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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第二部 王太子妃は悪を目指す

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14.紡がれる計画 1


カマキリの疑問は当然だろう。


なぜ、リリアナが魔族と人の混血児(ヴェルミッシュ)という名前を知っていて、彼らが取り返したいと願っているものを把握しているのか。

魔族と人の混血児(ヴェルミッシュ)の悲願を交換条件に、リリアナが成し遂げたいこととは何か。


普通に考えたら、どれもあり得ないことだ。

大禍の一族と同じく、魔族と人の混血児(ヴェルミッシュ)の名前はどこにも刻まれていない。

スリベグランディア王国はもちろん、ユナティアン皇国でさえその名は消滅している。伝承にさえ、かけらも残っていない。


理由は簡単だ。魔王レピドライトが帝国を樹立し、その国が滅びた後、魔族と人の混血児(ヴェルミッシュ)の名が残っていては困る者たちが居た。それだけだ。

彼らは権力を持っていたから、大陸全土からその名を奪うことも比較的、容易かった。


時が経てば、名前は消える。

名前を失えば、彼らは()()()()()()()()()になる。

力を奪われ、もしくは封じられ、散り散りになってしまえば、名前と自身を奪い返す機会さえ永遠に失う。


リリアナは前もって、カマキリが投げかけた質問の答えを用意していた。

とはいえ、正直に答えるつもりも、嘘を吐くつもりもない。


「詳細は申し上げられませんけれど、シディが──死の虫(デス・ワーム)はあまりにも感性(センス)がありませんので、わたくしはシディと呼んでいますの──わたくしに色々と協力してくれていましたから。わたくし、これでも使用人は大切にする方ですのよ」


その言い分が胡散臭いと思ったのか、カマキリは何とも言えない表情を浮かべている。

リリアナはにっこりと笑った。


「もちろん、シディは自ら話をしたりはしていません。一族がそれを許すとも思えませんもの。それでも、大禍の一族と呼ばれる者たちも、よくよく見れば一つではありません。わずかながら、しかし大きな違いがある。その差は? 考えると、一つの答えに辿り着きますわ」


嘘のように思える答えでも、その欠片(ピース)で全てが矛盾なく説明できるのであれば、それが唯一の答えだ。


大禍の一族は、裏切りを許さない。

任務に失敗したものは、命を奪われる。

実際、幼いリリアナが乗る馬車を襲撃した刺客は、捕らわれた後に自害した。彼らは徹底的に教育されている。例外はないと言う。

当時のリリアナは刺客が大禍の一族であるとは知らなかったが、後から振り返ればほぼ間違いないだろうと思う。

一族の刺客は首筋に烏のような刺青が入っていると聞く。リリアナが捕えた刺客にも、首の後ろに小さな印があった。


隷属の印に似た、刺青だ。

だが、リリアナの父エイブラムが実行しようとした、もしくは叔父サミュエルが魔導省元長官ニコラス・バーグソンに施した隷属の術で浮かび上がる印とは、わずかに違う。

つまり、大禍の一族が使っている術は、リリアナが知る魔術や呪術とは違う系統だ。


一方で、一族が配下の刺客に着ける印は、オブシディアンの体にはなかった。

見る限りでは、カマキリの体にもない。


その印を付ける必要がないのか。

それとも、()()()()()()()()


その上、オブシディアンはかなり自由奔放に振る舞っていた。

大禍の一族に従う普通の刺客なら、すぐに殺されるのではないかと思えるほど、勝手気ままだった。

それなのに、オブシディアンは殺されていない。殺害命令は出ていたのだろうが、彼は全く意に介していなかった。


それはカマキリも同じだ。

現役ではなくなったのに、後進を育成するためという大義名分で生き残っている。

そして、一族ではないリリアナの前に顔を出し、暗殺技術を教えてくれた。

普通に考えれば、妙な話だ。

一族の暗殺技術は門外不出のはずである。カマキリを信用していたとしても、全く関係のない、それも公爵家の令嬢に指導をすることなど許すはずがない。

彼もまた、オブシディアンと同じく例外的な存在だった。


カマキリは、胡乱な表情を隠さない。

リリアナの説明は、確かに理に適っていた。だが、それだけではまだ不足がある。


「確かに、あんたの言う通り、大禍の一族はいろんな出自の奴らの寄せ集めだ。とはいえ、今は大半が一族に小せぇ頃から育てられて、首輪繋がれてる奴らばっかりになっちまってる。そんな中で、どうやってお嬢さんは魔族と人の混血児(ヴェルミッシュ)なんて名前を知ったんだ」


