迷える子羊とか
「わたしの相談料は一回、三十分で五十万円。初回は十万円。ちなみに一時間コースだと八十万円。そのほか、特殊な儀式は道具の費用や準備費など、諸経費に加えて一時間ごとに五十万円戴いています。さあ、あなたの夜十一時から朝四時まで行った『相談料』は?」
その言葉に、肺助は自然と頭に血がのぼる思いがした。
「別に、そういうのはもらっていない。頼まれたからやっただけだ」
肺助は真っ直ぐそう言い返した。
「肺助さん」しかして、母・合儀椎子も退くような姿勢は一切見せない。
「呪術はそう簡単に使っていいものではありません。もっと慎重にするべきではなかったでしょうか」
「でも、だからといって……」
肺助は手をきつく握る。思い出すのは、ついつい同情したくなる真壁動太の様々な姿だった。
「困っている人を見過ごすわけにはいかない」
「困っている人ならそこら中にいると思うけど」
続く言葉は想像がつく。何故、そういう人も助けない? 世界中、困っていない人などいない。何故、その人と友達を分けたのか。肺助は唇を噛んだ。
「それは確かにその通りだけど、だからと言って目の前の困っている人を助けただけで、咎められるのもおかしいだろう」
「咎めていません。訊ねているのです。では、あなたは困っていると申告されれば誰彼構わず助けるつもりですか」
「母さんは金さえ払えば、誰彼構わず助けるんだろ」
話題を逸らしている自覚はある。だが、そうでもしない限り、返す言葉など見つかりそうになかった。
「そうです。と、言いたいところですが、お母さんは職業として呪術を生業にしていますから、公序良俗やコンプライアンスに従いお取引する相手を選んでいます。あなたは仕事としての呪術を否定したいようですが、知り合いだから頼まれればなんでも助けるというのもどうかと思いますよ」
相手は強敵であった。肺助はなんと返したらいいものか、彼女を睨むのみ。
「お母さんが言いたいのは、肺助さんがちゃんと考えて呪術を使ったのか。それから、お母さんにも相談してほしかった、ということです」
椎子はそう言って、手に持った靴を抱え、肺助の隣に座った。
「学校に無断で侵入して儀式を行ったのですから、なにかのはずみで警備装置が稼働したら肺助さんは警察を呼ばれていますよ」と椎子は足した。
「げ、現実的……」肺助は震えた。確かに警察の世話にはなりたくなかった。
「感情に任せて呪術を行うのも、若いからよし、とは言いませんが、仕方ないなー、とは思ってあげる。だけど、それで誰かの迷惑をかけるのは駄目。よく考えて行動なさい」
そう言って、椎子は立ち上がった。
「人助けはいいことよ。だけど、よくないことを招くことだってある。お母さんは、呪術を仕事にしてるからそういうのは起きづらい。じゃあ、肺助さんは?」
「おれだって、本当に悪いことなら手は貸さない!」
肺助は勢いよくそう返した。
「なら、精進なさい。特に、誰かに久しぶりに頼られて嬉しかった、なんて、お母さんは注意した方がいいなって思うよ」
「なっ……! それこそ別に、母さんには関係ないだろ!」何となく恥ずかしくなって、肺助は顔を逸らす。
椎子はそんな息子を一瞥もせず、靴を片手に部屋から出て行った。残された肺助は大きく溜息をつき、思わずベッドで横になった。
――眠たい。
さらに、体が、服が煙臭いことを自覚する。
昨晩、一度家に帰った肺助は、校舎裏に人が立ち入らないよう呪禁を唱えたのち、そこで小さく簡易的な護摩壇を組み、護摩木を焚き、一晩中真言と呪禁を唱えた。
多少の謂れがあるとはいえ、ただの校舎裏。そこが、一晩通して行われた護摩行で一時の異空間に変じる。同じ風呂釜の中でも冷たいものと温かいもので層が生まれるように、肺助はその場で儀式を行った。そこを、呪禁と禹歩で明確に区切ったのだ。正常な空間は普通の方法では入れない。これで人払いは成った。
久々に呪文を唱え続けて顔の筋肉が疲れているのも自覚している。だが、肺助はこのまま眠ったり、せめて風呂に入ったりすることは許されない。
肺助は、自分が出入りに使った窓から、陽光が顔を出そうとしているのに気づいた。
「時間か」誰に言うでもなく、肺助はそう漏らした。
呪術師の生活、一日は厳密に定められている。
千年以上の間に培われた呪いを扱う人間が修めるべき行を、毎日きちんと実践し続け、おのれを呪術師として呪い、縛り続けること。特に、禁歌は呪禁をベースに独自の発展を遂げているため、持禁なる身体管理が徹底される。
故に、肺助はそのまま、だんだんぼうっとしてくる頭を引き摺り、ジャージに着替えて外に飛び出した。
日本中部、■■県の広大な山間。その中に駆け出していく。その一帯は、長年合儀家が修行の場として所有する広大な敷地の一部であった。




