1話「シオン・グレイシスってこんな人」
――魔法暦565年、デュランド王国――
「シオン、お前はこのパーティーにもう必要ない、出ていけ」
「そうだな、君、戦闘で何かしてる?」
「錬金術も役に立たない。荷物持ちとしても心もとない……」
「ごめんなさいねぇ、でももう決定したの」
「……」
「じゃあな、魔力タンク君」
「……あっそ」
喧騒賑わう夜空の下、シオン・グレイシスはパーティーから追放宣言を受け宿を後にした。錬金術師としての実力は役に立たず、有り余る魔力を供給させられ続けるだけの日々。当然の様に用を押し付けられる上、依頼の報酬も全体の一割以下、極めつけは幼馴染であり恋人のアリシアがパーティーリーダーのガイアにしつこく詰め寄り、肉体まで許したというのを他のメンバーから聞いた。
持ってた全てを奪われた。居場所も、魔力も、金銭も……好きな人も。
無一文で街を出る。王都デュランドを出て全てを後悔してきた。好きな人と一緒に冒険者になった事、能力が役に立たずパーティーメンバーの言いなりになった事、好きな人を嫌いな奴に奪われた事。全部自分がハッキリしなかったせいとは言え、全部が嫌になった。
(やり直そう……知らない土地で……)
それは錬金術師シオンなりの決意だった。誰からも必要とされなかったら誰かに必要とされるまで努力しようと。この錬金術を、大量の魔力を。自分のために使おうと……
――魔法暦570年、キャメロディア帝国ミレット領――
石畳で築き上げられたギルド協会の支部は冒険者が酒を飲み交わしたり、次の依頼の作戦会議を開いたりとそれぞれが自由に屯している。
喧騒に囲まれた中、青みがかった髪をし冒険者にしては簡易的な格好をしているシオン・グレイシスが受付嬢と話していた。
「Aランク到達おめでとうございます、シオン様」
「ありがとうございます」
シオンはギルド協会本部の受付にて、Aランクを証明する金色の冒険者カードを受け取る。
紅刃の大地から追放されて四年以上、ありとあらゆる場所へ行きその先で様々な修行をしてきた。そして血が滲む努力の末に、シオンは冒険者としては誰もが夢見る最強格、Aランクに到達した。
Aランクともなると冒険者としては名実ともに最強格として崇められ、一度誰かに知られると一日も経たずに有名人となる。依頼の危険度も跳ね上がるが、更に高い報酬の依頼が受けれる様になる為、冒険者として最終目標がここと言うのも多くは無い。
金色のカードを手に取りこれまでの過酷な道のりを思い返し受付を離れる。あまりにも過酷で挫折まみれの五年間、シオンにとって感無量の極みだった。
感傷に浸りながら歩きだすと、銀髪の女の子の明るい声が飛んでくる。
「師匠ー!ついにAランクですかー!?」
シオンの弟子であり長い武術棒を背中に携えた武闘家であるノアに後ろから勢いよく抱き着かれる。
人がぶつかる強い衝撃をわき腹に受け、痛みと肺から空気が勢いよく抜ける苦しさがシオンを襲う。
「うぐっ!?っあ……ノア、危ないだろ?」
「えへへ、ごめんなさーい」
悪びれもしない無邪気な笑顔でノアが謝る。シオンも愛弟子の可愛さに強く言えずに、可愛さに狼狽え何も言わずに頭を撫でる。
「えへへ……」
蕩けた表情のノアを困った顔で撫で続ける。弟子に強く言えない事がここまでシオンを悩ませるとは自身も思っていなかった。
ふんわりとした仲睦まじい空間の中、シオン達の後ろから困惑した表情で近付いて来る男性がいた。
「仲がいいのは結構だが、少し大丈夫か?」
「あ、デイビスさん、どうも。どうかされたんですか?」
冒険者ギルドキャメロディア帝国支部の支部長にして元冒険者のデイビスが立っていた。褐色の肌に多数の傷、制服の上からでも分かるガタイの良さは語らずとも元Aランク冒険者である事をはっきりと表していた。こちらが話を聞く態勢を整えると合わせる様にかけている眼鏡を直して話始める。
