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香夢異~夢見る紅茶専門店~  作者: 朝川 椛
第五章 一寸の虫の抵抗
52/66

6ー1

 康次郎たちの前に立った裕彦が、少年のほうに呼びかける。


「ヤス君、今助けるからね」

「おにいさん!」


 瞳を潤ませて叫ぶ康次郎少年へ微笑みかけ、そっと目を閉じた。

地面に散乱したガラスが徐々に増幅されていく。

ガラス片はゆっくりと宙に浮かんだかと思うと、

高速で康次郎青年の右腕へ向かっていった。


「ぐっ!」


 鋭い声をあげ、康次郎青年が手から刃物をとり落す。

裕彦は青年が右手を庇っている内に、康次郎少年へ向かい叫んだ。


「ヤス君、こっちだ!」


 康次郎少年が裕彦の声に応じて走りだす。

自分も急いで迎えにでると、康次郎青年が負けじと追いすがってきた。


「おっとっと。青年ヤス君の相手はぼくだよ」


 言うが早いか裕彦が、テーブルにあった紅茶を飲み干す。

おもむろに手のひらを翳すと、裕彦の手から赤い水の柱があがった。

裕彦は掌に産みだした細い水柱をコントロールして、

康次郎青年のこめかみにたたきこむ。低く呻き、康次郎青年が昏倒した。


「一丁あがりっと!」


 得意げにこちらを向いてくる裕彦を、結衣は半ば呆れながら褒める。


「よくやったわ。裕彦。怪我はない?」

「うんまったく。楽勝だよ」


 ブイサインを送ってくる裕彦へ微笑むと、診療所の奥へ目をやった。


「あとは沙希だけね……」



   ***



 待つこと数十分。施療室の扉がにわかに開かれ、浅野がでてきた。


「先生!」


 結衣は駆け寄り、飄々とした表情の浅野へ尋ねる。


「沙希は! 妹はだいじょうぶなんでしょうか?」

「ああ、手術は成功したよ。

一カ月は安静にしていないといけないだろうが。傷もそんなには残らないだろう」


 浅野の言葉に、結衣は安堵した。


「ありがとうございます」


 心から礼を述べると、小さく頷いた浅野が周囲を眺める。

輔たちと壊れた入口とを交互に見て、眉を顰めた。


「なんだこの惨状は。あんたたちがやったのか?」

「ええっと、話せば長いことなんですが」


 浅野の問いに、結衣は目を泳がせる。

浅野は、おう、と軽く声をあげ、腕を組んだ。


「この際きっちり聞いてやるよ。いったいなにがあった?」

「では先生。その前にお茶を入れますから」


 お湯を沸かしにいこうとする結衣へ、浅野が目を点にして声をかけてくる。


「あ? いや、そんなこと君にされなくてもね」

「いえ、本当に長い話になりますし。お詫びと感謝をこめてぜひ」


 結衣はきょとんとした目の浅野をひたと見据え、

真剣な声音で語尾に力をこめた。


「あ、ああ」


 結衣は気圧けおされたように頷く浅野へ微笑むと、

紅茶を入れに給湯室へ向かう。

そこへ、再び施療室の扉が開かれ、

中から看護師とベッドへ横たわる沙希がでてきた。

 結衣は急ぎ傍へ寄る。穏やかな表情で眠る沙希を見て、ほっと息をついた。


(よく頑張ったわね、沙希)


 かすかに目元を和ませ沙希を見つめた後、裕彦に目をやる。


「裕彦、沙希をお願い」

「うん」


 結衣は、まかせて、と答える裕彦に頷き、紅茶を入れた。

看護師と先生の元へ持っていくと、

思案顔で長椅子に座りこんでいた浅野が顔をあげる。


「紅茶です。どうぞ」

「ああ、悪いね」


 一瞬気おくれしたような表情を見せる浅野と看護師に向かい、

かぶりを振りながら紅茶を差しだした。

結衣はゆっくりとカップへ口をつける二人を見守り、おもむろに口を開く。


「今日は風が強いですね」

「ん……ああ……」


 虚ろな瞳で答える浅野に、結衣は語りかけた。


「さっきなんか扉のガラスが割れちゃって。皆さんと驚いていたんですよ。

とても怖かったわ。ねえ、みんな」


 周囲の者たちへ呼びかけると、浅野が小さく眉根を寄せる。


「そうかい?」

「そうですよ」

「そうか……」


 ぼうっと答える浅野たちを尻目に、結衣は踵を返す。

昏倒した康次郎青年を見張っていた朱雄と輔へ合図を送った後、

沙希の病室へと向かった。

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