阿賀谷戸わくわく正統陰陽師ランド、開園
羅生門。その昔、平安京の南にあったという、荘厳な門。丹塗りがされ、金銀の箔や瓦で守られた厳かなそれが、阿賀谷戸わくわく正統陰陽師ランドの正面を飾っている。
「阿賀谷戸わくわく正統陰陽師ランドは、当時の羅生門だけじゃなくて、その内部も阿賀谷戸家に伝わる平安京を参考に制作されているの。だけど、羅生門をはじめとした一部の施設を除いて、その縮尺は六十パーセントぐらい」
でも、ただ小さくしたわけじゃない、『脳の中のホムンクルス』として設計されてる、と阿賀谷戸命香は付け足す。敢えて完璧に再現するのではなく、一部を強調して他を弱めることで、呪術的な強化がされた平安京として完成しているのだ。ある種、本物より本物らしい平安京。それが、阿賀谷戸わくわく正統陰陽師ランドなのだ。
「え、でも広さだけで渋谷ぐらいあるじゃん。でかくね?」
すなわち、敷地面積・約十三キロ平方メートル。夜風和留は命香の説明に驚いた。
「内部は自称千五百年の歴史がある阿賀谷戸の陰陽道が正当な陰陽師の系譜であることを示してるっていう、なんかちょっと怪しい物品の展示がある五つの時代のパビリオンと呪術体験コーナー、ジェットコースター・ビッグ霊峰マウンテン、精進料理のビュッフェ、それから演劇用の舞台や、映画村的にも使える平安京完全再現セット、研修や学習用の会議室や図書館、それから秘密の宝物庫も完備している」
「ええええ……めっちゃ金かけてんじゃん。その分養育費上げてくんないかなー」
真顔で説明する命香へ、和留は露骨に顔を歪めていう。
「だけど、阿賀谷戸わくわく正統陰陽師ランドの一番恐ろしいところは、エレクトリカル呪術レビュウ」
「エレクトリカル呪術レビュウ?」
「あ、そこ左です」
「はいはーい」
命香の言葉に、運転手=合儀椎子はハンドルを切る。阿賀谷戸命香、夜風和留、合儀椎子を乗せたハイエースが揺れ、命香と和留は同時に体をどことなく傾けた。すでに合儀家を出て二時間ほど。高速道路から出て、今は名も知らぬ山道をひた走っていた。
「あ、お姉ちゃん、そろそろ」
「だろうなー。結界が見える」
窓の外をぼんやりとみていた和留は、つまらなさそうに刀に手を掛けた。
「開けんで、よろしく」
「はいはーい」椎子は特に動じることなく返事。それを聞く前に、さっと和留は後部座席のドアを開け、制服姿そのままに、スカートを翻して車の上に降り立った。
すでに、刀は抜かれている。
時速四十キロ。決して早いとは言えない速度だが、整地されて久しい山道故揺れる揺れる。しかし、そんな環境であろうと両足で立つ術を夜風和留は知っている。だから、右足を前に、左足を引き、腰を落として剣を、横に薙ぐ。
ひょん、と風が切れる音。それだけ。
鞘に向けられた刀は、その丁子乱れの刃紋に曇った空を映し、寒々しい木々を見せてハイエースの天板、そして主人である夜風和留の横顔を最後にかしりと収まった。
すぐさま和留は再び、猿のように車の縁を掴んでくるりと車内に戻る。
「これでどう?」
「大丈夫。今頃パニックだと思う」
そういう命香の額に、汗が浮いていた。
「じゃ、そのまま突撃ってことで」
「はいはーい。あ、もう見えてきた。さっきまで何もなかったのに」
椎子は正面を指した。不気味な紫雲を背景に、堂々と立つ巨大な瓦葺きの屋根のついた門。城や、冠すら彷彿とさせる威容である。
「――あれが、羅生門・ノーマルモード」
「羅生門・ノーマルモード?」「羅生門・ノーマルモード?」
訳の分からないワードに、和留も椎子も眉を顰める。