誤魔化されないと、カマキリは低く尋ねた。

殺気が滲んでいる。裏社会に身を浸している人間でも命の危険を覚えるような、そんな鋭さがあった。


だが、リリアナは嫣然と微笑む。


「焦っても良いことはありませんよ。まだ時間はありますから、ごゆっくりなさってくださいな」


カマキリは顔を顰める。

彼は、どうにもリリアナの態度にペースを乱されていた。

小さく舌打ちを漏らし、息を吐く。そして、無言でリリアナに話の続きを促した。


リリアナは微笑を深める。

ことさらゆっくりと、少し冷めた茶を飲んだ。


「貴方は、気が付いたでしょう。今は収まるべきところへ収まりましたが、この国は一時、魔王レピドライトの魔力に浸されていました」


ぴくりと、カマキリの頬が痙攣する。しかし、それ以外の表情は変わらない。

さすが、長年大禍の一族で刺客を務めて来ただけある。

リリアナは視界の端にカマキリの反応を全て収めて、茶器をテーブルの上にゆっくりと戻した。


「貴方もお気づきの通り、わたくしの体には魔族の力があります。元々は──貴方に色々とご指南をいただいていた頃には、このような力はありませんでしたが、その後、ご縁がありまして増えましたの」

「──あっさりと纏めやがったな」


ぼそりとカマキリは呟く。

リリアナに対する苦言でもあったが、リリアナに深く尋ねようとはしなかった。


魔族と人の混血児(ヴェルミッシュ)にとって、魔族は自分たちの上位種だ。人間は自分たちよりも弱く脆いから優位に立てるが、その血が混ざっている彼らは決して魔族に勝てない。

リリアナの体内にある魔力が、単なる魔力ではなく、少なくとも高位の魔族のものであることは察しがついていたのだろう。もしかしたら、レピドライトの力であることも薄々察していたのかもしれなかった。


そして、そんな上位の存在が関わる事柄に、カマキリは決して首を突っ込んで来ない。

リリアナはそう判断したのだが、読みは間違っていなかった。


あくまでもリリアナの推測だが、魔族は人間の世界よりも弱肉強食だ。レピドライトの魔力を取り込んだリリアナが、魔族と同じ呪文で魔族と人の混血児(ヴェルミッシュ)であるオブシディアンを機能停止に追い込めたのだから、その判断はあながち間違っていないはずである。


全てを説明したわけではないが、疑問が解決しておらずともカマキリはこれ以上質問できない。

そう判断して、リリアナは嫣然と微笑んだ。


「二つ目の質問──わたくしの望みをお伝えしても、宜しいでしょうか?」


カマキリは、棒を飲み込んだような表情になる。

だが、口を開くことはなく、彼は静かに頷いた。



*****



リリアナがスリベグランディア王国の王宮で、カマキリと話をしている頃──。

ユナティアン皇国ヴェルクより更に南の山の中で、一人の少女と妖艶な女、そして屈強な肉体の男が、三人で顔を突き合わせていた。


「──それで? 逆五芒星(ペンタグラム)が、どこにあるって?」


呆れた表情を隠さないのは妖艶な美女──ジーニーである。

隣に座る男、ヨルクは苦笑して空を仰いでいた。

もっとも、鬱蒼と木々が生い茂っているため、空など全く見えないのだが。


多少(なら)された、かつては広場があっただろう場所だ。

倒木にジーニーが腰掛け、ビエラとヨルクは地面に座っている。


ジーニーの強い視線に晒され、ビエラは「うぅ……」と呟き、居た堪れなさそうに肩を竦めた。


リリアナが見れば、少しばかり驚いたかもしれない。その姿は、リリアナの記憶にある、前世の乙女ゲームで描かれていたビエラの絵柄から想像できる彼女の性格とかけ離れていたからだ。

