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黒衣の男爵夫人は、最愛を想いながら今夜も手帳を開く  作者: 櫻井金貨


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第35話(最終話) 純白の舞踏会

「シンプソン夫人! ご機嫌いかが? これ……お渡ししようと思って」


 そう言いながらノール王国王宮の回廊に現れたのは、シグリッド王太子妃だった。


 回廊の両側には彫刻の施された壁や列柱が並び、天井にはクリスタルガラスのシャンデリアがきらめく王宮。

 しかしシグリッドの華やかさには敵わない。


 王太子妃はブロンズ色の総刺繍が施された、重厚で豪奢なデイドレスをまとって登場した。


 国王であるジグムンドの妃は亡くなっており、事実上ノール王国で最高位の女性の登場に、居合わせた貴族達はいっせいに礼を取った。


 アイリスも黒のドレスの裾を優雅にさばき、美しいカーテシーでシグリッドを迎える。


「あら、楽にしてちょうだい。皆さんもね」


 そう言って微笑むシグリッドは、まるで太陽のような明るい金髪の持ち主だった。

 国王であるジグムンドとその息子であるトール王太子が銀髪なので、その色合いからも文字どおり「王家に光をもたらした」と評される貴婦人だ。


 美しく気さくなシグリッドだったが、最近は少し顔がふっくらして、ドレスのシルエットも心もち余裕がある——待望の第一子を妊娠中なのだ。


「王太子妃殿下にご挨拶を申し上げます。ご機嫌はいかがでございますか?」


 アイリスの言葉にシグリッドは微笑むと、そっとお腹に手をやった。


「だいぶ楽になってきたのよ。それでね、舞踏会を開こうと思って」


 目を瞬いたアイリスに、シグリッドは「ふふ。我が国の伝統なんですのよ」と微笑んだ。


「元気な子が生まれるように、皆でお祝いするのです」


 シグリッドのそばに控えていた女官が、白の封筒をそっとアイリスに差し出す。

 つ、とアイリスに体を寄せてシグリッドはささやいた。


「パートナーは心配しないで。当日、迎えに行かせますから」



 頃は秋の終わり。

 宮廷恋愛小説が大好きなシグリッドは、すっかりアイリスの書く物語のファンになっており、シンプソン夫人のパトロンとして、公私ともにアイリスと仲良くなっていたのだった。



***



「奥様、大変でございます! お荷物が王宮から届きました」


 それから数日後。

 ノール王国下町にあるシンプソン男爵邸で、侍女のセイラが珍しく声を上げた。


「王宮から?」


 アイリスは二階にある書斎から、いそいそと階下に降りてきた。


 執事のトマスが、かなり大きな箱を居間に運び込んでいる。


「……ドレスの箱に見えるけれど」

「さようでございますね。それに、奥様。こちらも——」


 トマスがさらに大小さまざまな箱を持ってくる。


 アイリスはドレスの箱に留められていたカードを手に取る。


「……ジグムンド陛下からだわ」


 アイリス、セイラ、トマスの三人は思わず顔を見合わせた——。



***



 そして舞踏会の夜。


 シンプソン男爵邸に、純白の馬車が止まった。


 中から降りたのは、純白の騎士服に純白のマントを羽織った、長い純白の髪の男性。


 腰に差している礼装用の剣も、純白。

 全身白で揃えた騎士は、胸に手を当て、優雅に腰を折った。

 銀の細い腕輪がきらりと光る。


「お迎えに上がりました」


 そう告げたのは、懐かしい声で。

 アイリスは思わず両手で口もとを覆ってしまう。


「……!! 大丈夫、なの?」


 ユーグはそっと笑った。


「この姿で、俺だとわかる人間がどれほどいる?」

「……!!」


 たしかに。

 全身純白の騎士である。

 しかも、長い白の髪は後ろでまとめて、ひらりと白のリボンまでつけている。


 茶の短髪がトレードマークのユーグだ。

 リボンなぞ付けるはずがない。

 この姿で、誰がユーグ・シンプソンだと思うだろう。


「姫君。俺は今夜、あなただけの騎士だ。さ、お手を」




 ドレスコードは、白。


 それが、シグリッド王太子妃からの招待状に書かれていたものだった。


 ノール王宮のバンケットホールが会場となる舞踏会には、王国中の貴族が招かれていた。


 白の花。

 白のリボン。

 白のカーペット。

 白の家具。


 会場の装飾から用意されている軽食、菓子、飲み物まで、すべては白で統一されていた。


 白をテーマに飾り付けられた会場に、白をまとった紳士と貴婦人が次々と入場する。


 王太子妃の懐妊を受けて開かれた舞踏会。

 近い将来生まれる赤子を祝福して、誰もが笑顔だ。


 その時、会場がざわめいた。


「まあ、ご覧になって。なんてお美しいのでしょう……!!」


 人々の目を釘付けにしたのは、一組のカップルだった。


 まるで雪のような純白の長い髪を背中に流し、純白の毛皮と真珠とダイヤモンドに飾られ、スカート部分がたっぷりと左右に張り出した、華やかなローデール風ドレスをまとった貴婦人と、彼女の腕を取ってゆったりと足を進める美丈夫。