「見てて。結界が斬られて外敵が入ってきたから、あの羅生門はノーマルモードから、羅生門・長徳元年疱瘡モードになる」
「羅生門・長徳元年疱瘡モード?」「羅生門・長徳元年疱瘡モード?」
彼女らが首を傾げている間に、羅生門はその屋根の半分が崩れるように変形し、空は赤や青、黒と自在に色を変えて不気味な様相を呈す。
「阿賀谷戸わくわく正統陰陽師ランドには、平安京からくりタイムサーキットが内蔵されているの。内部のからくりと呪術を駆使して、指定した時代の京都の雰囲気を再現する機能のことで、主にエレクトリカル呪術レビュウっていうとある遊園地のパレード的なものを演出する機能なんだけど」
「全体的にネーミングセンスに突っ込む奴いなかったの? 訴えられたら勝てねえぞ」
「その〈当時の平安京を再現する機能〉を使って、建物の見た目をぼろぼろに変形、そこに呪術を組み合わせることにより、疫病が流行った時代を再現して侵入者に呪いが効きやすいよう結界の内部を変更することもできる。それが、羅生門・長徳元年疱瘡モード」
「なんちゅう呪いを……」和留の顔も流石に青くなる。彼女の目には、疫病が流行していた時代に合わせて負の感情を貯め込み暴れ出す霊魂が映っていた。
「さあ、お姉ちゃん、ここからが本番」
羅生門は既に目の前。そこで合儀椎子は車を止める。姉妹が降り立つ。和留はいつも通りの制服姿のまま。命香はいつの日か肺助と対決した時と同じく緋袴に黒い羽織を纏っている。
「じゃ、おばさん、この刀の鞘は預けます。師匠からの大事なものなので」
和留は真黒な刀の鞘を後部座席に残した。
「はいはい。じゃあ、手筈通りお母さんはこの辺り走り回って陽動してるから、肺助さんを頼みましたよ」
椎子の言葉に、命香は額の汗を拭って答える。どういうわけか、すでに命香には疲労の色が見えた。
「勿論です。必ず助けます」
その言葉を聞くや否や、車は勢いよくその場を離れる。命香の目にも明確に、この施設に巣食う魑魅魍魎が車に纏わりついてく。
命香は自らの視界を拭うように呪符で遠くの車の背中を払う。すると、青白く見えた化生が消え去っている。代りに、その呪符がかっと燃え上がって灰になった。
「あのおばさんも、そう簡単には死なないでしょ」
「でも、ほとんど巻き込んだようなものだから」
「まーね。じゃ、姉妹仲良く突撃だ」
見上げるほどの巨大な門。だが、和留は剣を一振りしてそれらを守る呪いを断ち切る。たったそれだけで、門は自然と開いていく。
「清めもしたし儀式もした。だけど、呪いが本格的に発生するまでの短い間が勝負。言った通り、お父さんや歴代の当主たちが行った〈蟲毒〉で死んだ動物がそのまま怨霊になってこの辺りを漂っているし、なんならお父さんは独自の呪術で、怨霊同士すら食い合わせて作った式神〈毒将四傑〉がこの阿賀谷戸わくわく正統陰陽師ランドを守ってる」
「見た感じ、確かにまー、今どき見ないぐらいの強さではあるって感じ。どーだろ、四匹合わせて酒呑童子ぐらいかな」
わずかな隙間から見える妖怪変化や怨霊、悪霊たちを見て和留は唸った。
「やったじゃん。お姉ちゃん憧れの頼光四天王入り」
「いうじゃん。じゃ、雑魚もボスもあたしが殺すから、命香ははいぴーのこと頼んだよ」
「わかってる。じゃあね、お姉ちゃん」
丁度二人分の広さに空いた門を前に、命香は頷く。
「全部終わったら、お母さんとご飯とか食べに行きたいな」
「うん。あのクソ親父、いい加減ぶっ殺して帰ろうぜ」
そういって和留は命香へ、拳を突き出し、命香もそれに応じておのれの拳をこつんと当てた。




