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語らずの剣霊使い  作者: 常葉 錆雲
第二章 ノエミリオ諸島編
23/75

次姉再臨

 天地の境界が消えた世界が終わろうとしている。それは朝日に照らされた緩やかな波が煌く印象深い朝であった。

 今日の朝はいつもと少し違うなとソフィは感じつつ、肩まで伸びた栗色の髪に手櫛を入れながら誰もいない砂浜を独り歩いていた。先日ハガンに青紫色の花を編んで作ったブレスレットを手渡したら喜んでくれた。今度は同じ花を使って冠を作ろうと考えた。ハガンはきっと喜んでくれる筈だという淡い想いは少女を日の出間もない時間に繰り出させる。早朝の澄んだ空気を吸い込んで花弁を開いたばかりの花が最も瑞々しく、それが一番美しい。昼の香り豊かな花も悪く無いが、ハガンの魅力を最大限に引き出せるとは思えないと幼心ながら判っていた。

 いつもと少し違うという感覚は、上手く表現出来ないが、これから何か目新しい発見をするかもしれないという前向きな期待が込み上げさせる。常に凛とした涼しさと落ち着きを身に纏うハガンが花で作った冠を頭に載せて喜ぶ稀有な姿を想像しながらソフィは小さな足跡を等間隔に砂浜に残していた。朝の空気は冷えている為か、潮風が肌にべた付く感覚が薄れる。あと少しで青紫色の花が一面に咲き乱れる秘密の場所に辿り着く。逸る気持ちと同調している足を動かしていたソフィは見慣れない光景を目にし、立ち止まった。灰色の鱗に覆われた巨躯が無残にも横たわり、何もかも噛み砕きそうな顎は開いたままであり、鋭利な牙が姿を現している。鱗と同じ灰色の瞳は人間以外の生物特有の純粋さを醸し出しているが、ガラス玉の様に表情を失っていた。大きな蛇が波際に打ち上げられている。幼心のソフィにはその様に見えた。

「大きな蛇ではありません。海龍の亡骸ですよ。」

 聞き覚えの無い声が背後から自問の答えを手繰り寄せる。体を包み込む様に柔らかであり、心を優しく撫でられた様な錯覚を思わせる声に恐怖は生まれなかった。惹かれるがままにソフィは声の主へと顔を向ける。幾多にも重なる畝を成す薄緑の豊かな髪をした神剣霊の姿はソフィに警戒心を覚えさせなかった。

「わぁ、綺麗。もしかして、ハガンが言っていた剣霊さん?しかもお母さんの方?」

 表裏の無い感嘆と素直な問い掛けはミゼレレの表情を柔らかくし、彼女の人差し指を麗しい唇へと導いた。

「驚かせるつもりは無かったのですが。ところで、お母さんとは?」

「とても優しくて偉い剣霊、お母さんみたいな剣霊がノエミリオに来るってハガンが教えてくれたから…。」 

「そう。あなたにとって母親とはその様な存在なのですね。」

 趣のある目尻を僅かに長くさせたミゼレレは手に持つ赤い果実をソフィの前に差し出し、手に取るようにと優しく促した。眠る事の無い彼女は乾いた衣服を身に纏うなり、ユストの朝食用にと木の実と果物の採取に足を伸ばしていた。

「朝早くから歩いて喉が渇いたでしょう?これをお食べなさい。」

「有難う。えっと…。」

は天恵の剣霊ミゼレレと言います。あなたは?」

「ソフィ・ヴァクー。ソフィでいいよ、テンケー?の剣霊さん。」

 天恵とはどういう意味なのだろう、と内心で首を傾げつつ赤い果実を両手で受け取ったソフィはわざとミゼレレの細長い傷の無い指に自らのそれを触れさせた。ミゼレレの瞳に驚愕が走る。ソフィの言葉の端々からハガンを敬愛している様子がうかがえたが、好奇心旺盛なこの少女にハガンは剣霊の何たるかを伝えていなかったのだろうか。

「お母さんじゃないや。やはりミゼレレは剣霊なんだね。お母さんの指って傷だらけでカサカサだけど、すごく温かいんだよ。」

 少し淋しそうな、というよりは何かを受け入れた様な表情を作ったソフィの小さな指先が握る果実の表面よりも深い色に染まり始めた。

「大丈夫、痛くなんてないよ。」

「大丈夫なんて呑気な事を。早く止血しないと血の匂いに魔物が反応します。」

 ミゼレレは肩に掛けたショールの裾に素早く指を動かし、一片の布を切り出した。しかし、血を流す小さな指に彼女が布を巻きつける訳には行かない。剣霊が契約者以外の生物に自らの肌を近付けるのは過ちであった。