「ギルド協会からの連絡でな……最近、デュランドの方の依頼が片付いて無いらしくてな……お前にとっては面倒この上ないだろうが、引き受けてくれないか?」
デュランド王国。かつてシオンが所属していた冒険者パーティ、紅刃の大地が拠点としていた場所。工芸品や酪農が豊かな上、魔物の侵入を許さない城壁が有名な治安の良い大都市だ。シオンにとって忌々しい思い出があるあの土地は修行と称して四年以上戻っておらず、とてもじゃないが戻る気には一切なれなかった。
「うえぇ……本当に面倒……第一、あそこには優秀な冒険者がいっぱいいるでしょ?特に紅刃の大地とか」
「その事だが……一ヵ月前に、紅刃の大地のパーティー評価がCランクまで落ちたそうだ。その上パーティーは解散寸前らしい」
衝撃の報告を受けて固まり、思わず目を見開いてデイビスを見つめる。
紅刃の大地、リーダーであるガイア・フラクトスを筆頭に、重戦士ジン・トリファス、弓使いレイナ・パーピア、白魔術師のプリマ・アルビア、魔法剣士のアリシア・ルマンダスからなる、かつてシオンが加入していたAランク評価の冒険者パーティーだ。デュランド王国の冒険者パーティの中でもトップクラスの実力を誇っており、特にガイアは赤い刃の双剣を使い敵陣を切り開く圧倒的な遊撃剣士であり実力者のはずだ。そんな優秀パーティーの二段階降格及び解散寸前の報告を聞いて思わず黙り込んでしまう。
「………マジで?」
「マジだ」
デイビスが真面目な顔で即答する。シオンも当然デイビスが仕事で冗談を言う柄では無いと知っているため、話の信憑性がさらに増す。
「……そ、そうなんだ……大変だね」
「他人事かよ……まぁ無理にとは言わん。お前にも色々あるだろうしな……でだ、話は変わるが、新米冒険者の訓練教官をキャメロディアのギルドから一人、出さないといけなかったな……」
デイビスのぼそりと呟いた意図をシオンは理解する。
新米冒険者の訓練教官。言葉通り、登録したての冒険者の卵を育成する指導監督の事だ。腕が立つ冒険者や退役の熟練兵士が務める役割だが、一日九時間以上の勤務に新米冒険者の指導や相談、設備の整理を任される誰もが嫌がる役職だ。
とどのつまり、デイビスはデュランド王国に行かないならそれをさせるぞと脅しをかけてきた。
「待って、なんで今言うの?鬼か?」
「いやぁ、優秀なAランクで暇なやつがいないからなぁ……お前もデュランドに行くらしいしなぁ……」
ちらちらとこちらを見てくるデイビスの眼差しは悪意そのものだった。デュランドに行かなければ訓練教官にするぞ、と言わんばかりの視線。実質的な脅しだった。
「くっそぉ……これがAランクに上がりたての優秀な冒険者に対する仕打ちかぁ……?」
「優秀な冒険者だから任せてるんだよ。駄目なら仕方ないがな……訓練教官として、お前には頑張ってもらうしかないな……」
「やっぱりじゃないか……分かったよ、行くよデュランド……」
全てを諦めて話を承諾する。とてもじゃないが話の落し所が見つからず、承諾以外の道が無さそうに見えたからだ。
落ち込むシオンとは裏腹に、嬉しそうな顔のデイビスとノアがいた。
「……デイビスさんはともかく、なんでノアが嬉しそうなの?」
「だって私、デュランド初めてなんです!お洒落で、芸術的な街と聞いているので、すっごいワクワクします!」
輝きを放つかのような笑みが面倒事の方が多いと悩んでいるシオンを襲う。ここまで無邪気だと流石の師匠も太刀打ちできなかった。
「お前さんの弟子もこう言ってるんだ。頼むよ」
微塵も悪いと思っていない顔のデイビスが手を合わせて懇願する。
「無慈悲すぎる……はぁ……分かりましたよ……馬車代お願いします」
「よぉし、流石Aランク冒険者だ。待ってろ、手配してやるからなぁ」
受けてくれた事を嬉しく思ったのか、意気揚々とデイビスが受付裏に歩いて去っていく。
