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黄砂に咲いた薔薇  作者: 二色サカ
13/21

第三章ー不機嫌なお姫さま・3

餌付けされたわけではない。断じてないが――空腹を感じる頃に不意打ちで与えられた甘味で強張っていた心と体が解れていく。


「~~~~~っ」

それが悔しい。掌の上でいいように転がされているようで。

なんだかんだで与えられた飴を口の中で転がしながらルスティカはアカシアを睨み付けた。本人としては睨んでいるつもりなのだがいかんせん迫力がないうえに――身長差のせいで上目遣いで見上げているようにしか見えないのだ。


アカシアは思わずまじまじとルスティカを見つめて――噴き出した。

「っ、ちょっと!?ひとの顔見て笑うってどういうことなのっ!?」

当然のことながら憤慨するルスティカ。

「すまんすまん。悪気はなかったんだが堪え切れなかった。顔に思ってることが全部出てるなと思ってさ」

「悪気がなければいいというものではないでしょう!」

「わかってる。――すまなかった」

「!わ、……わかれば、いいのよ」

真摯な表情で謝られて図らずも高鳴る鼓動にルスティカは戸惑い、バレないようにわざとツンと澄ました態度を取り、背を向けた。


(……あれ?)

顔が見えなくなったことに安心して心臓を服の上から覆う。

(どうしてこんなにドキドキしてるのかしら。蛮族なのに)


蛮族。その言葉に胸が痛んだ。

幼いころからずっと抱えてきた傷が主張する。


父はルスティカのことを溺愛し、何不自由ない生活を与えた。

なんでも、くれた。


侍女たちは優しかった。幼いルスティカが退屈しないように遊んでくれた。

でも――寂しくなる時があった。


ひとりで冷たい布団で眠る夜。

一緒の布団で寝てくれるひとがいない。

怖い夢を見た時。

頭を撫でてくれるひとがいない。


(母さまがいれば――。マレーナが、いたら……)

何回も想像した。

2人がここにいたらこんなに寂しくなかったんじゃないだろうかと思って、1人で泣いた。

寂しくて。悲しくて。寒くて。


昼間は沢山の侍女たちに囲まれていてそんなことは思わない。ルスティカの部屋は笑いが絶えずいつも賑やかで、美しいものと珍しいものが溢れて華やいでいる。


(静かだからいけないんだわ……きっと)

ルスティカは自分に言い聞かせた。昼間と差がありすぎるのがいけないんだと――。


「……母さまを殺したのはあなた達じゃないみたいだけど。なら、なら……マレーナは?あの子のこと、知ってたでしょう?どうして――誘拐したの」

声が震えないように気を付けながらルスティカは言った。


アカシアはルスティカを真正面から見た。ひたむきな、静かなまなざしだ。

アカシアの榛色の瞳とルスティカの青い瞳が宙で絡まった。視線を先に外したのはアカシアっだった。一度口を開いて……躊躇う様子を見せた。


「なんなの?」

ルスティカの様子に覚悟を決めたアカシアは彼らしくなく、言い淀んだ。


「あの日、女王陛下が殺された日――下手人は女王暗殺だけではなく、マレーナ姫の命も狙っていたんだ」

「――」

言葉を失った。

「なん……」

アカシアがいま何と言ったのか。聞き間違いかと一縷の望みをかけて彼を見たが彼は訂正しなかった。

真剣な表情で唇を真一文字に引き結んでいた。

それが覆しようがない事実かこだとルスティカは悟って呆然とした後、身震いした。寒気を覚えたのだ。


アカシアが言う通り、母どころか妹姫も失った未来を想像して。

(あの時間が、……永遠に続いてた……?)

己の半身に再会することもできなかった可能性を想像して恐ろしかった。

ようやく取り戻した片割れのおかげでルスティカはやっと充足感を手に入れることができた。今までは何を喪っているのか――いや、何が欠けているのかが自覚できていなかった。だから恐ろしいと感じることもなかったのだが。


「……どうにか、マレーナ姫は間に合った。……アルベルティーヌ陛下は、間に合わなかったけど……」


悔恨と懺悔が見え隠れした。光が明滅して、影が乱舞する。

下手人の魔の手がマレーナに及んでいたら。その凶刃に掛かってしまっていたら――


「俺たちが疑われた通り、内通者がいるのは確かだ。でもその時には誰が犯人なのか俺たちはわからなかった。ただマレーナ姫を守るのに必死だった。姫の身の安全を確保するためにマレーナ姫を隠すことにした」

