代わりはいくらでもいる
――アイザック、貴方は残酷な事をなさるのね。きっとここにどれだけいたとしても、私達の間には何も育たない気がするの。期待に答えられなくてごめんなさいね。
☆ ☆ ☆
そこは別荘というより、どこかの宮殿のよう。
平地の村からそのまま山に向かって少し登った高台に開けた土地。遠くには白い雪山が聳え立ち、門から玄関までのアプローチ回りを飾る植物にはうっすらと白いベール。
アイザックの話では前国王の父君が幼い頃に貰い受けた別荘で、誕生日の贈り物だったらしい。
現在の国王から見て三代前で、それを代々の第一王子が譲り受けて来た。今はまだアイザックの所有財産だが、ウィリアムの物となるのも時間の問題だろう。
――王家のする事は破格ね。
ここには国王より命を受けた管理者が住んでいて、王家の人間が訪れる時の為に手入れを欠かさない。
二人が婚姻の儀を上げてから訪れるのは初めてだ。というよりシャロットは愛人だったのだから、この別荘の存在は知っていても王宮やその他の建物を自由に出入りできる立場にはなかった。
そしてそんなシャロットに尽くす事を良く思わない面々もいたかもしれない。
なのに正面玄関前には大勢の使用人達。
寒さで凍える彼女を総出で歓迎してくれている。
「アシュリー殿下、並びに妃殿下。此度は誠に喜ばしく、使用人共々心よりお祝い申し上げます」
「皆、心よりの歓迎を嬉しく思う。これが我が妃のシャロットだ」
アシュリーが王子らしい態度。シャロットも相応の振る舞いで隣に並ぶ。
――寒くてたまらないわ。
乗って来た馬車の後方には、侍女や従者達の乗った馬車がずらりと並んでいる。
その馬車からぞろぞろと身体を縮こまらせながら降りて来る彼らと、警護の騎士達。
先に降りた侍女のサラは寒さのせいか、鼻も耳も赤い。
「妃殿下、そのままではお身体を壊されてしまいます」
コートの上からさらにショールを羽織らせてくれた。
彼女が寒そうな格好をしているわけではないし、毛皮を羽織ってもいない。
それなのに寒さが身を切りそうなのは気温が氷点下だからで、誰だって風邪を引きそうなくらいだ。
「私共の事はお気になさらないで下さい」
「私の世話をしてくれる貴方達が寝込んだら意味ないでしょう」
「代わりはいくらでもおります。ですが、妃殿下の代わりはいらっしゃらないのですよ」
そんな言葉をくれるサラの健気さが悲しい。
――だって私の代わりはいるのだもの。
「そうだと良かったのにね」
思わず呟いてしまった。
――アシュリーの耳に届いていないといいなと思う私は本当に可愛くない。
☆ ☆ ☆
「夕食前のお着替えには伺いますが、コルセットはいかがなさいますか?」
「やめておくわ、ありがとう」
「では、ごゆっくりなさいませ」
別荘内の妃殿下専用の部屋で手足を洗って着替え、ホッと一息吐く。
少し横になるから一人にして欲しいと言うシャロットを心配そうに振り返りながら部屋を後にするサラ。
「はぁ……湯浴みして温めたら少しは楽になるかしら」
腰がいつも以上に痛むのは寒さよりも、アシュリーとずっと一緒で気を張っていたからだろう。きっとそのせいで姿勢にも力が入ってしまったのだ。
「明日は積もるといいな」
誰に対してでもないのに、つい呟いた。
窓の外は到着を待っていたのか、雪が激しく振り始めている。
さっきまでとは別世界で、迷い込んだような不思議な感覚だ。
いっそこのまま外に出られない降雪量になれば、アシュリーはこの部屋に閉じ籠るしかなくなるのではないだろうか。
「そんなわけないわ、きっと」
とりあえずこの別荘の近辺で大人しくしてくれればそれでいい。
「シャロット、元気か?」
アシュリーの事を考えていたからか、部屋をノックする音には気づかなかった。
――ああ、ノックしなかったのね。
「ねぇ、アシュリー。ここ以外にも貴族の別荘はたくさんあるのでしょう?」
「緩やかな馬車道を登る途中で、二手に分かれる道があっただろ」
窓を眺めていたシャロットの側にやって来た。
「確か、私達は上側に登ったのよね?」
「そう。他の貴族連中の別荘はもう一つの下道を行く」
「まるで社会的立場そのままの構図ね」
「連中が別荘にいたら明日にでも挨拶に来るはずだ。この季節だから、まず誰も来ないだろうがな」
「そうなのね」
「連中と茶会でもしたかったのか?」
「まさか、そんな趣味ないわ」
「だろうな。君は殊勝ではない」
――もしも挨拶が必要なら着替えないといけないかと思ったのよ。
「アシュリー。貴方、この別荘の外で女探しなんかしないでしょうね」
「別荘の中でならいいのか?」
彼は悪い顔で微笑む。
「ここに何しに来たか、目的を忘れたわけではないでしょう」
そう言うと、目の前の顔の眉間に皺が寄る。
「わかっているさ。ただし、君次第だ」
「貴方の妻だもの、一応」
窓の外に見える雪山はかなり吹雪いているようだ。きっとここも明日を迎える頃にはそうなっているだろう。
――吹雪の中で、私という女が埋もれてしまえばいいのに。そうすれば、ここでの暮らしが何とも思わずにいられる。
「まるで私のようだわ」
ぽつりと口から零れた言葉は窓を叩く雪音に紛れて消えていく。
だからアシュリーが悲しそうにシャロットを見ていたなんて気づかなかったのだ。