シオンの心境は落ちていくばかりだったが、一方で不可思議に思う事もある。Aランク冒険者パーティー、紅刃の大地が解散寸前まで追い込まれている事だ。シオンが追い出された時の記憶では少なくともメンバー全員が向上心の塊の様な冒険者で、冒険者業を辞める事や慢心で油断するとは思えなかった。かと言って成績も不備がある訳では無い。シオンがパーティーに入っていた時も、オーガ複数体を蹴散らす姿は正真正銘、嘘偽りない実力があってこそだったからだ。
だからこそ、紅刃の大地の失脚はそれ以上の脅威が襲ったからと予想できる。災害かそれともSランク級の魔物が出たのか、今の段階では予想が付かなかった。
「本当にどうなってんだか……」
心配と不安の混じった嫌な予感がシオンの中で渦巻く。
遠い目をしていたシオンを心配したのかノアが下から覗き込んでくる。
「師匠、やっぱり不安なんですか?大丈夫です、ノアがいますよ!」
自分の師匠に、まして冒険者としてもランクが上の人間に何を生意気な、とも思ったがやはり可愛さに負けノアの頭を撫でまわす。
「そうだね、デュランドに着いたら美味しい物食べようか。あとその前に今晩は僕のAランク昇格祝いでもしますか」
「本当ですか!?やったぁ、わーい!」
はしゃぐ弟子を温かい目で見ていると、書類を持ったデイビスが受付から出てくる。
「待たせたな。書類は二つ、こっちはデュランドのギルドに着いたら渡してくれ。推薦状だ。で、こっちは乗る馬車の御者宛だ。俺の紹介状だから、タダで利用できるだろう。馬車は明日の朝出るから寝坊するなよ?」
二枚の羊皮紙の書類をデイビスから受け取り丸めてバッグに入れる。こんなに無機質で軽い紙が重く煩わしく思うのは人生で初めてだろう。
「はいはい、明日の朝ね。まったくどこまでも人使いが荒いなぁ……」
苦言を言い残してギルドを後にしようとするシオンにデイビスが声をかける。
「そんな事を言いなさんな……なぁシオン、勘付いてると思うが、北の方でもしかしたら何らかの脅威が迫ってるかもしれない……行かせた手前こんな事言うのはあれだが……気を付けろ」
本当にその通りだよ、と言い返したかったが、実際シオンにもデイビスにも不可解な点が多く、気にしている事を突かれ素直に受け取る。
「そうですね、気を付けます」
そのままノアを連れてギルドを後にする。
宿屋に着くと荷物を預け、併設しているのかと言わんばかりにすぐ近くにある酒場「ワンダーライム」にノアと二人で入る。
石畳で作られた酒場の中はすでに冒険者や商人、大工などの仕事終わりの人で溢れ、声が掻き消されるほどの喧騒で賑わっていた。
女の子の店員に案内され、ノアと共に席に着く。メニューは決まっていたので案内してくれた店員にそのまま注文を頼む。
「すいません、ムッコラ牛のステーキを二つ、バゲット二つ、フレッシュサラダ二つ、それとゴールドビールと果物水を一つずつお願いします」
軽装な冒険者な見た目からは予想できない豪快な注文の仕方に面食らいながらも、すぐさま笑顔を取り戻し店員は厨房へと向かう。
本来は祝賀会のはずだったが、ギルドにて余計な事が増えたのもあり全面的に祝う気にはなれなかった。それでも昇格は昇格、何とか切り替えて豪勢にと、ムッコラ牛ステーキを愛弟子の分も含め二つ頼む事にした。
「師匠、いいんですか?私までムッコラ牛を食べても?」
純粋な目をし涎を垂らしたノアから純粋な質問が飛んでくる。
ムッコラ牛はキャメロディアの東にある牧場の街で育てられた肉牛で、赤身が多いが柔らかく、噛めば噛むほど脂が旨味として広がる高級品の一つ。ステーキにすれば100グラムで銀貨十五枚はする為、並の冒険者では手を伸ばすことも厳しい。
「いいんだよ、僕のAランク昇格のお祝いだから。それに一人じゃ寂しいだろ?」
「そうなんですね、意外と乙女っぽいですね!」
純粋な笑顔から放たれる言葉の棘がシオンの心に突き刺さる。抉る気は無くとも徐々に広がる心の痛みがシオンを襲う。
「ノア、師匠にそういう事言うもんじゃないよ?それにいいの、デュランドに行くにあたっての元気を出す為の前祝い的なのだから」