「……それが、マレーナを誘拐した真実だっていうの?」

「――……そうだ」

榛色の瞳がまっすぐにルスティカを見つめた。


「……信じられないわ、そんな話……。証拠が、ないじゃない」

嘘だと切り捨てなかったのはアカシアの目が嘘をついているようには見えなかったからだ。というのも――

(はじめて、まっすぐ見られた……)

ひたむきな眼差し。これほど真摯な目で見つめられたことはルスティカは今までなかったのだ。


「証拠ならある」

「なら、出してみなさいよ」

「見せることはできない」

「ほら、やっぱり嘘なんじゃない……!」

水を得た魚のように喜ぶルスティカをアカシアは冷静に見つめた。


「証拠はマレーナ殿下の記憶の中だからだ」

「……何ですって?」

雲行きが怪しくなり声が再び険しくなった。淡々とアカシアは続けた。


「マレーナ殿下の才を知っているか?」

「……」

沈黙が答えだった。ルスティカは知らなかった。そのことに愕然とした。

(わたし……考えてみればあの子のこと、ほとんど知らないわ……)

血の繋がったただひとりの妹だというのに。自分よりも赤の他人であるアカシアたちの方がマレーナのことを知っている。身体が凍っていく感覚がした。指先一つ動かせない。

俯き、蒼褪めたルスティカをアカシアは一瞥した。


「マレーナ殿下の才は見たもの・聞いたもの全てを記憶すること。――忘れる。ということがないんだ、あの方は」

「忘れることが……ない?」

「そう。――マレーナ殿下はこの世に生れ落ちた日から今までにあったことを全て記憶している。……あの日に起こったことも、その犯人も見て、知っている。覚えているんだ」

「犯人も……?そんなこと、決まってる、お前たちの顔でしょうっ……!」

それ以外有り得ない!ルスティカはアカシアに食って掛かった。それにも関わらず彼の表情は平静だった。


むしろ――

「違う。犯人は、内通者は俺たちじゃない」

「ならいったい誰だって言うのよ!?」

「言わない。――今は」

断言するアカシアの瞳は確固たる意志を湛えていた。炎のような激しいものではなく湖のような静けさがあった。気勢を殺がれてルスティカは二の句が継げなくなった。

肝心なことを隠すなんて都合がいいと詰ることもできた。疚しいことがあるのだと非難して信じないという選択肢もあった。けれどそのどちらもルスティカは取れなかった。


(あの目を見たら、言えないわ)

榛色の瞳はまっすぐにルスティカに向けられていた。真摯な視線は嘘をついていないだろうと思った。

「――」

「腹、減っただろ?飯にしようぜ」

一転して歯を見せてアカシアは笑い、拠点を先導してくれた。


危なげない足取りで大きな背中が揺れるのをルスティカは追いかける。


砂漠の民の拠点は巻貝と呼ばれているが形状は巻貝と逆で中央が窪んですり鉢状になっている、露天掘りで採掘されていた鉱山の跡だ。

螺旋階段のようになっていて、横穴が並んでいる。

部屋の大きさは場所によって違う。外から見た限りだと単純な作りだが室内で繋がっていたりして入り組んでいるためとても案内なしでは動けない。


それに光源は最低限で暗い上に床も壁も掘ったままでゴツゴツしているので気を付けないとすぐ足を取られてしまう。

「ねぇ……暗くない?」

つい心細くなってルスティカはアカシアの背中に声を掛けた。振り向いたアカシアは「ああ」と嘆息した。

「そっか。ルスティカには暗いんだな」

「え?どう考えたって暗いじゃない」

にはってどういう意味だと思ってルスティカは思い至った。

「五感が優れているんだったわね。なら、これくらいで十分なのね」


壁の同じ位置――ルスティカが手を伸ばして丁度届くくらいの高さに窪みがあり、それは等間隔に並んでいた。その中には蛍石が入っているらしく淡い光を齎してくれる。

蛍石の明かりではルスティカの目線までは照らせても足元は心許ない。自分の足でさえはっきり見えないのだ。


「もう少し増やすように言っとく」

「……いいの?」

そっとアカシアを窺った。アカシアが意外そうな顔をしたのがたいへん心外だった。

「だって!あなたたち、眩しく感じるんじゃない?わたしより夜目が効くみたいだし、あなた達みんな身長高いからそれだけ灯りに近いってことでしょ?」

蛮族の男たちは自分を攫いに来た五人しか知らないが全員長身だった。

(寝てて起こされたから灯りはないし、ハッキリ見えたわけじゃないけど……みんなアカシアと背が変わらなかったと思うのよね)


そこでハタと気付いた。

自分の格好を見下ろして――

「きゃああっ」

思わず自らを抱き締めて叫ぶ。

「ど、どうした?」

「わたし、寝間着のまんまじゃないっ!それにそれに、顔も洗ってないっ!」

座り込んだルスティカは羞恥から涙目でアカシアを睨みつけた。

ポカンと口を開けるアカシアに「もう最低!」とルスティカが詰る。

(なんで失念してたのかしらわたしっ。はしたない!)

