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第七話

「おはようございます、アダム様」

「おはよう。良く眠れたかな?」

「それはもうぐっすりでした。素敵なお部屋を貸していただいてありがとうございます」


「そっちのトカゲは良く眠れたか?」

「ああ、良い部屋だ。温泉も良い」

「それは良かった。よし、すぐに本題に入るけど第一王子が君の事を探しているらしい」

「えっ?わたし王子様なんて知らないですよ」


「君の奇跡で欠損が治った人がいるみたいでその噂を聞きつけたみたいだ。第一王子は元は王太子だったんだけど戦の最中に目と耳と足をやられて第二王子にその座を譲っていたんだ。なかなか野心の強い方でね、わたしは第二王子の方が為政者には向いていると思うからここで君を渡すわけにはいかないんだ。君がもし第一王子に捕まれば奇跡を望まれるだろう。第二王子自身はそんな事をしないにせよその勢力のものが君を亡き者にしようとしたり王宮で囲おうとする可能性もある」


「そんな…」


「それは困るよね。そのトカゲも君がいなくなると困る。だから、これを使う」

 

 アダムが机の上にコトリと置いたのは小さな瓶だった。一見香水瓶に見える。中には濃いピンク色の液体が入っていた。それを見てイザベルはごくりと唾を飲み込んだ。


「これを飲むと君は猫になる。歌う動物というのは人間と鯨と鳥だけだから猫になればそれは歌にならないんじゃないかと私は考えた。それに猫にギターは弾けない。2週間ほどで人間に戻れるから今はとにかくこれを飲んでくれ」


「えっと、本当に猫に?」

「効果は保証する。私もユージンも一時期猫だった」

「なるほどぉ、それじゃあ頂きますね…」

「味はあまり美味しくないんだけど我慢しておくれ。部屋もレディには申し訳ないがフィリップと一緒にさせてもらう。その男は見た目はトカゲだがかなり腕が立つ。そのほうが君の安全も守られるはずだ」


 わかりましたと言ってからイザベルは瓶の中身をあおった。鼻から突き抜けるような発酵した甘苦しょっぱい味がした。前にひとくちだけ舐めた事がある魚醤に蜂蜜を足したらこういう味になりそうだ。部屋が同じというのは元々イザベルの家で一緒にいるつもりだったし彼女にとってはそんなに問題でもなかった。フィリップの隣ならきっと安心できると考えてるうちに身体が熱くなって圧縮されるようにどんどん縮んでいった。白く長い腕は長いふさふさのブロンドの毛に覆われた。アダムが銀細工の美しい手鏡を持ってきてくれてその中にはブロンドの毛に紫の瞳の美しい猫が映っていた。


「みゃお、にゃにゃにゃいんにゃにゃ(あの、これってもしかして喋れない感じですか)?」

「大丈夫だ。俺にはイザベルが何を言いたいのかわかる。猫になってる間は人間の言葉は話せない」


「不便だけど何とかなるよ。私が猫になった時に助けてくれたのがフィリップなんだ。言葉が通じる人間に出会えたことに安堵したらローブの下はトカゲで当時の私はとても驚いたんだよ」

「みゃみゃみゃいん、にゃおんにゃおみゃいにゃにゃいん?(そうなんですね、とりあえず2週間はこのまま隠れていれば良いんでしょうか)」

「そうだな。一応王子たちが手を出せないように王かそれよりも上位のものに話をつけるしかない。王はもしかすると君を手篭めにしようとするかもしれないからここはやっぱり…」


「にゃいんみゃう?(女神様ですか)」

「そうだ。もしくは神に言っても良い」

「ねぇフィリップ、2人で話をされると私はちょっと寂しいな。何となくは君の言葉で予想がつくけど」


「神に話をつける」

「えっ、神じゃなくても帝国の皇帝にお願いするとかでも良くない?」

「いや、皇帝がイザベルを欲しがる可能性もある」

「ああ、そうだね。神の奇跡だもんなぁ。欲しがるよね、普通に考えて」


「そうだ。だから神に話をつけるのが1番早い」

「でも、君の呪いも解いてくれないのにそんなお願い聞いてくれるのかな?」


 フィリップが額に手を当てながら何とかすると言った。これでも元勇者だと。アダムはそれを聞いてまあそうだねと同意した。


「よし、じゃあまず確認だ。可愛い子猫ちゃん、歌ってみてくれないか?」

「みゃみゃおんみゃいんにゃお(えっ、良いんですか)」

「ああ、とにかくやってみてくれ」


「にゃにゃにゃうににみぃおん(君の青い瞳は)」

「おっ、何も起こらない!アダムの読みが当たったな」

「ふふふ、これでひとつ懸念が減ったね。君がうっかり歌っちゃうのを防げる」


「みゃおいん!(さすがです)」

「わからないけど君が褒めてくれているのがわかるよ、子猫ちゃん」


 アダムが喉の下をこちょこちょと撫でてくれるととても気持ちよくてうっとりとした。猫になると人間とはまたちょっと違うらしい。この姿なら歌にならないと証明されてイザベルは安心した。また何かが起きて迷惑をかけてしまったらと思うととても心配だったのだ。