ノアにと言うより自分に言い聞かせる塩梅の方が大きかったが、それでもなお真っ直ぐにノアを見て言い放つ。
「そんなに嫌なんですか?デュランドに行くの」
「嫌だね」
脊髄反射の即答をしてしまう。賑やかな酒場で静寂を感じる程お互いに見合って黙り込む。
「いや、ごめん……嫌なのは本当に嫌なんだ。昔いた、まぁ、わけあってクビにされたパーティーがいる所でね……」
「師匠がクビ……!?こんなに強いのにですか!?」
無垢な顔でノアが驚愕する。修行して強くなったシオンしか知らなければ無理もない話だ。
「まぁ、当時は弱くて役に立って無かったからね……魔力タンクなんて言われて他のメンバーに魔力を渡す役割だったよ?」
当時のシオンはそうだった。魔法剣士でありシオンの元恋人、アリシアが優秀な冒険者として紅刃の大地に誘われた時、パーティー加入条件として相棒であり恋人の錬金術師兼冒険者のシオンも加入してほしいと提示して、半ば無理やり入れてもらった。その後は錬金術師が冒険者に向いて無い無能な事が露呈していき、魔力タンクとして他メンバーに魔力を供給するのが主な仕事になった。
そんなある日、紅刃の大地は未踏のダンジョンにて、魔力を貯蓄でき使用の際には増強する魔石「英霊の藍宝石」を手にしてからは、シオンは御役御免となった。
そこからは干され、追い出されと淡々と物事は進み、今現在に至る。
「そうなんですねぇ……なら、今行ったら仲直り出来るんじゃないですか?師匠、今こんなに強いんですもん!」
「うーん、どうだろうね……?」
Aランクへの昇格が決まってから、そう思ったことはある。しかし、元恋人がいる所に戻るのはあまりにも気まずさが勝ってしまい戻ろうにも戻れない。いくら実力を付けたとしても精神的な苦労の方が多いと思い行く気は微塵も無かった。無かったんだ。
ノアと雑談をしていると湯気の立つ皿を乗せたワゴンを引く店員が来る。
「お待たせしました!ムッコラ牛のステーキに、バゲットとサラダ、こちらがゴールドビールで、こちらが果実水になります!ごゆっくりどうぞー!」
「うわぁ……すごぉい……」
店員が皿を置くや否や、ノアの視線がムッコラ牛に釘付けになり涎を垂らし身を乗り出す。最早我慢の限界なのだろう、ナイフとフォークを手に持ち、足を前後に揺らしていた。
それを制止させ、ノアに果実水のジョッキを持たせる。
「落ち着きなって……じゃあ、Aランク昇格を祝って……」
「「かんぱ―い!」」
小気味良い木製ジョッキのぶつかる音と共に小さな宴が始まる。軽く飲み物を煽ると二人はステーキへと手を伸ばす。ナイフで切る度にジュワっとあふれる肉汁は宝石にも引けを取らない輝きを放っていた。
「わぁ……!いただきまーす!あむっ……………」
「うーん、美味いね。良かったろ、ノア?……ノア?」
ノアがフォークを口にしたまま固まる。どうやら肉の旨味にられて思考が止まってしまった様だ。
「お、おいひぃ……!ふぉんな、ふぉいひいおにふ、はひめへはめまひた!」
ノアがリスの様に頬一杯に肉を詰め込んでいる。ペースが落ちることなくナイフで切ってはフォークで口に運び満面の笑みでステーキを食していく。ここまで嬉しそうに食べてくれると誘った甲斐があり、緩んだ顔で弟子の食事を見てしまう。
「お野菜も食べなよー?」
弟子を見ながらシオンも一口。どう考えても普段の肉とは格の違う脂の旨味に身体が歓喜の身震いをする。ここで苦いながらもすっきりとした金色の発酵酒を含み入れる。肉と酒、二つが交わる満足感は回復魔法ですら味わえない至福の時だった。
「はぁぁぁ……うっま……生きててよかったぁ……」
可愛い愛弟子の食事を見ながら肉を食べ酒を飲む。この時ほどシオンが人の生と言うものに感謝したことは無いだろう。
食事が進むにつれて明日の不安が吹き飛んで行き、シオンの酒が三杯目に突入する。酔いの回った高揚感と愛弟子と食べる高級肉の幸福感で呂律はまだ回るが微かに怪しいと自分で思いながらもノアに追加を進める。
