6-2
病室に入ると、裕彦と康次郎少年が顔をあげてきた。
結衣は眠っている沙希の頬を優しくなでる。
給湯室へとって返し慎重にブレンドした紅茶を一杯そそぐと、
輔たちのもとへ持っていった。
ふわりと香る紅茶の匂いに呼応して、
康次郎青年が閉じていた瞳をゆっくりと開く。
無言で起きあがり誘われるように紅茶を飲んだその瞳から、
一筋の涙が流れ落ちた。
「康次郎君。さあ、話して。いったいなにがあったの?」
静かに語りかける結衣へ頷き、康次郎青年がためらいがちに口を開く。
「私は確かに貴女がたに救われました。
だから、あの店のことや貴女がたのことを忘れてしまった後も、
家に帰ってきちんと本当のことを話したんです」
そう、と相槌を打つと、深く息をついた康次郎青年が、だが、とうなだれた。
「両親は真実を聞いたとたん『黙っているように』と言い、
お手伝いたちにも箝口令を強いて、
完全に私がよねにしたことを『なかったこと』にしてしまったんです」
拳を握りしめる康次郎青年を、結衣は黙って見守る。
瞳を閉じた康次郎青年が、歯の隙間から絞りだすような声を発した。
「以来、私はずっと自分に嘘をついて生きていかなくてはならなくなった。
殺人を犯したのだ、という罪を胸に抱きながら生きてきたんです。
でも、もうこんな想いはたくさんだ! だから、だから!」
拳を床にたたきつける康次郎青年を見つめ、結衣は冷静に口を開く。
「それでも、すべて貴方の思い出よ。
誰がなかったことにしようとも、貴方さえ覚えていてくれさえすれば、
よねさんは浮かばれるはずだわ。
罪を背負って生きるということは、そういうことなのよ」
「はい。はい……」
こちらの言葉に反応して、康次郎青年の瞳からとめどなく涙が流れた。
黙って成り行きを見守っていた裕彦が、彼の手にそっと両手を添える。
「だいじょうぶだよ、ヤス君。もうだいじょうぶだから。
みんなで帰ろう? ね?」
うつむいたまま、ゆっくりと康次郎が頷いた。
結衣はおもむろに立ちあがり、いま一度紅茶を入れに給湯室へ向かう。
入れた紅茶を手に病室へ戻ると、沙希へ呼びかけた。
「沙希、聞こえる? 沙希」
声に応じるかのように、沙希がゆっくりと瞳を開く。
「……帰るのね?」
掠れ声で尋ねてくる沙希へ、結衣は頷いた。
周囲を見渡り、これからのことを説明する。
「これから現実世界へ戻るけれど、協力してほしいことが一つあるの。
紅茶を飲むのは私一人だけれど、ぶじに戻るためには
それぞれが現実世界に対してなんらかの執着がなければならないのよ。
だから、これからあんたたち一人一人には、
その執着するなにかを強く思い描いてほしいの」
説明し終えると、全員が無言で頷いてきた。
結衣は胸をなでおろし、念を押すように全員の顔を眺めていく。
「栗原さんは、だいじょうぶ?」
尋ねると、輔が片眉をあげて答えてきた。
「あたりまえだろ? お前のいるところが俺のいるべきところだ」
あけすけなその答えに言葉を詰まらせていると、
横から裕彦が手をあげてくる。
「ぼくも、ぼくも! ユイ姉のいるところがぼくの帰る場所だもん」
「ありがとう」
素直に礼を言って朱雄を見やる。
「朱雄君は?」
「へ?」
「ちゃんとなにかに執着してるかしら?」
目をしばたたかせてくる朱雄へもう一度問いかけると、
彼はちらりと視線を泳がせた後、頷いてきた。
「ええっと。あ、はい」
答えて、また明後日の方角へ視線を送る。
その行方を追うと、ベッドにいる沙希のもとへとたどりついた。
(朱雄君? もしかして……?)
いや、勘違いだろう。
彼にはずっと恋焦がれている人がいるはずだ。
かぶりを振って再度沙希を見ると、彼女もあらぬ方向を眺めている。
視線の先にはあろうことか輔がいて、結衣の思考は一瞬停止した。
(どういうことよ?)
まさか、沙希が輔に恋心を抱いているとでもいうのだろうか。
「まさか、ねえ?」
顔をひきつらせて呟くと、輔が眉根を寄せてきた。
「あん?」
「ううん、別に。なんでもないわ」
結衣は首を左右に振って輔の追及を逃れる。
まあいい。今はとにかく、ぶじに戻ることが先決だ。
そういう面倒くさいことは、帰った後で考えよう。
結衣は小さく息をつき、全員に合図を送る。
「いい? いくわよ? ちゃんと強く思い浮かべていてね」
周囲へ念押しすると、手にした紅茶を飲み干す。
瞳を閉じて懐かしい我が家を想い起こすと、慣れた浮遊感が身体を駆け抜けた。




