熱くなれ、羅生門
「まったく、実の娘だというのに手こずらせ負ってからにー」
阿賀谷戸天森は地上に出るなりそう言って大きく伸びをした。そんな彼の後ろには、阿賀谷戸命香を肩に担いだ合儀肝悟朗がいる。命香は当然気を失ったままで、ピクリとも動かない。
阿賀谷戸わくわく正統陰陽師ランドの中央を往く朱雀大路のど真ん中。そこに、肝悟朗は阿賀谷戸命香を転がした。彼女を放った後、合儀肝悟朗はすでに興味がなさそうで、ぱっぱと手についた泥を払いながら背を向ける。
一方、放られた衝撃で、すぐさま命香は咳込みつつ目を覚ました。そんな実の娘の様子を、阿賀谷戸天森は冷ややかな目で見つめる。
「パパねー、大事なお取引先とお仕事中だったの。それなのに、急に合儀家から人がいなくなったって言うじゃない? 慌ててきたらこのざまよ」
蠅でも払うように右手を振る。今、この圧縮された平安京を覆う暗雲の隙間を、魑魅魍魎が跋扈する。或いは、この朱雀大路を人型すら保てぬ怨霊が右往左往。それでも、大分数が減っていることを命香は知っている。
「いいじゃない。正式オープンしたら怨霊多すぎてみんな困るよ」
ご。
何の躊躇もなく、天森は娘の脇腹を蹴り上げた。
「口答えすんな。お前さあ、何調子乗ってんの」
蹲踞、否、ヤンキー座りで娘に凄む。
「お前が生きてんのは、天啓だからだ。阿賀谷戸家は天森で終わり。故に、天森が事を成せ。そういうことだ。その象徴としてわたしはお前を手元に置いた。精々、わたしの役に立つよう、『そのほか』の呪術を勉強して実験台になってくれればそれでよかったのに」
天森はすっと立ち上がり、辺りを見回す。悪霊怨霊が飛び交い走り回っている。何より、その視線は遠く、阿賀谷戸わくわく正統陰陽師ランドタワーに張り付く式神に向いた。毒蜘蛛に似た足を八本、その背中からは人間の手に似た鰭を無数に伸ばし、その頭は毒魚に似る。毒将四傑の一つ、〈毒棘雲鱗羅刹〉に向けて剣を振る夜風和留を見た。
「それなのに、あんなもん連れてきやがって。見ろ」
〈毒棘雲鱗羅刹〉は地上三十一メートル+蝋燭部分を含めると百三十一メートルになる阿賀谷戸わくわく正統陰陽師ランドタワーの十分の一ほどの大きさ。つまり十三メートルほどもある巨大な式神だが、その背を飛蝗のように飛び跳ねて、和留は対手の長く大きなその棘を、鰭を、一本一本裁断していく。
――偽物の平安京に響く怪物の悲鳴。
「どっちがバケモンかわからん」天森は吐き捨てた。
「お姉ちゃんはお姉ちゃん、式神は式神。化け物は、きっとお父さんだよ」
「たわけ!」
天森は大声で怒鳴りつけた。
「フン。お前は、朱雀門に磔にする。西市あたりで暴れているあいつにもよく見えるだろう」
「そんなことで、お姉ちゃんは止まらない。あなたの夢が断たれるまでこの施設を破壊しつくす。養育費の支払いで破産するまで追い詰める」
「減らず口め。こうしてもか」
再び、娘に蹴りを入れる。すると、転がる命香のその体からばらばらと、無数の呪符のようなものが血のように零れ広がる。それは一枚一枚が、人型をしていた。
あ、と命香は声を上げ、慌ててその人型を集めるが、手のうちでどんどん黒ずんで消えていく。
「健気よのう。夜風和留、瀬路原ノツル、合儀肺助の形代か。呪いを肩代わりするとは愚かな。だが、お前が耐えきれなくなれば、三人はあっという間に死ぬ。ああ、もう合儀肺助は死んでいるか。一人分減って、だからまだお前はまだ正気を保てている。違うかな」
命香は奥歯を噛んだ。
「助けざるを得ないだろ、和留は。お前が死んだらすぐにこの、阿賀谷戸が受け継いできた正統陰陽師の毒のまじないが体を蝕む。あんな風に飛んだり跳ねたりはできなくなるぞ」
そういう間に、地面に散らばった形代は一つ残らず燃え尽きていく。命香はそれで呼吸が軽くなった――代わりに、ノツルや和留の負担が大きくなっているだろう。
「じゃあ、早く殺したらいいじゃない」
「馬鹿者、すぐにこの場で自害させるんだよ。夜風和留は。呪術で即死してくれればそれでいいが、あの娘はそうはいかない。完全に断ち切れないまでも、できる範囲で呪いを『断ち斬り』死ぬまでの十分か、一時間ばかり、わたしの貴重な式神をいくつ斬ると思う。オープンまで時間がないのに貴重なキャストをこれ以上失ってなるものか」
その言葉に、命香は俯いて答えない。
「答えが出たようだな。まったく、大人にそうやって歯向かうんじゃあない。まだ形代は残っているだろう。その内に磔だ」
つれてこい、と合儀肝悟朗に命じ、命香に背を向けて歩き出す。肝悟朗はまた、つまらなさそうに命香に手を伸ばしたが、それを彼女はさっと避けた。
「いいえ、もう、あなたは終わりです。平安京は滅んだ都。いつか終わる幻です。お恨み申し上げます、お父様」
ところが、もう顔色が青白いを通り越し、土気色に近くなった命香はそんなことを口走る。
「なに? まだそんなことを。いいか、お前が呪いを三人分被ってくるのは想定済みだ。それでもわたしが何の対抗措置もとらないのは、そんなことしても無駄だからだ。お前がどんなに耐えようと、そもそも和留がこの阿賀谷戸わくわく正統陰陽師ランドを落とすことは不可能……」
そう天森が呆れ顔で声を発した時、突如としてこの縮小された京の都に火柱が上がった。
「なに?」
続いて、もう一本火柱が上がる。同時、阿賀谷戸わくわく正統陰陽師ランドが大いに揺れた。
「いいえ、できます。お姉ちゃんは囮。見よ! これがわたしの、羅生門・大火モード!」
命香は高らかに、燃え盛る平安の町をそう呼んだ。




