第四話 元魔王と侵食
ようやく更新です。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
四限目が終わり、気づけば昼休み。柄にもなく感傷的になっていたらしい。
こういう時は気分転換だ。食事の前に、少し歩こう。
とはいえ、結局のところ校舎内。変わり映えする景色は無いから、誤魔化しでしかないが。
廊下には昼休みらしい喧騒が満ちていた。
教室を飛び出して購買へ向かう足音。友人同士のたわいもない雑談。どこかのクラスから漏れてくる笑い声。
平和で、間の抜けた、どこにでもある学生の日常。少なくとも、つい先日までの俺ならそう思っていただろう。
そこでふと、妙な感覚を覚える。明確に、「嫌な気配」と断定できるような、悪寒に近いものが首筋を撫でる。
ぞわ、と背筋が粟立つ。
ただ寒いわけではない。
空気が肌に合わない、とでも言えばいいのか。そこだけ見えない棘でも突き出ているような、不愉快な感覚。
自分とは相容れない、明確に敵意を持った魔力が近づいてきた時に、似たような感覚を覚えた記憶がある。
「…まさかな」
この世界において、地球人は魔力を扱えないし、持つこともできない。なら、「この世界の者ではない」か、ミミキュや萌香達のような「魔法少女」という推測が先立つ。
こういったものに関わると禄な事にならない。今の俺なら尚更だ。ただでさえ監視対象。余計な火の粉まで被る趣味はない。
―――関わるまい、と教室に戻ろうとした時だった。
ふらふらと、覚束無い足取りで廊下を歩く女生徒が一人。顔に覚えは無い。他クラスの生徒だろう。
普段なら気にしない。具合が悪いだけの可能性もあるし、俺と同じように気晴らしに歩いているだけかもしれない。だが、先程感じた気配がそれを引き留める。
何より、おかしかった。
足取りは不安定なのに、進む先に迷いがない。壁にぶつかりそうなほど視線は定まっていないくせに、それでも真っ直ぐ歩いている。
まるで、どこへ向かうべきかだけを身体が知っているような歩き方だった。
一見、体調不良で保険室に向かっているように見えるだろう。
だが、この先に保険室などないのだ。
魔法少女案件であることは間違い無く、今その近くにいる俺はいらん飛び火を食いかねない。
放って騒ぎになれば、それだけで面倒だ。最悪、近くにいた俺まで疑われる。
どうにも放っておけず、俺は後を付いて行った。
気配を殺すでもなく斜め後ろから追っているが、その女生徒は、こちらに気付くことなく歩いている。
いや、気付かないというより、周囲そのものが目に入っていないのかもしれない。
昼休みの喧騒は、歩くにつれて少しずつ遠のいていった。
人気の多い教室棟から外れ、特別教室側の廊下へ入る。
窓から差し込む光は変わらないはずなのに、妙に薄暗く感じる。
人の気配が減ったせいか、それとも別の何かのせいか。
段々と、気配に近づくように。迷いなく、真っ直ぐと。
全く、嫌な直感が当たってしまった。
俺はミミキュに連絡しようとしてポケットをまさぐるが、そこには何の感触もない。
そうだった。授業中、邪魔だったからカバンの中にしまいっぱなしにしていたのだ。
チッ…と舌打ちが漏れる。
取りに行くことはできるだろう。が、その間に気配の主に問題を起こされても困る。
迷っているうちに、廊下の突き当たりで女生徒が足を止める。
そこは昼休みにしては妙に静かだった。
掃除用具入れと使われていない掲示板、閉ざされたままの準備室の扉。
行き止まり―――のはずなのに、その一角だけがひどく深く見える。影が濃い。空気が淀んでいる。
「―――おい」
俺は呼び止めた。
返事はない。振り向きもしない。ただ、その背中だけが糸で吊られた人形のように、不自然な静止を保っていた。
嫌な気配がさらに濃くなる。
悪寒はもう首筋だけでは済まず、胸の奥から胃の腑にかけて、冷たい泥でも流し込まれたような不快感へ変わっていた。
これはまずい、と思い女生徒に手を伸ばす。
「そこまでっ!」
甲高い声と共に、頭上から紫色の閃光が降り注ぎ、行く手を阻む。
あまりの眩しさに思わず目を細める。次の瞬間、一人の少女が俺と女生徒の間に降り立った。
トン、と床を打つ軽い着地音、ふわりと揺れるスカート。
紫色のファンシーな意匠に彩られた衣装を身に纏う、いかにも「魔法少女」といった佇まい。だが、それはピンクを基調とした衣装である萌香ではない。
つまり―――また、面倒事である。