「ノア、おかわりいるぅ?いるならたのんでいいよぉ?」
「ありがとうございます!でもお肉が結構な量だったのでデザートが欲しいです!」
キラキラしている目線を受けて嬉しくなり追加の注文を頼むため店員を呼ぶ。
「そっかぁ!すいませーん!ついかのちゅうもんいいですかぁ?」
多少迷惑そうな表情を押し殺した笑顔の若い女の子の店員が注文を取るために来る。
「はい!えぇっと、そしたら……」
期待に満ちた顔でノアがメニューを見て店員に注文していく。酔った高揚感でノアに注文を任せ、満足行くまで注文させる。
しばらくして注文した品が届き、ノアは至福のデザートタイムに入る。
「お、お待たせしました!チーズケーキとフルーツシロップゼリー、アップルパイになります!」
「いやぁ、けっこうたのんだね……いやほんとうにたのんだねぇ?」
テーブルに次々と酒場のデザートが乗せられていく。空いている食器を片付ける店員の顔が引きつってた気がしたが気にしない事にした。
一方、頼んだ本人であるノアは気にする事なくデザート軍に目を釘付けになっていた。我慢など知らないと言わんばかりにフォークを手に取り、チーズケーキを口に含んで至福の時間を延長していた。
「んふふぅ……おいしぃ……」
可愛い女の子がにやけ面で次々にデザートを平らげていく。師匠もどうかと言われたが、甘いものが得意ではないので全部食べていいと見守る。
「あ、ありがとうございました!お会計が、金貨が一の銀貨が十です」
「はいさ、これと……これで足りる?」
言われた通りの貨幣を金額分取り出し店員の前に置く。それだけのはずなのに店員は面食らった表情をして金額を確認する。恐らく軽装の冒険者がムッコラ牛と言う高級品を頼み、大量のデザートを頼んだため、食い逃げ犯と思われマークされていたのだろう。仕方ないとは言えシオンの中で納得できないモヤモヤした感情が渦巻く。
「ちょ、丁度いただきました!ありがとうございましたー!」
払い終わり店を後にする。外はすでに日が沈み切り、星と月が街に光を届けていた。夜のひんやりとした空気が酔いを少しだけ覚まし、心地よい風に癒される。
夜分でも街の喧騒は止まらず相変わらずだと変な安心感を感じたシオン達はすぐ傍にの宿屋に入り、借りた部屋へと向かう。
部屋は木造りの部屋でカーペットが中心に敷いてあり、それに対称になる様にベッドが二つ置いてある。満腹と酒による酔い、明日の心配からくる心労がシオンをベッドへと導き、腰を下ろす。
ノアも部屋に入るなりベッドに飛び込み、うつ伏せで跳ねた後枕を抱きしめる。
「ふはぁ……師匠、ご馳走様でしたぁ……美味しかったですぅ」
「はいはい、どういたしまして。さて、明日は朝からだし、早めに寝るよ」
「はぁい。んしょっと……」
寝る支度と言いながらノアが起き上がり、身に付けていた衣類を脱ぎ始める。すぐさまインナー姿になり、若い肢体が露わになる。我が愛弟子ながら人前でそこまで恥じらいも無く脱ぐのはいささかどうなのかと思う師匠を尻目に、ノアがベッドに潜り込み大あくびをかます。
「んん~、お腹いっぱいで、もう……眠い……で、すぅ……」
そのままノアとの会話は可愛らしい寝息へと変わり、上のシーツを抱きしめる様に寝ていた。ベッドを椅子にして窓から月夜の空を見上げ、ふと元恋人の事を考える。デュランドで紅刃の大地が衰退したのはいいが、それならそうとアリシアはどうなのだろうか?無事なのか、はたまた死亡したのか?後者なら自分は冒険者として冷静で入れるだろうか?と不安が次から次に酔っているのうに押し寄せてくる。考えても仕方ないと割り切り横になるも、寝付くまで多少時間がかかった夜だった。
「師匠、師匠!朝ですよ朝!起きてくださーい!」
朝日と共に元気な声が頭に響き、無邪気な強度で身体を揺すられる。酒が抜けて気だるげな体を起こして、思い瞼を擦る。
「ん……おはよ……」
