6ー1
康次郎たちの前に立った裕彦が、少年のほうに呼びかける。
「ヤス君、今助けるからね」
「おにいさん!」
瞳を潤ませて叫ぶ康次郎少年へ微笑みかけ、そっと目を閉じた。
地面に散乱したガラスが徐々に増幅されていく。
ガラス片はゆっくりと宙に浮かんだかと思うと、
高速で康次郎青年の右腕へ向かっていった。
「ぐっ!」
鋭い声をあげ、康次郎青年が手から刃物をとり落す。
裕彦は青年が右手を庇っている内に、康次郎少年へ向かい叫んだ。
「ヤス君、こっちだ!」
康次郎少年が裕彦の声に応じて走りだす。
自分も急いで迎えにでると、康次郎青年が負けじと追いすがってきた。
「おっとっと。青年ヤス君の相手はぼくだよ」
言うが早いか裕彦が、テーブルにあった紅茶を飲み干す。
おもむろに手のひらを翳すと、裕彦の手から赤い水の柱があがった。
裕彦は掌に産みだした細い水柱をコントロールして、
康次郎青年のこめかみにたたきこむ。低く呻き、康次郎青年が昏倒した。
「一丁あがりっと!」
得意げにこちらを向いてくる裕彦を、結衣は半ば呆れながら褒める。
「よくやったわ。裕彦。怪我はない?」
「うんまったく。楽勝だよ」
ブイサインを送ってくる裕彦へ微笑むと、診療所の奥へ目をやった。
「あとは沙希だけね……」
***
待つこと数十分。施療室の扉がにわかに開かれ、浅野がでてきた。
「先生!」
結衣は駆け寄り、飄々とした表情の浅野へ尋ねる。
「沙希は! 妹はだいじょうぶなんでしょうか?」
「ああ、手術は成功したよ。
一カ月は安静にしていないといけないだろうが。傷もそんなには残らないだろう」
浅野の言葉に、結衣は安堵した。
「ありがとうございます」
心から礼を述べると、小さく頷いた浅野が周囲を眺める。
輔たちと壊れた入口とを交互に見て、眉を顰めた。
「なんだこの惨状は。あんたたちがやったのか?」
「ええっと、話せば長いことなんですが」
浅野の問いに、結衣は目を泳がせる。
浅野は、おう、と軽く声をあげ、腕を組んだ。
「この際きっちり聞いてやるよ。いったいなにがあった?」
「では先生。その前にお茶を入れますから」
お湯を沸かしにいこうとする結衣へ、浅野が目を点にして声をかけてくる。
「あ? いや、そんなこと君にされなくてもね」
「いえ、本当に長い話になりますし。お詫びと感謝をこめてぜひ」
結衣はきょとんとした目の浅野をひたと見据え、
真剣な声音で語尾に力をこめた。
「あ、ああ」
結衣は気圧されたように頷く浅野へ微笑むと、
紅茶を入れに給湯室へ向かう。
そこへ、再び施療室の扉が開かれ、
中から看護師とベッドへ横たわる沙希がでてきた。
結衣は急ぎ傍へ寄る。穏やかな表情で眠る沙希を見て、ほっと息をついた。
(よく頑張ったわね、沙希)
かすかに目元を和ませ沙希を見つめた後、裕彦に目をやる。
「裕彦、沙希をお願い」
「うん」
結衣は、まかせて、と答える裕彦に頷き、紅茶を入れた。
看護師と先生の元へ持っていくと、
思案顔で長椅子に座りこんでいた浅野が顔をあげる。
「紅茶です。どうぞ」
「ああ、悪いね」
一瞬気おくれしたような表情を見せる浅野と看護師に向かい、
かぶりを振りながら紅茶を差しだした。
結衣はゆっくりとカップへ口をつける二人を見守り、おもむろに口を開く。
「今日は風が強いですね」
「ん……ああ……」
虚ろな瞳で答える浅野に、結衣は語りかけた。
「さっきなんか扉のガラスが割れちゃって。皆さんと驚いていたんですよ。
とても怖かったわ。ねえ、みんな」
周囲の者たちへ呼びかけると、浅野が小さく眉根を寄せる。
「そうかい?」
「そうですよ」
「そうか……」
ぼうっと答える浅野たちを尻目に、結衣は踵を返す。
昏倒した康次郎青年を見張っていた朱雄と輔へ合図を送った後、
沙希の病室へと向かった。




