ヴァリアント、始動
「畜生、くそっ、どうして、どうしてだよアリシアっ!」
コウヤは疾走するガーディアンの背中で泣いていた。
…アリシアは自分を囮にしてコウヤを逃がそうとしたのだ。
そうとする内に見えてきた遺跡。頂点からは全ての原因らしい、虹色の光の筋が真上に向けて放たれている。
「やめろ、やめてくれ。俺はこんな思いをしてまで帰りたい訳じゃない!!」
少年の叫びが遺跡に響いた。
* * *
アリシアを取り巻く状況ははっきり言って劣悪であった。
大群であるゴブリンの攻勢を前に、残るガーディアンは後四体。
かすっただけとは言え、先ほどのトラップには毒が仕掛けられていたのであろう。痺れてぼんやりとする意識の中、ガーディアンへの指示も鈍っていた。
そして意識が飛びかけたその隙に、残りは三体となってしまった。
必死に意識を繋ぎ続けるアリシア。
解毒薬があればすぐに治るものであったが、それがないこの場においてはそれが致命的と言えた。
さらに厄介なのが、この毒が身体の魔力の流れを乱し、魔法を使えなくしてしまう対魔導士用の物であった事である。
こうなってはガーディアンを呼び出して増やすことも出来ない以上、少なくとも脱出は不可能であった。
…そして遂に残り三体も撃破、突破され、ゴブリン達が眼前に迫る中、走馬灯の様にアリシアは今までの出来事を思い返していた。
スラグ捨て場にいたという自分と親切な鉱山主さん。
街と鉱山のやさしいみんな。
そして少年と出会ってからのこれまで。
本当の予定なら遺跡を使って帰るまでに何日かの猶予があった筈で、そこでアリシアは少年に聞きたいことが幾つもあった。
コウヤの故郷はどんな場所で、どんな暮らしをしてるのか。そこはここから行ける場所なのか。
家族や友達は何人で、もしかすると恋人はいるのかとか。
ーー少年は無事だろうか。
身を張って逃がしたコウヤの事を心配しながら、そうして痺れが回り身動きが取れなくなった体を崩そうとした、…その時
「アリシアぁ!」
――コウヤがそこに居た。
* * *
「今必殺のっ、ひのきのぼうアタァック!!!」
乗ってきたガーディアンからの飛び降り際にチェストーっ!!とゴブリンの一体に殴りかかり、殴り倒したその次に、反撃されながらも手近なゴブリンを殴り飛ばし、
――その瞬間、確かに突破口は開いた。
「今だ、ガーディアン!」
「!」
気力を振り絞って、アリシアは最後に残ったガーディアン――引き返したいコウヤにボコボコにされ、泣く泣く主人の命令を振り切って戻ってきた一体――を呼ぶ。
アリシアを抱き抱え、すれ違いざまにコウヤもつかませて、
そして二人はコウヤが切り開いた突破口から脱出した。
横に抱えられ、またこの体勢かよ、と何故か笑顔でコウヤは言った。
「…どうして」
アリシアは掠れた声で。
「よくよく考えなくてもお前を置いていけるわけねーだろっ! …バカ」
そう言われ、嬉しいと共に少し傷つくアリシアである。
「つまりなんだ、友達だって作り足りないだろ? レイチェルさんの料理だって食べたいじゃねえかよ」
そう言われるとそうなのであるが、ぼんやりとした頭では他に行動の選択肢が考えつかなかった。
「だから、俺はお前と一緒に帰る!」
そう言われても、帰るための手段が思い浮かばない。
「…つーことで、今から言った場所に俺たちを向かわせてくれ。頼む!」
そしてコウヤの話を聞き、薄れゆく意識の中、その場所へと最後の気力を振り絞るアリシアだった。
* * *
…遺跡が発見された時、何もない訳ではなかった。
ゴブリンからの逃避行の中コウヤが見つけていたもの。荒廃した状態であったが、それは確かにヴァリアントである。
古代とも言うべき古い遺跡に、不自然に置かれたそれ…百年程前に開発され、当時最強と呼ばれたヴァリアント、<パラディン>。
ツタと苔に覆われすっかり朽ち果てた姿であったが、全く壊れず耐久性の高い黒マギダイトで出来たヴァリアントの特性ゆえ、整備すれば問題なく動かせる、という状態ではあった。
掘り当てた入り口が狭かった為、それが撤去されず残されていたのだ。
その遺跡のほとりに佇むヴァリアントの背中にあるコクピットハッチは、主を待つかのように開いている。
そして走ってくるガーディアン。そのハッチの脇へと着けて中にアリシアとコウヤを放り込むと、それがアリシアの意識の限界だったらしく、煙と共に消えてしまった。
「いってて…、! おい、アリシア!」
呼びかけてみる物の意識はない。ーー毒がかなり回ってきているらしかった。
「早くなんとかしなきゃ…って、レバーも何もないじゃないか!」
何もない、真っ黒でがらんどうなコクピットを見て絶望の声を上げるコウヤ。
成功ならば二人で帰れるとはいえ、これはコウヤにとっても賭けだったのだ。
そしてふと振り返ったハッチの向こうにそれを見て、途端コウヤは焦る。
先ほどのゴブリンだ。ゴブリンがコウヤ達を追いかけてきたのだ。
「えっえーっとハッチを閉めるのってどうするんだ、ーーうわあ!」
焦りながら、強くハッチが閉まるところをイメージしたその瞬間コクピットのハッチが閉まった。
目前で閉まってしまい、集まったゴブリンが抗議の叫び声を上げているらしい。
がんがんと叩く音が聞こえながら、とりあえずコウヤは安堵する。
ーー次はコイツを動かさなくては
そうこうしている内にゴブリン達はどこからか破城槌の様に抱えた丸太を取り出すと、それを背中のコクピットに叩きつけ始めた。
ドンドンと叩く音が聞こえる中、その音にぐったりとしたアリシアがうなされる。
「はやくなんとかしないと…」
焦りを押さえ、冷静に、強く念じる。
ーー動いてくれ!