「おはようございます!師匠は朝が弱いので、朝ごはんは何処かで買ってから馬車に向かいましょうか?」
師匠を思った優しい提案に眠気を堪えながら無言で頷く。すでに身支度を済ませていたノアに引かれながら顔を洗い身支度をする。弟子に顔を拭いてもらった辺りから、これってお年寄りの介護だよなぁと内心思いつつ、促される様に進めていき宿を後にする。
眠たい気持ちを必死に抑え、ノアに出店のソーセージサンドを買わせて馬車との待合場所まで向かう。
待合場所には二台の馬車が準備されていた。他の乗客は既に乗り込んで待機しており、御者達は馬達の様子を見ている。馬車はそれぞれ同じ種類で、馬二頭に箱馬車と呼ばれるタイプになっており、荷物があっても六人程乗れそうな大きさをしていた。
シオン達が近付くと、顎髭を蓄えた身形の良い御者がこちらに気付いて話しかけてくる。
「よぉ、あんたらがデイビスさんの言ってた客かい?一応証明がてらに冒険者カード見せてくれるかい?」
「はぁい、どうぞぉ……」
ポーチから冒険者カードを取り出して御者に渡す。受け取った御者が手元の羊皮紙と見比べ確認する。
「冒険者、シオン・グレイシスさん……だね?そっちの子は?」
「付添いの弟子です。大丈夫ですか?」
ノアがニコニコの笑顔で大人しくシオンに擦り寄る。弟子かと納得したのか、御者が冒険者カードをシオンに返す。
「いいよ、乗りなさい」
「ありがとうございます」
御者から冒険者カード、ノアからソーセージサンドを受け取り箱馬車のに乗り込む。馬車内にはすでに二人の若い冒険者が座って待機しており、野営道具が席の半分を占めていた。冒険者は恐らく護衛として雇われているのだろうが、何処か緊張している様だった。
「へぇ、護衛依頼かい?精が出るね」
「はい!よろしく、お願いします!」
剣士装備の男冒険者が立ち上がり挨拶をする。遅れて魔術師の女の子も慌てて立ち上がり頭を下げる。角刈りに近い茶髪の男の子は武器である剣も防具である胸当ても安物で、大人しそうながら真面目そうな雰囲気の金髪の女の子も安物のローブに雑に整えられた杖を持っていた。そんな身形からDランク相当で初めての護衛依頼なのは容易に想像でき、Aランクに上がりたてのシオンは二人に対して冒険者として期待を膨らませていた。
「よぉし、全員乗ったので出発しますねぇ!これから二日と半日程のデュランド行です!よろしくお願いいたしますぅ!」
御者の掛け声と共に馬が嘶き、馬車が動き出す。横ではノアが二日も?と驚いた顔をしていたが、敢えて無視を決め込みソーセージサンドを食べることにした。
揺れる箱馬車の中、小窓からは壮大なドレウス山岳が見え、それに並走する形で道を進んでいく。
ノアが買ってきたソーセージサンドを二人で食べながら、シオンは若い冒険者達とまったりした雑談を決め込む。
「君達、冒険者?名前は?」
「俺はマッシュです!剣士してます!」
「私はレイナです。氷魔術師してます」
少し緊張しているのかマッシュは拳を膝の上で握りしめ、レイナは杖を抱きしめる様に強く握っていた。シオンからその姿だけで不安に駆られ、ランクを聞くのを止めておくことにする。
「マッシュ君にレイナちゃんね。同じパーティーでやってるの?」
「はいっす!とは言っても、組んだのは最近っすけどね。向こうの馬車には即席パーティーのヒーラーと槍使いが乗ってます。俺達と同じ新人すけど、頼りになるんすよ!」
マッシュの言葉に期待が微かに不安側に揺れ動く。新人冒険者だけパーティー、つまり実力不足と連携不足から、魔物や盗賊による護衛失敗が頭をよぎってしまった。
「そうかぁ……向こうの馬車は、確か商人が荷運びしてるらしいけど……大丈夫かい?」
意地悪な質問に対して若い二人は顔に不安の顔を浮かべる。
「大丈夫っす!こう見えても俺、ゴブリン退治にも参加した事あるんで!」
