最終話 これからも
「宗春さん、まだですか?」
「あと17分」
「さっきもあと17分って言っていませんでした?」
「言ってない。さっきは18分」
「ほとんど変わっていません」
星奈は不満そうに頬を膨らませると、俺のベッドの上で膝を抱えた。
大晦日の午後11時43分。
下で年越しそばを食べ終えた俺たちは、新しい年になる瞬間を一緒に迎えるため、俺の部屋へ戻ってきていた。
「時間って、待っていると進むのが遅いですね」
「寝たら一瞬だぞ」
「寝ません」
「さっきからあくびしてるけど」
「していません」
「しただろ」
「あれは深呼吸です」
「口から?」
「細かいことを気にする男性は嫌われますよ」
「誰に?」
「私にです」
「それは困るな」
俺がそう答えると、星奈は少しだけ目を丸くした。
それから、隠しきれないように口元を緩める。
「でしたら、もう少し優しくしてください」
「眠かったら肩くらい貸すけど」
「借ります」
返事が早い。
星奈はベッドから下りると、床に座っている俺の隣へ来た。そのまま肩に頭を預け、俺の腕へ自分の腕を絡める。
「おい。肩だけじゃなかったのか」
「腕も借りただけです」
「返ってくる?」
「返してほしいですか?」
「いや、別に」
「では、ずっと借りておきますね」
星奈の髪が頬に触れる。
シャンプーの甘い匂いがして、急に落ち着かなくなった。
部屋の時計を見る。
まだ午後11時47分。
「宗春さん」
「ん?」
「今年は、楽しかったですか?」
「急だな」
「もうすぐ終わってしまいますから」
「そうだな……」
星奈と過ごした時間を思い返してみる。
一緒に学校へ行って、帰ってきて、くだらないことで言い合った。
文化祭では人目も気にせず距離を詰められたし、体育祭では好きな人として大勢の前を一緒に走った。
嫉妬した星奈に振り回されたことも、何度あったか分からない。
クリスマスには、あんな格好まで見せられた。
普通なら、疲れたと答えても許されると思う。
「楽しかったよ」
でも、口から出たのはその言葉だった。
「今までで1番ってくらい」
「……本当ですか?」
「こんなことで嘘つかない」
「私が隣にいたからですか?」
「それ以外に何があるんだよ」
星奈は何も言わなかった。
ただ、俺の腕を抱く力が少しだけ強くなる。
「私もです」
小さな声が肩の近くから聞こえた。
「宗春さんと一緒にいられた今年が、今までで1番幸せでした」
「そういうの、真顔で言うよな」
「大切なことですから」
「こっちが恥ずかしくなるんだよ」
「私はもっと言ってほしいです」
「欲張りだな」
「宗春さんのことだけは、欲張りでいたいんです」
星奈が顔を上げる。
すぐ近くにある瞳が、真っ直ぐ俺だけを見ていた。
「あと3分です」
「急に時間進んだな」
「スマートフォンを見てください。時計がずれていたら困ります」
「どれだけ本気なんだよ」
「新しい年になって最初の挨拶は、宗春さんにしたいんです」
俺はスマートフォンを机の上に置き、時刻を表示させた。
午後11時58分。
数字が変わるのを、2人でじっと見つめる。
午後11時59分。
「宗春さん」
「今度は何?」
「こっちを向いてください」
「時計を見なくていいのか?」
「新しい年に最初に見るのも、宗春さんがいいので」
「俺の顔より時計の方が正確だぞ」
「そういうことではありません」
星奈に腕を引かれ、身体ごと向き直る。
目の前には、少し緊張したような星奈の顔。
俺たちは何も話さないまま、机の上の数字が変わる瞬間を待った。
あと10秒。
星奈の指が、俺の指の間へ入ってくる。
あと5秒。
どこか遠くから、年越しを待つテレビの声が聞こえた。
3。
2。
1。
スマートフォンの表示が、1月1日午前0時00分に変わる。
「あけましておめでとうございます、宗春さん」
「あけましておめでとう、星奈」
新しい年の最初に見た星奈は、これまでで1番幸せそうに笑っていた。
「今年もよろしくお願いします」
「こちらこそ」
「それから――」
星奈は繋いだ手を離さないまま、俺との距離をもう少し縮める。
「来年も一緒に過ごしましょう」
「今年、始まったばかりだけど」
「来年の分まで予約しているんです」
「今年は?」
「今年はもう決まっています。ずっと一緒です」
「俺の予定、勝手に全部埋められてない?」
「嫌ですか?」
星奈の瞳が不安そうに揺れる。
冗談だと分かっているくせに、こういうときだけ心配そうな顔をする。
だから俺は、繋いでいた手を握り返した。
「嫌じゃないよ」
「本当ですか?」
「今年も、来年も、その次も。一緒にいよう」
「……はい」
星奈が俺の胸へ飛び込んでくる。
受け止めると、背中へ腕が回された。
「宗春さん」
「ん?」
「新年最初のお願いをしてもいいですか?」
「聞くだけ聞く」
「今年も私だけを見ていてください」
「それ、お願いする必要ある?」
「ありませんか?」
「もうそうしてるから」
星奈が顔を上げる。
その頬へ手を添え、額にそっと口づけた。
「今年もよろしくな、星奈」
「はい。よろしくお願いします、宗春さん」
窓の外から、遠くのお寺の鐘が聞こえてくる。
新しい年になったからといって、明日から何もかもが変わるわけじゃない。
朝になれば2人で初詣へ行く。
学校が始まれば、またくだらないことで言い合うだろう。
星奈が嫉妬して、俺が困って、それでも最後にはこうして隣にいる。
きっと来年も、その次の年も同じだ。
「大好きです、宗春さん」
「俺もだよ、星奈」
物語なら、ここでページを閉じるのかもしれない。
だけど、俺たちにとっては終わりじゃない。
1月1日、午前0時00分。
俺と星奈の新しい1年は、今、始まったばかりなのだから。