「先程から眺めていたが、そなた、自らの名に行動が及んでいないではないか。」

 背後から流れた冷たい響きの声にソフィは体内の血が凍る様な感覚を覚えた。吹く風は慄き、砂浜の上を舐める様に打ち寄せるさざ波も息を潜めている。まさに大自然が動きを止めている。ソフィは出会って間もない剣霊に助けを求める様な視線を投げ掛けた。そこには流れる血に戸惑っていたミゼレレはいない。避けては通れない相手を目下に控えた神剣霊の表情は冷静であり、剣霊の最高位に列する彼女の一片を垣間見たと幼心ながらにソフィは実感していた。

「インファンティラ、何故あなたがここに…?」

 海龍の頭の上に腕を組みながら平然と立つ姿は創造の剣霊インファンティラに他ならない。膝下まで伸びた艶やかな黒い髪に整った白い肌を持ち、彼女を目に留めたありとあらゆる者を魅了する。そして最大の特徴である紫色の瞳は自らと同じ立ち位置にいる剣霊を見つけたと言わんばかりに冷酷に輝いていた。

「大地の意思たるが何処に姿を現そうと勝手であろう、妹よ。」

 冷たい声の主はミゼレレの姉であると語っている。姉と妹でこうも声がもたらす雰囲気が違うのかとソフィは感じ、首を動かして姉を語るその姿を見たい衝動に駆られた。

「そこにおる人間の子供、こちらに向かないのか?ミゼレレの姉であるに些か関心があるのであろう?もそなたの様な純粋無垢な心の持ち主のつらを見たいのだがな。」

「見てはいけない、あの冷たい瞳は心から離れなくなる!」

 間髪入れずに発した、叱咤にも似たミゼレレの声はソフィの好奇心に駆られたふら付く心を直立不動にした。指先から流れ、赤い果実の先端から滴ろうとしている少女の血をミゼレレは薬指で掬い取り、一舐めする。肩に掛けていたショールの結び目を解き、幼い少女の頭に被せた。

「いいですか、ソフィ。このまま振り向かずに東へ走りなさい。五百メートルほどの所にユスト・バレンタインという剣霊の契約者がおります。その者に助けを乞うのです。東がどちらだか判りますか?」

「う、うん、お日様が顔を出す方向だよね?」

「そうです。良い子ですね、ソフィは。」

 ミゼレレの剣霊の証でもある冷たい手がソフィの背中を押した。今置かれている状況が只事ではないのは判る。冷たくも優しさに溢れた手を知ったソフィは己の心情を吐露した言葉に後悔を覚えながら走り出した。

「ほぉ、あの男もおるのか。ならば、この右腕の借りを返す前に肩慣らしをしておかなければならんな。」

 組んでいた腕を崩し、インファンティラの右腕が空を横に斬った。ミゼレレの言葉通りに振り向かずにひたすら東の方角へと走るソフィを目掛けて真空の刃が襲い掛かる。しかし、ソフィの体に触れる手前で真空の刃は二つに裂かれ、砂を穿った。妹が放ったいかずちの直剣が姉の狂猛な真空の刃から少女を守ったのである。

「人間の中でも処女の心臓から流れいずる血は血統に関係無しになかなかの美味と聞く。そなたも一緒にどうだ?」

「インファンティラ、あなたはがその様なものを望むと思っているのですか?」

「まぁ、そなたの場合、処女の血で体を潤すよりも身を清める方が先の様だがな。」

「…何が言いたいのです?」

「男の匂いがするぞ、そなた。」

 ミゼレレが眉間に力を込めると共に新たないかずちの直剣がインファンティラの胸元を目掛けて一条の軌跡を描く。狙いを定められたインファンティラは直剣の軌道を読んでいたかの如く、体を左へ一歩ずらし、いかずちの直剣は勢いそのまま海龍の硬い鱗の奥へと突き刺さった。生命を絶たれていようとも神経に刺激を与えた為か、浅瀬に浸かったままの尾が暴れだし、海面を打った衝撃がおびただしい飛沫を生み出す。降り注ぐ海水から視界を守ろうと片手で顔の前に庇を作るミゼレレの耳元で瞬時に移動したインファンティラが囁いた。

「妹よ、そなたも隅に置けんな。大地が人間をたぶらかした感想はどうだ?」

 ミゼレレの目を見開いたままの表情を愉しんだのか、返す言葉が無い状況を堪能したのか、インファンティラは悠然と短く鼻で笑った。

「そもそもあの男は剣霊となったマナエグナの小娘の契約者であろう?選りに選って剣霊を拒んだ為に遥か昔に滅んだマナエグナの血が流れていた剣霊だ。そなたは今更になってその名残りから生き甲斐まで奪おうというのか?これ以上の皮肉ははもとより、長姉たるサリシオンですら知らんぞ?」

「…契約者を持った事の無いあなたにの何が判るというのです?」

 ミゼレレの手刀がインファンティラの首筋を狙う。だが末妹が次姉には敵わないのが三体の神剣霊に於ける条理である。己の主張を保とうとする苦し紛れの一閃は嘲笑う一本の指で食い止められてしまった。

