ミックスファイター烏羽
おまけ
停学っていうのは暇だ。
勉強は別に好きじゃないし、家事の時間がたっぷり取れると考えれば良いことの方が多いが、日々の習慣が狂うからかどうにも落ち着かない。
今日だって、昼メシを食った後に家中拭き掃除する予定だったのに、急に面倒くさくなってしまった。代わりに何をするわけでもなく、畳の上で寝転んでスマホを弄る、ズル休みした学生そのものな振る舞いをしている。
「……連絡くらい寄越せよな」
メッセージアプリを開いて、アイツの名前を指でなぞる。
もちろんアイツが連絡にズボラなタイプだというのは分かってるけど、アタシばっかり気にしているのは腹立たしい。今もどうせ赤錆あたりとじゃれあって過ごし、アタシが復学しても昨日会ったみたいな顔で受け入れるのだろう。
ファーストキスまであげたんだから、もっと意識してくれてもいいのに。
「ウググ」
思い出したら急に恥ずかしくなってきた。お父の前であんな大胆なことをしてしまうなんて。女らしさのカケラもないアタシが、あの時ばかりは完全に少女マンガの気分だった。
でも、もしももう一度、ああいう場面を迎えたら。
絶対に同じことをする。
「ホースケ……」
返事のこないスマホをギュッと胸に押し当てる。固い板の上からでも心臓の鼓動が伝わり、内腿の辺りがモゾモゾする。唇にソッと指を這わせると、ピリッと甘い痺れが走り、顔が一気に熱くなった。
「ダメだ」
ダメだダメだ。こんなんじゃダメだ。
ただドキドキしているだけじゃ、他の奴らに置いていかれる。
ホースケへの気持ちを自覚するのに時間がかかったせいで、ただでさえ出遅れているのだ。自分の得意を活かして、少しでも差を縮めないと。
そのためにも今は、特訓のメニューを考えよう。
アタシがホースケを独占できるのは特訓の時間以外ない。その限られた時間の中でホースケを満足させ、尚且つアタシを意識させるには、今一度内容を吟味する必要がある。
しかし、アタシの知識と技術にも限界はある。当たり前だが、女と男で体の造りは違う。ガタイがよくて後ろ姿なら男と間違えられたりもするアタシだけど、股関節の動きだとか筋肉の付き方とかを比べるとやっぱり違う。女のアタシが男のホースケを鍛えるからには、体の違いは抑えておかないといけない。
「つってもなあ」
何から調べるべきなのか、見当もつかん。
男が女のコーチをするのはよくあるけど、逆はぜんぜん見かけない。スマホでポチポチ検索をかけても、あの師弟コンビが初優勝だとか、男性コーチのセクハラ問題だとかばっかりで、目ぼしい指導方法は引っ掛かからない。
であればここは発想を変えて、女と男が戦うときの注意点から調べてみるのはどうだろう。直接的な指導論は書いてないが、体の違いや弱点は分かるはずだ。実際に試合している映像があれば、なおのこと分かりやすい。
寝転んだ体を起こして早速、「女 男 試合」で検索してみる。
「お」
ビンゴ。
それらしい動画がずらりと並ぶ。男が女をボコすだけの悪趣味なサムネが混じっているが、アタシが見たいのは対等に戦っているやつだ。チマチマと検索窓に単語を追加しながら、条件を絞っていく。
そうしてお眼鏡に叶う動画が揃い始めるのと同時に、タイトルに書かれた見覚えのない英語が目についた。
「……mixed wrestling?」
ホースケみたいな細い男と、アタシみたいなデカい女が、水着姿で向き合うサムネ。
何気なくタップしたひとつの動画が、アタシの性を狂わせた。
◇◆◇
「烏羽さん?」
「んおっ」
「大丈夫? ぼーっとしてたけど」
「だ、大丈夫だ。それよりどうだここ。めっちゃイイだろ」
停学が明け、学校の感覚を取り戻してきた頃。
アタシとホースケは特訓のため、レンタルスタジオを訪れていた。
体育館裏の空き地がクソの弁柄のせいで知れ渡ってしまったせいだ。アタシとホースケは健全に修行に取り組んでいるだけなので、周りからとやかく言われる筋合いはないが、人の目があるというのはどうにも落ち着かない。
