姉妹の話
「あのね、わたしは……お父さんの役に立ちたかった」
命香は地面に手を突いた。だらりと長い黒髪が地に垂れる。
「どんなにお母さんへ酷いことをしても、他の呪術師の人にそうしても、仕事とはいえたくさん呪いを使っても、これからどんな恐ろしいことをしようとしていても、それでも、お父さんはお父さんだから」
「……命香」
「嫌いになれるわけなかった。それに、いつかわたしが、本当にお父さんの役に立ったら、きっと、褒めてくれるって……」
「命香。わたしも悪かった。あのおっさんのことは嫌いだし、お母さんの面倒もあったけど、何よりきっと、わたしが助けなくちゃいけなかったのは……」
命香の背に、少女は手を添えようとした。だが、それは跳ねのけられた。
「違う! これは、全部わたしが選んだこと。肺助さんを、合儀家の敷地の乗っ取り計画に同意したのも、わたしが決めた。お父さんの役に立って、お父さんが本当にこの国の呪術を、陰陽道を作り直したら、きっと全部うまくいくって。そう思って……」
地面を握る命香の手の甲の上に、ぽたぽたと涙が落ちた。
「本当はね、今だってお父さんの呪術が認められたらいいなって少しは思ってる。お父さんだって、頑張ってきたんだよ」
「知ってる。それでどんだけわたしとお母さんと、命香が苦労してきたか」
もう一人の少女はやれやれと肩を竦めた。
「だからわたしも頑張った! お父さんの願いが叶えば、全部うまくいくはずだって! 元通りになるって! 知らないお婆さんを呪って、わたしを孫に仕立てて合儀家に取り入って、お料理も勉強して、毎日バールのようなもので誰かの表札を剥がして、呪符と呪文、祈祷をたっぷり込めた新しいものに取り換える練習もたくさんした!」
「あのおっさんほんとにろくでもねえな実の娘に何やらしてんだよ」
「でもね、わたし。肺助さんに負けて、お父さんの役に立てないってわかったとき、すごく嬉しかった。不思議だよね、あんなに練習して、役に立つため頑張ってきたのに、もう何もしなくていいのがすごく……ほっとしたの。ううん、それだけじゃない。あれから肺助さんに掛った呪いを返したり、ノツルちゃんを助けたりして……多分、あれが、本当にわたしのしたかったこと」
命香はきっと顔を上げた。
「わたしが、いけなかった。お父さんじゃない。わたしが、わたしのしたいことを邪魔してたの」
「……命香」
「だから、わたしは、わたしのために、全部やり直さないといけないの」
そういって、命香は静かに立ち上がった。
「でも、わたし一人じゃ、阿賀谷戸わくわく正統陰陽師ランドは攻略できない」
あの土地は、天森の弟子だけでなく、阿賀谷戸家が千年の時を使って練り上げた呪いや魑魅魍魎が跋扈する恐ろしい霊地。それは、一部設計を担当した命香もよく知っていた。
「じゃあ、どうするの? 自暴自棄じゃ誰も救えないぜ」
命香は首を振った。
「だから、一緒に来て。助けて、お姉ちゃん」
命香は振り向かず、背に立つ女、夜風和留に言う。
「嫌だね」対して、夜風和留は首を振った。
「そんな!」命香は目を丸くして、思わず振り向き、自分にそっくりな少女へ悲鳴に似た声を上げた。
「あたしは、お前が嫌いだ」
夜風和留は、阿賀谷戸命香へはっきりとそう言った。
「会う度、あのおっさんの後ろで地面ばっか見てぱっとしない。ママを助けようともしない。あのおっさんのいいなりだけじゃなくて、一緒になって虐めてくる」
和留の目はほかの人より優れている。神霊の類だけでなく、呪いすら視るという彼女の目は、命香の背中のずっと無効すら見通していた。
「それは違う! わたしは」
「違うわけないっしょ。あんたはずっと、あたしたちのことを無視してきた。あたしのことはいっそのこと、もういい。だけど、ママはどうなの」
居を分けてからも、何度か命香は実母ハルと何度かあったことがある。天森の呪いで、記憶すらあやふやになった、哀れな女。
「……ごめんなさい」それは、命香の口をついて勝手に出てきた言葉だった。和留へ向けて、命香は深々と頭を下げた。
「あたしのことはもういいって言っただろ」
そのまま、命香は膝すらついて謝ろうとしたが、その肩を和留が持つ刀の柄頭が止めた。
「ママに謝って。それから、あのおっさんの首を落とす」
「え?」
命香は、わずかに顔を上げた。見れば、日焼けした顔に朱が差しているのを見る。
「それを約束してくれるなら、いい」
「お姉ちゃん!」
命香は刀をものともせず、和留に抱き着いた。両腕で締め上げられるままに、まったく、と和留は微笑んだ。命香も、久々に感じる姉の体の感触や温かさに、今までにない幸福を感じていた。一卵性双生児の二人が、こうして身を寄せ合うと、まるで昔に戻ったような気すらした。
「後さ、はいぴーはあたしにちょうだい」
一つの爆弾が落とされるまでは。
「え?」
安堵から笑顔すら浮かべていた命香の顔が一瞬で凍り付いた。それを認めると、和留は意地悪く口角を上げた。
「はいぴーって、すごいよね。あんな雑魚呪術師っぽい感じなのに、もうあたしの弱点、知ってんだ……」
どんどん頬を赤らめ、はぐれ呪術師達をして死んだら鬼になるに違いない怪物と言われる夜風和留が、もじもじと体をよじっている。命香は身を離し、見たことのない姉の容態に開いた口が塞がらない――こんな顔をする女だったのか?
「それに、はいぴーには十五円は貸したままだし、呪術師殺して稼いでるのに、呪術師に押し倒されたままってのも……責任、取ってもらわなきゃ、だめだろ?」
「ちょっと待って、肺助さんにそんなアクティブなことされたの?」
「まあ、妹よりも色気があるんじゃねえの」
「そんな馬鹿な……」命香は信じられない、といった表情でさらに一歩二歩と下がり、相手を具に観察した。シャツのボタンは二つ三つ外され、日焼けした、自分にそっくりな双丘が見え隠れするそれを凝視したのち、短いスカートから見える健康的な腿を舐めるように見る。
「そういうのが好きなの、肺助さんって……」
「そうみたいだな。知らんけど」
夜風和留はそう言って、手に持つ刀の柄頭で妹を小突いた。
「でも、そういうことは、本人に聞けばいいじゃん。あとは、はいぴーに全部決めてもらお」
そういって笑いかけると、命香は目の涙をぬぐい、深く頷いた。