「契約者を持つとは人間を知るという意味か?その様なもの、神剣霊には必要無かろう。ただ、人間にのみ与えられた心情と体現についてはも興味がある。」

「人間にのみ?」

 眉間に皺を寄せるミゼレレとは対照的にインファンティラの流麗な目尻がほくそ笑んでいる。

「罪という言葉があろう?この言葉は行き場を失った心情に救いの手を差し伸べる。その罪とやらを認めた人間は罰という苦しみを甘受する。これは他の動物には真似の出来ない、いや、必要の無い、人間にのみ当て嵌まる言葉だ。人間の真似事を好む剣であれば、罪と罰とやらをその身に刻むべきだとは思うがな。」

 手刀を受け止めていた一本の指が動き、ミゼレレはよろめいた。地を蹴り、風に踊る長い黒髪と共にインファンティラは再び海龍の亡骸の頭上に足を降ろした。

「見るが良い。手刀とはこの様に使うのだぞ?」

 インファンティラは紫色の瞳を細め、胸の前に白い手を運ぶ。あらゆる事象を受け付けない孤高を物語る四本の指が整然と並んだ。鋭利な刃物を思わせるその姿は何物をも貫くと見る者の思考に植え付ける。ミゼレレの作り出したいかずちを受けた海龍の頭蓋に向けて今度はインファンティラの手刀が繰り出された。堅牢な鱗は抵抗せずに無情の手刀を受け入れる。

「そなた、この海龍を締め上げて窒息死させたようだが、手ぬるい。手ぬる過ぎる。にしてみれば骨と肉の構造を保っていれば蘇生は容易い。降り掛かる難事の源とは尽く粉砕せねば、いつまた襲い掛かるか判らんものだと知れ。」

 引き抜いた手は海龍の血に染まり、インファンティラは顔の前に近けた。滴る血が手首に条を作り、彼女が纏う赤黒いドレスと同化した。凍る様な冷たさを持つ剣霊の舌が冷たい亡骸の血を摂取する。汚れを拭う様に血を舐め取ったインファンティラが幾分満足げな表情を作ると共に海龍の尾が再び動き始めた。

「月が生まれ変わるこの日、そなたとて放てるいかずちもあと二回が限界であろう。それではに意思を操られたこの海龍には勝てん。せいぜい善戦する事だな。」

「インファンティラ、あなたはを倒して何を望むのです?」

「知りたいか、妹よ。そなたが傷付けばサリシオンは重い腰を上げるだろうか?」

 死せる海龍の灰色の瞳がインファンティラのそれと同じく紫に染まり、ミゼレレの姿を捉えている。偉大な海の生物は創造の剣霊に全てを支配されつつあった。

「姉上は…始まりの剣霊である剣霊帝は今ある世の真理を誰よりも深く理解されている方です。その様な姉上の御心がの身に何が起ころうとも揺らぐとは思いません。」

「それはどうであろうな。想像や理想と現実とは必ずも一致しないのが世の常だ。ところでミゼレレ、を昔の様に姉上と呼ばなくなってから、どれだけの年月が流れた?」

「忘れてしまいました。遥か昔の事ですから…。」

「そうか、忘れたか。」

 海龍の強靭な尾がしなる。ミゼレレは防御の姿勢をとったが、堅牢な鱗は彼女の刃を通さない。成す術も無く弾き飛ばされる末妹を海龍の頭上から見下ろす次姉は静かに口を開いた。

「ならば妹よ、そなたが愛してやまない人間の名も忘れさせてやろう。」

 僅かに目を細めたインファンティラの瞳の奥では悲愴と憎悪が折り重なっていたとミゼレレは気付いたのであろうか。

 海龍とはいえ陸での動きも海の中と同じ様に勇ましい。インファンティラに操られた生命の亡者と化している事も手伝ってか、絶大な破壊力を惜しみも無くミゼレレに降り注ぐ。シェス・ロウという正規の契約者の血を摂取していないミゼレレの動きはやがて緩慢になり、最後は無数の歯が並ぶ海龍の口にその身を預けてしまった。

「終わったな。このまま五百年は銜えられたままでおるか?さすれば人間の名など、記憶の彼方へ追いやられるかもしれん。」

 終始腕を組んだままのインファンティラは判り切っていた結果に対し、感情を露にしなかった。凍て付く眼差しは海龍に銜えられた神剣霊の末妹を映し、一方のミゼレレは無上の哀れみを語る瞳に意を決した色を打ち出していた。

「いいえ、まだです。には護るべき者たちが待っています。その者たちの平安を育み導くのがの役目。この身がどのようになろうとも、インファンティラ、あなたの思う様にはさせない!」