そんな訳で、お父がたまに稽古で使ってるスタジオを、お金を出し合って借りることにしたのである。
「一面鏡張りって、なんかやらしくない?」
なぜか赤錆も一緒に。
アタシはホースケとマンツーマンでやるつもりだったのに、どこからか予定を聞きつけたコイツは、しれっと混ざっていやがった。桑染サンのことをストーカーだとか弄ってるけど、悪いことと分かったうえで平然と実行する赤錆の方がヤバいと思う。
「マジックミラーになってるとかないわよね」
「そんなわけあるか。鏡があると姿勢の確認に便利なんだよ」
「ふーん。まあいいや。じゃ、あたしは包介と寝技の練習を──」
「ダメだ!!」
思いの外デカい声が出た。赤錆どころか、ホースケまで目を丸くしている。
ダメだ、焦るな。
やましいことをするわけじゃない。ホースケにちょっと、アタシが女であることを意識させるだけだ。
眉間を摘んで動悸を抑え、強張った体の力を順番に落ち着ける。
「お金払ってるから、ちゃんと稽古つけたいんだ」
「……わかった。でも、あっちで見てるから。あんまり危ないことさせないでよ」
赤錆は保護者みたいな口振りで忠告すると、スタジオの端に移動した。ホースケも真剣に受け取ったみたいで、表情がキュッと引き締まる。
……二人とも、アタシの言葉を信じすぎだろ。
いつもは口ごたえばっかりなのに、こういう時だけ素直に聞きやがる。真面目な顔を見ていると罪悪感が湧いてきた。
でも、今更やめるつもりはない。スタジオを借りた時点で引き際は過ぎている。師匠らしい表情を装って、自信たっぷりに腕を組む。
「じゃあ、練習着に着替えるぞ」
「え? そんなの持ってきてないよ」
当然だ。練習着なんて言葉、今初めて伝えた。
ホースケは目に見えて動揺するが、感情を殺して睨みつける。
「昨日言ったろ」
「聞いてないと思うけど」
「ア゛? 師匠に楯突く気か?」
「ご、ごめんなさい」
「ハア。じゃあ仕方ないから、服脱いでパンツになれ」
「……え?」
聞き間違いではない。冷めた視線でそう伝えてやると、ホースケの動揺はますます酷くなる。
「な、なんでパンツにならないといけないんでしょう」
「今日はレスリングの練習をする。そんでレスリングってのは、肌感覚が重要なんだ。力の加減は実際触れ合わないと分かんねえだろ。だから、できるだけ薄着の方が身につきやすい」
「レスリングが薄着なのは、掴む場所を減らすっていう競技的な理由じゃなかった? 実戦を想定するなら服を着ていてもいいんじゃ──」
「ア゛ァ!?」
「ひえっ」
デカい声で威圧して強引に捩じ伏せる。ホースケはちょっと泣きそうになりながら赤錆に助けを求めるが、赤錆はニヤニヤ憎たらく笑うだけで止める素振りはない。
「ほら。早く脱げよ」
「……はい」
味方がいないと悟ったホースケはとうとう観念した。弁柄と戦うときはあんなに凛々しかったのに、今は泣きそうになりながら、おっかなびっくり服を脱いでいる。肩を竦ませ縮こまり、チラチラとアタシの顔色を伺いつつ、ひとつずつシャツのボタンを外していく。
「ヘッ」
かわいい。
情けない表情がとても良い。体裁なんて無視して力一杯抱き潰したくなってくる。
しかし、赤錆の目が絶妙なストッパーになりやがる。赤錆がいなければもっと自由にやれるが、赤錆がいるおかげで一線を越えずに耐えられると考えると、悩ましいところだ。
「……脱いだよ」
赤錆と遠めで見合っているうちにホースケが脱衣を済ませた。顔から首まで真っ赤に染めて、両手で胸を隠している。
「隠すな」
傍観者であるはずの赤錆が、堪らずといった様子で口を出した。包介はビクッと肩を震わせ、おずおずと胸に当てた手を後ろに回す。
桃色のポッチが二つ。
大きすぎず、小さすぎもしない。薄い胸板にポツンと浮いたそれは、先っちょがちょっと尖っていて、生意気に自己主張してやがる。
吸い付いたら、ホースケはどんな声を上げるだろう。