…その瞬間、エンジンはないらしいが、確かに機体に火が入ったのをコウヤは感じた。
コウヤの身体がシートに拘束され、手足には動きを伝える白銀のアーマースティグマが現れた。
コクピットに外の視界が投影され、機体の表面からツルと苔が剥がれ落ちて、その白い地肌が露わになる。
…〈パラディン〉は復活した。
身体を丸めた膝立ちの姿勢から上体を起こすと、機体に取り付いていたゴブリンがぱらぱらと落ちていった。
そして、ゆっくりと下半身を持ち上げていって…
ーー大地に立った。
「おお…っ」
そのまま、前へ一歩、二歩と歩みを踏み出して…そして転んだ。
「うわああぁっと!! ーーいける、いけるぞ!」
こんな状況であったがコウヤは思わず感動していた。
そして、機体を慎重に立ち上がらせる。
一連の出来事で機体の操縦の感覚はつかめていた。自身の動きに機体が追従するのだ。たとえばコウヤが自身の手の指を動かすと、その通りに機体の指も動く。足を動かせば、その通りに足が動く。
この時点で機体の周りには踏みつぶされまいとパニックになったゴブリンと、それを挟む形で遠くから警戒しているゴブリンの二重に分かれていた。
「うおおおおおおお!」
こうなればゴブリンも怖いものではない。一気に機体を立たせて、そして走り出した。
ゴブリンの群を蹴散らし、そして向かうは出口の前。出口を塞いだマギダイトの大きな柱を蹴りの一閃で吹き飛ばすと、コウヤはヴァリアントが通れる大きさになるまで掘り広げ始めた。
最初は手で掘っていたが、途中から殴るようにして崩す作戦に変更した。
ヴァリアントの腕にはアーマーブレイザーと呼ばれる張り出しが設けられていて、ただ殴るだけでもダメージを与えられる様になっている。
それを知ってか知らずか、コウヤはこの小さな出口を殴り広げていった。
そしてある程度の大きさまで広がったところで、機体を屈めさせて通り抜けることに成功したのである。…が
「…な」
その先にコウヤを坑道で待っていたのは、埋め尽くすように無数に立ち並ぶ巨大なマギダイトの柱、柱、柱…
遙か向こうまで続くその全てを突破しなければ、出口にはたどり着けなかった。
…コウヤは叫びを上げながら立ち向かっていった。
* * *
数分後、幾つかある坑道の入り口の一つから、その手足をマギダイトの粉と欠片まみれにした、一体の〈パラディン〉が姿を現した。
直後、外に避難した鉱夫達が見守る中、大きな地響きとともに鉱山全体が隆起して、背後の入り口からは猛烈な土煙と土砂が吹き出し、そして崩落。
立ち上る土煙の中、立ちすくむ〈パラディン〉の手に握られていたドリルが音を立てて分解した。
途中でこの削岩用のドリルを見つけられなかったら、今頃崩れた坑道の中で生き埋めになっていただろう。
そして〈パラディン〉も地面へ膝立ちに崩れ落ちる。
マギダイトを打ち砕くのに手足を酷使して、コウヤは機体を立たせているだけでもやっとだったのである。
外に避難して鉱山の様子を伺っていた鉱夫たちが、現れた〈パラディン〉に気が付き駆け寄ってくる。
アリシアの助けを求めるため、コウヤは機体のハッチを開いた。