男二人、背中を向けて話すのは、恋の話か免責事項の詳細と契約にあたっての注意確認
「呪術を使う前に、説明や免責事項があります」
合儀肺助は、相手にそう切り出した。相手とは、同学年の柔道部員、体格は二倍以上あるように見えるライオンのような男子生徒である。肺助は今、一つ上の女子生徒への告白を成功させたいという彼の相談に応じていた。
二人は、放課後の校舎裏に来ていた。北側に面しているため、暗い窓だけがついた校舎の外壁が崖のように立ち、その足元を、古くは教職員が使っていたという宿直室へ続くコンクリートの道と、申し訳程度の植栽、それから一本だけ、とある謂れのある大きな銀杏の木が生えていた。現代、宿直なる文化も途絶え、ここに来る人影はまれである。冷たい風が障害なく通り過ぎる、そんな寂しい場所へ二人がここに来たのは勿論『まじない』を使うためである。
「免責事項?」
ライオン柔道部員は眉を顰めて肺助を睨み、肺助の次の言葉を待った。だが、肺助は、えっと、あの、と言って先が来ない。そこで漸く、彼はあることに気付いた。
「おれの名前は、真壁動太だ」
そういえば、名乗っていなかったとライオン柔道部員=真壁動太は思い出したのだ。
「ありがとうございます、真壁さん。最初に、うちで扱う呪術の種類をお教えします。これから使うのは、『ゴンカ』という種類のものです」
「ゴンカ?」
動太は肺助を振り見、問い返した。西日が肺助の顔を照らしていた。
「えっと、禁止の禁に、ウタとかいて禁歌です。呪禁っていう呪術が始まりだそうなのですが……」
「なんでキンがゴンになるんだ」
「それは、良く知りません」そう言われればそうだと肺助は思った。家に帰ったら母親へ聞いておこうと思った。
「知らないなら仕方ないな」真壁動太は聞き分けがよかった。
「それで、免責事項についてです。呪術の作法とは、大陸からの知識や日本独自の信仰が混ざり、歴史の中で適合や口伝の変化、地域差などもあって千差万別です。なんとかざっくりと体系立てることは可能でも、細かい内容となると、様々な信仰が交じり合って、かなりばらつきがあります。つまり、呪術に明確に決まった方法などないのです」
「お、おう」
急に饒舌になり始めた肺助に、動太はわかりやすく動揺した。
「なので、これから登場する呪術にまつわる内容や知識は、あなたの知っている呪術の形態から逸脱したものが多く含まれる場合があります。その場合は、そういうこともある、という広い心と、温かい目で最後まで見守っていただければ幸いです」
「それは、おれに向かって言ってるのか?」
動太は思わず後ろを振り返り、肺助の視線の向こうに『誰か』がいるのではないかと警戒した。だが、当然誰もいない。
「――広い心と、温かい目で最後まで見守っていただければ幸いです」
「なんで二回言ったんだ?」
「大事なことだからです」
動太は思わず、ふざけるな、まじめにやれ、と怒鳴りたくなったが、そこについさっきまで自分に怯えていた男子生徒の姿はないと気付く。まるで、なにか恐ろしく面倒なことを警戒し、事前に予防線を張って大切な何かを守ろうとする決意に溢れていると動太は感じた。
「じゃあ、お前の呪術……禁歌とか、呪禁って何なんだ」故に、動太は問うた。
「古くは医療、医術が生まれる前……」
「結果だけでいいよ」
「禁歌とは、何かを禁じる呪術です。だから、真壁さんの『告白』……」
「あまりでかい声で言うな。恥ずかしいだろ。誰かに聞かれたらどうする」今度こそ真壁動太は、頬を染めつつ、脅かすように言った。すぐに肺助は小さくなった。
「……真壁さんのご依頼においては、禁歌でいくつかの行動を『禁止』して望む結果を導きます」
「つまり、どうするんだ」動太は首を傾げた。
「禁歌で阿賀谷戸先輩が『断る』のを『禁じる』とかはどうですか」
肺助の言葉に、動太は目を丸くした。
「そんなことができるのか!」
「まあ、一応……」
動太が息を飲む音がする。真壁動太は肺助にとって知らない人間だが、それでも、自分のできることに誰かが期待してくれることは、肺助を高揚させた。
「それは凄いな。だが、これだけは守ってほしいんだ……阿賀谷戸先輩に、呪いはかけてほしくない」
「え?」
今度は肺助が驚く番だった。告白を成功させるなら、相手に呪いをかけるのが手っ取り早い。否、そもそも、呪術師に『まじない』を依頼するということは、そういうことではないか。
「じゃあ、どうやって?」
肺助は混乱した。相手に呪いをかけないで、どうやって告白を成功させろというのか。対して、慎重に動太は口を開く。
「……おれに、『勇気』をつけてほしい。逃げないように」
その言葉に、肺助は背筋を伸ばしたまま相手を凝視した。まさか、この柔道部員の男から、そんな情けない言葉が出てくるとは思わなかったのだ。
「おれは明日の放課後、この校舎裏に聳える『告白が絶対に成功する木』に先輩を呼び出す予定だが、その前におれが逃げたりしないように『まじない』をかけてほしいんだ。あと、誰かに見られていたらと思うと恥ずかしいし、人払いも……」
動太の視線は、この場で唯一立派に聳える銀杏の木に注がれる。
「それでいいんですか。せめて、首を横に振るのを禁じたり、否定やネガティブな話題を禁じたり、すでに好きな人がいたら、その記憶を禁じることもできます。いいえ、いっそのこと、真壁さんのことを嫌うのを禁じてしまえば……」
「えぐくないか、禁歌だっけか、それとも呪禁ってやつは」
すらすらと邪法を提案する肺助に、動太は悪寒を覚えた。
「でも、やらなくていい。おれがちゃんと『言えれば』先輩は絶対に了承する」
動太は首を振って言う。ついつい、凄い自信だと肺助は思ったが、勿論口には出さない。
「わかりました。じゃあ、二つですね」
ここで、肺助は咳払い。
「一つ、結界を用意して校舎裏に人が立ち入らないようにする」
それから。
「二つ、真壁さんにはいざとなった時、逃げないように、予め呪いを掛ける、それでいいですか」
「それでいい……ん、一つ目、結界って言ったか?」
「はい、その通りなんですが……」肺助は視線を逸らし、唾を飲んだ。背中に嫌な汗が浮かぶ。
「でも、その前に聞きたいことがあるんです」
「聞きたいこと?」
動太は圧するように言う。普段の肺助なら、ここで引き下がるところだった。なんでもない、そう言って、改めて結界の説明をする。それでいいはずだった。だが、肺助は問うた。
「どうして、呪術なんていう胡散臭いものを、そんなにすんなりと信じられるんですか」
呪術です、よく効きます、なんて言われて、信じる奴なんていない。しかも、自分の呪術は禁歌というもので、なんでも禁じることができます、などと聞かされて、はいそうですかよろしくお願いします、とはならないだろう。
肺助は、動太のいかなる態度より、すんなりと呪術を受け入れ、信じる姿勢こそが恐ろしかった。
(一般的に、呪術は霊感商法だのなんだのと、胡散臭いものに分けられている。この人は一体何を考えているんだ)
肺助は自身から言い、思い、勝手に緊張して唾を飲み、動太の反応を待った。しかし、そんな肺助の様子に動太は首を傾げるばかりだった。まるで、肺助の問いが理解できない、という具合だった。
(もしかして、真壁さんは何かを知っているのか?)
だとしたら、何を?




