかわからないよ。説明書きもないし、無造作に置かれている物もあるからね。ただ、初代の魔封石士が制作して保管していた物は、あの魔封石だけだと思うよ」
黒の魔封石は製作者に関する資料が付属されていたのかもしれない。詳しいことは教えてくれなかったが、この禁止区域にはロイドだけではまだすべてを把握できていないのだ。
「僕も年だからね。引退したら、弟子のエルヴィンが続きを調べてくれるだろう。彼はまだ若いからね」
遅咲きの7賢者は、弟子に禁止区域の未来を託すつもりでいるようだ。
「もし可能であれば、魔封石に関しては私が調べてみましょうか?」
ティアナならば、ここにある魔封石を調べることはできる。リーンのように魔封石を発動させて効果を調べるのではなく、魔方陣から解析することが可能だ。
「そうだね。将来の7賢者だし、時間のある時に調べてもらえると助かるよ」
その答えにティアナはこれから登城する時の楽しみが増えたことを喜んだ。
「だけど、今は国の大事が先だよ」
「そうですね。結界石を何とかできないと、ここの魔封石を調べることはできませんね」
今は目の前に提示された魔封石を解決しなければいけない。
そんな話をしながら奥に進んでいくと、やがて1つの部屋に辿り着いた。
「初代7賢者関連の書物が置いてある部屋だ」
中に入ると途端に古い紙の匂いが鼻についた。
「古い物ばかりだけど、状態は良いから持ち運んでも大丈夫だよ」
言われた通り、見た目は古そうな本だが、開いてみると紙は綺麗なままで文字も読みやすい。
「この中から、魔封石士に関連した書物は・・・」
そう呟きながらロイドが奥へと進んでいく。入り口で待つように言われたティアナが黙って書棚に収められた本を眺めていると、ロイドが2冊の本を手に持って戻って来た。
「これだけですか?」
予想以上に少ないのを見て驚くと、ロイドも眉を下げた。
「魔封石士に関する本はあまりないんだよ。ここに載っているのも、はっきりとした記述じゃない」
1冊を受け取ってページをめくってみれば、7賢者に関する内容が書かれていた。ただし、魔封石士に関しては、名前も性別も年齢も体の特徴も一切書かれていない。戦争当時のブロファリト王国の王子が騎士として戦うのを、魔封石を作って援助する者として載っていたが、それ以上がない。どんな魔封石を作っていたのかもわからない。
「なんでこんなに情報が無いのかしら」
他の7賢者のことはいくつか書かれていた。初代7賢者は騎士が2人。魔法騎士が3人。魔術師が1人。魔封石士が1人だ。騎士や魔法騎士は先頭で戦い、魔術師は前に出たり、後方に下がって支援したりと動いていた。魔封石士は非戦闘員なので、魔封石を作ることで仲間を護り、時に攻撃を仕掛けたりをしていたようだった。
「魔封石士は非戦闘員だから、書かれる情報が少なかったのかもしれないね」
もう1冊も受け取って読んでみたが、あまり良い情報が載っていなかった。まるで、魔封石士関して秘密にしておきたい何かがあるかのようだ。
そんな勘繰りをしながら本を閉じてロイドに渡す。
「参考にはならないようだね」
「せっかく連れてきていただいたのに」
「気にしなくていいよ」
「可能であれば、魔方陣が書かれた書物もありませんか?」
「それならいくつかあるはずだ」
ロイドが本をもとの位置に戻してから、別の部屋に移った。
「この部屋は魔法や魔封石に描かれる魔方陣に関連する場所だ。古い魔方陣ならここを探した方が見つかるかもしれないね」
魔法も魔封石も昔と現在では違いがある。特に魔封石の場合、同じ効果があってもより効率化された魔方陣に進化してきていた。特に魔石への負担を減らすことで、小さな魔石でも強い魔法を生み出せる方法なども研究されてきた。それらは戦争時に大いに役に立ったが、戦後は逆に危険なものとして扱われ、危険だと判断される内容の本は焼却されたり、国の管理の元保管されるようになった。
200年前に作られた魔封石なら、古い本の方が見つけられる可能性が高いだろう。
「ここら辺の本ならどうだろう」
ロイドが数冊の本を選んでティアナに渡す。
「あまり危険な効果がある魔方陣は載っていない本になる」
強い力を発揮する魔方陣が載った本も存在するが、簡単に読ませることはできないとロイドは言った。結界が歪むという国の危機とはいえ、あまり存在を明かしたくない内容の本もここにはある。
「ティアナ君が7賢者にまでなっているなら読ませてあげることはできるだろう。でも、まだ候補生では、さすがに国王陛下の許可でもない限りは、今のところ見せられない」
「そこまでの本は必要ないと思います。結界石を調べた感じだと、攻撃的な魔方陣はありませんでした。護るための石なので、それに関係した魔方陣が中心でした」
結界石の魔方陣は複数が重なり合っているが、1つ1つは攻撃性を持たない保守的な魔方陣ばかりだった。ただ、組み合わせによっては攻撃に転じる魔方陣も存在するかもしれないが、今のところティアナが調べたいのは魔方陣そのものなので、ここにある危険な本は必要ない。
「必要になればまた相談します」
「そうしてくれ」
とりあえずだと言われて3冊の本を受け取った。ざっと目を通してみたが、結界石に描かれて魔方陣と同じものを見つけることができなかった。詳しく読むために、借りられる3冊を持って談話室に戻ることにする。
「私はこのまま談話室に戻ります」
「僕は館長室にいるから」
魔封石士は謎が多く、魔方陣も結界石につながりそうなものが見つからない。残念な気持ちはあるが、ここで諦めるわけにはいかない。他の本からも新しい発見をすることを期待してティアナは禁止区域から談話室に戻っていった。