「この身がどのように、だと?そなたまさか…。」

 この時、インファンティラに初めて表情というものが生まれたと言っても過言ではなかった。だが、既にミゼレレは不屈の意志を貫き通そうとし、遅きに失していた。インファンティラはミゼレレの魔力を正確に読んでいた。いかずちをあと二回しか放てないのは正解である。だが、それは彼女自身の霊体を保つ魔力を残しての話であった。空に三つの光の点が現れた。互いに寄り添う様に三つの点は重なり、青白い光を放つ一振りの剣を形成する。これまで彼女が放ったいかずちの剣は直剣を模したものであったが、今回は違った。幾多にもうねる刀身はあらゆる感情を秘めたかの如く凄惨な様相を思わせ、何者をしても触れ難い気高さを有している。言わずもがな、ミゼレレは自らの剣体を模した剣を作り上げた。それは魔力全てを注ぎ込んだ、まさに全身全霊の一撃に他ならない。

「シェス…。」

 薄緑色の髪を垂らしたミゼレレは短い言葉を発した後に哀れみの瞳に闇を与えた。最後の一撃が狙いを定め始めた。規則的に奏でるさざ波の音の中に万物を引き裂く轟音が短く響く。ミゼレレの全身全霊の一撃が穿ったのは海龍の頭上に立つインファンティラか、あるいはインファンティラの足元に有る海龍の眉間か。僅かな空虚な時を置いて、海龍の体から肉体の焼ける臭気が辺りを包み込む。ほんの少し前までは強靭であった海龍の顎はあらゆる水分を失った凝固した物質となり、潮風に撫でられただけではらはらとその身を削られ始めた。ミゼレレの剣体を模した剣はミゼレレ本体を貫いた。霊体を保てなくなった彼女は真の姿である剣体へと戻り、そこに狙いを定めていたいかずちは剣という導体を経て海龍の口内にほとばしる力を巡らせたのである。たとえ堅牢な鱗に覆われようとも内部からの衝撃にはひとたまりも無い。偉大なる生物の覇者たる海龍とてその例には漏れなかった。

「やるではないか、が妹。だが、この場で剣体になってしまったら全てが終わりだ。」

 腕を組んだまま静かに語るインファンティラは瓦解する海龍の頭上から大地へと足から先に降りる。剣体となったミゼレレもそのまま宙を舞い、切先が砂浜に突き刺さった。何事も無かったかの様にさざ波は定期的な音を奏でている。持てる魔力の限りを尽くし果たした剣霊の儚げな姿は彼女の墓標を思わせるのに充分であった。腕組を解いたインファンティラの足が墓標へと動き始めた。

「千余年だミゼレレよ、そなたがを姉と呼ばなくなったのは。サリシオンがこの世に舞い降りてから七日後にが降り立ち、それから七ヶ月後にそなたがとサリシオンの前に姿を見せた。諍いの最中に現れたそなたの限りの知らぬ柔らかな眼差しは二人の姉を黙らせた。それから七年後にはを姉上と呼ばなくなった。いかほどの月日が流れようともは今でも鮮明に覚えている。それでもが未だに妹と呼ぶのは何故であろうな。」

 真っ直ぐに伸びるミゼレレの鍔の左側に雀が舞い降りた。雀が羽根を安めると今度はウミネコが右側に安息の地を求めに来た。最後は鷹が鋭い鉤状の爪で柄の末端を掴むように納まった。砂浜の上ではヤドカリや蟹がミゼレレの剣体を囲む様に動いている。

「そなたたち、妹をから守ろうというのか?」

 捕食する者、捕食される者の定義を超越した空間はインファンティラの言葉通りなのであろう。手を伸ばせば柄を掴める距離で立ち止まったインファンティラに鷹が威嚇の声を上げた。ウミネコは羽根をばたつかせ、雀はつぶらな目でインファンティラを見つめている。

「まぁ良い。月が生まれ変わる日に力で捩じ伏せるのは些か後味が悪い。そなたたちの好きにしろ。」

 インファンティラは細い指を砂浜に向けて数回動かすと、潮風に攫われる様に姿を消した。


 ここから動かないように。

 砂浜に指を走らせたと思われるミゼレレの置手紙にはこう記されていた。四ヶ国それぞれ言語が微妙に異なるが、語尾や接尾語の綴りに違いが生じる程度であり、余程の専門的な言葉でなければ解読に苦労を覚える事はない。陽光の恵みで目を覚ましたユストは毛布代わりにしていた自らのコートに袖を通す際にこの置手紙を見つけた。ミゼレレが記したのは北の綴りである。彼女らしく柔らかではあるものの、格調高い凛々しさが滲んでいる文字にユストは目を細めた。