当たり前のように、ホースケが喘ぎ悶える姿を想像する。弱々しく抵抗をするホースケを床に抑え付け、無理やり貪る自分を想像してしまう。やめてやめてと口にするくせに声の調子は甘ったるく、潤んだ瞳の奥では恥ずかしそうに続きをせがむ。アタシが優しく歯をたてると、ビクンと激しく体が跳ねて──
「いや」
ダメだろ。
頬を叩いて正気に戻る。アタシは他の連中みたいにスケベな女じゃない。今日の目的だって、真面目に稽古するのが第一だ。女として意識して欲しい、などというのは二の次で、ホースケをパンイチにさせたのもちょっとしたイタズラ心である。稽古の内容は例の動画に引っ張られて接触の多いものになってしまったが、断じてスケベ目的ではない。
「アタシも着替えるか」
だから、アタシが練習着に水着を選んだのも他意はない。
夏の合宿で見せた使い古しのスクール水着ではなく、桑染さんを参考にした肉体に食い込む黒ビキニを新調したが、あくまでも肌の感覚が伝わりやすくするためだ。ホースケと裸で抱き合いたいとか、そういう意図は一切ない。
「それじゃあ早速はじめるぞ」
アタシが無造作に近寄ると、ホースケは慌てて顔を背けた。
でも、アタシの体をチラチラと覗き見ては段々と前屈みになっていく。本能を理性で抑えようとしているのが丸わかりの表情が最高にかわいい。
「コラ。ちゃんとこっち向け」
ホースケのほっぺを挟んでこっちを向かせる。目の前に胸を突き出すと、鼻息が肌にかかってモゾモゾした温もりが拡がる。
「最初は組み合うとこからやってみるか」
腰の引けているホースケの腕に手をかけ、体を引き寄せる。額同士がぶつかりそうな距離まで接近するが、表情は変えない。真剣に目を見ると、ホースケは顔を真っ赤にしながらも見つめ返してくる。
「ほら、オマエもアタシの二の腕に手ェかけろ……ん。そう、そんな感じ。グッと姿勢落として、うん、これが基本」
二の腕を掴む手のひらが熱い。緊張で滲み出た手汗のおかげで、しっとりと張り付く。密着している分、ホースケの気配をより濃密に感じられて、アタシの胸のモゾモゾも大きくなる。
「それじゃあ次はタックルだ。アタシも初めてだから、ゆっくりやるぞ」
組み方には多少の心得はあるものの、レスリングの経験はアタシもない。万が一にも怪我はさせないよう、動作は区切りながら行う。
片膝がつくくらい体勢を低く。
足元に潜り込んで肩を胴体へ。
前足の脹脛と後ろ足の太腿に腕を回す。
更に一歩踏み込み、胸でグルッと押し切る。
「うわっ」
見様見真似だが上手くいった。ホースケはひっくり返った亀みたいになって床に転がり、パンツを突き破りそうなほど盛り上がった股間が惜しげもなく晒される。
だが、ここは気づいていないフリを徹底する。
真面目なホースケはそういう状態を指摘されるのを一番恥ずかしがるタイプだ。軽い冗談でもショックを受けて、変に距離を取られてしまうかもしれない。
だからこそ、一切の遠慮なくホースケのお腹に腰を下ろす。固くて熱い槍の先がアタシのお尻にぶつかるが、決して反応はしない。両手首を掴んで床に押し付け、体の前面を貼り合わせるみたいに覆い被さる。
「……ん♡」
感触、体温、鼓動。
ホースケのあらゆる情報が快感の波となって打ち寄せる。ギュッと密着度を高めると少し角張った男の子の体がアタシに埋まり、全身でホースケの輪郭を感じられる。
ヤバイ。想像していたよりずっと気持ちいい。
すぐ目の前に、必死にもがくホースケの顔がある。頬を赤く染めながら真剣に抵抗する、大好きな男の顔がある。
だからもう仕方ない。ちょっと気持ちが昂って、偶然キスしてしまっても仕方ない。大体、ホースケにも問題がある。いくら信頼してるからって、ホイホイ服を脱ぐなんて。アタシはスケベな女ではないが、好きな男に誘惑されたら我慢できないのは当然だ。ホースケには、アタシの欲情を受け止める義務がある。
「うああああ!」
稽古が第一、なんて建前を捨てて、感情の赴くままに唇を寄せた瞬間、ホースケが吠えた。グンと腰を押し上げられ、ホースケの上から振り落とされる。