重荷を跳ね返すかの様な溌溂とした声でマッシュが答える。参加したなら活躍のほどはと問い詰めたかったが、自信を無くして護衛任務に支障が出れば彼らにとって今後に係わるだろうと思い胸の内に秘める事にした。
「へぇ頼もしいや。なら護衛は君達に全部任せるよ」
「はい、任せてくださいっす!そういや貴方は……」
「僕はシオン。こっちはノアで、お互い冒険者してるよ」
「えぇ、そうなんですか!?ノアさん、は武器を持ってたので分かったっすけど……し、失礼っすけど、ランクは……?」
正直に言うか誤魔化すか、食べ終わったソーセージサンドの入っていた紙の袋を潰しながら考える。正直に言うと頼られてマッシュ達しかし誤魔化す理由も無いかと正直に話す事にした。
「最近Aランクになったよ。で、この子はCランクだね」
ソーセージサンドをゆっくりとリスの様に食べる愛弟子の頭を撫でる。当の本人は照れる事なく我関せずと言わんばかりに咀嚼を繰り返している。相当ソーセージサンドが気に入ってるらしい。
「え、Aランク!?マジっすか!?」
「Aランク……凄いです……そ、その、私達Dランクで至らな所が多いですが……」
マッシュもレイナも驚いた顔で見合わせ、若さから来る羨望で目を光らせる。
レイナに関しては緊張のあまり、声が上ずり拳が白くなる程杖を握りしめる力が強くなる。だからこそ身分は隠した方がいいかと思ったが、言ってしまったものは仕方ないと反省し、シオンは緊張を和らげる様に二人を宥める。
「いいよいいよ、そんなに緊張しないで。僕は余程ヤバくない限り出しゃばらないし、余計な事は言わないから」
若い冒険者二人各々反応を示す。マッシュは少し落ち着いたものの、Aランクが目の前にいると興奮が治まらないでいた。一方でレイナは、恐らくシオンの励ましをAランクからの圧と受け取ってしまったのか、更に萎縮して辛そうな顔をしていた。それを見てシオンは次からは口を開く際にはもっと気を付けておこうと心に決める。
夕日が沈みかけた頃、ドレウス山岳の麓にある山道入り口であるアクロンの宿場町で宿泊する事になった。宿場町には何軒もの宿屋が並んでおり冒険者が多く利用するため、宿屋が客引きの為セールスポイントを大々的にアピールしてたり、商人が商売の為声を張ったりと活気に満ち溢れていた。
馬車に揺られたシオン達も夕食を摂るため、良さそうな食堂に入る。壁に掛けられたメニューを見る。シチューにスープ、ポークソテーにチキングリル、主食となるパンも一通り揃っている。そんな美味しそうなメニューの中、不思議と見ないメニューを見つける。
「うーん、ポテトボールってのが気になるな……」
「何ですかそれ?私も気になります!頼んでみましょうよ!」
「そだね。すいませーん、ポテトボール二つお願いしますー」
注文をお願いすると奥から奥様の勢いのある元気な声で返事か来る。
少しすると厨房から香ばしい油の匂いが漂い始め、油が弾ける音に期待で胸が膨らむ。
「はいよ!ポテトボールね!」
ポテトボールが皿に乗って届く。奥様曰く、潰したジャガイモを挽いた肉と玉ねぎと一緒に混ぜ、握りこぶし無い程に丸めてスパイスの利いた衣を塗して揚げた物らしい。食欲をそそる香しい匂いがシオン達の鼻腔を直撃する。
だが視覚からは想定外の衝撃が襲う。これが普通なのか、またはもてなし精神が凄い店だったのかは知らないが、盛られている量が明らかにおかしい。皿を持てば鉛を持っているのかと勘違いするほど確かな重みが腕に来る。
「……多くない?」
思わず手が縮こまる位には怖じ気付く。その一方で、ノアはすでにポテトボールに手を伸ばしてサクサクと小気味良い音を立て、幸福に満ちた顔でいつも通りのリス顔でモグモグしていた。
「むふふぅ、おいひぃ……」
大満足な顔を見てシオンも意を決してポテトボールの山に挑む。
食べてみればサクサクのスパイシーな衣とジャガイモの素朴な味、挽肉の脂がそれぞれ調和し、想像よりも重くなく次々に食べていく。
「本当だ、これ美味しいね」
「もいひいへふほね?」