「愚生はシェス・ロウと比べてそれなりに年上なのだが…まるで子供扱いだな。」

 千年を語れる剣霊にとって三十を少し過ぎた程度の人間とは子供同然なのであろう。呆れた様に独り口を動かすのは感情の吐露によるものが半分、残りは唯一声を出せる今日という日を堪能する為に他ならない。確かに今日はいつもとは違う。それは絶大なる信頼を置いた一撃を繰り出す、唯一柄を握る権利を与えてくれた剣霊がいない事実も彼に圧し掛かっていた。常にユストの前に立つ剣霊はあらゆる敵を退けてきた。彼女の緑色の瞳は標的を正確に捉え、度重ねる勝利の前に切れの長い目尻は形を変えなかった。彼女の目尻に表情を与えるのは何気ない会話の中でしか知らない。今頃イルサーシャは何をしているのだろうか、とユストは自らの中で呟いた。彼女の食痕が残る首筋に寝起きでまだ温かい掌を当てながら波打つ海へと目を向ける。一定の間隔で奏でられる潮の音の中に何かがこちらに近寄る足音が混ざり始めた。手にする武器は無い。かがり火はとうに消えている。ユストは片膝を突くとまだくべていなかった流木に手を掛けつつ意識を耳へと集中させた。砂を蹴る速さ、音の重さ、音と音との間隔から判断して恐らく人間であろう。四足よつあしが奏でる速さではない。音が頼りないのは体重が軽いからであり、小刻みなのは女性、しかも年端も行かない者とユストは読んだ。相手が子供であろうと、ユストは気を緩めない。男が女に、大人が子供に倒された例はごまんとある。ノエミリオの住民を知らない彼にとって、どの様な危険が待ち構えているか予測をあてにするのは禁物である。

 足音が次第に大きくなり、やがて息を切らした少女の姿が確認出来た。頭には前日から見慣れた深緑色のショールが掛けられている。一片の織物は流木を掴むユストの腕の筋肉を弛緩させ、向こうもユストの姿を見つけるなり、助かったという安堵を覚えたのか、昂ぶる感情を惜しみもなく吐き出した。

「小父さんがユスト・バレンタイン?」

 まだ一桁の年齢に過ぎない彼女にとってユストは父親と同い年と見られて当然であり、海辺での野宿という慣れない行動の結果が彼を幾分老けさせていたとも言えた。

「いかにも愚生がそうだが、君は?」

 片膝を折ったままのユストは清らかさが手に取る様に判る少女の熱い涙を人差し指の側面で拭った。そのまま横にずらして彼女の横顔を覆う深緑色のショールに二本の指を沿わせる。覚えのある肌触りはミゼレレの物に間違い無かった。

「あたしはソフィ。ミゼレレが冷たい声の女の人からあたしを守ってくれたの。」

「冷たい声の女?」

 この言葉を発すると共に完治し掛けている頬の古傷の奥が疼くのをユストは感じていた。

「ミゼレレの事を妹って呼んでいたよ。ねぇ、剣霊使いは誰にも負けないんでしょ?ミゼレレを助けてあげて!」

 ユストは黙ったまま深緑色のショールに添えていた指を数回動かした。ミゼレレを妹と呼べる権利を持つのは二振りの剣のみである。ソフィの言う冷たい声の女とはまだ見ぬ姉か、それとも数ヶ月前に対峙した姉か。答えは明らかであるが、それ故に直ぐに返事を出来なかった。剣霊使いは誰にも負けないか、と自らの中で反芻する。屈託の無い少女の願いに応えたいが横にいるべき剣霊の姿は無い。第十三条という一時的な契約でミゼレレを巧く使いこなせるのかすら判らない。今のユストは皮肉な事に彼女の言葉通りに丸腰の小父さんに他ならなかった。だが、少女の願いが叶わなくとも失望させてはならないと剣霊使いの存在意義は忘れてはいなかった。

「ここは愚生にまかせてソフィ、君はこのまま家に帰るんだ。」

「家に?」

「あぁ。心配なら無用だよ。」

 立ち上がるユストの視線はソフィが来た方角に向いていなかった。作り笑顔と共に着いていた膝に零れ落ちる砂が頼れる剣霊使いの瞳に映る。力無く何事にも抗わずに身を重力に任せた砂の有様は自らのこれからを示唆しているとユストは思わざるを得なかった。

「おい、幼子を泣かせてどうするつもりだ、ユスト?」

 聞き覚えのある女の声はユストの首を動かした。自信と尊厳に溢れた冷静な声は戦いに臨もうと臨まざるに拘らず、心の底から耳にしたいと渇望していた声である。故に常に目だけで追う彼の首までも動かした。吹く風になびく白銀の長い髪は彼女の不屈の刀身を表し、切れ長の目尻を携えた緑色の瞳は長い年月知る剣霊特有の奥深さを備えている。身に着けている衣服は見慣れぬものであるが、恐らく彼女の横に立つ女性、いや剣霊から借りたのであろうとユストは思った。

