第十三章「実況VS陰謀」
ラーゼン結社の動きが、急速に活発になった。
誘拐未遂から二週間が経ち、クロード卿率いる騎士団の調査が進む中で、組織の全容が少しずつ明らかになっていった。
構成員は王国内だけで三十名以上。
資金源は複数の貴族家からの迂回献金。
そして首謀者は——王都に潜伏している、と。
「首謀者の名前は、ドラクス・ハイン。元王宮魔術師です」
クロード卿が、父の書斎で報告した。
私とクロード卿、父、そして騎士団の副団長セバスチャン・ルードが集まっていた。
「元王宮魔術師、とは」
「七年前に研究倫理違反で追放された人物です。古代能力の研究に没頭するあまり、人体実験に近いことをしていたと記録にあります」
「……それが今、わたくしを狙っていると」
「あなたの実況スキルは、古代では最高位の能力とされていた。その研究者が興味を持たないはずがない」
父が静かに言った。
私は少し黙った。
恐ろしい、という感覚はあった。
でもそれより、どこか——落ち着いていた。
以前の自分なら、もっと怯えていたと思う。
でも今は、隣にクロード卿がいて、父がいて、騎士団がいる。
そのことが、確かな重さで胸の中にあった。
「作戦はありますか」
私が聞くと、クロード卿が地図を広げた。
「ハインが潜伏していると思われる場所が、三ヶ所に絞られています。一ヶ所ずつ当たっていきます。ローゼン嬢には——」
「同行させてください」
クロード卿が私を見た。
「危険です」
「わかっています。でも、わたくしの実況が役に立てることがあるかもしれません」
「それは——」
「軍議の時も、そうでしたわ」
彼は少し間を置いた。
副団長のルードが、クロード卿を見た。
父も、黙って私を見た。
クロード卿が、短く息を吐いた。
「……私のそばを離れないこと。指示に従うこと。この二点を守ると約束できますか」
「約束します」
「わかりました」
副団長が、小さくため息をついた。
その顔に「団長がこうなるとは」という色が浮かんでいたが、私は見なかったことにした。
◆
三日後の夜明け前、私たちは動いた。
最初の二ヶ所は空振りだった。
痕跡はあったが、直前に移動した様子だった。
三ヶ所目——王都外縁の廃倉庫地帯へ向かう道すがら、実況が流れた。
『おっと前方、廃倉庫群の配置が思ったより複雑です! 東側の三棟は繋がっていて、地下通路で繋がっている可能性があります! さらに北側の外れ、一番古い石造りの倉庫——あそこに複数の人の気配があります! 煙突から僅かに煙も出ています!』
クロード卿が即座に手信号を出した。
後ろに続く騎士たちが動きを変えた。
「地下通路がある可能性を頭に入れて進む。ルード、東側を抑えろ」
「了解」
ルード副団長が部下を連れて分かれた。
私はクロード卿の隣で、息を潜めた。
夜明け前の空気は冷たく、霧が低く漂っていた。
廃倉庫が近づくにつれ、実況が続いた。
『北の倉庫、入口付近に二名。武装しています。右側の人物、弓を持っています。左側は剣。ただし左の人物、足元が落ち着かない様子です。緊張しているか、あるいは——何かを聞いているか』
クロード卿が私の腕に手を当て、止まれの合図をした。
「左の人物が内部と連絡している可能性があります」
私がそっと伝えると、彼はうなずいた。
「正面から行かずに、西側から回ります」
部隊が静かに動いた。
西側に回り込む途中——
『おっとここで地面、足元が少し沈んでいます! この一帯、地下空洞がある可能性! 踏み抜き注意です! さらに、西側の壁の陰に——伏兵が三名います! じっと動かずにいます! 気づかれていないと思っているようですが!』
「はい伏兵位置バレてまーす!」
実況の声が夜明け前の廃倉庫街に響いた。
伏兵が、ばっと立ち上がった。
クロード卿の部下たちが即座に動いた。
戦闘が始まった。
私はクロード卿の後ろに下がりながら、実況の声に耳を傾け続けた。
『倉庫内部、騒がしくなっています! 奥から四名が出てこようとしています! 右の扉から来ます! あ——首謀者のハインと思われる人物、今内部の別ルートで移動し始めました! 地下通路を使おうとしています! 北東の床下、入口があります!』
「ヴァルナー卿! 地下通路の入口が北東の床下にあります! ハインが逃げようとしています!」
クロード卿が振り返った。
「場所がわかりますか」
「今の実況によれば、北東の角——おそらく古い井戸の跡の近くです」
彼は一瞬考えてから、ルードへ伝令を飛ばした。
◆
結果から言えば、ドラクス・ハインは逃げ切れなかった。
北東の地下通路の出口を、先回りしたルード副団長の部隊が押さえていた。
実況が教えた場所から、地下通路の先を逆算して動いた結果だった。
ハインが地上に出てきた瞬間、騎士たちに囲まれた。
彼は一瞬、抵抗しようとした。
魔術師らしく、手に光が集まり始めた。
その時、実況が静かに告げた。
『ドラクス・ハイン、詠唱を試みようとしています。ただし、長時間の潜伏で体力が落ちています。完成する前に——止められます』
クロード卿が一歩前に出た。
剣を構えた。
ハインの詠唱が止まった。
剣の切先が首元に向いていたからではない。
クロード卿の目を見たからだ、と私には見えた。
あの目は、退けない。
私も、最初にあの目を見た時、そう思った。
ハインが両手を上げた。
◆
拘束が完了した後、夜明けの光が廃倉庫街に差し込んできた。
東の空が、じんわりと橙色に染まっていた。
クロード卿が私のそばに来た。
「怪我はありませんか」
「ありません。……終わりましたね」
「ハインの身柄は確保しました。背後関係の調査はこれからですが、主な脅威は除かれました」
「そうですか」
私は廃倉庫の壁にもたれながら、夜明けの空を見た。
「わたくしの実況が、役に立ちましたか」
「今日の作戦、あなたの実況なしでは成立しませんでした」
きっぱりと言った。
クロード卿の「きっぱり」は、いつも本心だとわかってきていた。
「伏兵の位置、地下通路、ハインの逃走ルート。すべて実況が先に教えてくれた。作戦を組み替える時間を、もらえた」
「……役に立てて、よかったです」
「役に立てた、どころではありません」
彼は私の隣に立ち、同じように空を見た。
ルード副団長が少し離れた場所から、こちらをちらりと見た。
それから素知らぬ顔で別の方向を向いた。
副団長も、察しがいい人だった。
『おっとここで夜明けの廃倉庫街、二人並んで朝焼けを見るという、謎の絵になる場面が生まれました! 周囲の騎士団員も気を遣って距離を置いています! チームワークが光ります!』
「チームワークの使い方が違いますわ……」
私が呟くと、クロード卿がわずかに笑った。
朝の光が、じわりと広がっていった。
「ヴァルナー卿」
「はい」
「これが終わったら——普通の日が、戻りますか」
「戻ります。ただ」
「ただ?」
「護衛は、続けさせてください」
任務でなくても、という意味が含まれていると、すぐにわかった。
「……お願いします」
私が答えると、彼はうなずいた。
それだけだったが、それで十分だった。
『本日の実況令嬢、大仕事をやり遂げました! 朝焼けがよく似合っています! これからも続く道が、明るく見えます!』
「続く道が明るく見えるかどうかは、これからしだいですわ」
「続きましょう」
クロード卿が、静かに、でも迷いなく言った。
東の空が、明るくなっていった。