 長い白の髪をした、純白の騎士の姿に、ご婦人達はうっとりと見惚れた。


「まるで物語の一幕のようですわ。ご覧になって。騎士の唯一の色は、まるでエメラルドのような緑の瞳。貴婦人の唯一の色は、紫色の瞳ですわよ? あれ、きっと魔法で色を変えているのではないかしら……」


「まるで夢のような、お美しさですわね」


「いったい、どなたなのかしら」


 人々がさざめく中、貴婦人と騎士は、堂々とダンスフロアの中央に進み出た。


 ほっそりとした、しなやかな貴婦人の指先に、騎士はうやうやしく口づける。


 騎士が貴婦人の手を取り、腰を引き寄せて、二人はダンスを始めた。


 それはまるで、北の湖に降り立つ二羽の白鳥のようで。


 つないだ手を離すことなく、優雅に踊り続ける二人の姿に、人々は見惚れた。


「まるで……冬の女神が舞い降りたかのようね」


 貴婦人はくるり、くるり、と優雅に円を描き、白の長い髪がふわりと揺れる。


 一曲、二曲、三曲と続けて踊った二人は、微笑みながらダンスフロアから離れる。


 その間、二人の視線は絡み合ったままで、まるで離れ離れになった恋人達が、束の間の逢瀬を楽しんでいるかのよう。


 一瞬一瞬を無駄にしない、そんな決意が表れているようにも見えた。



「シャンパンを」

「ありがとう」


 ダンスフロアから離れたアイリスとユーグは、広々としたホールの片隅に落ち着いた。

 二人は白く泡立つシャンパンのグラスを手にしていた。


 窓のすぐ近くで、澄み渡った夜空と樹影がよく見える。


「こんなに本格的に踊ったのは、久しぶりね?」


 アイリスの言葉に、ユーグは微笑む。


「きみのダンスの腕は、昔とちっとも変わらない。それに、ローデール風のドレスがよく似合う。……懐かしいよ」


「あなたのダンスも、変わらず素敵よ。あなたがわたくしの最高のパートナー」


 そうしてユーグがアイリスを抱き寄せた時だった。

 バンケットホールに、人々の声が響いた。


「見て! 雪よ! 初雪だわ」


 雪、の一声に、人々はわっと歓声を上げて、窓辺に集まってくる。


 果たして、窓の外には夜目にもはっきりと見える、ふわふわと天から落ちてくる白い雪がきらめいていた。


「冬の始まりよ」

「今年も冬の女神が来てくれたな」


「素晴らしい吉兆だ」

「冬の始まりに乾杯」


「乾杯」

「乾杯」


 自然に、人々がグラスを合わせる音が次々に重なる。


 アイリスとユーグも、見つめ合った。


「「乾杯」」


 二人は声を揃えた。

 そっとシャンパンを口にする。


「ねえ、ユーグ。何時まで一緒にいられるの?」

「……明け方まで」


「そう」


 アイリスはその答えを知っていた。

 二人の間で、何度も交わされた会話だから。

 それでも、聞いてみずにはいられなかったのだ。


「それなら、そろそろ屋敷に戻りましょう?」


 アイリスとユーグは手をつないで、バンケットホールから回廊を抜け、王宮の外に出ると、雪が降り続く馬車寄せを歩いた。


 雪は降り続く。


 次第に雪化粧を施されていく北の国、ノール王国王宮。


 白一色の装いに身を包んだ二人は無言で歩いた。


 雪がずっと降り続けばいい。

 朝が来なければいい。


 そんな愛妻の想いに気がついたのか。


 ユーグはふと足を止めた。


「きっとまた一緒に暮らせる時は来る」


 ユーグはアイリスの肩に手を置いていった。


「忘れるな。俺はおまえだけの騎士だ。どんな時でも、俺はおまえを守り続ける」


「…………!!」


 アイリスはまるで白鳥が羽ばたくように両腕を広げ、ユーグに抱きついた。


 どちらからともなく、顔を寄せ合い、くちびるをそっと押し付け合う。


「知っているわ」


 アイリスは微笑んだ。


「そして、わたくしはあなただけのもの。どんな時でも、あなたを想っているの」




 まるでお伽噺のような純白の馬車は、雪が降り続ける王都の町へと消えていった。


 王宮のバンケットホールでは、舞踏会は最高の盛り上がりを見せていた。

 国王ジグムンド、王太子トール、王太子妃シグリッド、第二王子ジークフリート。

 華やかな国王一家の入場に、人々は盛大な拍手を贈った。


 その頃、馬車の中では、愛し合う二人がそっと体を寄せ合って、窓から見える雪化粧された町並みを静かに見つめていた——。



 一緒に暮らせる未来を、信じながら。



♡♡♡ハッピーエンド♡♡♡


完結です!

苦しい時間も長かったヒロインのために、最後は明るく、白をテーマに一話書きました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

応援いただき、心から感謝です♡

いつか、アイリスとユーグの新しい物語を皆様にお届けできますように……


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