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【書籍化】Fake Earth  作者: Bird
第4章 汝は人狼なりや?

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96話 面影

 NPCジョーカーチェスの開幕が運営から宣言された瞬間、光り輝いていたスマホ画面は元の明るさに戻り、地球のロゴはすうっと消えた。

 停電していたシステムが復旧したように、ホームボタンに触れていた親指に力が戻り、憑依しているアバターを自由に操作できるようになった。


 予想外の対戦イベントの発生。

 王に選ばれたNPCを守り切らなければ、自分も仲間もゲームオーバーになる状況。

 次の一手はどう動けば盤面は良くなるのか──目の前の戦いから意識が逸れ、わずかな隙が生まれる。


 レキトは全速力で飛び出し、若月へ対プレイヤー用レーザーを放った。



──今回のイベントは、俺たちに有利に働く。



 運営からルールを聞いた時点で、レキトは不利だった形勢が覆ったと確信した。

 味方のNPCであるアントの隊員たちとは共闘しているのに対し、遊戯革命党側のNPCたちは金で集めただけの闇バイト。

 おまけに豆田が壁抜きスナイプの肉壁として使い捨てた以上、信頼関係は破綻している。

 向こうの王に選ばれたNPC、黒崎(くろさき)(はる)()が遊戯革命党の言うことを聞くとは思えない。

 何ならこちらが説得すれば、進んで降参してくれる可能性すらある。

 味方の王に選ばれたNPC、白銀華(しろがねはな)が遊戯革命党のプレイヤー全員のギアを使えることも、戦力として大きな補強となっていた。


 だから、NPCジョーカーチェスが始まった直後、レキトは強気に攻めることを選んだ。

 若月に仲間と連絡を取る時間を与えず、突然のイベントで混乱した思考を揺さぶり、序盤で主導権を一気に握るために──。

 暁星とディズニーランドでの対戦を通して、若月はレキトの情報を把握しているだろうが、レキトが今日に備えて新しいギアを手に入れたかどうかまでは知らない。

 そして、負ければコンティニューできないゲームで、「ブラフだ」と思っても、「もしも万が一」という可能性を捨てきることはできない。


 走りながらレキトは若月との距離を詰め、2発目の対プレイヤー用レーザーを撃つ準備を整えた。



「──《焼き尽くせ、灰へ還れ(イグ・キャノン)》」



 だが、若月はわずかに身を沈めて、一発目のレーザー光線をかわした。

 ドスを利かせた低い声に、揺らぎは一切なかった。

 色付きサングラスの奥の瞳は、レキトを捉えている。

 両手で二丁拳銃のように構えたスマートフォン、端末上部のイヤホンジャックの穴の奥で、噴火寸前の火山のように赤い光が激しく脈打っている。


──《焼き尽くせ、灰へ還れ》は、凝縮した熱を光線として放つギアだ。

──対プレイヤー用レーザーを上回る出力で、溜め時間も短い。

──完全に上位互換のギアだから、撃ち合いは避けてくれ。


 真っ赤な光が正面から噴き上がった瞬間、前日の作戦会議で伊勢海から忠告された言葉が蘇った。



『ケル──』



《小さな番犬》の吠え声が、《焼き尽くせ、灰へ還れ》の空気を裂く轟音に呑み込まれる。

 真っ赤な熱線が2台のスマートフォンから同時に放たれて、直線上のすべてを消し飛ばす勢いで駆け抜けた。

 コンクリートの壁にぶつかった衝撃で、天井から砂埃が崩れ落ちる。

 煙を上げる2本の軌跡には、黒焦げになった戦闘服の切れ端が転がっていた。



「奥の手があろうがなかろうが、最大火力のギアを撃ち込む。シンプルゆえに、いざってとき迷わねえって戦法だ。

 ……とはいえ、何やってんだ、てめえ? 対プレイヤー用レーザーをぶつけて、攻撃の勢いを削って、避ける時間を稼ぎやがっただと!?

 今からでもうちに入って欲しい人材じゃねえか、この野郎!」



──《焼き尽くせ、灰へ還れ》!!!


 若月は()えて、両手のスマートフォンをレキトに向けた。

 ふたたび赤い光がイヤホンジャックの奥で灯る──その時には、レキトは横へ走り抜け、射線を切っていた。

 すかさず若月の両手が追い、レキトに照準が食らいつく。


 あのギアは、何が何でも避け切らなければいけない。

 対プレイヤー用レーザーで威力を()いだのに、ほんのかすっただけで、防御に特化した戦闘服は削れて、腕の一部はえぐれて、皮膚は黒く炭化している。


 真っ赤な光が噴き上がる瞬間、レキトは逆方向に踏み込んだ。

 次の一歩で引き返すと見せかけて、そのまま一気に加速した。

 若月はフェイントに反応して、構えたスマートフォンを逆側に振った。


 だが、動いたのは()()()()


 右手のスマートフォンは、レキトに照準を定めている。


──左右の揺さぶりが本物だろうとフェイクだろうと、「2台のスマートフォンのどちらかで捉えればいい」という割り切り!

