2話 「馴れ初め」
「ねぇ、さっきから気になっていたのだけど。そのガーゼの眼帯はどうしたのかしら」
微笑みを崩さず、エンジュはいきなり確信めいたことを聞いてくる。先ほど友人になったばかりというのに、少し距離を詰めすぎじゃなかろうか。
「右目の視力が無いんだよ、俺は。しかも五歳の時から。表向きには病気ってことにしてるけど、本当は誰かに視力を奪われたから」
「奪われた、ねぇ。それは残酷なこともする輩もいるものだわ。しかも幼い五歳の子供に」
そのせいで俺は十二年間、右目につけているガーゼの眼帯と生活を共にしてきた。学校では浮かれないよう必死にカーストを維持してきたし、出来る限りの努力はしている。今だってそう。
両親にさえ、『誰かに視力を奪われた』なんて泣きつくことはしなかった。言ってしまえば眼科と精神科の往復ビンタとなってしまうからだ。両親には『急に右目が見えなくなった』と泣きわめき、緊急で眼科に受診してもらった。医者に診てもらっても原因は不明。
――そして、今に至る。
「……ただ運が悪かっただけだよ。魔法使いなんて信じちゃいないけど、そうでもない限りあり得ない。それとも本当に病気の類か。神のみぞ知るって奴?」
「そうね。あなたはとんだ不幸ものだわ。でも今は幸せでしょう?」
「あー、まぁ……割と幸せですよ。はい」
「なら幸福ものね。良かったじゃない。それに、今は私という吸血鬼の美少女付きだし」
「自分で言うか? それ。よっぽど自分に自信があるんだな。何かと自己肯定感低めの俺には関係ない話だよ、全く」
「あらまぁ、古風で心も体も強い人だと思っていたけれど、案外弱いのね」
「現代を生きる人間は自己肯定感が低かったり、強い承認欲求で打ちのめされたりしてるので。長い年月を生きる吸血鬼のお姫様には関係のない話ですよねー、そうですよねー」
「あら、いけないことを言う子ね。私だって情緒不安定になる時だってあるんだから」
「ふぅん。血を吸う以外、人間も吸血鬼も同じってことかよ……」
「そうね。そういうことになるわ」
言って、しばらくの間沈黙が流れる。けれどちっとも苦ではなかった。初対面なのに、なぜか安心感があった。不思議だ。
「ね、あなたの右目を見せることは出来ないのかしら」
「はぁ? 嫌だけど」
「ならいいわ。私が本当に心の底から信頼できると思った時に見せてくれればいい」
「なんだよ、それ。勝手に言いやがって」
「気分を悪くしたのならごめんなさい。あと、私からあなたに申し出たいことがあるの」
「あなたが望むのなら、私はあなたの目となりましょう。年を取ればあなたの手となり、足となりましょう。要は支えてあげるってこと。お分かり?」
「なっ、そういうのは逆なんじゃないか? ほら、普通吸血鬼が人間を支配する側で。ていうか、今の告白にも聞こえるんだけど。俺達友達になったばかりだろ? なのにそんなの」
「これは告白でもあり、契約でもある。けどいいこと? 吸血鬼との契りなんて生涯私と共にいると思いなさい」
「は、はぁ……」
話が飛躍しすぎている。現在、俺にはエンジュにこれっぽっちも恋心なんて抱いていない。……まぁ、少しくらい可愛いけどっ。
「どうする? 契りを交わす? しない?」
彼女のいたずらな笑みが心に突き刺さる。俺は彼女の唐突な物言いに、呆然とすることしか出来なかった。