第五話 元魔王と新手
―――どうしてこうも魔法少女というのは面倒なのだろうか。
紫の少女の攻撃を避けながらそんなことを思う。
「くっ、この…ちょこまかと!」
俺個人が避けるのに必死なのもそうだが、さらに厄介なのは、相手が一人ではないことだ。
目の前では紫の少女が容赦なく杖を振りまわし、光を飛ばしながら隙あらば殴りかかってくる。
その一方で、さっき壁に蠢いていた影は、完全に消えたわけではない。
行き止まりの一角、濃く淀んだ空気の奥で、今もじっと機を窺っている気配がある。
正面の攻撃を躱しながら、そちらまで警戒し続けるのは、流石に骨が折れた。
「人の、話を、聞けっ…!」
「うるさい!」
「ぅおッ!?」
紫の閃光が頬を掠める。
焼けたように熱い。火傷したかもしれない。
萌香もそうだったが、どいつもこいつも人の話を聞かない。
正義を確信し、相手は悪であると絶対的に決めつけているのか、本当に問答無用で襲い掛かってくる。
…いや、少し違うか。
身のこなしや体格からして、こいつは萌香より歴が長いことは間違いない。
だからこそ、話を聞く前にまず制圧しようとしているのだろう。
現場判断としては、むしろ正しい部類だ。
傍から見れば、俺はどう見ても怪しい。
しかし今回の場合、それは最悪の判断だ。
本来の元凶である影が視界に入っていない。しかもそれを警戒しているのは俺だけであり、影を止めるべき少女は逆に俺を妨害する可能性がある。
頭を抱えたくなるほど冗談みたいな状況だった。
…ふざけるな、と叫び出したい気分だ。
この体では、思ったように動くことはできない。
致命傷を避けるので精一杯だ。
何とかして、あいつの意識を影へ向けるか、あるいは、位置関係を変えるしかない。
そう思った、その時だった。
行き止まりの一角、淀んだ空気の奥で、影がふっと揺らいだ。
…思ったより時間は無いらしい。
悠長にしている暇はない、と考えた俺は、半ばヤケクソな賭けに出た。
拳を振りかぶり、紫の少女に向かって走り出す。
「ようやくその気になったようね。いいわ、叩き潰してあげる!」
紫の少女も振りかぶり、フルスイングの構えを取る。
力を目一杯に籠めるために、足を踏みしめる。
俺は速度を上げ、お構いなしで突っ込む。
「うぉぉぉお!ふんッ!」
「せぁあッ!」
お互いの攻撃が交差する。―――ことはなかった。
紫の少女のフルスイングは空を切る。
「えっ?」
素っ頓狂な声を横目に、全力でローリングした俺は、一直線に女生徒に駆け寄る。
魔法少女とまともに殴り合うわけがない。そんなことをすれば即座に死んでしまう。
「あっ!?まちなさ――」
気付いた時にはもう遅く、紫の少女は間に合わない。
そのまま俺は女生徒に飛びつくように抱え込み、転倒する。
その瞬間、女生徒がいた空間が、無数にかき乱されるのを感じた。
…どうやら、本当に危機一髪だったらしい。
* * *
「そんな…」
―――私は何をしていたのだろう。
女生徒がいた空間を、無数の黒い腕が貪るように薙いだ光景を見て、呆然と立ち尽くす。
あの悪魔…いや、違う。
おそらく耳にしていた監視対象だったのだろう。
その男が助けなければ、彼女は間違いなく死んでいた。
状況判断は間違っていなかったはず。何を見落とした?どうして影よりあいつを優先した?
いろんな思考が頭を駆け巡る。
だが、それに浸っている余裕はなかった。
「おい!何をボーっとしている!」
鋭い声に、ハッと我に返る。
そうだ、呆けている場合ではない。
男のおかげで女生徒は助かった。なら、今見えている脅威を排除しなければならない。
私は杖を握り直し、影へ向き直る。
「…彼女を連れて下がりなさい!後は何とかするわ!」
申し訳ないとは思いつつも、今は安全を優先する。
少なくとも、今の私ではあの男を完全に信用することも、かといって敵として切り捨てることもできない。
それでも、女生徒を守ったという事実だけは、もう見過ごせなかった。
* * *
「はぁ…」
女生徒を保健室まで運び込み、一息つく。
どうやら気絶しているようで、話を聞くのは難しそうだ。
女生徒をベッドに寝かせ、ミミキュキーホルダーを取りに保健室を出る。
するとそこには、汚れ一つないまま、壁にもたれる紫の少女の姿があった。
変身は解いていない。わかっていたことだが、未だに警戒されているのだろう。
「…こんなところで堂々としてていいのか?」
「いいのよ。少なくとも、今は人払いの魔術を張ってるから」
「そうか」
言われてみれば、辺りに人の気配がない。
ここは一応管理棟であるはずだが、人が通る様子は見て取れなかった。
「で?アンタは何なの?通達で来てた監視対象?」
「ああそうだ。お前も魔法少女なんだろう?萌香と同じく」
「萌香…?あぁ、あの新米の子ね」
紫の少女は一瞬首をかしげて、思い出したかのように呟く。
予想通り、この少女は魔法少女だったらしい。だが、不思議なことにミミキュのような魔法生物が見当たらない。
そのことを聞く前に、質問がかぶせられる。
「じゃあ聞くけど、アンタを監視してるやつはどこにいるのよ」
「カバンの中だ」
「はぁ?」
本当に訳が分からない、というような声色を上げる。
「授業中邪魔だから突っ込んだ」
「…そんな理由で?」
「そんな理由でだ」
少女は頭を抱え、やれやれと頭を振った。
とはいえ、俺としてはまだ納得がいっていないことがある。
「それはそれとして、無害な一般市民を攻撃したことに対して言うことはないのか?」
我ながらよく言う、とは思う。
だが、危険物扱いされるのはそれはそれで癪に障る。
「無害な一般市民?冗談やめてよね」
ハッ、と鼻で笑う。
直後、少し目をそらし、意外なほど素直に頭を下げた。
「…でも、状況的に仕方なかったとはいえ、いきなり襲い掛かったことは謝るわ。ごめんなさい」
「受け入れよう。…この流れも二度目だな」
割と早い既視感に、俺は思わずぼやいた。
―――全く、魔法少女というのは本当に面倒だ。