「そなたの事だ、そう簡単にはくたばらないとは信じていたのだが、何しろミゼレレが心配なのでな。ハガンとシェス・ロウの勧めもあって早朝から捜索を始めたのだ。」

 ユストが口を開くよりもイルサーシャはこの場にいる理由を誰よりも早く伝えた。腰の後ろに回している両手の先端が不規則な孤を描いている。彼女の後ろにいるシェス・ロウとハガンと思われる剣霊の視線が教えてくれた。

「あ、ハガン!」

 ソフィは掴んでいたユストのコートの前身頃を離し、彼女の中で最も頼れる存在の許へと駆け寄る。本来なら飛びつきたいが、契約者以外の人間が剣霊に触れる事は出来ない。感極まろうとも幼いソフィはそのことわりを忠実に守った。一方のハガンも常に無邪気な笑みを振り撒くソフィが何故この場にいるのか驚いていた。

「何があったのです、ソフィ?順番にお話出来ますか?」

 ハガンの品の良い笑みは嗚咽が止まらないソフィの心に安らぎを与えた。ソフィが泣いていた原因は目の前に立つ男が理由ではないとハガンには判っていた。ソフィの小さな手は迫り来る恐怖から少しでも逃れようと彼のコートを掴んでいた。わざわざ避けたい恐怖の対象に触れようとは誰もしないであろう。

「聞いてハガン、剣霊のお母さんに会ったの。ハガンが言っていた通りにとても優しい剣霊だったよ。」

「剣霊のお母さん…ミゼレレですね?」

「うん、ミゼレレがあたしを逃がしてくれて、ユスト・バレンタインに頼れって…。」

「君、ミゼレレは何処にいるんだい?」

 イルサーシャの横でハガンとソフィの遣り取りを眺めていたシェス・ロウが一歩前へ出た。見開いた目には己の剣霊の安否に気を揉む色が濃く表れている。イルサーシャの白い手がシェス・ロウの小さな肩を擦り、まだ話の途中だと首を横に振る。二人の間で第十三条の効力はまだ持続していた。

「何からソフィを逃がしてくれたのでしょう?」

 とある剣霊の名をソフィの小さな口が語り、ハガンの淡い褐色の瞳に柔らかさが消え去った。趣のある目尻が獲物に狙いを定めんとばかりに細く、鋭利な様相を成していた。

「どうしたの、ハガン?」

が唯一討てなかった敵が、テヴァの体に無数の傷を負わせた憎き敵が目の前に…。あの者は何処にいるのです?!」

「ねぇ、ハガン、どうしたの?とっても怖いよ?」

 親しき少女の声は怒りに身を任せた剣霊には届かない。小刻みに震える小さな指が恐る恐る西を示すとハガンは彼女の言うところの憎き敵を逃さんと放たれた矢の如く走り出した。

「追うぞ。シェス・ロウ、君はソフィと一緒に後から来るんだ。」

 ユストは呆気に取られていたイルサーシャの腰に腕を廻して抱え、ハガンの後を追った。刹那の称号を語るだけに物凄い速度である。たいした栄養を摂っていないと言えばそれまでではあるが、人間の足では全く追いつけない。ハガンの姿が徐々に小さくなり、全く見えなくなった時、朝の冷たい空気の中、多種多様の鳥が砂浜に降り立っている世界が広がり始めた。その数は徐々に増え、走るユストが近寄っても飛び立とうとせずに置物の様に動かない。

「何なのだ、これは?」

 白銀の長い髪が尾となり髪の下に隠れていたピアスを揺らしつつイルサーシャがユストに尋ねる。彼女を取り巻く百年香の爽やかな香りは普段よりも薄れていた。

「知らんよ、ノエミリオ名物ではないのか?」

「そなた、悠長だな。折角喋れるのだからもう少し捻った事でも言えないのか?」

 表情一つ変えずに語るイルサーシャにどちらが相変わらず悠長なものか、とユストは悪態を漏らそうとしたが鼻を突く異臭が彼の言葉を遮った。何かが燃えたというよりは焦げついた臭気である。植物以外の動物が持つ脂質が熱で分解された特有の臭いが混ざっている。砂浜に降りた鳥たちはこの臭いに惹かれたのだろうか。猛禽類はともかく、雀が肉を喰らうとはユストのこれまでの経験上、聞いた事が無い。鳥だけではない。兎や狐の姿も目に映った。そもそも捕食する側とされる側が何の警戒心を抱かずに並ぶものだろうか。この先にあるのは彼らにとって命を投げ打ってまでも魅力に溢れた世界が待っているのか。掴み所のない推理を働かせるよりも肩を落としたハガンの後ろ姿が答えを示していた。

