女学生のその後
「まもなく2番線に、不忍・三鷹院方面がまいります。 危ないですから黄色い線までお下がりください。」
鳳駅のホーム。
駅員室から戻り、梓と共に電車を待っていた。
『……お兄さん、良かったなぁ。』
トントンと、肩を叩かれる。
隣に立つ、背の高い梓を見上げる。
「穂花、ぼーとしてないで乗るよ。」
降りる人を待って、梓に続き、電車へ乗り込む。
車内は女性しか居らず、女性専用車両だというのがすぐに分かる。
『別に気を遣わなくていいのに……』
降りる駅も近いので、2人で扉端に身を寄せる。
「穂花、コーチから連絡きた?」
「うん。 早く終わったのも伝えたけど、今日は朝練休んでいいみたい。」
「相変わらず、コーチは……」
そんな呟きが漏れる梓の表情は柔らかい。
中学の頃から一緒に居るせいか、クールな彼女の気持ちが多少読み取れる様になった。
この表情は、コーチに憎まれ口を叩きつつも、優しい気遣いに惚れ直している。
『私は、いつからこうなっちゃったんだろ。』
時折、ふと考えてしまう。
「穂花、あの人のお礼は今日の放課後、買いに行く?」
「うん、そうしようかな。」
私はどうしようもなく、年上の男性に惹かれてしまう。
いや、惹かれるというよりは求めているのだろう。
「穂花……やっぱり、家族には連絡しなくていいの?」
「お母さんには私から伝えるし、お父さんはうん……」
「ん、分かったよ。」
私の家族は少し歪だ。
それは厳格な父の存在が大きい。
ブブブと震えるポケットのスマートフォン。
取り出して、画面のRAIN通知を覗く。
『穂花、お父さんが交通事故に巻き込まれてしまって。 倉橋駅に着いたら、タクシーを使って倉橋市民病院まで来て。』
母からの連絡だった。
私は頭が真っ白になりながらも、母の指示に従った。
***
「娘さんですか? お母様はこちらです。」
病院の受付窓口。
名前を伝えると、看護師の方に案内される。
前を歩く看護師を追って、白で統一された病院の廊下を進む。
隣には、梓が肩を並べる。
私だけでもいいと言ったのに、「そんな顔じゃ、1人にできないよ。」と返されてしまった。
「こちらでお待ち下さい。」
背もたれのないロビーチェア、そこに座り、祈る様に手を合わせる母の姿。
通路の奥には、テレビドラマでしか見たことのない、手術中の赤ランプが上についた扉。
「お母さん。」
「穂花……」
顔を上げた母は、悲痛な面持ち。
横へ座り、丸くなった背中に手を伸ばし、ゆっくりと撫でる。
私にはこれぐらいしかできない。
「梓ちゃんも来たのね。」
「うん、梓も心配だから来てくれたの。」
「そう……」
横に座り、母から事故のあらましを聞く。
父はバスを降りて会社へ向かう途中、歩道に乗り上げた乗用車に轢かれたらしい。
車の運転手は何らかの病気を発症し、運転中に気絶。
ハンドルが手放され、曲がり角で車は曲がらずに、歩道へと暴走した。
「どうして、こんな目に……」
母にかける言葉が見つからない。
口を閉じて、下を向いて、目を瞑る。
『私のせいなのかな……』
ちょうど1ヶ月前だろうか、私は父からの重圧に耐えきれず、悪い事をしたくなった。
それがどうなるかも考えず、いつもは女性専用車両に乗るのを、梓に今日はこっちにしようと提案した。
『あのおじさんは優しそうで、私が思う父親の匂いがした……』
やっぱり怖くて、幾度かやめて諦めた中、おじさんに出会った。
『この人なら、私のお父さんの代わりになってくれそう……』
でも、私のせいで、おじさんに迷惑をかけてしまった。
違うんです、これは私からしたことなんですと。
そう真実を伝える事が出来てれば、本当のお父さんがこんな事にならなかったのかもしれない。
因果応報だ。
思考がぐちゃぐちゃで、考えがまとまらない。
顔を上げて、息を吐く。
扉を見ると、いつの間にか赤ランプは消灯していた。
「旦那は……旦那は大丈夫でしょうか。」
母の矢継ぎ早な質問に、看護師が対応する。
聞こえるその説明で、父の手術は無事終了し、足の骨折が故にリハビリは必要だが、命に別状はないらしい。
「穂花、良かったね。」
「うん。」
その時だった、けたたましい警報の音が鳴り響く。
料理中に誤作動で感知した、住宅用火災警報器を思い出す。
「な、何が起こってるの……」
すると、父を病室へ運んでいった看護師が戻ってきた。
「ご家族の皆さん、火事等の心配はございません。 ただ、私共も原因究明が出来ておりません。 安全を確保できるまで、今しばらく、お父様とご一緒に病室でお待ち下さい。」
それから、私達はその指示に従い、エレベーターを使い6階まで上がり、部屋番号を確認して、端にあった目的の個室へ入る。
「貴方……」
母はベッドの横へ行くと、眠る父に手を添え、丸椅子に座る。
「ねぇ、あれなに?」
窓際に寄って、カーテンを開いた梓。
下を覗いている。
私も隣へ行き、透明な窓から下を覗く。
「え?」
黒色のそこそこ大きな犬だった。
パッと数えて5匹は居る。
それが、入口の中へ駆けていくのが見えた。
「今、何が起こってるの?」
梓が震える様に、言葉を漏らす。
私は怖くなり、慌てて扉の鍵をかける。
どれだけ待てばいいのか、そんな不安に苛まれながら、4人で病室に籠もり続けた。