──奥の手の有無を気にせず撃ってきた判断といい、駆け引きそのものが潰されている!


 (とっ)()に斜めへ飛び退くも間に合わず、レキトは《焼き尽くせ、灰へ還れ》の熱線に脇腹を撃ち抜かれた。



「……がはっ!」



 レキトは顔をしかめて、震えるスマートフォンを握りしめる。

 着地でよろめきかけたが、なんとかその場で踏み止まった。

《小さな番犬》の吠える声の音量が跳ね上がり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に気づいた。


 あえて音声認識機能を使わず、ホーム画面からアイコンをタップする方法でギアを起動したらしい。


 レキトが慌てて屈みかけたところで、《焼き尽くせ、灰へ還れ》の熱線が両肩を貫いた。



 若月は想像以上に手強いプレイヤーだ。

《並行世界からの贈り物》でスマートフォンを2台に増やして、《焼き尽くせ、灰へ還れ》で破壊力の高い熱線を2本同時に撃ち続ける。

 2台持ちの特性を利用して、読み合いとなる場面で2択の両方を潰してくるところが厄介だ。

 駆け引きや策に頼らず、圧倒的な火力で押し切ってくるスタイル。

 戦っていて、格の違いを見せつけられているような気分だった。


 だから、レキトは疑問が1つだけあった。


 どうして若月はレキトとの対戦を放棄して、イベントの対応に回らないのか?


 NPCジョーカーチェスは、敵チームの王に選ばれたNPCを倒した方が勝ちとなるルール。

 そして、勝ったチームのプレイヤーは、負けた側のプレイヤーを何名でもゲームオーバーにできる権利を得る。

 どう考えても、敵プレイヤーを撃破するよりも、味方のNPCの王を守りに行くのが優先度は高いはずだ。


 それなのに、若月は背を向けて、後ろにある扉から出て行こうとする素振りを見せない。

 唐突に不利なイベントが始まったにもかかわらず、まったく動揺することなく、戦いに集中している。


 金で雇ったバイトのNPCの誰かがやられただけで、自分も仲間もゲームオーバーになる未来が怖くないのだろうか?


 人生を賭けてまで叶えたい願いが叶えられなくなるかもしれないのに。


 レキトは痛みを堪えながら、見落としがないかを必死に考えた。



「おい、てめえ、さっきから考え事してんだろ? 察するに、俺がイベントの発生に動じてない理由ってところか。

 たしかにNPCジョーカーチェスは遊戯革命党に不利なルール。NPCを全滅させてゲーム攻略を進める計画が実現間近で、てめえらを迎撃する態勢も盤石に整えてたのに、運営の横槍で台無しにされかけてる。

 それでも落ち着いてられるのは、普通じゃねえよな」



 若月は不敵に笑った。

 両手で構えたスマートフォンは、レキトに照準を定めている。



「答えは簡単だ。信じてるからだよ、仲間を。

 俺たちのギルドには、百戦錬磨の司令塔がいる。戦局を一人で支配する怪物がいる。ここ一番で勝ち筋を引き寄せるスターがいる。あいつらに任せられるから、俺は迷わず戦いに集中できる。

 NPCと協力するイベント? だから、どうした? この程度の修羅場、遊戯革命党は何度も越えてきてんだよ!」



──《焼き尽くせ、灰へ還れ》!!!


 若月は吼えて、2台のスマートフォンのギアを同時に起動した。

《小さな番犬》は吠える声を強めた。

 握っているスマートフォンは、手から飛び出しそうなほど震えた。

「DANGER」と記されたホログラムが、スマホ画面から飛び出して点滅した。


 若月が二丁拳銃のように構える姿が、()()()()()()()()()()()()と重なる。


 NPCの母親がレキトをかばった直後、銃で撃たれた胸から血を流しながら微笑んだことを思い出した。

 NPCの父親がレキトたちを逃がすために、包丁を腹に刺されながらも立ち向かったことを思い出した。


 妹の美桜と、NPCになった優斗と、恋人の真紀と共に過ごした日々が、走馬灯のように駆け巡っていく。


 アントの部隊長の八重(やえ)(がし)が真紀をかばい、暁星の剣のギアに串刺しにされても、立ったまま殉職した光景が蘇った。


 プレイヤーの優斗が最期に弱々しく微笑み、優しい目を向けながらゲームオーバーになった記憶がフラッシュバックする。



 レキトは片手をポケットに突っ込み、ライムミント味のフリスクケースを引っ張り出した。

 口の中にフリスクを一粒放り込み、奥歯でガリッと噛み砕く。



「……活路は見えた。攻略の鍵はお前だ。

 第二の歯車(セカンド・ギア)、起動。

 ──戦況を変えろ、《(えん)()(ちょう)簿()(かん)アイノ》」



 レキトは軽く息を吐き、優斗のコインと交換したギアを起動した。

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