「ハガン、どうした、何か見つけたのか?」

 ユストの前に立ったイルサーシャが唖然と佇む剣霊に声を掛けた。

「どうやらミゼレレが敗れた様子です。」

「まさか、その様な事が…。」

 ハガンが指差した光景はイルサーシャの言葉を遮り、切れの長い目尻に表情を与えた。砂浜に刺さる剣を取り囲む動物たちの姿はあらゆる感情を表現しているかの様な幾重にもうねる刀身を持つ剣に敬意を払い、またこの上ない親しみを以て接している様に見える。近寄るユストに気付いたイルサーシャは彼の胸に両方の掌を当て、さらにその上に額を着けた。

「ユスト、そなたは見てはならん。」

「ミゼレレが敗れたとは、彼女の剣体があるのか?」

 普段よりも落ち着いた口調から流れ出たイルサーシャの言葉はユストの左手を胸元にある彼女の後頭部に伸ばせさせた。お互いに一日ぶりの感触であった。

「そうだ。だから見てはならんのだ。」

「そうか…。」

 剣霊が宿りし剣の実体は易々と目にするべきではないと剣霊使いであるユストは熟知しており、興味の対象として見るべき物では無いとも理解している。イルサーシャの緑色の瞳に映った剣は剣としての役割を失い、その姿はとてつもない悲愴感を漂わせていたのであろう。イルサーシャは己が敗れた時と重ね合わせてしまい、契約者の絶命を描いてしまったと考えたユストは彼女の後頭部に添えた左手をゆっくりと擦る。剣を携える者は何時何処でこの様な状況に陥るかは判らない。心構えで防げるものではない。防げる方法を知る者がいるのであれば頭を地に擦り付けてでも教えて貰いたいほどである。

「シェス・ロウ、こちらへ。あなたの大事なミゼレレを手に取るのです。」

 息を切らしながら駆け寄ったシェス・ロウにハガンがミゼレレの剣体を保護する様にと勧める。彼の後を追うソフィも同じ様に足を動かしたが、ハガンが優しく制した。

「ソフィはここで待っていてください。」

「どうして?あたし、ミゼレレに謝らないといけないの。」

 ハガンにとって使命感に囚われた少女の声は普段聞くよりも力強く、清らかであった。剣霊の華奢な指が少女の横顔に伸び、深緑色のショールに触れる。

「これはミゼレレの物ですね?持ち主に返しましょう。彼女は今、裸なのです。ソフィも裸をやたらと見られるのは嫌でしょう?」

「うん、嫌だよ。それに裸は寒いよ?」

「そう、彼女は身も心も寒空に晒されているのです。このショールで優しく包んであげましょうね。」

 敬愛する剣霊の言葉に疑う事無く頷いたソフィはショールを頭から外す。受け取ったハガンはそのままシェス・ロウに手渡した。吹く風が幼き剣霊使いの頬を撫で、髪を掬い、親しみを込めた声が砂浜に突き刺さる剣の周りを取り巻く動物たちに運ばれる。

「ごめんね、僕と彼女にはまだやるべき事が在るんだ。」

 少年とは言え、人間が近付いても動物たちは逃げない。それほどこの剣に魅力があるのだろうか。柄頭に留まる鷹が声を上げずにシェス・ロウへと顔を向けた。

「ミゼレレ、実のお姉さんと戦ったのは僕たちを守るためだよね?辛く淋しい思いをさせてしまったね。今度は僕がミゼレレを守る番だよ。」

 小さくとも内に秘める確固とした意志を持つシェス・ロウの手が柄を掴む。佇む鳥たちは羽ばたき、蟹やヤドカリは有るべき場所へと移動を始める。自らの柄を掴むべき者を知る剣は静かにその身を委ねた。薄緑色に輝くうねる刀身に砂は付着せずに、陽の光を吸収した鈍い輝きが重厚な威厳を見る者は思い、言葉を失う。だが、神剣霊の意思を宿した剣は鑑賞の為の逸品ではない。ハガンの言葉を借りるならば、今のミゼレレは裸のままなのである。シェス・ロウは持ち主と同じ様に優しい肌触りの深緑色のショールの先端を柄に絡ませ、巻き付ける様に鍔を覆い、切先まで隙間無く包んだ。

「文字…?」

 ミゼレレの剣体が刺さっていた付近にシェス・ロウは関心を示す。彼女の言葉かと目を細めるものの、北の綴りではない。解読出来ない文字の前で膝を折ったシェス・ロウはユストを呼んだ。幼少の彼にとって年上の剣霊使いは博学であり、頼れる存在であった。

