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20話 「月明かりの下で」

 夜の森を駆ける。息切れなんかどうでもいい。

 俺は、エンジュを救うためだけに走っている。


 肺が悲鳴を上げる。足が『やめてくれ』と懇願する。腕なんかとっくに棒になっていて、走るためだけの機能を働かせていた。


「はぁっ、はぁ、はっ」


 それでも森の奥へと進んでいく。慣れた道だ。目をつむっていても道筋が分かる。


「エンジュ……エンジュ……!」


 雑草をかき分け、丘を登る。暗い森から抜け出すと、大きな美しい月が夜空を照らしていた。


「はっ、あ、は――!」


 狂った呼吸を整える。しゃがみこんで深呼吸をして――そう、エンジュを助けないと。

 休んでる暇なんかない。最愛の人を助けるためだけに集中しろ。お前に残されたモノは、彼女を救うための心だと思い知れ!


 そんな時だった。俺が立ち上がった瞬間、頭上から見知った顔が脳裏を横切った。


月代(つきしろ)隆司(たかし)――!!」


 月代隆司。四十九(しじゅうく)にして白髪混じりの黒髪に黒い瞳。黒の着流しが闇に溶け込んで、ある種の美しさを醸し出していた。


 彼は月代の先代当主。歴代でも最強の一角とされた御仁だ。混血や純血を殺すためなら手段を選ばず、容赦なぞ一切かけない。噂では町外れの混血を一族ごと根絶やしにしたとか。


「久しいな、小僧。こりゃまた随分とデカくなったな。タッパやガタイもいい。月代の子どもだったら良い逸材になっていたはずだ」


「……。昔の俺なら喜んでた。それに……俺の前に来たってことは、俺を殺しに来たってことか? じいさんよ」


「その通りだと言いたいところだが、お前とは穏便に事を済ませたい。何しろお前は腐っても春野の次期当主だからな。下手に傷つけるとじんに何を言われるか分からん」


 なるほど。父さんとの関係は未だに続いているらしい。たまに着物を送ってくれることもあってか、隆司にはまだ慈悲があった。


「……。小僧、あの純血と縁を切れ。じゃないとお前にとっても純血にとっても、良くない未来を迎えることになるぞ」


「例えばどんな」


「まずあの純血は二度と赤子を産めない体にされ、俺の息子によって殺される。七日と猶予があるが、あいつの人外に対する恨みは凄まじい。勢い余ってすぐに殺しちまうだろうな。

 それに、お前の身も保証しないぞ。俺はお前達の真実を両親に口外する。お前は村の(みな)がいる前で罪を告白し、自死してもらう。それとも安楽死を望むか? お前もあの時の忌み子のように楽にしてやれるぞ」


 ふ、と酷く優しい笑みで隆司は薄ら笑いを浮かべる。俺はそれに対して恐怖と苛立ちが浮かんでぐちゃぐちゃになった。


「……なんで、そんなことするんだよ。俺達はただ、幸せになりたいだけなのに!」


 そうだ。俺はエンジュと契約した。生涯共にいることを、エンジュが俺の目となり支えてくれることを。


 なのに、月代家は俺達の思いをぶち壊す気なのか。


「吸血鬼の純血なぞ、生まれた時から運命は決められているものだ。本来なら外の世界を知ることも無く過ごすだけのはずなのに、何を間違ったのか奴は外の世界の楽しさや愛おしさを知ってしまった。それがいけなかったんだ。

 奴は、家族と共に死ぬべきだったんだよ」


「どうして……どうして、そんなことを言うんだ」


「……。らちが明かないな。話し合いで決められないのなら実力行使でいくぞ」


「それだけはっ、それだけは辞めてくれ! 悪かった、俺が……俺が、エンジュと出会っちまったから……」


「ごめんなさい……ごめん、なさい……」


 男として情けない。涙が止まらない。俺は地面に地を着いて土下座をした。もうこれしか道はないのだ。


「…………。分かった。俺にも考えがある。着いてこい」


 そう言って、顔を上げると隆司は一足先に歩いていく。俺はそれにすがるように着いて行った。

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