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香夢異~夢見る紅茶専門店~  作者: 朝川 椛
第二章 動きだす影
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「今日はお忙しい中『ジュリス』の取材を受けていただき、

本当にありがとうございます」


 輔は言葉とともに挨拶を交わす成美にならい、自分も礼をした。


「よろしくお願いいたします」

「ああ、いや。こちらこそよろしくお願いいたします」


 柔和な笑みを浮かべる長身の男が今日の取材相手、高峰光輝である。

高峰はきちんとセットされた黒の短髪を揺らしながら、一人がけのソファへ

悠然と座した。こちらがカメラを構えると、高峰は、いや、と手をあげてくる。


「インタビュー中の撮影は、できれば遠慮願いたいんですが」

「はあ」


 思ったより神経質な人間なのか。輔は頷いて成美の横に立ち、

あらためて高峰を検分けんぶんした。

 長い足がオフホワイトのスーツでより強調されている。藍色のネクタイも

よく映えており、成功者特有の泰然とした空気をまといながら、成美の質問に

愛想よく答えていた。


(嫌みなくらいい男だな)


 単に女性に優しいだけでなく、時々こちらへも細々としたフォローを

入れてくる。憎らしいを通り越して白旗を揚げざるを得ない状況に、

輔は密かに落ちこんだ。


(雄司が一緒じゃなくてよかったな、本当に)


 成美の頬が、心なしか蒸気しているように見えるのは気のせいではあるまい。

今ごろカフェで悶々としているであろう友人に心底同情していると、

成美がなにげなく話題を変えた。


「そういえば、小耳に挟んだのですが、

高峰さんはあの中森財閥の会長さんとも仲がお宜しいそうですね」


 高峰がしばし沈黙した後、目を細めて成美を見返す。

輔は穏やかに微笑む高峰の瞳が少しも笑っていないことに気づき、

カメラを握る手を強くした。



   ***


「あの方には、たいへん良くしていただいていますよ」


 高峰は貼りついた笑顔で成美を見つめる。

成美も愛想良く微笑み返しながら、高峰への質問を続けた。


「先日もお会いしたそうですね」


 探るような口振りで尋ねる成美へ、高峰がこともなげに頷く。


「ええ、帰国したら必ず真っ先に会いにいくようにしています」


 なにしろあの方は私の恩人ですからね、と柔和な口調で答えながら、

高峰がさりげない仕草で両手を胸の前に組んだ。

質問をかわされてしまったらしい成美は、それでも負けじと問いを重ねる。


「中森会長は政界にも太いパイプラインがおありですよね。

高峰さんも帰国を機にそちらへの転向をお考えなのでは、

ちまたで囁かれておりますけれど」


 いかがですか、と冗談めかして尋ねる成美を、高峰は一蹴した。


「いやいや、そんなだいそれたこと、考えたこともありませんよ。

私は自分の立ちあげたブランドに愛着がありますし。

これからやっと母国でお披露目する機会を得たばかりですからね」


 くすくすと肩を揺らす高峰に、そうですか、と成美は応じ、

さらに話題を展開させる。


「そうそう。先日、中森会長のお孫さんが誘拐された件に関しまして

なにかご存じのことはありませんか?」


 成美の問いかけに高峰が深く息をつき、首を横に振った。


「いえ。私もTVで知って慌ててお電話さしあげたのですが、

ずいぶんと気おちしておいででした。

早く解決して、由正君が無事に帰ってきてくれることを願っていますよ」


 唇を噛みしめつつ話す高峰の表情は心痛げで、その言葉にも嘘はないように

思える。そうですか、と再度頷き、話題を通常のインタビューへと切り替える成美

を横目に、輔は高峰の意図を測りかねていた。


(気のせいだったのか?)


 成美が中森氏の話をした時、確かに高峰の眼光は一瞬鋭くなったように

感じたのに。輔はもう一度注意深く高峰の表情を窺うが、

彼の面にはこれ以上なんの疑惑も挟む余地よちはなかった。

 取材は滞りなく進んでいく。

最後に雑談をしながら写真を何枚か撮ったあと撮影終了の旨を告げると、

成美と高峰が手を交わした。


「今日は長い時間本当にありがとうございました」

「いえ。こちらこそ、大変有意義な時間を過ごさせていただきましたよ。

ありがとうございます」


 手早く撤収作業を終えジュラルミンケースを肩にかけたため、

輔も扉の前で軽い握手を交わす。

握られた手を離そうとした瞬間、ふいに高峰の目が見開かれた。


「そうか、君が……。なるほど、裕彦も考えたものだね」

「え?」

「結衣によろしく言っておいてくれたまえ。

君がどこまでついてこられるか、楽しみにしているよ」


 唐突な話題に混乱し身を硬くと、高峰は軽くドアの外へと突き放してくる。

閉じられていくドアの先に、不敵に微笑む高峰が見えた。

瞳の奥にくすぶっていた妖しい輝きに、震えが走る。真綿で首を絞められたかの

ような息苦しさに小さくうめくが、全身は硬直したままだった。


(なんなんだ? あいつは)


 なぜ結衣と裕彦のことを知っているのか。

いや、それよりも、どうやって自分が彼らと知り合いであることに

気づいたのだろう。茫然と佇む輔を現実の世界へ引き戻したのは、成美だった。


「ちょっと、栗原君? だいじょうぶなの?」

「あ、いや」

「いったいどうしたのよ。なんか顔色悪いわよ?」

「……へいきだ。少し疲れただけだから」


 輔はじっとりと滲んだ油汗を小さく拭い、成美を見やる。


「悪いけど俺、先に帰るわ」

「うん、わかった。お疲れ様、お大事にね」

「おう」


 振り返らずに挨拶をして、早足でホテルを去る。

「香夢異」にいって結衣に問い質すべきかしばし逡巡した後、

腕時計を確認して携帯をとりだした。

新たにお気に入り登録をしてくださった方、初めて読んでくださった方、そしていつも読んでくださっている方、ここまで読んでくださり本当にありがとうございました。とても嬉しいです。これからも頑張ってまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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