「落ち着いて、よく噛んで食べな?」
山盛りのポテトボールを食していくと後ろから護衛の冒険者達の声が聞こえてくる。どうやら何か狼狽えているような焦っている声で、思わず振り返り確認する。
振り向いた先には先ほど馬車で一緒だったマッシュとレイナがいた。すぐ傍には御者二人と別の馬車に乗っていたであろう槍を持った男と白ローブに杖を持った女の子が同じ様に不安そうな顔をしていた。
「そ、それってマジっすか……?」
「本当だ……最近は特に被害が酷くてな……」
四人と話していた初老の憲兵が困った声で項垂れていた。それを見て更に気になったシオンは近寄って話を聞くことにした。
「どうかしたの?」
「あぁ、シオンさん……その……明日から入る山道なんですけど……最近盗賊団がうろついてるらしくて……」
あまり良くない報せだった。若い冒険者四人は事実を反芻する様に俯いて黙り込む。盗賊団に関してはキャメロディア帝国でシオンも聞いていて心当たりがある。
「ジャックス盗賊団の事?」
憲兵深くが頷く。ジャックス盗賊団とは近年ウラノエス大陸で悪事を限りを尽くしている指名手配組織で、金目の物なら冒険者や商人、果ては民からまで奪い取り、人身売買や密輸を行い悪徳貴族と繋がっている良くない噂を山ほど聞く。団員の実力としてはピンキリなのだが、高い統率力と被害を抑える為万が一捕まった団員の見捨てる早さも相まってどの国でも頭を抱える悩みの種になっている。
「そうかぁ……なら、もし出てきたら君達の出番だね。期待してるよ」
若い冒険者四人を励ます様に言いマッシュの肩を叩く。山道で常に見張りをして通行人を襲わせるのは下っ端の仕事だろうからDランクの冒険者でも苦戦は免れないだろうが、負けることは無いだろうと思ったからだ。
そんなシオンの軽い期待とは裏腹に四人は各々不安そうな表情で佇んでいた。特にマッシュは拳を強く握りしめ堪える様にシオンを睨む。
「俺の家族……ジャックス盗賊団の奴らに殺されたんすよ……なんで、すんません、簡単にそう言われると……」
馬車では明るいさが特徴のマッシュの声が震えていた。後ろの面々は事情を知っているのか槍使いの男がマッシュの肩に手を添えて宥めている。
シオンも昼間にちゃんと考えて喋る様反省したはずなのに、今日は本当に余計な事ばかり言うなと心底後悔する。
「あぁ、ごめん……余計な事言って……」
「い、いえ、こっちこそすんません……で、でも、俺頑張ります!敵討ちみたいな無理はしないんで!ぜひ見守っててくださいっす!」
震えそうな声を抑え持ちこたえて、マッシュが普段の明るさに戻る。心配していた若い冒険者達や御者も一安心したのか、皆で夕食を済ませて明日に備える事にした。
麓の宿場町は日が昇っても空気が冷ややかだが、不快感は一切無く気持ちの良い朝を迎えた。そんな心地良さでもシオンは眠気でぼやけた視界のままノアに起こしてもらい朝食を軽く摂った後、馬車に近付く。
馬車周辺には御者が馬の様子を見ており、冒険者達は箱馬車に食材や水を受け取って載せていく。御者がこちらに気付き挨拶を交わす。
「おう、おはようさん。山道は一日かかるし道もあまり良くない。若くても腰をやらない様にな」
「はい……了解でぇす……」
眠気に耐えながらノアの元気な声に導かれ馬車内へと乗り込む。前日に同席してなかった槍使いとヒーラーは本当にAランクなのかと懐疑的な態度をマッシュに取っていた。マッシュも愛想笑いで濁して準備に戻っていく。
三十分ほど時間が経ち、御者が掛け声を上げる。
「それでは準備が出来ました!今からレヴァンス山道に入ります!揺れが酷い所があるためご注意ください!それでは出発致します!」
大声にも反応する事無くシオンは再びノアを抱き枕に眠りにつく。
同席していたマッシュとレイナは呆れつつも山道に入るにあたって覚悟の準備をする。揺れる馬車は静かな混沌を乗せてレヴァンス山道を進んで行った。
次回に続く