一度にいろんなことが起こりすぎた。昨日から怒涛の展開で頭がついていかないのだ。

恥ずかしさから掌に赤面する顔をうずめた。


「ルスティカ……?」

近くで声がした。跪いて同じ高さになっているのだろう。けどルスティカは絶対顔を上げるまいと心に決めていた。アカシアに怒っている気持ちは三割ほどであとは迂闊な自分を呪いたい気持ちの方が強かった。

(身嗜みを怠るなんて、恥だわ……!)

17年間生きてきてこんな失態ははじめてだった。


「とりあえず、立って歩こう」

「いやよ!これ以上醜態を晒したくないのっ」

掌に顔を埋めているのでくぐもった声で叫んだ。アカシアは途方に暮れた。どうやって説得したものかと。

ルスティカの要求が不当なものではないことくらいアカシアにもわかる。王族が面子や体裁を気にするのは致し方ないことだ。ましてルスティカはうら若き乙女なのだ。その心情を慮って然るべきだったのにアカシアが無頓着だったために生じた事態に責任を罪悪感を覚えていたのだ。


アカシアは頭の回転は鈍くないが弁が立つ方ではない。そういった役割は専らナジブが引き受けてくれていた。

が、ここにナジブはいない。いたとしても悪化しただろう。かと言ってずっとルスティカを座り込ませているわけにもいかない。

アカシアは説得を諦めることにした。決断力の早さに定評があるのがアカシアだった。


「ちょっと我慢しろよ」

「え?」

随分近くでアカシアの声が聞こえたと思った時にはもう遅かった。数秒後にはもう、彼の逞しい腕が回っていた。

「ちょ、ちょっと?」

アカシアの温もりと香りに包まれてルスティカはどぎまぎした。

(何をしようっていうの!?)

問う暇はなかった。体が宙に浮いたからだ。


「っ、きゃあああっ!?」

(なになになにっ!?)

がっしりとした腕に抱え込まれているため不安定ではないが――

(……熱い)

寝間着は生地が薄い。衣越しに熱がじんわりと沁み込んでくる。腕も出ていて――素肌で触れ合い、伝わってくる熱はあったかい、ではなく熱くて固い。

「な、なんなの、これっ?」

とりあえず顔から手は外したものの胸の前で合わせてルスティカは尋ねた。


「お姫さま抱っこってヤツだな」

真顔でアカシアは頷いた。

「名前を聞いたんじゃないわよ!なんで、こんな――」


(兄さまともこんなに近づいたことないのに……!)

婚約者の従兄のアシュガルとさえ、こんなに近くで接触したことはなくてルスティカはドギマギしてしまう。異性がこんなに身近にいることはなかったのだ。


(だって、……息がかかって、くすぐったい)

そんな距離なのだ。

だから、だ。こんなにも心臓が反応するのは。


「だって見られたくないんだろ?こうすれば俺も、他の奴からも見られない」

「――」

ただ前を見ながらアカシアは言った。

歩くと振動で揺れるが恐ろしいほどではなかった。アカシアがしっかり抱えてくれているからだ。ルスティカはアカシアに触れていないのにこの安定感。大した膂力なのだろう。


精悍な顔つきを見ながらルスティカは思った。

(聞き入れてくれたんだ……。大したことないって捨て置かれるかと思ったのに)

むしろあのまま去ってくれないかとすら思っていたのに、アカシアはルスティカを見捨てなかった。どころか最大限、叶えてくれた。


(まあね、方法はちょっとどうかと思いますけれど……!)

うら若き乙女を断りもなく抱えるのはどうだろう。婚約者でもない異性で、まして自分は王女なのだ。本来なら許されることではない。

思い切りが良すぎるにも程がある。


(まあでも……許してあげるわ)

心の中でそっと言ってアカシアを見上げた。

(わたしのこと考えてくれたわけだし。でも……今回だけよ)

抱えられるのが思いの外、心地よかったのだとルスティカは言い訳した。










実在する蛍石は紫外線を当てると蛍光し、加熱すると発光します。この世界では加熱したりしなくても常用の灯りにできるものが産出されているってことで。


後半、あんまり不機嫌じゃなかったですね。

ちょっとだけ糖度が上がってよかったです。

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