10話 「放課後、夕焼けと共に」
四十分程道を歩き、バスに乗って再び歩いてようやく学校に着く。スマホで時刻を確認すると八時三分だった。
二年三組の教室に向かうと、見慣れた顔が何人かいた。
「おはよう、春野」
「よっしーおはよー」
「おっはー、よしえもん!」
左から佐々木悠乃。北川歩。宮本真由のJKトリオだ。
佐々木は俗に言うボーイッシュな同級生で、学校側は彼女のジェンダーを尊重してズボンを履くことを許している。
歩は気だるげで、いつも眠そうにしている女子生徒だ。それに対して宮本は元気ハツラツっ子でこっちまで眩しくなる。
「三人ともおはよう。今日も元気そうで何よりだ」
「そういう春野も顔色が良くて結構。あの辺境から歩きに歩いて、さらにバスに揺られてまた歩いてこっちまで来るんだから」
「労わってくれるだけでも嬉しい。ありがとう、佐々木」
「別にボク……いや、私は心から思ったことを口にしただけだよ。それに一人称の矯正というのも慣れないものだ。社会に出る将来に向けて、教師と約束をしたのだけれど……。そうそう破る羽目になりそうだ」
きっと進路のことだろう。この前の進路調査では佐々木は就職希望だったっけ。まぁ、かく言う俺も営業職希望なんだけども。
「まぁ程々に頑張ってくれよ? 世間に潰されないようにな」
「あぁ――君は嬉しいことを平気で口にする。ありがとう、数少ないボクの理解者よ。春野も家系に潰されないようにしてほしい」
「おっと。私としたことがボロが出てしまったね。これはノーカンということで、教師には内密にしてほしい。約束だよ?」
「お、おう。分かった。誰にも言わないって約束する」
その王子顔でそんな表情をするのは男としてズルい。ズルすぎる。顔が赤くなっていないことを祈った。
「これで契約は完了だ。他言すれば最後、君の大事なモノを奪うからね?」
……それってどういう意味でしょうか佐々木さん。そんなことを思いながら、ホールルームを告げるチャイムが鳴り始めた。
◇◇◇
無事に全ての授業を終え、放課後になった。生徒のほとんどは部活や遊びに行っており、教室には俺以外誰もいない。
「……俺も買い物に行くか。エンジュが待ってる」
「そのエンジュとやらは、君の大切な伴侶かい? 春野」
「佐々木」
「質問に答えてくれ。先程口にこぼした人物……エンジュとはいったい何者なんだい?」
「俺の知り合いだよ。まぁ、男女の友情って奴かな。今のところは」
「今のところ? 何か引っかかるなぁ。それは場合によっては恋人という解釈にも出来るのだけど」
「ぐっ……当たりだよ。詳しいことは言えないけど、段階を踏めばそうなっていく。悪いな、佐々木。もう誓い合った仲なんだ、俺達は」
「……。それは悪かった。そこまで言い切ってしまうのなら私もお手上げだよ、春野。あぁ、君のあらゆる初めてを奪いたかった。君の――君の大事なモノを奪って、私の物にしてみたかったのに」
佐々木はうつむき、顔を歪ませた。佐々木が言う大事なモノがどういう意味なのか分からないが、彼女が悲しそうなのは困る。なんたって俺の高校で初めて出来た友人なのだから。
「あぁ、慰めてくれるのかい? 春野。私は頭なんて撫でられたのは久しぶりだよ。でも、先客がいたのは流石にズルいぞ。君が私の理解者であるのなら、恋人にでもなって縁を結ぶことが出来たかもしれないのに――!」
「……悪い、佐々木。けどそういう関係なんだ、俺とあいつは。でも俺は親友と言っていいくらいお前の理解者で、友人だ。だから卒業するまでは理解者のままでいてくれ。じゃないと、俺が困るから」
「……分かったよ、春野。君にそこまで言わんとする意思があるのなら、これ以上私は追及しない。――あぁ、一度でいいから君の真の愛情を受けてみたかった」
ほろりと涙を流して笑う佐々木の顔は、夕焼けに溶け込んでこれ以上にない美しさを放っていた。
それで耐えきれなかったのか、俺の理性のタガが外れて佐々木を抱きしめていた。それが何秒か何分だったのかは分からない。
けれど、佐々木の悲しむ顔は見たくなかったから。佐々木が泣き止むまでずっと俺はそうしていたのだった。
佐々木ルート ~完~




