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過去旅

 僕は初めて務めた学校の職員名簿を手に取る。在籍中お世話になった学年主任の宮沢先生に連絡を取る為だ。弥生の転校後も僕に目をかけてくれた。まさに恩師だ。


『トルルルートルルルー』コールが2回鳴る。緊張の時間だ。


『はい。どちら様ですか?』


 間違いなく恩師の声だった。


「お久しぶりです。清興高校時代にお世話になった、斉藤郁也です」


『あぁ。斉藤君か。久しぶりだな。どうした?』


「お伺いしたいことがございまして」


『なんだ?』


「同時、突然転校した水野弥生について教えていただけないでしょうか?」


『.....まだ、忘れないのか』


「結婚を考えている女性がいます。ですが僕の中で弥生のことをハッキリさせないと前に進めないのです」


『郁也何歳になった?』


「36歳です」


『水野君は30か』


「そうですね」


『わかった。今も住んでいるかはわからないが彼女の引っ越し先の住所を教えよう。』


「ありがとうございます」


『どうなっていても、ケジメつけなさい。ストーカーにはなるなよ。今、付き合っている彼女を傷つけないようにな』


 僕は弥生の家の住所を手に入れた。意外と近くだ。宮沢先生の言われる通り、弥生は結婚しているかも知れない。子供もいるかも知れない。独身かも知れない。

 独身だった場所は笑顔で過去を語り合い二度と会わない覚悟で望もう。それが僕のケジメだ。


 検索ソフトに住所を打ち込む。地図が出て来た。よし!『パシン!』頬を叩く。スーツに着替え目的地へ向かう。


 電車に揺られ弥生が住む街に着く。ここからは徒歩だ。閑静な住宅地を歩く。心臓のバクバクが止まらない。一件の家の前にたどり着いた。表札はかかっていない。もう住んでないかも知れない。色々な思いを持ち、チャイムを押す。


「はーい。どちら様?」


 男性の声が聞こえた。間違いか?


「こちらに水野弥生さんと言う方は住んでいるでしょうか?」


「弥生?あんた弥生のなんだ?」


 男性の声が怪訝に聴こえる。弥生の旦那か?まずい?でも僕は彼女に会いに来たのだ。


「高校時代の教え子でして、突然の転校の理由を聞きたく」


「あんた、斉藤先生か?」


「はい!斉藤です!」


 男性は僕のことを知っていた。間違いない。弥生の家だ。


 玄関のドア開く。初老の男性が顔を見せた。


「初めまして。斉藤郁也です」


「弥生の父です。ま、先生、上がって下さい」


「失礼します」


 案内されるまま、弥生の家に入る。居間ではなく仏間に通される。しばし部屋を観察する。うん。仏間だ。仏壇が飾ってある。隣に遺影が飾れていた。

 遺影の人物に心当たりがある。多少老けた感じだか弥生の母親だ。物静かに冷静に冷たい言葉。あの顔は忘れられない。亡くなっていたのか。


「粗茶ですが」


「あ、どうも」


 お茶をすすりながらも視線はどうしても遺影に向いてしまう。


「あぁ。家内ですか。5年前に病魔に倒れました。拝んでやって下さい」


「失礼します」


 弥生の母親が亡くなっていたのは衝撃だったが、会わなくて済むとなるとほっとした。本当に怖かった。蛇に睨まれる蛙のようだった。御冥福をお祈りします。


「ありがとうございます、それで先生。弥生に会いに来たんだろうが会わないで帰ってくれないか?」


「何故です?」


「今アイツ、結婚前提で付き合っている彼氏がいる。この縁談を壊したくない」


 弥生には彼氏がいるようだ。幸せになって欲しいと思う。一目だけでもその姿を確認したかった。


「わかりました。では僕がここに来たことは彼女に言わないて下さい」


「すまない。後少し早く訪ねて来ていれば、俺は先生を推薦したんだかな。アイツも未来を考えたんだろう」


「僕は弥生が無事に暮らせていたら問題ないです」


 多少雑談した後、弥生の家を後にする。


 帰り道で僕は年甲斐もなく泣いた。


 フラれた事実と会いに来るタイミングの遅さ。弥生は僕の来るのを待ち続けていたようだ。なんて間抜けな根性なしだ。

 どう家に帰ったかの記憶がない。いつの間にか自宅にいた。た。そして酒を浴びるように飲んだ。


 唐突にチャイムがなる。何も考えすドアを開ける。そこには僕が求めた弥生が立っていた。思わず抱きつく。


「弥生」


「ち、違います」


「弥生」


「葵です」


「弥生」


「先生落ち合いて」


「弥生」


「あ」


 そこで一度記憶が途絶えた。



 次の瞬間。弥生が一糸纏わぬ姿で立っていた。僕は当然のように彼女に抱きつく。


「先生遅いです」


「ごめん弥生。僕が勇気がなかった」


「先生の赤ちゃん欲しいです」


「ダメだろ。今の彼氏と仲良くしないと」


「入れて」


 僕は弥生を愛した。


「先生の赤ちゃん死んじゃた」


「死んだの?」


「お母さんに殺されちゃった」


「そう」


「だからお母さんのこと殺したの。うふふ」


「うぉぉぉ!」


 朝になっていた。僕はベッドの上で目を覚ます。弥生の姿はない。夢か。怖く悲しい夢だった。


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