「チィッ!」
色ボケた脳は反射で戦闘回路に切り替わった。即座に跳ね起きて正面に構える。
が、いない。ホースケの姿がない。
足元に不穏な気配。
「下──!」
気づいた頃にはもう遅い。ホースケはアタシの実演よりずっと滑らかな動作で懐に潜り込む。腿に指が触れたと感じた直後、フワリと体が浮いた。
「クッ」
投げられた。あまりに綺麗な肩車にビタンと体が床につく。
すぐさま起き上がろうと力を込めるが、ホースケの対応が早い。足を掴んだ両手がアタシの体を這い上り、簡単にマウントを取られてしまう。上体を起こして無理やり組み着きにいきたいが、さっきの仕返しみたいに手首を押さえつけられて身動きが取れない。
「やった! 今の上手かったよね?」
ホースケは褒められ待ちの無邪気な目でアタシを見下ろす。
仕掛けのタイミングはバッチリで、抑え込むまでの動きも滑らかだった。アタシの油断を差し引いても満点を上げられる動きだ。
でも、素直に認めるのは悔しい。拘束から逃れようと、力任せに身を捩る。
「ウッ♡」
ズニッと重たい快感。
素肌同士の触れ合いによる、心の充足感が伴う気持ち良さとは毛色が違う。もっと直接、大事なところを弄られるみたいな──
「ンアッ♡」
ホースケが座り直した瞬間、また快感が走った。
脳に電気が流れて、余韻がじんわり全身を巡る。毛細血管が破れたみたいな奇妙な温かさが皮膚の下で広がって、首から上が真っ赤に火照る。
なんだこれ。こんな気持ちよさは知らない。
飛びそうな意識をふんじばりながら、震える首を持ち上げる。
ホースケが乗っかているのはアタシの下腹。
女だけにある臓器のちょうど真上に、ホースケのお尻が乗っている。
「グウゥッ♡」
目で見てはっきり理解すると、更に快感の波が強くなった。これ以上乗られ続けたら果てまで飛んでしまうが、腕も足もビンと引き攣って言うことを聞かない。
「へへ、褒めてくれるまで退かないよ」
そんなアタシの様子に気づく素振りはなく、ホースケは笑って体重をかけてくる。垂直に体重を降ろされると快楽の逃げ場がない。気持ちいいのがグルグル回って、勝手に涎が垂れてくる。
それに、夢中になっているホースケは自分の股間の状態を忘れている。熱く滾るソレをピタリとあてがわれ、ここからここまで自分のモノだとマーキングされているみたいだ。男に組み伏せられ雄の象徴を誇示されるなんて、叫びたくなるほど怖いはずなのに、相手がホースケというだけで愛おしくて堪らない。
「どう? まいったする?」
ズリズリと両手首を頭の上に移動させられ、バンザイの形に固定される。完全に無防備になったアタシにトドメをさすように、ホースケが前のめりになってくる。密着した分、股間の槍がグッと押し付けられ、その先端がアタシの──
「──ア゛ァッ♡」
腰の重力が消えた。バチッと強い電気が流れ、一瞬視界が真っ白に染まる。限界まで堪えていたものが股の間からドロリと溢れる。頭から指の先まで血管がドクドク音を立て、金縛りみたいに体は動かないのに、全身が心地良い。
「か、烏羽さん?」
覗き込んでくるホースケの顔がキラキラして見える。今すぐに抱き締めたいが、腕が重くて持ち上がらない。でも、ぼんやり眺めているだけでも、胸のうちが幸せで満たされていく。気持ち良い余韻に包まれながら、世界はアタシとホースケだけになっていく。
「バカね。青褐マッサージ事件で学ばなかった?」
そんな幸福な時間に水を差すように、ニュッと赤錆が顔を出した。視界はぼやけているが、バカにするみたいな薄笑いを浮かべているのはなんとなく分かる。
「包介は天然のテクニシャンなの。舐めてかかると簡単にイかされちゃうわよ。ま、そこで見てなさい。先輩の実力、みせてあげる」
「ええっと、次は赤錆さんが相手してくれるってことでいいのかな」
「そうよ。かかってきなさい」
「わ、わかったよ。それじゃあ烏羽さんはそこで休んでてね」
数分後、アタシの横で這い蹲り、腰を小刻みに痙攣させる赤錆の姿があった。




