婚約破棄された伯爵令嬢
「婚約を破棄してほしい」
それが相手からの第一声だった。
ティアナはその言葉を頭の中で反芻させてから口を開いた。
「詳しく、理由を聞いても?」
静かな言葉に一瞬相手、ブロファリト王国の王子リンド=アル=ブロファリトは視線を泳がせたが、ひとつ息をつくと、真っ直ぐティアナを見つめた。
「はっきりと言う。好きな人ができた」
その言葉にティアナは内心納得した。
リンドはブロファリト王国の第一王子であり、ティアナはその婚約者。年も近く幼馴染みだった二人は彼女が17の時に婚約者として決まり2年が経とうとしていた。もう1年もすれば結婚をすることになっていた。そろそろ結婚の準備も始めなければいけなくなってきたと思っていたが、ここにきて破棄を言われるとは。
「君との婚約が決まった時のことを覚えているかい?」
何も言わないティアナにリンドは伺うように尋ねてきた。
「僕達の結婚は周りが決めたもので、僕達の意思はなかった」
ティアナが静かにうなずくとリンドは続ける。
「だから、婚約中に僕達のどちらかが、本当に好きな人ができた時は婚約を破棄しようと約束した。二人だけの密かな決め事だ」
リンドの言葉に婚約が決まって始めて顔を合わせた時のことを思い出した。約2年前、婚約者として始めてのお茶会。お茶を楽しんでいたティアナにリンドが言った。
『僕はいままで誰かを好きになったことがない』
突然何を言い出すのかと首を傾げるティアナに、彼は真剣な表情で続けた。
『もしもの話だけど、僕達のどちらかに本当に好きな人ができたら、隠さずに話そう。その時は婚約破棄も考える』
『私からはありえないかと』
幼馴染みとはいえ伯爵令嬢のティアナから王族に婚約破棄を言い出すことなどできるはずがない。そもそも婚約者がいるのに他の恋愛など考えられない。
その話はそこで終わったはずだったが、リンドの中ではいままでずっと続いていたようだ。
「なにか言ってくれないか?」
婚約破棄の告白をされてからまだ一言も発していないティアナに、リンドは眉を下げて困った顔をした。過去を思い出していたティアナは一つ頷くと口を開いた。
「わかりました」
「...それだけ?」
「私に婚約破棄は嫌だと癇癪を起こしてほしいの?」
砕けた口調でわざと疑問を投げると、リンドが慌てる。
「違うよ。あまりにあっさり退くから戸惑っただけだ。君が身を退いてくれることはありがたいよ」
慌てる相手にティアナはしばし考えてから口を開いた。
「殿下が新しい婚約者を迎えるとなると、私は捨てられた身になるわけですね」
周りにも迷惑がかかるのは必須だ。デメリットばかりが頭に過ったことで、ティアナは一つの決意をした。
「今後のことですが、私のわがままを聞いてもらえますか」