「恐らく古代文字だ。愚生も解読出来ないが…。」

 ユストの手招きさながらの視線がイルサーシャを探す。彼女であれば解読可能と踏んだ為である。ユストの意図を汲んだイルサーシャは古代文字を読み上げた。

「『剣に愛されし男よ、西端の神殿へ』とあるが…。これはミゼレレが記したのだろうか?」

「いや、この線の細さと鋭さは恐らくインファンティラによるものだ。愚生はミゼレレの筆跡を先程見たから判る。」

「なるほど。では、そなた、西端の神殿とやらへ行くのか?」

 西端の神殿で恐らく古代文字を記した者は待ち構えているのであろう。インファンティラとの一戦は避けて通れない宿命なのだろうか。ミゼレレが倒せない相手から勝利を得るには気迫や技では到底無理である。技を超えた術の境地が啓けていなければ話にならない。技とは多様の形であり、術とはその多様の形を一つの方向へと推し進めて昇華した姿だとユストは信じている。インファンティラの力の片鱗しか知らない、いや片鱗の域まで達しているのかも判りかねる状況と考えるのが正しい。その様な相手と再び生死を賭した剣戟を交える。戦いとは一か八かで行うものではない。そこに活路を見出せても勝利とは言い難い。運が良かっただけであり、その運を当てにするほど愚かな戦いは避けるべきである。だが、状況と信条とは正論を覆す。剣に愛されし男か、とユストは心の中で口ずさんだ。

「ユスト、の問いを聞いておるのか?」

 顎の先に手袋越しの右の親指を添えたユストをイルサーシャの声が現実へと引き戻させた。あぁ、と短く素っ気の無い返事と共にシェス・ロウが両腕で抱える一振りの剣に視線を移した。

「こうなったのも愚生によるところ大と考えている。仇討ちではないが、この責任は負うべきだろう。イルサーシャ、付き合ってもらうぞ?」

 普段のイルサーシャなら任せろと威勢の良い言葉を発するが、この時ばかりは左の横髪を耳に掛けながら静かに頷いただけであった。彼女とて勝利の保障は出来ない。神剣霊の末妹の哀れな姿は白銀の髪を持つ剣霊に戦いの成れ果てを身を投じて教えた。イルサーシャ自身もこれには同じ剣の意地として報いなければと考えていた。

「今一度テヴァの許に帰りましょうか。お二人は西端の神殿についての知識は乏しいと思われますので。」

 ハガンの言葉が次の行動を導く。海辺の風が彼女の晒された白い項を撫で、数本ある後れ毛を躍らせていた。

「そうだな。寒空の下で長居は子供たちに応える。」

 ユストはシェス・ロウとソフィの肩を軽く叩いた後、両手をコートのポケットに入れて歩き始めた。彼の歩く先に鳥の群れは既にいない。元通りの静かな砂浜である。

「あ、ユスト、より先を歩くな。」

「問題ないよ。幼い子ですら朝から独りで歩けるのがノエミリオの実情だ。」

 瑞々しい赤い果実を実らせた潅木の葉が風に揺らされている。イルサーシャは敢えてユストを追おうとしなかった。

「ねぇ、お兄ちゃん、あたしにもミゼレレを抱かせて?」

 心の底からの願望は少女の小さな手をショールに包まれた剣を抱える腕に伸ばす。シェス・ロウは難色を示す事は無かったが、ためらいの色を出していた。

「剣体が露になっていない上に直接柄を握る訳ではないから渡しても良いのではないのか?」

 イルサーシャもユストの真似をしてシェス・ロウの肩に手を置こうとしたが、途中で止めた。第十三条の効力が切れるか切れないかの瀬戸際と判断した為である。

「うん、判った。君には重いかもしれないけど、大丈夫?」

 平気だよ、と短い返事と共にソフィはミゼレレの剣体を受け取るとハガンに顔を向けた。

「ハガン、ミゼレレにはもう会えないの?」

「剣体が無事であれば問題ありません。少し時間を要しますが、ちゃんとソフィの前に現れますよ。」

 凛とした涼しさを持つハガンの目許が最大限の優しさを保っている。インファンティラの名が出た時の壮絶な眼差しの様相は今や欠片すら残っていない。イルサーシャはインファンティラを知っている。剣としての屈辱を味わわされた。だがハガンは更にその上を行く思いをさせられたのだろう。

「ミゼレレ、さっきは冷たい事を言ってごめんね。ミゼレレの手はどのお母さんよりも力強くて温かかったよ。」

 ミゼレレの剣体に頬を寄せたソフィは純粋な言葉と共に熱い涙を一振りの剣に与えた。深緑色のショールが更に濃い色に染まる。誰もが黙って見守るしか出来ない光景の中、先を歩くユストがポケットの中に入れていた拳を握り締めているのをイルサーシャは白銀の髪の下に納まるピアスをなじりながら気付いていた。新月の日であろうと彼女の従者たちは何かを物語る。だが、今は静かにしている。神剣霊の末妹の有様を真摯に受け止めたのか、それとも何か他の理由が有るのか。

「剣に愛されし男か…。」

 インファンティラが記した古代文字に再び視線を落とした後にイルサーシャは空を仰いだ。鳶が声高らかに鳴き、ミゼレレの剣体の頭上で旋回している。ノエミリオの朝は終わりを告げようとしていた。


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