乙女ゲームで主人公(ヒロイン)として描かれていたビエラは、一人で凛と立つ、強い少女だった。どこかぽっきりと折れてしまいそうな危うさもあったが、大切な存在を失った絶望と復讐心で一皮剥けたのだ。


だが、今のビエラはそんな過去がない。

確かに両親の顔も知らずに、各地を放浪して追っ手から逃れるような生活をしていたし、ビエラを利用と近付く者も多かった。だが、ジーニーに拾われてからのビエラはずっと幸せなのだ。

少しでもジーニーに恩を返したいと思って、彼女の助けになりたいと願ってきた。


だから、確かにビエラは言った。


──逆五芒星(ペンタグラム)を、知っている。


遠い記憶だが、ビエラを「姫様」と呼んでいた老婆が、そんなことを言っていた記憶があるのだ。

だから、全くの嘘ではない。

とはいえ、まさかこんな風に必要になるとは思っていなかったから、ビエラはそこまで真剣に聞いていなかったのだ。

そもそも、老婆と過ごしていたのだって随分と幼い時だったのだから、はっきりと理解していなかったとしても仕方がない。


それでも、やはり申し訳なさと恥ずかしさは、はっきりとビエラを襲っていた。


「そのぉ……ヴェルクにはあるんですけど、ないっていうかぁ……」


なんと説明すれば良いのか分からず、ビエラは半泣きになりながらそういう。

ジーニーは大きく溜息を吐いた。ヨルクは堪え切れないというように、肩を震わせて笑っている。


「本当なんですって! なんていうか、端っこがヴェルクにあって、もう片方は別の場所にあるんですっ」

「そんなあやふやな情報で、あんだけ大口を叩いたってわけかい、あんたは」


しみじみとジーニーが首を振る。

とうとう、ヨルクは爆笑した。


「やっぱり面白ぇな! ビエラって名前だからどんだけ可愛いお嬢ちゃんなのかと思ってたが、根性はあるし肝は座ってるし、見どころあるじゃねえか」

「ヨルク、あんた何面白がってんだい」

「いやあ面白いだろ。俺がお前に会った頃みてぇだわ」


その瞬間、ふざけてんじゃないよとジーニーが目にも留まらぬ速さで腕を振りぬく。すぱーんと小気味の良い音が響いて、ヨルクは「いてっ」と言った。だが、それほどの痛痒も感じていないようで、ヨルクはにやにやと笑いながら叩かれたところを手で撫でている。

そして、ヨルクは「でもなあ」と言った。

地面に座り直して、改めてビエラを見る。

ビエラは、心底申し訳ないというような表情をしていた。


「ビエラは嘘を言ってないと思うぜ。確かに、俺たちの探してる漆黒の呪いの根っこはヴェルクにあるんだろうよ。だが、その正体を掴むためにはヴェルクじゃあ見つからねえ。他の場所の方が、()()()()()()()()()すぐに見つかるし、干渉もしやすい。そういうことじゃねえか?」

「──なるほどねえ」


ジーニーは顎を指先で撫でる。

くるりと目を回して、改めて自分たちの周囲を見回した。


山の中だが、かつては小さな集落があったのだろう。

そして、三人が居るのは祭壇の跡地だった。祭壇と言っても、ゼンフの神殿にあるようなものではない。

三人が居る、もはや跡形もないが、かつては広場だっただろう場所。

その場所自体が、何かしらの宗教的儀式が執り行われていたように見える。

もっとも、歴史学者でも何でもない三人には全く正体が掴めない。


「そう考えりゃあ、むしろこういう場所の方が、なにか手掛かりが掴めるのかもしれないね?」


漆黒の呪いの正体は、ジーニーにもヨルクにも分からない。

だが、もしそれが何かしらの呪術であるのならば──まさに、祭壇は親和性が高いのではないか。


ジーニーとヨルクがそう思うのも、無理なからぬことだった。



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