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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第二部 王太子妃は悪を目指す

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12.緋色に染まる未来 4


王立騎士団八番隊隊長、カーティス・パーシング。

彼が直接、王族に会うことはほとんどない。

もちろん国王や王太子の命令が出される事はあるが、そう言う時は団長のトーマス・ヘガティや副団長のマイルズ・スペンサーが間に入る。


一応、カーティスも子爵家の子息であり、貴族の末席に名を連ねているから、騎士としてではなく貴族として王宮を訪れたこともある。だが、彼は五男であり、また貴族といっても末端も末端であるが故に、当然王族と対面したことはなかった。

王立騎士団に入団して見習いを経た後の叙任式が、最も王族に近づいた瞬間だ。


その彼が、なぜだか今は王族の──それも、まず使われたことはないだろう、王太子妃専用の客間に通されていた。突然の呼び出しで、それも急ぎだというから、訓練で汗をかいた隊服のままである。

緊張に体を固くするカーティスの前で、綺麗に着飾った王太子妃リリアナは花のような香りをさせ、微笑を浮かべていた。


「忙しい中にわざわざ来ていただいてありがとう」

「いえ、そんな──もったいないお言葉に存じます」


普段は落ち着いて動じることのないカーティスが、珍しく口籠る。

間諜として宮殿や高位貴族の屋敷に潜入する時は堂々としているのに、役柄にはまっていない今は、どのように対応すれば良いのか分からなかった。頭が真っ白になるカーティスの前で、リリアナは穏やかな表情を崩さない。


リリアナは、カーティスと二人分の茶を出した侍女に、下がるように告げた。

侍女は恭しく頭を下げて、そのまま立ち去る。扉はわずかに開いたままだ。

カーティスは王立騎士団の隊長で信頼されているが、王太子妃と部屋で二人きりになるわけにはいかない。

だが、リリアナは自分たちの会話を聞かれたくはなかった。無言で、防音の結界を張る。


扉の外で警備に当たっているエミリアが気付いた気配がした。リリアナは口角を上げる。


(気が付いてもすぐには踏み込んで来ない。成長しましたね、エミリア)


近衛騎士になったばかりのエミリアは、少しでも異変を感じるとすぐにリリアナの元に駆け付けて来た。

元々、彼女は乙女ゲームの主人公(ヒロイン)になる資格の持ち主だ。稀有な光魔力を有し、その量も多い。

だからこそ、これまで誰も気が付かなかったリリアナの魔術に勘付けるのだ。

確かに王太子妃の護衛としては得難い資質だが、リリアナにとっては迷惑である。


エミリアが近衛騎士となるまでは、リリアナはライリーの目さえ誤魔化せれば十分だった。ライリーもリリアナの仕業に気が付くことがある。だが、彼の場合は魔術の発動が契機ではなく、直感とでも言うべき()()がきっかけだった。

そのせいか、ライリーがリリアナの行動に勘付くのはリリアナの身に危険が迫る時が多い。


一方で、エミリアは魔術の発動に勘付く。

天才魔導士のベン・ドラコやベラスタ、ペトラと違って、具体的にどのような魔術なのかは分からないらしい。

ただ、「リリアナが魔術を発動せざるを得ない事態に陥った」と直感するようだ。そして、奇しくもその直感は良く当たる。問題は、()()が必ずしもリリアナにとって悪い時ばかりではないということだった。