「あ、後ね、金色のお湯はもう戻らないみたいなんだけど濾したら砂金が取れたから領地が潤うよ。ありがとう。子猫ちゃん」

「にゃにゃいん(いえいえ、迷惑かけてますから)」


◇◇◇◇◇


 それから1週間は概ね平和に過ごした。アダムとはあまり会わなかったし、フィリップもずっとそばにいてくれた。猫になって何だか急に温泉は怖くなったので入っていなかった。紐に羽をくくりつけたおもちゃをフィリップが振ると身体がムズムズしてついつい夢中で追いかけた。イザベルの心は完全に猫になりかけていた。


「にゃいんにゃううにゃん(早く王子様諦めてくれませんかねぇ)」

「そうだな、それが1番良いんだが…神にもコンタクト取れないか色々試しているんだが女神たちも今の状況を少し面白がっていてな、困ってるんだ」

「にゃおんみぃ(それはお疲れ様です)」


 フィリップが風呂に行くというのでイザベルはベッドの上で丸くなっていた。するとドアが開く音がしてフィリップかと思ったらそこにいたのはユージンだった。


「みゃああん?(ユージンさんどうかしましたか)」

 

 ユージンはいつも通り無表情のままイザベルの首根っこを掴むとスタスタと裏口へ向かった。そして木箱の中にイザベルを入れると蓋を閉めようとした。


「うみゃみゃみゃ?にゃおあいん!(ユージンさん、何をするんですか)」

「猫がにゃあにゃあ鳴いても全然わからないな。お前がいるとアダム様のためにならない。早く出ていけ」


「にゃおん…(ユージンさん)」

「あの方はお前のことが嫌いなんだ。お前は気付いていないかも知れないが一度も名前を呼ばれなかっただろう?あの方の顔が日に日に曇っていくのを俺は見ていられない。だから、さっさと行け、でなけりゃ蹴飛ばすぞ」


 ユージンはしっしと手を振ってイザベルを追い払った。イザベルはそんな風に言われるとアダムの所へ帰る気が起きなかった。屋敷の近くにいればそのうちフィリップが気付いて探しに来てくれるかもと思い、その場で待つことにした。


 かさり、と音がしたのでイザベルが振り返るとそこには禍々しい枯れ枝のような男が立っていた。イザベルはあまりの恐怖に声も出なかった。男はイザベルを自分の服に押し込むとそのままその場を離れていった。



◇◇◇◇◇


 フィリップが風呂から戻るとそこにイザベラはいなかった。部屋中、壺の中まで探してもその姿は無く、散歩にでも出ているのだろうかと庭を一周しても見つからなかった。まさか王子の手の者が来たのかと考えたがそれならばもっと大騒ぎになっているはずだ。


「アダム!イザベルがいなくなった」

「何だって?そばにいたんじゃないのか?」

「いや風呂に行く時に部屋で待つと言われたんだ」

「猫はお風呂嫌いだもんねぇ、ってそうじゃない、すぐに探さないと!」


 アダムは使用人たちを集めて屋敷中を捜索させた。それでも見つからないので範囲を広げたがイザベルはどこにもいなかった。


「どうしてこんな事に…。フィリップ、すまない。お前の大切な人を守れなかった」

「いや、良い。それよりも気付いたことがある」

「何だ?」


「ユージン、お前からイザベルの匂いがする」

「何の事でしょう?フィリップ様」

「隠し立てするなら容赦しないぞ。例えそれが友の大切な部下だとしてもだ」

「ユージン、お前、まさかそんな」

「アダム様、私はアダム様の意を汲んだまでです」


「私はそんな事を望んでなんかいない!彼女をどこへやった!」

「アダム様!貴方はあの小娘の事が邪魔だったでしょう!?どうしてわかってくれないんですか!私は貴方の為を思って…!」


「黙れ!それ以上余計な事を喋るならその首を絞めてやる」

「そんな、アダム様、何故あの小娘を庇うのですか!」


 アダムは腰から取り出した鞭でユージンの首を打った。細い鞭はユージンの首に絡まりそのまま彼をアダムの元へと手繰り寄せた。


「もう一度だけ聞く、彼女を、どこへやった?」

「屋敷の外に、南側の壁の近くです。木箱に入れて置いていきました」

「…わかった。お前の処分は後で考える。フィリップ、彼女を探そう。本当にすまなかった」

 

 ユージンに聞き出した場所に行ってもイザベルの姿はなかった。アダムは今にも倒れてしまいそうな酷い顔色だった。


「アダム、俺は行く。匿ってくれてありがとうな」

「フィリップ、本当にすまない。彼女に会えたら私が謝っていたと伝えてくれ」

「いや、それは自分で言うべきだ。イザベルが見つかったら連れてくる。大丈夫だ。彼女はきっと許してくれる」


 彼女がどこにいるかはわからなかったがとにかく街中を探そうとフィリップは走り出した。イザベルが消えたのがユージンの仕業なら遠くの街には行っていないだろうと考えた。しかし1匹の猫を探し出すというのは中々難しい事だった。イザベルが危険な目に遭っていないか、怖い思いをしていないかフィリップはとても心配になった。


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