以降、何度かエミリアを説得し、ようやく魔術の発動を感知しただけでリリアナの元に駆け付けて来ることは減った。

とはいえ、先日リリアナが大禍の一族に攫われてからは、以前のような心配性に戻りかけていたのだが、今のような場では理性が勝つようである。


「今日はわたくし、貴方に伺いたいことがありますの」


一旦意識をエミリアから切り離して、リリアナはカーティスに視線を向けた。

生真面目な風貌のカーティスは、王太子妃を前にして緊張した面持ちである。

自分より遥か年上の八番隊隊長を眺め、リリアナは微笑ましい気持ちになった。


「は──自分でお役に立てることでしたら」


見た目に相応しく、カーティスは慎重に答える。

リリアナは微笑を深めた。


「ええ、貴方以外にご存じの方がいるとは思えなくて」


告げられた王太子妃の台詞に、カーティスはきょとんと首を傾げる。

王太子ライリーはもちろん、王太子妃が優秀であることは、騎士団の人間ならば誰でも知っていた。

騎士団長ヘガティからも聞いているし、()()()()()傭兵ジルドが唯一、言うことを聞く相手である。


そして、王太子夫妻の側近たちも王国屈指の人物であることも周知の事実だ。

それにも拘わらず、リリアナはカーティス以外は知らないだろうと言う。


どういうことかと眉根を寄せたカーティスに、リリアナは全く変わらない表情で、柔らかく尋ねた。


「裏家業の水先人を、教えていただきたいの」


それは、流行の意匠家(デザイナー)を知らないかと問うかのような口調だ。

だが、意図することは全く穏やかではない。


「は──、」


王太子なら、まだわかる。

ただ、カーティスの前に居るのは間違いなく王太子妃だ。

優れた魔導士だと話にだけは聞いているが、まるで裏社会とは縁のない女性だ。

その彼女の口から、裏家業の水先人という言葉が出るとはついぞ思っていなかった。


それでも、さすが八番隊隊長の座に上り詰めただけある。

カーティスは、すぐに自分を取り戻した。多少まだ茫然としていたが、彼は恐る恐る口を開いた。


「裏家業、と言いますと」

「言葉の通りですよ。八番隊は反逆や謀反を取り締まるのですから、繋がりはあるでしょう」


リリアナは、確信していた。

王立騎士団の騎士は、裏社会のことなどほとんど知らない。多少は把握しているかもしれないが、騎士と無法者(かれら)の生きる世界は根底から異なる。

だが、八番隊であればそんなことは言っていられないはずだった。


反逆者は、必ず裏社会と通じる。


調査を重ねるためにも、裏社会との繋がりは重要なはずだった。


「それは──無論、ないとは申しませんが、しかし」


カーティスは躊躇う。

如何に王太子妃といえども、大人しく情報を渡して良いものか──そんな苦悩が、彼の双眸に過った。


だが、リリアナは構わなかった。

優秀な八番隊隊長が、女の身であるということで王太子妃(じぶん)を心配していることは分かっている。この世界では良くあることだ。

エミリアもまた、近衛騎士となった後も女であることを理由に危険から遠ざけられていると憤っていた。オースティンも多少、その気があるとエミリアは言う。だが、彼の場合はエミリアが女だからではなく、エミリアだからこそ心配していた。その二つには大きな隔たりがあるのだが、エミリアはあまり意識していないようだ。


リリアナは、手に取るようにカーティスの心境を把握しながらも、一切斟酌しなかった。


「そう。ご存じなのね。良かったわ」


敢えて明るく、彼女はにっこりと微笑む。

知らなければ全ては振り出しに戻るところだった。

だが、間違いなくカーティスは知っている。それならば、あとは計画通りに事を進めるだけだった。


こっそりと、カーティスには気付かれないよう魔力を彼に向ける。

繊細なまでに柔らかく、言葉の振動に魔力を纏わせ、少女はその言葉を紡いだ。


「その者の名を、()()()()()()()()()()()()()()()?」


禁術と言うほどでもない。

しかし確実に、精神に強制力を持たせる言葉。

リリアナは、人には決して不可能な能力を呆気ないほど容易く行使した。


僅かに、カーティスの目が虚ろになる。

自我を失うほどではない。だが、彼を押し留めていた理性はあっさりと脳の奥底に押し込まれる。


「──テンレック」


あっさりと、その名が紡がれる。


()()()?」


知っていることを全て言ってしまえと、リリアナは妖しく誘惑する。

何の疑いも抱かず、カーティスは答えた。


「北の素性を持つ男。ポルニ通りの手前、小汚い酒屋の主」

「店の名は?」


一瞬、理性が戻りかけたのか、カーティスが言葉に詰まる。

しかし、彼はパーシング子爵家の五男であり、魔力もそれほど強くはなかった。


「──詩の蜜酒」


逡巡は一瞬だった。彼はテンレックが営む店の名を口にする。

リリアナは、目を瞠る。


詩の蜜酒。

それは、アルヴァルディの子孫が語り継ぐ物語だ。

リリアナも詳しくは知らないが、ジルドから聞いたことがある。

特別な酒で、その酒を飲むと万物を語ることができるようになると言う。


スリベグランディア王国では大して意味を持たない名前だが、アルヴァルディの子孫にとっては特別なものなのかもしれない。


「そう──詩の蜜酒という酒屋の主で、()()()()()()()()()()()()()()


うっそりと、リリアナは笑みを浮かべて呟く。

予想だにせず判明したその事実は、リリアナにとっては間違いなく、追い風だった。




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